第五八話 予知夢の告白とクローン
「この世界は必ず……滅びる」
表情を歪め、弱弱しい声でタイガはそう言って俯く。周りは固まっている。
「待てよタイガ。何を根拠に言ってるんだ? あたいだってまだお前達といる時間は短いが、少なくともお前は質の悪い冗談を言う奴ではないと思ってる。理由を教えてくれ」
レーラがタイガを見つめる。タイガは表情を変えず、顔だけを上げた。
「これはまだ誰にも話した事が無いが、俺には予知夢を見る能力を持っているらしい」
「予知夢……ですか?」
リンナの言葉に、タイガは頷く。
「俺自身、何で見れるのか分からない。だけど、ある条件が近付くと、その予知夢を見てしまう」
「条件? 予知夢に条件なんてあるの?」
「言ったろ? 俺自身もよく分からないって」
「それで? その条件とやらは何なんだ?」
レーラは表情も何も変えず、タイガに聞く。タイガは一つ、深呼吸をしてレーラの質問に答えた。
「……ドルメサ王国、国王、カリン・ビル・アルシアの死、だ」
その時、全員が言葉を失った。誰も何も言えない。何を言えばいいか分からなくなっていたのだ。
「ミルミアとリンナは覚えているか? 王宮にモナローゼさん達が来た時の事」
二人はそう言われると、自己紹介の時に、タイガの顔色がもの凄く悪かったのを思い出した。
「あの時、俺は見たんだ。カリンの死を。それにお前らの死を」
「でも、カリンやウチ達は死ななかったじゃない」
ミルミアの言っている事はもっともだ。だけど、タイガは首を横に振る。
「確かに今、お前らは生きている。それは俺がこれから起きる事を知っていたからだ。もし俺が予知夢も見れず、あのまま過ごしていたら、全員死んでいた」
「因みに、私達の死因は何だったんですか?」
恐る恐るリンナが聞く。
「魔獣だよ。俺達は全員、王宮で魔獣に食い殺された。だけどそれを事前に回避できた。それはなんでだと思う?」
タイガはミルミアとリンナ、それから当時いなかったレーラに聞いてみる。すると、質問に答えたのはレーラだった。
「もしかして、事前に誰かが情報をくれたとかか?」
タイガはレーラを見ながら固まってしまった。
「な、何だよ……」
「お前、結構鋭いのな」
「と、言う事は……」
「思い出してくれ。俺達が死闘を繰り広げた日、何があったか」
ミルミアは両手の人差し指をこめかみに当て、リンナは顎に手を当て考える。
「確か、ルーさんが言ってました。オルドラン村付近の森で魔獣が大量発生したって」
「リンナ正解。その日は予知夢で事が起きる日の前日だった。だけど、ルーの発言と俺の予知夢を繋ぎ合わせると、一致したんだよ。魔王軍に乗っ取られているルーは簡単に王宮に入れるし、オルドラン村付近の森で現れた魔獣は少しずつ進行して、時を見計らい、ルーの……いや、魔王軍のドリナエの指示でいつでも王宮に魔獣を入れられる。だから俺はその発言でもしかしてと思って行ったら、ビンゴだった」
「そして予知夢を無事に回避したって訳か! タイガもやるなぁ」
当時の出来事を知らないレーラは呑気だが、他の二人はそうでもない。実際、タイガを巻き込んでしまったのだから。
「ではタイガ様。今回もその予知夢で回避すれば良いのでは」
ここで漸く、ロートンが会話に加わる。
「いいえ。今回は勝手が違います。今朝、久々に予知夢を見ましたが、分かったことは、ミルミアが箱を開けただけ……」
「う、ウチ!?」
いきなり呼ばれたタイガに、ミルミアは驚いてしまう。
「今回はそれしか分からないんだ。何処で箱を開けたのか、いつ開けたのか、何も分からない……。一つ言えることは、この箱は違う」
タイガは机に置かれている箱を指さす。
「その根拠は?」
レーラが答えると、タイガは一つの物を取り出し、みんなに見せた。
「申鎮の剣だよ」
「それはタイガの使っている申鎮の剣よね。それがどうしたの?」
「さ、申鎮の剣ですか!?」
ロートンが驚愕する。
「失礼ながら、タイガ様は騎士族でもないのですよね……」
「みんな必ず聞いてきますが、違います」
タイガは呆れながら、そして疲れた表情で言った。
「それで? その剣がどうしたんだよ」
レーラが話を戻し、タイガに振る。
「あぁ。お前ら、この村に入る直前に幻術にかかったよな。普通なら解くことは出来なかった筈……ですよね? ロートンさん」
「え、えぇ」
「でも俺達は脱出することが出来た。それは何故だと思う?」
タイガが全員に問いかける。だが、全員答えは出なかった」
「一つ目は、お前達を解く前に俺が既に解けていた事。その理由がこいつだよ」
そう言って、再び申鎮の剣を触れる。
「リンナとミルミアは聞いたかもしれないけど、こいつは悪意を嫌っている。ロートンさんの幻術に掛かった時、幻術という悪意……つまり闇属性を取り除いてくれたんだ。だからお前達の幻術は、俺経由でこいつが解いてくれたんだよ」
「成程……」
ロートンは納得したかのように頷く。
「それを利用して、さっきお前らが入浴中に調べさせて貰った。箱の場所まで連れて行ってもらってな。その時は開けたかどうかなんて聞いていない。現状を調べたかったからな。それで今、ロートンさんに聞いて誰も開けていないと聞いて安心したんだよ」
長々と説明したタイガだが、誰一人、タイガの目を逸らさず聞いていた。
「では、この箱の中には何が入っているんです?」
安心だと知ったリンナは箱の中が気になっていた。だが、タイガは開けようとはしなかった。
「言ったろ。いくら安心だと知っても、カリンから箱系の物は開けるなと言われているんだ。ごめんだけど、この箱は開けられない」
それを聞いたミルミア、リンナ、レーラはあからさまにがっかりした。タイガは苦笑いして、ロートンに箱を厳重な場所に保管するように言った。
箱を持って出て行ったロートンを見送り、タイガは再び口を開く。
「さて、肝心なのはここからだ。さっき言ったように、俺は予知夢を見る能力がある。今回の予知夢の内容は、ミルミアが箱を開けた瞬間、世界が滅んだのが原因だ」
ミルミアはそう言われると、顔を俯かせる。
「だが、今回予知夢の内容を話したことによって、恐らくだが未来は変わった。ミルミアが箱を開けることは無くなるだろうし。そして俺達は明日、神殿に着く予定だ。つまり――」
「今日の夢で決まる、という事ですか?」
リンナの言葉でタイガが頷く。
「どんな夢になるか、俺も分からない。もし、予知夢が発動されなかったら、カリンの死は免れたも同然。どんな結果であろうと、明日は気が抜けない。頼むぞ」
タイガの言葉に、全員頷く。
話し合いも終わり、全員寝床に就いた。タイガはロートンの弟の部屋を借り、ミルミア、リンナ、レーラは妹の部屋で寝る。
タイガが布団に入り、数分後。意識はまっさらな空間に飛ばされた。そう、ジュピターの空間だ。
「呼ばれるとは思っていたが、随分早いな。今日は助かったよ、ジュピター」
『ううん。マスターを助けるためなら何だってする』
「それで、ジュピターは知っているのか? あの神殿の事を」
タイガの言葉に、ジュピターはコクリと頷く。
『マスターは神殿の事は大体調べているよね』
「まぁな。それで?」
『あの神殿は入ってしまっては二度と出ることは出来ない。入った瞬間、見えない壁に阻まれ、外に出れないの。でも、他の人はそれを知らない』
「どういうことだ?」
タイガの疑問は最もだ。一度入れば外に出られない。そして帰って来なくなったことを知ると行方不明となって探し始める。だが、いなくなったことに気付かず普通に生活している。
この時、タイガは一つの答えが浮かんだ。
「……村長か」
『そう。マスター達の前に現れたのはその村長の姿をしたニセモノ』
そこまではタイガも分かっていた事。だが、どうやってそのニセモノが生まれたのか。タイガはそこが疑問だった
『その神殿に入ると、侵入者の情報、ガリルの属性や性格もろとも吸い取られちゃうの。そして生み出されたのが――』
「ニセモノ……つまりクローンか」
タイガの言葉にジュピターは頷く。
『村長は神殿に入ったことにより、村長のクローンが生み出された。クローンは外に解き放たれ、そして村長本人は幽閉されている。だけど……』
「だけど?」
『マスターと接触したあれは、クローンじゃない』
タイガはそう言われ、固まった。
『マスターも感じ取ったはず。あの殺気。あれはマスターにだけ向けられた殺気』
「やっぱりそうだよな……。でも、何で……」
タイガの質問に、ジュピターは首を横に振る。
『流石に私も教えられない。でも、奴の正体を知っている』
「奴の、正体……?」
タイガは冷や汗を流しながら、ジュピターの話を聞く。
『あの神殿の名前は『バルティアス神殿』。そこに数千年も眠っていた邪神『オーバ』。それが奴の正体』
「邪神……オーバ……」
『何でこのタイミングで復活したのか分からない。でもこれだけは言える。もし他の邪神が目覚めてしまえば、完全にこの世界は終わる』
タイガはその時、一つの言葉が気になった。
「まて。他のってどういうことだ」
『神殿はここ以外にもある。そのうちの一つ、バルティアス神殿の邪神の封印が解かれたって事』
「そのオーバってのは何処に?」
『そこまでは私も分からない。ただ分かるのは、全ての邪神が集まった時、天変地異が起きて、世界は終わるって事だけ』
――じゃあ、今日見た夢は何だ……?
タイガは更に謎に包まれてしまった。それは、神殿の別名についてだ。
「なぁ、何でバルティアス神殿は終焉の地って呼ばれているんだ?」
すると答えはあっけなかった。
『あれは全部出鱈目。イージェの箱もそこには存在しない』
「でも、俺は予知夢で確かに死ぬ夢をみたぞ!?」
『それはマスターの死だよ』
「俺の……?」
『そう。その予知夢はマスターと、もう一人の女、カリンが死ぬ未来が近付くと発動するの。見せているのは私じゃないけど』
「一体誰が……?」
その時、タイガの身体が薄くなってきた。
『どうやら時間切れ。またお話しよ、マスター』
そう言われ、タイガは完全に意識を手放したのだった。




