第七一話 帰還と竜
「本当にありがとうございました」
夜が明け、タイガ達は王宮に帰る日が来た。あの後、ムナウドの首の後ろを確認するとジュドラは施されていなかった。つまり、昨日のタイガの行動により解印出来たのだ。村人が村の入り口に集まる中、村長であるムナウドと、その息子であるロートンが代表してお礼を言った。
「本来ならこちらも村の復興をお手伝いをしたかったのですが……」
「タイガ様達は元は別の任務で来ていたので、これ以上お手を煩わせる訳にはいきません」
タイガ達も手伝いしたかったのだが、ロートンがこれ以上迷惑はかけられないと、拒否したのだ。
「では、俺達はこれで。皆さん、お世話になりました」
「こちらこそ。道中お気をつけて」
「今度は最高のもてなしをしよう。いつでも来てくれ」
タイガ達はムナウド達と握手を交わし、竜車に乗って帰路についた。そんなタイガ達の姿を、村の人々は見えなくなるまで見送った。
「ふぅ、ようやく終わったな……」
タイガは背にもたれ、一息つく。
「改めて、みんなお疲れ様。今までで過酷な依頼だったんじゃないか?」
「えぇ、そうね。もうこんな依頼懲り懲りだわ」
タイガの言葉にミルミアが呆れながら言う。その姿に微笑み、タイガは窓に肘をかけると、その手に頬を置き、外の様子を見る。そしてミルミアとレーラの話に耳を傾けつつ、昨夜の出来事を思い出していた。
これは、村に帰ってきてタイガ達が寝床についた時の話。
「ふぅ……。さて、寝るか」
タイガが目を瞑り、寝床に意識を手放した時だった。
『マスター』
「なんだよジュピター、今日は疲れたんだ。寝かしてくれよ」
タイガの愛刀である申鎮の剣こと、ジュピターが話しかけて来た。
『疲れている所悪いんだけど、どうしても話しておかないといけない事があるの』
「話さなきゃいけない事?」
タイガがムクリと起き上がると、ジュピターは真剣な顔をして話し始めた。
『私とマスターが初めて会った時、最後に言ったこと覚えてる?』
「最後って、あれだろ? 俺の中に別の者の邪を感じるって言う……」
タイガが言うと、ジュピターはコクリとだけ頷き、肯定した。
『今回の戦いで、その魂がどんなものか、身にしみて分かったと思う』
タイガは俯き、先の闘いを思い出す。
『実はその魂について話をしに来たの』
「邪について……?」
ジュピターはコクリと頷き、話を続けた。
『今日の闘いで、マスターの中の魂が目覚めかけてる』
「目覚めかけてる!?」
『理由は二つ。一つは影の存在。今回の闘いで、マスターの影に魂の存在もコピーされてしまったこと。二つ目はその影との闘い。マスターは気づいてないかもしれないけど、あの時のマスターは完全に覚醒してた』
「覚醒……?」
『今まで対応出来なかった影の動きが、急に対応できたと思う?』
――確かに、あの時は何故か影の動きが見えるようになった。なんかスローモーションじゃないけど、動きが予測できたっつーか……
タイが自身、あの闘いでは気にしていなかった事だが、いざ言われてみると不思議に思った。
『それはね、マスターの……ううん。魂の能力の一つ、魔眼だよ』
「マガン……?」
『今までもマスターは使っているはず。無意識だけど』
そこでタイガは再び考え込んでしまった。だが、どうしても答えが出ない。
――俺がいつ魔眼を使った……? 無意識に使ってた? ……まさか。
「なぁ、それって一ヶ月以上前の事か?」
『うん。初めて使ったのはミルミアとリンナにかな』
ここでタイガははっきりと答えを出した。
「もしかして、オーラの奴か……?」
『正解。影自身が言ってたでしょ? その能力自体が奴の能力だって。そしてその使用回数が増えてきているって事は――』
「眠っていた奴の力が、目覚めかけてる。だからその力を持つ魂自身も目覚めかけてるって事か」
タイガの言葉に、ジュピターは頷く。
『気をつけてマスター。いつ目覚めるかわからないから』
「了解。肝に銘じておく」
そういってタイガは今度こそ意識を手放し、今に至る。
――俺の中に眠っている魂。こいつは一体何者なんだ……? 何故、俺の中に眠っている?
今回の闘いで、タイガ自身の謎が深まっていく。タイガに取り憑いているのは何者なのか。何故カリンを守ろうとするのか。何故、タイガに取り憑くのか。答えは未だ、見つからない。
「ここの河原に来るの、久々だな」
「あれから二日しか経ってないけどな。あれほどの闘いをしたら、ホントに懐かしく感じるよ」
ミルミアの言葉に、タイガは隣に立って言う。王都まではもう少しだが、竜の事を考えてここで休憩を挟むことにした。
行きと同様、女子組は水を堪能し、タイガと竜は木陰で休む。
「お前も、お疲れ様」
タイガは隣ですやすや眠る竜の頭を撫で、呟く。そこで、タイガはある事に気が付いた。
「そう言えば、こいつの名前って何?」
それに反応して、女子組がやって来た。
「そう言えば、まだ決めていませんね」
「でもこの竜って、確かレンタルだったよな」
リンナ、レーラが続けざまに言う。
「って事は、名前を決めたとしても、常に一緒に入れる訳じゃないのよね……」
竜は目を覚まし、タイガ達を見る。タイガに頭を撫でられて、気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らす。
「タイガさんに凄く懐いていますね」
タイガは頭を撫でながら、考えていた。タイガ自身、今の竜と離れたくないのだろう。
「……俺に一つ、考えがある。まずは、王宮に帰ってからだな」
そう言って、竜を車に付け、リンナは再び操縦席へ、残りの三人は車に乗って、再び竜車は走り出した。
走り出して数時間。遂に、王都が見えてきた。
「帰って来たな……」
「えぇ……」
検問所を通り、竜車は真っ直ぐ王宮へと向かった。
王宮が見えてきた時、門前で何やらうろうろしている人物がいた。門番はいるが、それを止めようとはしなかった。
タイガはその光景を見て、笑ってしまった。
「あいつ、何やってんだか……」
門にいる人物がタイガ達の竜車に気付くと、足を止め、竜車を見つめていた。
竜車が門前に止まると、門番が来た。だが、その門番は笑っている。アリマゲイル・オトランシス……アイルだった。
「何用だ。ここはドルメサ王国国王のお屋敷。要件を言え」
門前の人物は固まってしまい、動こうとはしない。
扉が開き、タイガがマントを靡かせ降りてきた。
「――名は」
アイルが聞く。
「ヤマト・タイガ。ドルメサ王国国王直轄の冒険者。職業、魔剣士。ただいま帰還して参りました」
タイガが言うと、先程まで固まっていた人物が目に涙を溜め、漸く口を開いた。
「タイガ……」
「ただいま、カリン」
優しく微笑みながら言うと、タイガに駆けつけて抱き締めた。タイガも優しく抱きしめ返す。
「お帰りなさい、タイガ」
「お帰り、タイガ」
アイルも近付き、タイガに声を掛ける。その後、ミルミア達も降りてきて、お帰りと迎えてくれた。
「皆さん、その服……」
カリンが離れると、タイガ達の服がボロボロな事に気づく。
「今回はかなりきつかったよ。正直、死ぬかと思った」
「本当に、ごめんなさい。私が行かせなければ……」
「その話は中でやろう。取り敢えず、着替えてシェスカさんに服直して貰わないとな」
タイガの指示により、門番のアイルを除く全員が王宮の中に入っていった。その間、竜は王宮の庭で待機することになった。
タイガはジャージに着替え、任務服をシェスカに預けると、カリン達の待つ王室へと向かった。
中に入ると、既に全員集まっていた。そしてカリンの肩には使い魔のペルもいる。
「お帰り、タイガ」
「あぁ、ただいまペル」
タイガが席に座ると、新しく入って来たメイドが紅茶を入れ、タイガの目の前に置いた。
「さて、この三日間の話をお聞かせください」
「その前に、お願いがあるんだけど、良いかな」
タイガが本題に入る前に、どうしてもカリンにお願いしたいことがあった。
「今回使った竜、ウチ専用の竜に出来ないかな」
タイガが話に切り出したのは、タイガ達と行動した竜の事だった。
「と、言いますと?」
「行動しているうちに愛着が湧いちゃって……ちょっと寂しいって言うか」
タイガの考えている事は、ミルミア達も同じだった。短い期間だったが共に過ごした為、ミルミア達も離れるのが嫌だった。
「あの子自身もタイガにもの凄く懐いているみたいだし……ダメかな?」
ミルミアも話に入り、お願いする。
「良いんじゃない? カリンちゃん。タイガ達が依頼とかで遠出するときは、別に予約とかしなくて済むし。何より懐いちゃったら、引き剥がすのは可哀想だよ」
最後はペルの一言で、カリンは口を開いた。
「分かりました。お店には私から連絡しておきます。その代わり、しっかりお世話するのですよ?」
「あぁ。分かってる。ありがとな、カリン。我儘言って」
「いえ、無事に帰って来たのですから、それぐらいはどうにでもなりますよ」
こうして、タイガ達は王宮にて竜を飼う事となった。その竜は『マドレーヌ』という名前が付けられ、王宮の人々に可愛がられているが、それは後のお話。
「んじゃ、本題に入りますか。あの神殿の、本当の事を」




