第六三話 存在と覚醒
「ミルちゃん。私がレーラさんと私自身の相手にするから、ミルちゃんはミルちゃん自身をお願い」
「えっ、でも……」
リンナの発言に戸惑うミルミア。実際、自陣はムナウドを庇いながら戦い、尚且つレーラがいない為、戦力的に分が悪い。
そう思いながらリンナを見る。だが、彼女に迷いは無かった。
「……分かった。辛くなったら参戦するから、無理するんじゃないわよ」
「その言葉、ミルちゃんにも言えるね」
二人は互いの顔を見てニコリと笑い、気持ちを完全に入れ替え、敵前に集中する。
「別れの挨拶は済んだ?」
「別れ? そんなのする訳ないでしょ。だって――」
ミルミアが言うと、ミルミアとリンナは矛先を相手に向ける。
「ウチ達が負ける訳ないんだから」
「私達が負ける訳ありませんから」
同時に言った時、合図になったのか、ミルミア同士は剣を交え離れていき、リンナはアイスウォールで村長の前に氷の壁を作ると、レーラの弾丸を防ぎ、すぐさまアクアカッターを発動させる。だが、二人はそれを躱すと、リンナに標的を変え、偽物のリンナはサンダーニードルを、レーラはアイス・ブレットを撃ってくる。
「アイスウォール!」
リンナ自身の前に壁を作り、二人の攻撃を防いだ。だが――
「エクスプロージョン・ブレット!」
レーラから放たれた弾丸が氷の壁にぶつかった瞬間、爆発が起きた。その衝撃で壁が壊れ、防ぐ所が無くなった。
がら空きとなったリンナに、突然右肩に激痛が走る。よく見ると、弾丸で撃ち抜かれていた。
――そっか……サイレントで……
発砲音が聞こえなかったのか、リンナはそう思った。
自分にオールヒールをかけようとしたが、氷の矢が飛んできて、躱すのに精一杯だったため回復出来なかった。これは自身が使っているアイスニードルだ。
「く――っ! サンダーボム!」
リンナは肩を庇いながらサンダーボムを繰り出し、アイスニードルと相殺する。その時に発生した煙を利用し、近くにある支柱に村長と隠れ、まずは自身を回復する。
「どこに行ったんだ? お前の本物は」
「さぁ。私の事なんで、どっかに隠れていると思いますが」
――流石私……完全に読まれてますね……。この状態じゃ完全に詰んでます。どうすれば……ん?
リンナは支柱の近くにあった机の下を見る。そこには人一人隠れるには申し分ない広さがあった。
――あそこなら……
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その頃、ミルミア達は剣を交えていた。
ミルミアの剣は少しデカいため、小回りが利かないが、その分威力がある。同じ威力がぶつかり合う事で、自分に伝わる相手の威力も少し強い。
「あんた。よくそんなんでタイガのパーティーに入ってたわね」
「……何よ」
そんな攻防の中、偽物のミルミアが話しかけてくる。
「本当は気付いているんじゃない? ウチ自身。このパーティーにいても、力になれない」
「……」
「でも、パーティを抜けるのは嫌だ。何故ならそこには、自分が初めて好きになった人が――」
「うるさい!」
ミルミアは血相を変えて叫び、目一杯力を込めて剣を振る。だけど、それは空しく躱されてしまう。
「図星でしょ? ウチは……アンタは魔法が使えない。ガリルを持つだけのただの見習い騎士。剣を振る事しか出来ない。そんな時、アンタは運命的な出会いをした。ヤマト・タイガ。剣も使えれば魔法も使える。そんな彼が羨ましくなった。そして次第に、好きになっていった。違う?」
偽物の言葉に、ミルミアは押し黙る。相手の言っている事は本当だった。
「そして、困ったことがあればいつも彼が助けてくれる。魔獣の時も。村まで行く時も。いつも彼が一緒だった。でも、今はどう? 彼がいなくて、自分じゃ何もできない。なら、とっとと死んで、ウチを外に出させてよ」
そう言って相手のミルミアはミルミアの首目掛け、刃を振るう。だけどそれを、ミルミアは腕に付いている鎧で防いだ。
そして、攻撃に耐えながらゆっくりと口を開く
「確かに、以前のウチなら何も出来なかった。でも、タイガと共に過ごして、タイガが背負っている物を感じた時、ウチは強くなりたいと思った」
鎧が壊れ、刃が腕に刺さり、血が出て来る。
「だから今度は、ウチが守る番だって、そう思った。だからウチは、剣術以外も練習した。それが……これよ!」
ミルミアは右手で握っていた剣を放し、相手の腕にガリルを溜めた張り手を決める。そこで一瞬怯んだ偽物のミルミアは剣を握る力を失い、手を放してしまう。その隙を狙って、今度は左手で相手の溝尾に張り手を決め、先程より多い量のガリルを込めると、相手は吹っ飛んで行った。
「ウチはもう、守られるだけの存在じゃない。自分の身は自分で守る。そして、仲間も守る。それがウチ、ミルミア・ガーネよ」
「そんな……データに無いなんて……」
ゆっくりと立ちながら、落ちた剣を拾う。
「ウチは、負けない!」
「アンタは、負ける!」
そして再び二人は走り出し――
「「うをぉおおおおお!!」」
剣を交わし始めた。
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机の下の広さを見て、リンナは小さな声でムナウドに話しかける。
「村長さん。私が二人の気を逸らしている間に、あの机の下に隠れて下さい」
「う、うむ」
リンナは一呼吸置き、支柱から出て魔法を唱える。
「アクアカッター!」
「「!?」」
いきなりの出来事で、二人は反応できず、少し怯んだ。その間にムナウドは机の下に隠れ、身を潜ませる。
だがその瞬間――
「うわぁあああ!」
ガコン、と言う音と同時にムナウドの叫び声が聞こえ、次第に小さくなって聞こえなくなった。
「村長さん?!」
リンナが見に行くと机の下が開いており、少しずつ閉まって行った。
「村長さんを隠そうとしたのが裏目に出ましたね」
「村長の奴、今頃おっちんでんじゃねぇか?」
偽物二人は不気味な笑みを浮かべていた。
「まぁ、村長の任務は完了だな。後はお前とミルミアだけだ」
「楽にさせてあげますよ」
すると相手のリンナはアイスニードルを、レーラはロードで弾を装填した後、銃口をリンナに向ける。
「それでは、死んでください」
「じゃあな。――エクスプロージョン・ディフュージョン」
ディフュージョンとは『拡散弾』という意味を持つ。つまりレーラは拡散する爆発弾を、リンナはアイスニードルを撃つ。
そして大きな爆音と衝撃が、その部屋を襲った。
「リンナぁ!」
遠くで戦っているミルミアが叫ぶ。だが返事はない。
「さて、あとはお前だけだぜ。ミルミア」
二人の矛先はミルミアに変わり、三対一と不利な状況になってしまった。
「そんな……リンナ……」
大切な親友も失い、近くに頼れる男もいない。ミルミアは戦意喪失し、諦めかけたその時だった。
「う――っ!」
「ぐあ――っ!」
リンナとレーラが突然、苦しみの声を上げたのだ。ミルミアは何事かと二人を見ると、二人に数本の氷柱――アイスニードルが突き刺さっていた。これを使えるのは、一人しかいない。
「もしかして……」
ミルミアはまさか、とリンナがいた場所を見る。そこには、大きくて分厚い氷で覆われて、無傷なリンナが立っていた。
「ミルちゃん。人を勝手に殺さないでね」
そう言いながら杖を横に振ると、氷が一瞬で砕け散る。そしてミルミアの所に行き、傷を癒す。
「リンナ、一体どうやって……」
「私にも分からない。だけど、突然身体の奥から力が湧いて来たの。そして気付いたら、巨大な氷柱に守られてた」
リンナの表情を見ると、今までとは打って変わって、凛とした顔つきになっていた。
「ちっ! ここまで来て覚醒するとは」
「面倒くさいですね。一気にやりましょう」
そう言って、偽物のリンナは氷柱が刺さったまま、魔法を唱える。
「サンダーボム!」
「クリア・ディフュージョン!」
「アイスウォール!」
二人の攻撃を、リンナが防ぐ。
「今度はこっちから行きます!」
すると、先程より大きな氷柱が作られる。
「ビッグ・アイスニードル!」
それはリンナ、レーラ、ミルミアを襲う。相手はアイスウォールで壁を作るも、簡単に壊される。そしてその氷柱は、三人に串刺しで身動きが取れない状態になった。
「これで、お終いです。――バブルアイス」
氷の泡が三人に当たると、三人は氷漬けになった。
すると今度はミルミアが剣を構え、三人に向かって剣を振る。
「ミルミア流・剣波!」
剣から繰り出された自身のガリルが刃となり、三人を真っ二つに斬った。その瞬間、三人は光となり、消えていった。
「これで、本当に終わったのね……」
「うん。それにしてもミルちゃん。今のってタイガさんのパクリ?」
「パクリとか言わないでよ! タイガのソード・ルカをモチーフにした、ウチのオリジナル剣術よ」
闘いが終わった二人は顔を見合わすと、にっこりと笑う。だが、まだ本当の闘いは終わっていない。
「さて、まずはレーラさんを探さないと」
「そうだな。早くあたいを探してくれよな」
「そうね――って、え?」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、振り向くと、気を失っているムナウドと肩を組んで、傷だらけのレーラの姿があった。
「レーラ!? どうしたのその傷!」
「今回復します。そこに座ってください!」
二人はレーラを座らせ、ムナウドを再び寝かせる。
「それで、何があったの?」
「何があったも何も、あの机の下が急に開いたと思ったら、魔獣が沢山いる所に飛ばされてよ。それを退治していたら上からあたいと同じ様に村長が落ちてきて、気付いたら気を失ってたんだ。それで何とか出口を見つけて、歩いてくるとここに戻って来たって訳だ」
レーラは背もたれに体を預けながら『あー疲れた』と言う。
「そっか。こっちは丁度偽物を退治し終わった所よ。タイミングが良くて助かったわ」
「そりゃどーも。で? これからどうするんだ?」
「これからタイガさんの下に向かうつもりです。ですが、それは村長が目を覚ましてからでいいでしょう」
三人はしばし休憩し、ムナウドが目を覚まし次第、タイガの救出へと向かうと決めた。
「はぁはぁ……」
だが、そんなタイガは限界に近かった――。




