第七六話 出会いと登校
俺が不登校になって、一年が経ち、今は九月。本来なら中二の夏休み明けだ。
最初は明日香や担任が家に来たが、俺が顔を出すことは無かった。両親も俺の身体の傷を見ると何も言って来なかった。逆に泣きながら俺を抱き締め、謝って来た。
因みに、俺が不登校になった途端明日香が学年一位となり、みんなはそれを喜んだらしい。
「さて、今日のクエストも完了っと。――ん?」
デスクトップを見ると、新しいソフトの発売の知らせが来ていた。
「これ、俺が小三からやっているシリーズの最新作か。結構面白かったし、親父もこのシリーズ好きって言ってたから買うか」
そう言って俺はネットショップサイトを開く。だが、その画像には全部『SOLD OUT』の文字がぎっしりと並んでいた。
――いや、売れるの早すぎだろ……
俺は引きこもってから一歩も外から出なかったが、今回はしょうがなく、中学のジャージを着て財布を持ち、一年以上ぶりに外へと出た。
「あっつ……」
久々に外に出たせいで、日差しが眩しく目を開けられなかった。次第になれると俺は近くにあるゲームショップへと足を運ぶ。
中に入ると、エアコンの涼しさが俺を癒してくれる。熱を持った身体を冷やしてくれて、あっという間に暑さを吹き飛ばしてくれた。
「さてと、どこにあるかな~」
俺は直ぐに発売されたソフトを探し出す。
だが、それは直ぐに見つかった。
「やっぱ、新発売のソフトは基本的にレジの前に置いてあるもんなんだな」
俺はそのソフトを手に取ると、まだ店内のエアコンを堪能したかったため、目的も無しに店内をうろついていた。
すると、誰かが店の中に入ってくる。俺はその人を見た瞬間、目を背けた。
入って来たのは、明日香だった。
――何で明日香がこんな所にいるんだよ。アイツ、ゲームなんてやんねぇだろ。てか、何で制服のまま……取り敢えず、早く会計済まして帰るか。
だが、俺は侮っていた。時刻は一五時半。学生の下校時間だったのだ。今ここを出ても、中学の奴に見つかる。
――けど、このままここにいても時間の問題だ。何とかしてでもここから――
その時だった。
「ん? ワレ、如月中の大和大河やろ!」
誰かが俺に話しかけてきた。誰だと思ってみてみると、坊主頭の男が制服姿で立っていた。
「やっぱそうか! どうしてこないな所にいるんや? しかもジャージやし。分かった、ずる休みやろ」
その男はニヤニヤしながら俺を見てくる。正直、イラっとした。
「大河……?」
男の声に反応したのか、今度は俺の後ろ――明日香の方から声がした。最も、その声の主は明日香だが。
「やっぱり……やっぱり大河だよね! 良かった……外に出てくれたんだ……」
そう言うと俺に近付き、俺の手を握ってくる。だが、俺はその手を振りほどいた。
俺はそそくさとレジに向かい、金を払うと二人の横を通り過ぎる。
「待って大河! どうして……どうして学校に来ないの……? 大河を苦しめた人達はもういないんだよ? なのに、何で……」
その声は震えていた。恐らく、泣いているのだろう。だが、俺はそんなの気にしなかった。俺は振り向いて、明日香に冷たい目を向けた。
「――もう二度と、俺に関わるな」
そう言って俺は店を出る。
だが出た途端、何者かに肩を掴まれた。俺の肩を掴んでいたのは、先程の男だった。
「ちょっと待て。ワレを心配してんのに、何やその態度」
「お前には関係ないだろ。突っ込んでくんじゃねぇよ」
俺は男の手を振りほどき、家路についた。
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「ただいま……」
誰もいない家の中、俺の声だけが聞こえる。
俺は部屋に戻ると、先程買ったソフトを机に置き、ベッドに倒れこんだ。
俺は店でのやり取りを思いだす。正直、後悔しかしていなかった。
――ごめん、明日香……俺が弱いばっかりに……
実際、俺に暴力を振っていた奴らが転校したのは知っていた。明日香が学年主任に言い、それが事実だと知られ、学校で公表されたのだ。そして彼らの親御さんが家まで来て、謝りに来たらしい。
それを聞いた時、内心嬉しかった。明日香を突き放したにも関わらず、俺の事を思って行動してくれたと知り、学校に行きたい気持ちもあった。
だけど、俺はまだ怖かった。
俺が学校に行けば、また一〇〇点を取ってしまうかもしれない。そしたらまた明日香は二位になってしまうかもしれない。するとまた俺に暴力を振る奴が出て来るかもしれない。
そう言った負のスパイラルが、俺の脳内を駆け巡った。
「ホント、情けねぇな……俺」
すると突然、家の呼び出しベルが響き渡る。
――母さんが帰って来たのか? 何だ、鍵でも忘れたのかな。
そう思って俺は玄関を開ける。するとそこにいたのは母さんではなく、先程店であった男と明日香だった。
男とは初めてあったし、俺の家も知る筈もないため、恐らく明日香が連れてきたのだろう。
「――何しに来た」
俺は冷たい声で言う。
「何って、ワレと世間話をしに来たんや」
「――帰ってくれ」
男がそう言うと、俺は直ぐに玄関を閉める。が、男によって遮られた。
「まぁまぁそう言うなって。別に悪い事はせぇへんから」
「お前と話すことなんて何もない。とっとと失せろ」
俺は男の手を無理矢理外し、扉を閉め鍵を掛けた。
外で何やら言っているようだが、俺は無視して自分の部屋に戻り、気を紛らわそうと先程買ったソフトをインストールし、ヘッドフォンを付け、自分の世界へと入った。
「おう。また来たで」
翌日。男がまたやって来た。母さんが俺の友達だと思い家に入れたらしいが、俺は知らない人だから追い出してと伝え、再び部屋に戻りゲームをする。
これが何日続いただろう。俺はもう我慢の限界だった。この日明日香も来ていたが、この男に対する怒りが遂に爆発した。
「いい加減にしろよ! 毎日毎日家に来やがって! 迷惑なんだよ!」
俺は男の胸ぐらを掴み、叫ぶ。男は物怖じせずに、俺を見ていた。
「誰に頼まれたか知らねぇが、お前が来たところで俺は学校に行かねぇ! とっとと帰れ! そして二度と来んじゃねぇ! もうほっといてくれ!」
俺はありったけの感情を男にぶつけた。すると男は俺の手をそっと解き、言った。
「――なら何で、そないな顔しとる」
俺は理解が出来なかった。
「なに言って……」
「何でそないなえらい顔をして、そないな事言うんや?」
言われて気付く。今の俺は何故か涙を流していた。何故泣いているのか、俺には分からない。
「それは……お前が毎日来るから……嫌気がさして……」
「嘘やな。ほんまに嫌気がさした人間なら、もっと冷酷な態度をとる。けど、オノレはちゃう」
いや、本当は分かってた。ただ、認めるのが嫌だった。
「オノレの今の心情、当ててやろうか?」
「――めろ」
この先は言ってほしくない。言われたら、それこそ本当にこの感情を認めてしまう。
「ほんまは学校に行きたい。けど、トラウマがあるから行かれへん」
「――めろ」
「自分が弱いせいで、アイツに迷惑を掛けとる」
「――めてくれ」
「こないなはずじゃなかった」
「止めてくれ……」
そして男は、俺の心の壁を完全に崩壊させることを言ってきた。
「ワレは――みんなに認めてほしかった」
「止めろぉ!!」
俺は再び男の胸ぐらを掴み、壁に打ち付ける。その様子を、明日香は端で見ていた。
「大河……」
俺は明日香の声を聞くと、掴んでいた手を緩め、膝から崩れ落ちる。
すると男もしゃがみ、俺の肩に手を置いた。
「オノレの事は兵藤から聞ぃた。ずば抜けた頭脳を持つ学年一位のオノレさんは、クラスから嫌われ、暴力も受ける様になりよった。それがトラウマとなり、暴力を振った連中がいなくなった今でも、その恐怖は蘇る。せやから、学校に行かれへん。そうやろ?」
男の言っている事は、全くその通りだった。俺が反論する余地もない。
「安心せぇ。今のうちの学校はそないな事は起きひん。あれから試験官の目も厳しくなったし、カンニング疑惑が起きることはまずない。それに、みんなはオノレを迎え入れてくれる。安泰や」
「けど、俺は……」
「そないに言うんやったら、慣れるまでワイらと一緒に居ればいい。簡単な事だ」
「どうして、そこまで俺に……」
すると男ははにかみながら、こういった。
「目の前にえらい思いさせとる奴がおるんだ。ほっとけるわけへんやろ」
その言葉に、俺は心打たれた。今まで会ってきた奴以外に、明日香以外にこんな奴はいなかった。
――こいつとなら、本当の友達になれるかもな……
俺はそう思い、涙を袖で拭いた。
俺は立ち上がると、明日香の方を向いた。
「――明日香、今まで心配かけてごめん。迷惑かけてごめん。あんな事言って……ごめん」
俺がそう言うと、明日香は俺の手を握ってくれた。
明日香を見ると、どこか嬉しそうな目で、そんでもって涙目で俺を見ていた。
「ううん。私こそごめんね。大河が苦しんでるのに、何もしてあげられなかった……あの時みたいに」
明日香が言うあの時。それは恐らく俺が不登校の原因となった日だろう。
「だからさ、大河も、何かあったら隠さず言ってよ……私も言うから。だって私達――」
「幼馴染、だもんな」
明日香の言葉を、俺が遮って言う。そして俺らは一年ぶりに笑いあった。
「そう言えば――」
俺は一つ思い出し、男の方を見る。
「お前、名前なんていうの?」
「ん? わいか?」
男が言うと俺は頷く。
「そう言えば自己紹介していなんだな。わいは林田智紀。如月中二年の三組。オノレと兵藤と同じクラスだ。宜しく」
男こと智紀は右手を差し出す。俺もそれに応え右手を出し、がっちりと握手を交わした。
その後智紀は家に帰り、明日香は今目の前で夕食を作ってくれている。母さんの帰りが遅いと、基本自分で準備するか、明日香が作ってくれるのだ。
そんな明日香の後ろ姿を見ると、どこか嬉しそうだった。
「明日香」
「んー?」
調理している明日香に、俺は話しかける。明日香は俺の方へは向かず、返事だけを返した。
「どうして今日、あの店にいたんだ?」
俺は昼間気になった事を、明日香に聞く。
「今日、大河とおじさんが好きなゲームの発売日でしょ? だから、帰りに買って行こうと思って……」
それを聞いて、俺はとてつもなく嬉しかった。
「その……ありがとな。明日から、また……宜しく……」
明日香は何も答えなかったが、代わりに笑顔を見せてくれた。それに釣られ、俺も笑ってしまう。
――こんなに楽しい夕食は、何年ぶりだろうな……
そう思いながら、俺は明日香の手料理を食べた。
「じゃあね、大河。また明日」
「あぁ。また明日」
そう言って明日香は隣の家へと帰って行った。
明日香が帰ったのを見送ると、俺は部屋に戻り、タンスを開ける。そこには綺麗に保存されている制服があった。
俺はそれをハンガーラックにかけ、しわを伸ばす。と言っても、まだ九月だから出したのは夏服のズボンである。
――まさか、また俺が学校に行くなんてな……
俺は布団に潜り、智紀の事を思いだす。
――林田智紀……不思議な奴だったな……
俺は重たくなった瞼を次第にゆっくりと閉じ、眠りについた。
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翌日、俺は久々に制服に着替え、スクールバックを肩にかける。
「気を付けてね、大河」
「――無理、すんなよ」
両親が俺に声を掛けてくれる。二人にも迷惑を掛けた。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「――母さん、親父。迷惑かけてごめん。俺ならもう大丈夫だから」
そう言って玄関のドアノブを手にかけ、捻る。
「じゃ、行ってきます」
俺は新たな一歩を踏み出した。目の前には智紀と明日香がいた。
「おはよう、大河」
「おはようさん、大河」
笑顔で二人は迎い入れてくれる。
今は一人じゃない。智紀が、明日香が、二人がいてくれる。それだけで心強かった。
俺はフッと笑い、二人の下に歩み寄る。そして
「――行くか」
俺は二人を背に、一年ぶりの通学路を歩み始める。二人は笑顔で俺に付いて行く。
職員室に入ると、先生達は待ちに待ったかのような表情で、俺を迎い入れてくれた。
教室に入ると、みんなが俺を迎い入れてくれた。
この日、俺こと大和大河は如月中に復学し、虐めも無くなり、再び学年一位の座を取る事になった。




