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演目『帝都怪奇物語』  作者: 浪花 夕方
第1話「怪奇探偵社」
12/62

「堕落のもの」 11

『開木探偵事務所』


昨日の今日でここの場所に来ることになるとは露程思っていなかった。


「京極さん」


車を降りて顔をあげる。今日は背広姿だったが、昨日とは決定的に違っていた。彼の足元には黒い粘液状の塊が寄っていたし、右手には包帯を巻いていた。


「若干強引ではあったが、すこし話をしたいので来てもらった。立ち話するには長いから、兎に角中で話そう。」


京極さんにそう言われ、後を渋々ながらついていく。

『ご依頼受付中』と書かれた札が下がったドアの前までやって来たとき、(少しだけ不安な気持ちもあったかもしれないが)ため息が出ていたことに気がついた。


案内されたソファーに腰掛けると、向かいの席に京極さんが座る。

間には背の低い机が置かれていて、その下にはあちこちの新聞が入った箱が隠れるように置いてあった。


「どうぞ、珈琲です」


真横から珈琲を差し出されて、ようやくそれから目を離した。

思わず肩が跳ねて声の主を見た。


声や身長、顔つきで判断する限り私より少しだけ年上であろう年齢の男の子だ。16~7くらいだろうか?ただしその顔は決して友好的ではない。


表情は不機嫌そうに眉が寄り、愛想笑いの一つもない。

服装は黒い詰襟の学生服で、清潔感はあるがこの辺りでは見たこともない制服だ。


顔立ちは作太郎お兄様と変わらないくらいに整っている方だが、一番目をひいたのが、その瞳の色だ。

理由はわからないが白いウサギのように、彼は赤い目をしていた。


そんな良くわからない不気味さと、美しさを持つ彼から目を離せなかった。


じろじろ見ていたことに気を悪くしたのか、彼は少しだけ乱暴な動作で珈琲のカップを置き、そのまま京極さんにも同じようにカップを渡す。

そしてそのまま外に出ていってしまった。


「話、といっても、昨日の件についての簡単なカウンセリングをしようと思っていた。しかしもう手遅れだったのはこちらとしても驚きだった。」


「……手遅れ?」


「今、君には見えているはずだ。この世のものではない異形の化け物が。他人には感じることすらない『怪異』と言う現実を超越したものが。」


今日一日で体験した奇妙なこと。私以外に見えない猫。巨大な蜘蛛。ぶら下がる小人。不定形の塊。

もしかしたら夜中にあった部屋の物音もそうかもしれない。


「朱に交われば赤くなる。怪異の影響を強く受けると人は怪異の世界を認識する。怪異側の方に寄ってしまう。」


あまりにも疲れているから幻覚を見ているのだと思っていた。


「……どうすればいいんですか。どうすれば、私は元に戻れるんですか?」


私はこれからの展開を考えていた。


恐らくこの人たちの目的は言う通りにすれば元通りになると言って薬やそれらしい物品を高く売り付けることにあるのだろう。

そう言った商売もあると、お兄様たちが以前話していたことを聞いたことがある。

でも私本人に支払い能力はない。

元の生活に戻りたいのも本心ではあるが、ない袖は振れない。


「結論から言えば、無理だ。一度認識してしまった以上はどうしようもない。見なかったことにするふりはできても、見えなくする事は不可能だ。」


「そんな……」


今朝のお咲の事を思い出す。

一体何をいっているんだと、戸惑う顔。

学校のときは誤魔化せたけれども、この先ずっと誤魔化しが通じるとは思えなかった。


辻褄合わせをし続けていてもいつかは襤褸が出る。

こんなことが続いていたら、それが例え本当の事だとしても誰かにとってはいつしか嘘吐きになってしまうだろう。


昔、絵本で見た嘘つきの子の末路。

彼は嘘をつきすぎて、周囲から信頼を失って、最後は狼に食べられてしまった。


「力になれそうになくてすまない。なにか困ったことがあれば、いつでもここに来るといい。相談料は取らない。」


その時の京極さんの顔は、私は見れなかった。俯きがちに私は思ったことを話してみる。頭のなかは混乱していた。


「……貴殿方は一体何者なんです?怪異、とか良くわからないことも知ってるし、それにさっきの子も明らかに不自然だったし……」


「ここは『怪奇かいき探偵社』。この帝都の怪異が関わる事件を調査・対策するための民間組織だ。最も社表登録の便宜上、開木ひらき探偵社、となっているが。先ほどの好実や降神はここの従業員だ。」


部屋についていた置時計から5つ鐘の音がする。

時計を見ると17時を指していた。


「もう帰った方がいい。夕方は境目の時間で、怪異の数が増える。あとは、もし変なものを見かけても反応しないことだ。ああ、それと気休めだがこれを。」


名刺と一緒にお守りのようなものを渡される。

私は正直もう訳のわからない事態についていけなくて、これからの事を考えるだけで憂鬱になって、返事も上の空だった。

気力もわかないまま、そのまま貰ったものを鞄のなかにしまう。


そんな様子を見かねてだろう、呆れたように京極さんに促されるまま席を経つ。


そのまま外に出るために押戸のノブに手をかけた。


けれども力を込める前にドアはすんなりと開く。


その先にいたのは逆光を浴びた人。


その人は私が知っているなかでここに来るのが最も意外とも言える。


「えっあっ、さ、貞!?」


「作太郎お兄様!どうしてここに?」


「お迎え、ではなさそうだが……ご相談ですか。」


私の二番目の兄、三門作太郎その人だったのだから。

第一話「堕落のもの」 完。


次回までしばらくお待ちください。


次回予告


第二話「それゆけ作太郎ちゃん」(タイトルは変更する可能性があります)

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