第七三話 囚われの身と謎の女
「おい! ギルドの入り口で女三人捕まえたぞ! しかもあの魔剣士のメンバーらしい!」
下から別の男の声が聞こえた。そしてタイガは動揺してしまい、物音を立ててしまった。
「誰だ!」
その物音に気付いた男はタイガのいる方を見る。そしてゆっくりとタイガの方に近付いていく。
「何やってんだよ。早く行こうぜ」
「いや、何か物音が……」
「どうせ何か落ちたんだろう。それより、早く女を見に行こうぜ。場合によっては奴隷としてこき使うかもしれないからな」
一人の男のお蔭で危機を脱したタイガ。ゆっくり顔を出し、男達の後姿を見る。
「黒いオーラ……」
タイガは魔眼を使い、男達の正体を見た。
「あれ程の悪意に満ちているオーラ。もしかして、魔王軍か……?」
タイガは再び物陰に隠れ、考えた。
――もし、アイツらが魔王軍と関係あるのなら、早くペルが来るのを祈るしかない。一応制御グローブはしているが、人数によっては俺のガリルが足りるか分からん。それに、アイツらの目的が分からない以上、迂闊に動けない。頼む、耐えてくれ!
今から数分前。ミルミア、リンナ、レーラはタイガが中に視察に行っているのと、ペルが来るのを待っていた。
「そう言えば、あたい以外マグナラ持ってんだろ? あたいも欲しいなぁ」
「確かに、レーラはコナッチにいたのに持ってなかったからね。一人だけ持ってないのも不便ね」
レーラのみマグナラを持ってないことに気付き、レーラは愚痴を言う。
「あんな高い物、手が出せる訳ないだろ? お前達は国王直轄だからいいけどよ」
「それなら今のレーラさんもそうですよ。これが終わったら、コナッチに行きましょうか。暫くクエストもお休みして」
「おっ! 良いわね! プチ旅行だ」
「あたいは里帰りか。二週間くらいしか経ってないけど、顔を見せに行こうかな」
そんな穏やかな会話をしている時だった。奥から、一人の男がミルミア達に近付いてくる。
「そんな所で立ち止まって、どうしたんです?」
近付いて来た男は、ミルミア達に声を掛ける。
「いえ、どうして今日はギルド休みなのかなぁって話していた所なんです」
男の質問に、リンナは丁寧に返事する。
「確かにそうですよね。貴女達は三人でパーティーを?」
「いえ。もう一人リーダーがいるんですけど、今席を外してまして……」
「……そのリーダーの名前を窺っても?」
男は眉をピクリと動かし、直ぐに取り繕った笑顔で聞く。
「タイガ。ヤマト・タイガですけど……」
その名前を口にすると、男は笑顔を止め、静かに呟いた。
「――やれ」
その言葉の瞬間、ミルミア達は背後の男達に気付かず、手刀を首に決められ、気を失ってしまった。
男達はミルミア達を縄で縛り、口にガムテープを張り、肩に担いでギルドの中へと入って行った。
「おい! ギルドの入り口で女三人捕まえたぞ! しかもあの魔剣士のメンバーらしい!」
先程の男が中に入ると、開口一番でそう言った。ギルドの奥にはミルミア達同様に、口にガムテープを張られ、縄で縛られているセリウドを始め、ギルドの従業員がいた。
「そう、お疲れ様。休んでいいわよ」
足を組んで玉座に座った女、セリウドに似た女が肘掛けに肘を付け、顔を支えながら言う。その女が立ち上がり、ミルミア達に近付いてまじまじと見る。
「ふ~ん。この人達がウリドラ様を倒し、ドリナエ様を苦しめた人達か……」
「いや、こいつ等はあまり関与していない。ウリドラ様を殺したのはそのヤマト・タイガで、ドリナエ様を苦しめたのもヤマト・タイガだ」
「何? この人達は何もしてないの? 使えな」
女はミルミア達に近付くと、口に張られているガムテープを剥がす。その影響で、ミルミアが目を覚ました。
「ここは……?」
「目が覚めましたか? ミルミアさん」
するとセリウドに似た女は、セリウドの声で言った。
「せ、セリウドさん!? 何ですかこれは!?」
その声に、リンナとレーラも目を覚ます。目の前にいる人物に、三人は混乱していた。まさかセリウドがこのような真似をするとは思っていなかったからだ。
「ダメじゃないですか、ミルミアさん、リンナさん。レーラさん。今日は休業って書いてあったでしょ? それなのにギルドの前にうろうろしてちゃ、殺されますよ?」
そう言って、長袖の袖の中からナイフと出し、ミルミアの首元にあてる。
「答えろ。ヤマト・タイガは何処だ」
先程とはうって変わって、ドスの利いた声で言ってくる。
「この状況で、ウチが答えると思う?」
ミルミアがそう言うと、首元のナイフの刃に力が入る。
「そう。おい、そこの二人。ヤマト・タイガの居場所は何処だ。答えなければこいつの命がないと思え」
質問の相手をリンナ達に聞いたかと思えば、ミルミアが人質に取られた形となった。
「ミルちゃん!」
「ミルミア!」
「ウチの事は気にしなくていいから、絶対言っちゃダメ!」
「でも!」
「茶番は良い。早く答えろ」
そう言うと、ナイフの先端がミルミアの首に食い込む。すると食い込んだ所から血が出てきた。
「どうしても答えないようだな。しょうがない。こいつには犠牲になってもらおう」
そう言って、刃がミルミアの首に差し掛かろうとしたその時だった。
「ミストレアス!」
水の弾丸が上手い具合に女の手に当たり、ナイフを手放させた。全員声のする方を見ると、左肩にカラスを乗せた一人の男、タイガがいた。
「タイガ!」
「悪い。もう少し早めに出て来るべきだったな」
タイガが現れると、女は撃たれた手を抑えながらタイガを睨む。
「セリウドさん、じゃないんだよな。ほんっとそっくりだぜ」
「何を根拠に……」
「お前から禍々しいオーラが漂ってんだよ。それに、奥にセリウドさんがいるし、いい加減変装を解いたらどうだ、メリア」
メリアと呼ばれた女は目を見開いた。
「何で、私の名前を……」
「悪いが、こいつ等から聞かせて貰ったぜ」
タイガの足元には、先程二階にいた男二人がボロボロの状態で転がっていた。
「さぁ、茶番は終わりだ。俺の大切な仲間を傷つけた事、後悔させてやるよ。魔王軍幹部の下っ端さん」
その言葉が引き金になったのか、女を取り囲んだ男達が斧やら刀やらを持って、タイガに向かって走って行く。肩に止まっていたペルは飛び、ミルミアの肩に止まった。
「やっぱり、ペルが来るまで待ってて良かったわ」
そう言うと手に持ってた申鎮の剣の鞘を抜き、目を瞑ると男達を迎え撃つ。斧を振りかざしてくる男の攻撃を、タイガはひらりと躱し、躱した反動で一回転し、横蹴りを決める。喰らった男は何人かの男を巻き込み、吹っ飛ぶ。すると後ろから剣を振り下ろしてきた。目を瞑っている為、何らかのケガを負うと思ったミルミア達は目を瞑り、ゆっくり目を開けると無傷のタイガが攻撃を躱し、逆に攻撃してダメージを与えていた。
「ど、どうして……」
「それは、今おいらの視覚情報をタイガが見ているからだよ」
ミルミアの疑問に、ペルが答える。
「視覚情報?」
「そう。タイガが目を瞑っているのは、タイガ自身の視覚を無くし、その代わりにおいらの視覚を与える。つまり、おいらとタイガは今、リンクしてるんだ」
リンク。タイガは一度経験している。
魔獣騒動の時、レンタルビルドでペルと仮契約していたタイガは、空からの情報を得るため、ペルとリンクしていたのだ。
「おいらがここに着いた時、タイガがそこで伸びている男達と戦っていて、事が終わるとすぐ様レンタルビルドしたいって言ってきたからビックリしたよ。タイガはこうなる事を見込んでたんだね」
ペルが感心していると、タイガからキャッチが入った。
「ペル、今からリンクを解く。そしたらミルミア達の縄を解いてやってくれ」
「了解」
タイガが目を開くと同時にリンクを解き、ペルは言われた通りに、縛られているミルミア達の縄を口先で器用に解いた。
「ありがとう、ペル」
「ありがとうございます」
「サンキュ」
三人はペルに礼を言うと、立ち上がってメリアの方を見る。だが既に彼女の姿は無く、ギルド内から姿を消していた。そしてタイガも最後の一人を倒し、ミルミア達の下に寄る。
「どうやら逃げられたみたいだな」
「えぇ。それより、セリウドさん達を助けなきゃ」
ミルミアの言葉に、タイガ達は動く。先程のミルミア達同様、口にテープを張られ、縄で簀巻きにされているセリウド達を、タイガ達は縄を解いて解放する。
「あ、ありがとう」
縄を解かれたセリウドは、立ち上がり、タイガ達に頭を下げる。
「いえ。それより、お怪我とかありませんか?」
「私達は何ともないよ」
タイガはセリウドを近くの席に座らせ、話を聞いた。
セリウドの話によると、メリアが現れたのはタイガ達がコナッチ王国に行っている時で、魔王軍の幹部を倒した奴を出せと言ってきた。だが、誰だが知らないと言うと、ならこの街にいる冒険者全員を殺せと命令してきたらしい。それを断ると、先程の様に縛られ、監禁され、今に至ると言う。今回ギルドが閉まっていたのは、死んだ冒険者の確認を取るための確認日だったらしい。
「つまり、私達を神殿に向かわせたのは……」
「あのメリアとか言う女か」
「それにしても、またしても魔王軍って……」
「ホント、面倒くさい事に巻き込まれるな~俺って……」
タイガは遠い目をして言った。
「みんな。ギルドカードを出して。今回は非公式だけど、クエストに行ってくれたことに変わりはないから、スタンプを押してあげるよ」
セリウドに言われ、カードを出す四人。タイガ、ミルミア、リンナは黄から青へ、レーラは紫から黄へと色が変わった。全員、ランクが上がったのだ。
「おめでとう! 今回のクエストでタイガ君、ミルミア君、レーラ君はBランクを、レーラ君はCランクを受けれるようになったよ!」
そう言われ、ギルドカードを渡される。
「今回は本当にありがとう。今後とも御贔屓に!」
こうして監禁事件の幕は閉じ、ギルドが無事に開かれるのを見たタイガ達は、王宮へと踵を返した。
「ねぇ、タイガ」
そんな王宮への帰り道、ミルミアがタイガに声を掛ける。
「どうしてタイガは、自分の命を懸けてまで、カリンや私達を救ってくれるの?」
素朴な疑問だった。
今回の件はそこまでじゃないにしても、ミルミア達が知らない、ウリドラ・ガブリエルとの闘い。魔獣騒動。そして神殿。全ての闘いにおいて、タイガは死の直前まで立っていた。ミルミアはそれが分からなかった。
「仲間だから? それもあるかもしれない。でもウチだったら、死を目前にした時、絶対逃げ出す。一体何が、タイガをそこまで駆り立てるの?」
タイガは暫く黙っていた。何も答えず、ただただ先を歩くだけ。
――いずれ話さないといけないとは思っていたが、こうも早く聞かれるとはな……
だがタイガは覚悟を決め、ミルミアに言った。
「……分かった。王宮に着いたら、カリンやアイル、ルーも呼んでみんなに話す。どうして俺がここまでやるのか、な」
――大切な仲間だからこそ、知ってほしい。俺の過去を。
王宮に着き、暫く自由時間を過ごすタイガ達。夕食の時間になっても誰一人喋らず、黙々と食べ続ける。だが、タイガは途中でフォークとナイフを置き、カリン、ミルミア、リンナ、レーラ、アイル、ルーの方を向いて沈黙を破った。
「夕食の後、お前達に話さなきゃならないことがある。少しの時間で良い。終わったらいつのも部屋に来てくれ」
ごちそう様でした、と呟くと部屋を出て、いつもの部屋――応接室――へと向かった。
タイガは出された紅茶を啜ると、ノックの音が聞え、全員が入って来た。
「お待たせしました、タイガ。それで、話ってなんです?」
カリンはそう言い、タイガの向かいの席に座る。それに釣られてミルミア達も席に座ると、メイドが全員分の紅茶を入れる。全員の紅茶が入るのを確認すると、タイガは一呼吸おいて口を開いた。
「今回みんなに話そうと思うのは、俺の過去についてだ」
「タイガの過去?」
カリンの言葉にタイガはコクリと頷く。
「今日ミルミアに、どうしてここまでお前達を、命を張ってまで助けるのか。そう聞かれたんだ。いつかはみんなに話そうとは思ったんだが、良い機会だから今話そうと思って」
「タイガの過去、ですか……」
「あぁ。聞いてくれ。俺がどうして命を張るのか。それは、ある一人の男との出会いだった。俺がいた国では学校というものがあって、学業……ここで言う魔法を習う所に通っていたんだ」
こうして、タイガの口から知られざる過去が語られた。
第四章 ―終―




