「悪魔の棲む屋敷」1
「いつまでそこに突っ立ってるつもりですか、早く中に入ってください。」
ぶっきらぼうな低い声にまた驚いた作太郎お兄様はいそいそと入る。その後ろから、先ほど珈琲を出してくれた人が現れた。
「ああ、なんだまだ居たんですか。兄妹揃ってここに来るとは運が良いのか悪いのか。」
私を見るなり彼ははっきりとそう言った。
お兄様は全く話が分かっていないようで、私の顔と彼を見ておろおろしている。
「好実、仮にもお客にそのような口の聞き方は慎め。」
「ああ、それはすみません。」
京極さんの言葉に彼は反省する様子もなく、ただ冷淡に、事務的に謝罪するだけであった。しかも謝罪しているのは京極さんに対してである。
おそらく常日頃から彼は誰に対してもこの調子なのだろう。
よくそれで対人関係の仕事である探偵社としてやっていけると思う。
「それで、この三門作太郎さんは社長とお話がしたいようですよ、京極さん。」
突然話を振られて、お兄様は口ごもりながら話す。
作太郎お兄様は昔から人と関わることが苦手で、初対面の人とはあまり上手く話せない。
内向的で、奉公人たちとすらあまり話しているところを見ないお兄様が、それでも伝えたいことがあるとすれば、それはきっと本当にお兄様にとっては重大なことなのだ。
「うあ、その、ここの社長さんなら話を聞いて力になってくれるって聞いていて、それで、その、社長さんはどちらに?」
その言葉に京極さんは少しだけ眉をあげた。
「すみません、現在社長は長期出張中でして八月まで居ないんですよ。代わりに私が対応いたします。」
その言葉に、文字通りお兄様は凍りついたように見えた。
そしてやや半泣きになりながら、それでもなんとか言いたいことを捻り出したようだった。
「あのっちょっと、うまく言いにくいんですけれど、僕の友達を助けてくださいませんか?」
京極さんは好実と呼ばれた彼に目配せをして、それからお兄様を奥に案内する。
「それじゃあ京極さん、僕は三門妹さんを送ってきます。……と言うわけで来てください」
不安な気持ちが顔に出ているお兄様を二人っきりにさせておくのが心配だったけれども、お兄様も(対人関係では頼りないが)いい加減子供ではないと思い直し、それでも後ろ髪を引かれる思いで外に出た。
探偵社を一歩出た街は夕日が沈み、怪しい時間が始まろうとしていた。