第五九話 約束とクエスト開始
暗闇の中、金属音が響きわたる。一人は傷を負い、死に物狂いで戦い、もう一人は蔑んだ笑みを浮かべ、傷を負わせる。はたから見たら、普通の闘いかもしれない。だが、これは普通ではなかった。
「はぁ……はぁ……」
彼は目の前の敵をじっと見据える。少しでも気を抜けば殺されそうな、そんな雰囲気だった。だが見据えていたにも関わらず、彼の目の前から敵が消えた。見失ったと思い辺りを見渡す。すると後ろから『チチチ……』と雷の音が聞こえ、それを防ごうと後ろを振り向きながら剣を振り切る。だが、そこには誰もいない。瞬間、左胸を貫かれた感覚が彼を襲う。自分の胸を見ると、無い筈の手が光を放ち、そこにはあった。先程の雷で貫かれたのだ。
彼は自身を貫いた敵を見る。その顔は、彼と瓜二つだった。
「これで僕は外に出られる。オリジナルはここで眠れ」
そう言われ、貫かれた心臓から手が離れる。瞬間、彼は力なく倒れた。
朦朧とする意識の中、暗闇から出て行く敵を見る。
「これであいつを、カリンを守れる。親父にカリンは殺させない……」
彼は最期にその言葉を耳にして、息を引き取った。
「――が、――イガ、タイガ!」
「――っ!」
突然名前を呼ばれたタイガは目を覚ます。
「どうしたのタイガ? 起こしに行ったらうなされていたし、汗も凄いし」
「え……」
ミルミアに起こされたタイガは、今の自分の状況を確認する。ロートンから借りた寝間着はびっしょりと濡れており、もの凄い量の汗をかいていた。
「……みんなはもう起きてんのか?」
疲れ切った表情で、ミルミアに聞く。ミルミア曰く、既に全員起きているようで、なかなか起きてこないタイガをミルミアが起こしに行き、今の状況に至るらしい。
「そっか……取り敢えずシャワー浴びてくる。先に飯食っててくれ」
タイガは着替えを持って部屋を出て行く。
「あ、タイガさん。おはようございます」
「遅いぞタイガ!」
「おはようございます、タイガ様。よく眠れましたか?」
「あぁ、おはよう……」
途中、リンナやレーラ、ロートン達とすれ違うが、生返事で答えてシャワーを浴びに行く。
「どうしたんだ? タイガの奴」
「タイガさん。朝はそこまで弱くない筈なのに……」
「恐らく、見たのよ」
リンナとレーラの疑問に答えたのは、タイガから遅れてやって来たミルミアだった。
「ミルちゃん。見たって、もしかして予知夢の事?」
リンナの質問にゆっくり頷く。
「あの様子、あの日以来じゃない?」
「確かに、とてもやつれている様に見えたけど……」
三人はタイガが向かった浴室を見届ける。すると突然、ミルミア、リンナのマグナラとレーラのリボルバーが光り出した。
「え? 何? この光」
「ガリルも流していないのに、どうして……」
「あたいは何でリボルバーなんだ……」
すると、突然光り出した二つのマグナラとリボルバーは、ある一転に光線を放った。その先にあったのは――
「あれって、タイガの剣?」
申鎮の剣だった。
「どうすんの? これ」
「分からない。でも、触って良いのかな?」
「タイガの話だと、認められた奴以外触ると、ガリルを吸われるんだろ? 触って大丈夫なのか?」
三人はこうも考えた。これは向こうから呼んでいるのではないかと。そう思ったのか、三人は恐る恐る申鎮の剣に触れる。その瞬間、三人の意識は無くなった。
『起きて……』
「んん……」
聞き慣れない声に、ミルミア達はゆっくりと目を開けた。そこには真っ白な空間が繰り広げられ、一〇歳位の少女が立っていた。そう、ジュピターだ。
「ここは……?」
『ここは私とマスターだけの空間』
リンナの言葉に、三人は首を傾げる。
「マスター? 誰だ? それ」
『マスターはマスター。貴女達、いつも一緒に居るじゃない』
「もしかして、タイガさんの事ですか?」
リンナの言葉に、ジュピターはコクリと頷く。
「じゃあ、お前が申鎮の剣の本当の姿ってか? 随分ちっこいな」
レーラが言った瞬間、レーラの頬に鋭い風が吹いた。血こそ出なかったが、それだけで十分な威圧感を与えた。
『言葉に気を付けて。私はこう見えても貴女達より一〇〇〇年以上生きているの。私がその気になれば、直ぐに斬る事も出来る』
「ご、ごめんなさい……」
あまりの威圧感に、レーラは素直に謝った。
「それで、申鎮の剣さんは、どうして私達を?」
『名前、違う。私はジュピター。本当の名前はジュピター』
「ジュピターさんですね。私は――」
『大丈夫。貴女達の名前は分かるから。ミルミアとリンナとレーラでしょ』
三人は、ジュピターに名前を知られていた事に驚くが、常にタイガと共に行動しているなら当たり前かとも思い、話を続けた。
「それで? どうしてジュピターさんはウチ達を呼んだの?」
『呼び捨てで良い。今回、貴女達にお願いがあって呼んだの』
「お願い?」
ジュピターの発言に、レーラは聞き返す。
『マスターから、私の事は大体聞いている筈。悪意を嫌い、それを感じ取ると直ぐに斬りたくなる』
「だから、幻術も解けたんですね。あの時はありがとうございました」
リンナが納得すると、お礼を言って頭を下げる。それを見たミルミアとレーラも頭を下げる。
『貴女達はマスターの仲間だから。当たり前のことをしただけ』
そう言うと、三人は頭を上げて話を元に戻した。
『そして、マスター自身の事も聞いている筈。予知夢が見れる事を』
「カリンが死ぬ時に見る夢よね。それがどうしたの?」
ミルミア達は昨日、タイガから全て聞いた為、特に驚きもせず、話を聞いていた。
『それにはすこし語弊がある。マスターに発動する予知夢の条件は、カリンの死だけじゃない。マスター自身の死でも発動するの』
その言葉に、全員が固まった。そして、ミルミアの中で一致した。朝起こしに行ったとき、どうしてうなされていたのか。どうしてもの凄い量の汗をかいていたのか。そして、どうして疲れ切った顔をしたのか。
「もしかして、タイガの様子がおかしかったのは……」
『そう。見てしまったの。自分自身の死を』
リンナとレーラも納得した。
そこでふと思ったのか、レーラがジュピターに聞く。
「待てよ。タイガは今まで予知夢を見て、カリンの死を回避してきたんだろ? 今回も同じ様に出来るんじゃないのか?」
タイガは全ての予知夢を利用し、カリンを救ってきた。なら今回も、自分の命を守れるのではないか、と。だが、ジュピターはそれを否定した。
『今回は回避出来ない』
「何でよ!」
否定された事に苛立ったのか、ミルミアが声を上げる。ジュピターは顔色を変えずに、話を続けた。
『これから貴女達が行く神殿。あそこは終焉の地なんて呼ばれているけど、それは出鱈目。でも、中に入ってしまえば二度と出られないのは確か。その証拠が、今回の村長』
ジュピターがレーラを見る。レーラはその場にいて知っている為、何故見られているのか理解して頷いた。
『あの神殿に入ってしまうと、貴女達の性格、ガリルなど、全ての情報を抜き取られる。そしてその情報を元に、全く同じ生物を生み出す。いわゆるクローン』
「じゃあ、タイガはそのクローンに殺られたって事?」
『少し違う。確かに、マスターが殺されたのは、そのクローンのせい。だけど、相手はマスターであってマスターではない』
ジュピターの言葉に、三人共首を傾げる。
『言ったでしょ。神殿の中に入ればその人の全ての情報を抜き取られるって。マスターには以前話したことがあるけど、マスター自身に悪意はない。でも、マスターとは別の者の魂を感じるって。つまり、マスターが今回死んだ理由は――』
「その別の者によって死んだ。タイガであって、タイガでない人……」
全員ジュピターの話を理解し、話を最初に戻す。
「じゃあ、ウチ達を呼んだ理由って……」
ミルミアがジュピターを見ると、頭を下げて言った。
『お願い。マスターを助けて。このままじゃ、本当に殺される。頼れるのは、貴女達しかいないの。だから、お願い』
ジュピターが言い切ると、三人はそれぞれ顔を見合わせる。そしてクスッと笑い、当然の様にミルミアが言った。
「当たり前じゃない! 私達のリーダーを殺させはしないわ。それに――」
「いつも守られている訳にもいきませんしね」
「あたい達に任せろ!」
ミルミアに続き、リンナ、レーラも声を掛ける。そして、ジュピターは顔を上げて、優しい笑顔で『ありがとう』と言った。
「それで、具体的にはどんな事をすれば良いんだ?」
こうして、彼女達によるタイガ救出作戦の会議が始まった。
一方その頃、タイガはただただ頭からシャワーを浴びていた。そして、先程の夢を思い出す。
――俺は殺された。昨日のジュピターの話なら、あの予知夢はカリンで発動したんじゃなく、俺で発動した。それは良い。だが、問題が俺を殺した相手だ。あの姿は間違いなく俺だった。だが、俺であって俺でない……まるで別人だった。もし、あれがクローンによって生まれた俺なら、俺に何か隠されているのか……?
タイガはシャワーを浴びながらずっと考えていた。
絶対に、マスターはマスターのままでいて。
ふと、ジュピターに言われた会話を思い出す。
それは初めてあった日。申鎮の剣の本体がジュピターだと知った日。
――確かあの時、ジュピターは俺に忠告した。自我を失うなって。もしかして、それが関係してんのか? それに、別の者の魂を感じるとも言ってたな……。もし、俺を殺したのがその別の者だったら……。俺は、どうすれば良いんだ……
タイガの質問は、誰も返事は来なかった。考えていけば考えるほど、負の連鎖が立ちはだかる。
その時、ある人物に向かって言った一言が、頭を過った
『お前が心底信頼している男が、何とかしてやるよ!』
――しまった。忘れてたよ……。俺はあいつと約束したじゃねぇか。何とかするって。そんな弱気になってどうするんだヤマト・タイガ! この予知夢、俺の死だろうが何だろうが……
タイガはシャワーの邪口をひねって、水を止める。そして顔を上げて鋭い目つきで言った。
「その運命、変えてやるよ」
そして浴室を出て、いつもの服装に着替えたタイガはみんながいるであろうリビングに向かう。そこにはまだ食事に手を付けておらず、タイガの帰りを待っていたミルミア達の姿があった。
「遅いわよ! タイガ」
「お前ら、先に食って良いって言ったのに」
「やっぱり、ご飯は皆さんと一緒に食べた方が美味しいですから」
ミルミアとリンナが笑顔で出迎える。その言葉にタイガもフッと笑い、席に着いた。
そして――
「いただきます!!」
タイガの号令で、タイガ一行はロートンの母が作った料理を食べ始めた。
「よっし! お前ら、準備は良いか?」
食事を済ませた一行は、竜車に荷物を載せ、神殿に向かう準備をしていた。
「そんなの、とっくに出来てるわよ」
「タイガさんこそ、大丈夫ですか?」
「体調悪かったら言えよ!」
女子三人はとっくに出来ているようで、タイガは安心した。
「それではロートンさん。行ってきます。村長は我々が必ず救います。ですが、もしもの事も覚悟しておいて下さい」
「親父の事、宜しくお願いします。それとタイガ様達も、お気をつけて」
互いに挨拶を交わし、タイガは車に乗った。そして、竜車を出発させる。
走行中の中、全員無言だった。タイガは目を瞑り、運命を変えるための手段を考えている。どうすれば勝てるのか。自分の死は免れるのか。ミルミア、リンナ、レーラは先程の作戦を振り返っていた。どうすればタイガは救えるのか。全員が全員、神殿に向かう途中、自分達がやらなければならない事をもう一度思い返す。
そして遂に、その時が来た。
「タイガさん。着きました」
リンナの声で、タイガは目を開け、車を出る。
目の前には神殿と言うより、遺跡に近い建物が建っていた。蛇をモチーフにした岩が入り口を作り、周りには壁画が刻まれていた。
「――お前ら、覚悟は良いな」
タイガの言葉に、全員頷く。
「全員、必ずここを出るぞ。そして帰るんだ。俺達の事を『家族』と呼んでくれる、アイツの下に」
全員の頭には、水色のショートヘアに、青い瞳をした少女が思い浮かぶ。
そして全員、入り口の前に立つ。タイガが一つ、深い深呼吸をして、言い放った。
「行くぞ!」
こうして、彼らのクエストが始まった。




