第五四話 拘束と仮定
幻術が解けて、タイガに抱き着いて泣いた彼女達が落ち着くと、一度竜車を降りてタイガが話を切り出した。
「まず、これを付けよう」
タイガが出したのは、カリンから貰ったドルメサ王国の紋章だった。
「どうして?」
「まず、俺達が幻術が掛かったとしたら、あの時の衝撃だろう。つまり、この先には村か集落がある筈だ。そして俺達の侵入を拒んだという事だ。そこで――」
「この紋章を使う訳ですね」
タイガの言葉をリンナが続けて言い、タイガはそれに頷く。
「これを付けておけば、少なくとも敵とは認識されない。所でリンナ、お前ガリル残っているか?」
「え? はい、一応……」
「みんなの事、回復してくれないか。俺、ガリル切れそうなんだよ」
「分かりました」
タイガの言葉にリンナは了承し、オールヒールを使って全員回復する。他のみんなが回復している中、タイガの一部分だけ回復出来なかった。
「無理か……」
タイガは両手を見て言った。幻術に掛けられている時、魔法を繰り出して負傷した手だった。
「どうかしたのか? タイガ」
タイガの様子を見に来たレーラが近付く。レーラの質問に、タイガは眉を顰めて答える。
「いや、この手の部分だけ回復されないんだよ。リンナに回復してもらった後、自分でも回復魔法掛けたけど、効果なくて……」
「お前、手がボロボロじゃん!」
レーラはタイガの手を見ると、目を見開いて驚いた。右手の感覚は既に戻っており、握力の方も少し回復している。
「空気に触れているだけで痛ぇし、どうにかなんねぇかな」
「動くな!!」
その時、遠くから声が聞こえた。どうやらタイガの言った通り、集落か村の人間が様子を見に来たらしい。
「どうやって幻術を解いたんだ……。貴様ら、そこを動くな! 動いたらこちらに対する反抗とみなし、即刻始末する!」
若い人が一人と四人の高齢者がライフルや槍を持って奥からやって来た。
――やっぱり、俺達の事を敵として見ているな。紋章付けさせておいて良かった。
タイガは内心ほっとしており、反抗の意思がないことを知らせるために両手を上げた。ミルミア達もタイガを見て、真似して両手を上げる。
「よし、縛りつけろ」
「ちょ、何すんのよ!」
「触んなジジイ共!」
一人の若者が他の人に指示する。それに従い、タイガ達を縛り付けるも、ミルミアとレーラがそれを抵抗する。
「ミルミア、レーラ。今は従おう」
タイガの言葉で、二人は抵抗するのを止めた。そしてタイガ、ミルミア、リンナ、レーラの順で縄で繋げられる。
「武器はこちらで預かる。貴様、その剣を渡せ」
若者がタイガの剣に手を伸ばす。触ろうとした直前、タイガが声を掛けた。
「あ、その剣触んない方が良いですよ。ガリル吸い取られる可能性ありますんで」
「何を世迷言を」
タイガの忠告も聞かず、若者は申鎮の剣に触れる。その瞬間、若者は膝をついてしまった。
「だから言ったのに……」
膝をつきながらタイガを睨み、立ち上がるとタイガに自身の剣の刃を向けた。
「貴様! 抵抗するなと言っただろ! 命が惜しくないのか!」
「だから言ったじゃないですか。そもそも、俺は今縛られているんで、何も出来ないですよ。因みに、俺の意志でもありません」
「何だと!」
若者は剣を振り上げ、タイガを斬ろうとする。その時、一人の男の声が聞こえた。
「若様! お待ちください!」
「何だ!」
若と呼ばれた人物は、リンナの隣にいる高齢者を睨んだ。声を上げた張本人である。
「彼女ら、紋章を付けております!」
「紋章だと……?」
それを聞いて、男はタイガの服を見る。そして、マントに紋章が付いているのが目に入った。
「これは王族関係者の印……。関係ない! 早くやれ!」
男は一瞬たじろいだが、関係なく命令した。流石のタイガも予想外だった。この紋章を見せれば事は収まるだろうと思っていたのだ。
「計画変更。お前ら、吹き飛ばされんなよ」
タイガは他の三人を見て言う。三人は頷くだけ。
「何を話している! 殺され――」
男が喋っている最中に、タイガは唱えた。
「ルカ!」
タイガの身体全体から強い風が発動する。突然の出来事に、男と高齢者は風に吹き飛ばされてしまった。
「リンナ! その状態で魔法を使えるか!?」
「はい、何とか……」
「よし! 縄を切ってくれ!」
リンナは少し不安だったが、タイガの言葉通りに新しく覚えたアクアカッターで全員の縄を切っていく。
身動きが完全に取れるようになったタイガ達。取られた武器を手にして、タイガは男達を先程の縄で縛りつける。
「お前ら、大丈夫か?」
「えぇ。何とか」
「悪い。俺が浅はかすぎた」
「過ぎた事は気にすんなよ。それより、こいつ等どうするんだ?」
全員の無事を確認したタイガ。自分の浅はかな行動のせいで三人に迷惑を掛けたが、三人共それを許した。そしてレーラの言葉通り、男と高齢者達をどうするかタイガは考えた。
――この男が俺の紋章を見た時、少しだが顔つきが変わった。まるで恐れていた事が、隠していた事がバレた時みたいに。このお爺さん達は、この男に嫌々言われて動いている様にも見えた。という事は、俺達が幻術に掛けられたのも、この先に行かせない為。もし幻術を俺が解いていなかったら、今頃死んでいるか、もしくは……
タイガはその答えを見つけようと、今まで指示しかしなかった男――若と呼ばれていた男に近付き、目線を合わせて言った。
「この先に、何があるんですか?」
すると男は目を逸らして、声を震わせて言った。
「なな、何って、村だが」
「村、か。その村に案内してもらっても良いですか?」
タイガが言った瞬間、男は絶望の顔つきに変わった。それとは裏腹に、高齢者達は何処か嬉しそうだ。タイガはそれが視線に入って、先程の仮定の解が導く手前まで来ていた。
「嫌ならいいんです。無理難題を強いるのは、俺の主義じゃないので」
タイガの言葉を聞き、男の顔に安堵が見られた。だが、それもすぐに打ち砕かれる。
「でも、騎士団をここに呼び、一緒に見てもらいます。もしくは国王と。さて、どうしますか?」
タイガは二択の選択肢を男に与えた。自分達で案内するか、騎士団か国王であるカリンと一緒に見るか。どっちを答えても、タイガ達が行く事に変わりはない。男は苦渋の決断の上、小さく弱弱しい声で言った。
「自分達が、案内します……」
「ありがとうございます。さてと、ミルミア、お爺さん達の縄を解いてあげて」
突然の言葉に、ミルミアは驚いてしまった。先程自分達が襲われそうになった人達を、いきなり解放宣言したのだから。
「お爺さん達に罪は無いよ。それより、早く解いて竜車に入れてあげて。リンナ、また運転頼む」
「は、はい」
ミルミアはタイガの言う通り高齢者の縄を解き、竜車に乗せた。乗ったのを確認するとき、タイガは高齢者の一人に聞いた。
「貴方達は、あの男に無理難題を言われているんですよね?」
その言葉を聞いた人は目を見開き、その後悲しい目をしてゆっくり頷いた。だが、高齢者の一人が一言付け加えた。
「ですが、若をあまり責めないであげてください。若は今、微妙な立ち位置にいるので……」
「分かりました。それが聞けただけで充分です。ゆっくりと中でお休みください」
タイガはそう言って、ミルミアとレーラの下に寄る。
「二人共、お爺さん達に聞いて欲しい事があるんだ」
タイガはミルミアとレーラに、質問の内容を話す。勿論、質問の意味も話して。
「分かった。タイガ、あまり無理しないでね」
「何かあったら、あたい等を呼べよ!」
「あぁ。じゃ、頼んだぞ」
二人に心配の言葉と頼りになる言葉を受け取ると、ミルミアとリンナが入っていった車のドアを閉める。
「さて行きましょう。案内をお願いします」
男にそう言うと、声を張り上げてタイガに言った。
「どうして俺だけ竜車に乗せないんだ! それに縄も解いて……俺も解け!」
「どうしてって、自分で案内するって言ったじゃないですか。それにここで解けば、貴方が何をするか分かりませんからね」
「くっ……!」
これ以上反抗出来ないと思った男は、静かに先頭を歩き始めた。その後ろにタイガ、竜車となっている。
――頼むぞミルミア、レーラ。俺の仮定が正しければ、この先にある村はかなり酷い状況だろう。その為にも、お爺さん達の答えが必要なんだ。
タイガは、先程のミルミア達に話した内容を思いだす。
「え? 村の状況?」
「あぁ。さっきのお爺さん、アイツに無理難題を強いられているって言ってた。もし、それが本当なら、俺達に幻術を掛けた理由が完璧に一致するんだよ」
「幻術を掛けた理由?」
「あの男は、紋章をしていても関係なく攻撃しようとした。という事は、この先にある村は、見せてはいけない領域なんだよ。何故なら、高齢者に強制労働させているからな」
タイガの言葉に、話を聞いていたリンナも含め、三人で驚いていた。
「だから、お前達からも聞いて欲しい。そしてその会話をマグナラで繋いでくれ」
そう言って、ミルミアとレーラは竜車に乗っていった。
――神殿に行く前に、厄介な事に捕まるなんて……。勘弁してくれよ……
暫くすると、ミルミアからのキャッチが入った。
『あの、先程も聞かれたと思うんですけど、貴方達はあの男に強制的に働かされているのですか』
質問をしているのはミルミア。いつもと違って丁寧に話していた。
『うむ』
『一体、いつからだ?』
次にレーラが質問をする。喋り方は今まで通りだが、声のトーンは低く、相手に同情している雰囲気だった。
『つい最近じゃ。今までは老若男女問わず、平等に接してきた村長の態度が突然変わったんじゃよ』
『その態度が変わる前、何かありましたか?』
『確か……神殿を見つけたと言っていた時だったかの』
その時、タイガの足は止まり、ミルミアとリンナ、レーラは目を見開いて固まってしまった。
――神殿……だと……?
既に、パンドラの箱は開かれていた――。




