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異世界でニートは英雄になる  作者: 相原つばさ
第四章 厄災の神殿
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第五三話 覚悟と脱出

「それで? タイガは何に悩んでいたんだ?」


 竜車が走り出して数分経った時、レーラがタイガに聞いた。


「そうね。もしかしたら解決に繋がる答えが出るかもしれないし」


 隣に座っているミルミアも、レーラの意見に賛成する。だが、タイガの答えは迷っていた。内容が内容だけに、簡単に話せる内容ではないからだ。そしてタイガの出した答えは――


「……まだ言えない」


 そう言いながら俯く。その時レーラが顔を顰めた。


「そんなにあたい等が信用できねぇか?」


 この言葉に、怒りが籠っているのが分かる。タイガはゆっくりと首を横に振る。


「本当なら、今すぐにでも言いたい。でも、そんな軽々しく話せる内容でもない。だから、もう少し時間が欲しいんだ。自分なりの答えが出るまで」

「軽々しく……? タイガ、今回の調査の事を悩んでいるのよね?」


 この時、勘の良いミルミアがタイガに聞く。それに、タイガは少し動揺してしまう。


「どうして、そう思ったんだ?」

「簡単よ。昨日は普通にしていたタイガが、今朝になると顔色を悪くしていた。ちょっと前の馬車の中といい、休憩時といい、悩んでいるとしたら今回の依頼ぐらいしか思い浮かばないのよ」


 ミルミアのあまりの洞察力に、タイガはあっけらかんとしていた。


「どうしたのよ。間抜けな顔して」

「いや、何でもない。確かに俺は神殿の事で悩んでいるよ」

「だったら――」

「でも」


 ミルミアが話す前に、タイガが遮り、話し続ける。


「今回の依頼、生半可な気持ちでやると、生きて帰って来れなくなる。それを考えた上で、話を聞くか?」


 タイガはミルミアとレーラに鋭い視線を向ける。ミルミアは少し後ろに引いたが、レーラは全く動揺する気配がなかった。そしてレーラはニヤついて言った。


「当たり前だろ! あたいはいつも命がけでやってるんだ。生半可な気持ちなんて持ってねぇよ!」


 意外な答えに、タイガは目を見開いた。いくら〈銃士〉の才能があっても、一五歳の少女である事に変わりはない。そんな彼女が、常に命がけで依頼を遂行している事に驚いていたのだ。


「……分かった。ミルミアは?」


 視線をミルミアに変え、彼女を見る。ミルミアは俯いていて、少し恐怖に感じているのが分かった。断るかと思われた時、ミルミアも意外な答えを出した。


「ウチも……聞く!」

「大丈夫か? お前、震えてたぞ?」


 未だに小刻みに震えているミルミア。だが、表情は覚悟を決めた顔だった。


「タイガとパーティーを組んだ時から、そんな気持ちは捨ててるわよ。魔王軍の幹部と戦っているタイガを見て、ウチもリンナも覚悟は決めているんだから!」

「お前ら……」


 タイガは知っていた。魔王軍幹部、ドリナエとの闘いの後、リンナと二人で特訓していた事を。まさかその理由が、自分自身もいつか魔王軍と対等に、そしてタイガの横に立てるようにやっているとは思わなかった。


「……それ程の覚悟を決めているなら、もう何も言わねぇよ」


 タイガは呆れ顔で、それもどこか嬉しそうな表情で言った。


「だが、話すのは宿に着いてからだ。外で話す内容じゃないしな。それぐらいは良いだろ?」


 タイガの言葉に、全員頷く。こうして、夜にタイガの内を話す事が決まった。

 その時だった。


「皆さん! 気を付けてください!」


 突然リンナが叫ぶ。すると、竜車にもの凄い衝撃が加わり、タイガ達は壁にぶつかって一瞬怯んだ。


「一体何があったんだ?」


 体勢を立て直したタイガは外に出ようと、車のドアに手を掛ける。だが、それはミルミアによって(はばか)れた。タイガの腕を掴んだのだ。


「どうした――っ!」


 タイガがミルミアを見ると、ミルミアから出ているオーラが見えた。だがそのオーラは以前見たような白いオーラではなく()()オーラだった。隣のレーラも見ると、ミルミアと同じ黒いオーラを身体から発していた。


「どうなってる……。なんで急に……」


 すると、急にミルミアが自身の剣をタイガ目掛けて振り下ろしてきた。タイガは避けようとするも、腹部に両足を巻いたレーラに羽交い締めされ、身動きが取れない状態だった。


「許せミルミア、レーラ!」


 唯一動ける足を使って、ミルミアを蹴り飛ばす。その間に後ろにいるレーラの顔に頭突きをして、怯んだところを狙って巻き付いている脚を解く。

 タイガは申鎮の剣を持って外に出ようとしたが、肝心の申鎮の剣が無かった。車の中を見ても何処にもない。


「マグナラ! ジュピターは何処だ!」


 マグナラが地図を出して、申鎮の剣の場所を示す。そのポイントは動いている為、何者かが持ち去ったと分かる。

 タイガは取り返そうと車を出る。視界に入ったのは一面黒い空で覆われた世界だった。


「幻術か……」


 タイガはマグナラが指定したポイントに向かって走り出す。


「サンダーニードル」


 だが、目の前には魔法を使ってきたリンナが立ち塞がる。


「どいてくれ!」


 リンナの目に光は感じず、タイガの言葉も無視して魔法を使ってくる。


「サンダーボム」

「く――っ!」


 タイガは必死にリンナが繰り出す魔法を躱す。そして一気に距離を詰め、魔法を唱えた。


「ごめんな。ルカ!」


 タイガは溝尾に張り手の形を取って、ルカを使ってリンナを吹き飛ばした。


「ゴート」


 そしてリンナを囲む土の壁を作り、身動きを取れなくした。それが終わるとすぐさまポイントを追う。だが、まだタイガの道を阻むモノがいた。


「ここに来て魔獣かよ……」


 目の前には何体もいる魔獣がいた。

 タイガは申鎮の剣を持っていない為、不利に近い。


「こいつ等相手に素手で戦えっていうのかよ……」


 そう思っていた矢先、魔獣の一匹である狂犬(マッドドック)がタイガを襲う。


「く――っそがぁあ!」


 タイガは噛み付こうとするマッドドックの顔面を殴る。殴られた狂犬は吹っ飛びながら魔獣の群れに戻る。それが戦闘の合図だと思ったのか、一斉にタイガに襲い掛かる。タイガは躱せば殴り、躱せば蹴りを繰り返すも限界があった。

 タイガは右手の平を魔獣に向け、その手首を左手で握る。


「ペトラ・ビースト!」


 今までは剣から出してきた火の波を、手からかなり大きい火の玉が出てきて、魔獣に襲い掛かる。


「いってぇ!」


 ペトラ・ビーストを出した右手の平に激痛が走る。手を見ると赤く腫れていて、空気に触れるだけでも痛い。そんな痛みを堪えて、タイガは申鎮の剣を追う。

 だが、魔獣の出没は絶えない。現れては殴り蹴り、魔法を使い、襲われそうになっても殴り蹴り、魔法を使いの繰り返し。更に右手はかなりの数のあかぎれも出来ており、感覚さえも無くなってきた。

 そして遂に、申鎮の剣に追いつく。


「勘弁してくれよ……」


 その剣を持っていたのは、以前ドリナエと闘った時に召喚された巨大ゴリラだった。体術を使うにも、体格の差でまず効かない。それ以前に、体力の限界も来ている。


「はぁ……はぁ……」


 肩で息をしているタイガに、巨大ゴリラはタイガに迫る。


 ――右手はもう使えそうにない……。なら、両手を犠牲にしてでも!


 タイガは左手にガリルを集中させ、唱える。


「クリアガービル!」


 すると左手に雷が纏う。足にもガリルを溜め、最後の気力を振り絞って巨大ゴリラ向かって走る。向かってくるタイガを、巨大ゴリラは殴りかかる。

 ゴリラの拳は地面を砕く。その拳を上げると、タイガは何処にもいなかった。ゴリラは違和感を感じて左腕を見る。そこには腕を道にして走るタイガの姿があった。


「俺の剣を……返せぇええ!」


 タイガはゴリラの心臓部分を目掛けて、クリアガービルを纏っている左手で突く。するとピンポイントで当たったのか、もの凄い血しぶきが宙を舞う。

 心臓を突かれた巨大ゴリラは背中から倒れ、タイガはゴリラが持っている申鎮の剣を、左手で取ろうとするも、先程の魔法で右腕と同じ状態になっていた。だがその痛みを我慢して、申鎮の剣を取り返す。


「はぁ……はぁ……。って言うか、いつゴリラ持って行ったんだよ……」


 ガリル切れ寸前のタイガは、申鎮の剣に微量のガリルを流す。すると、直ぐに意識が切れた。


『マスター……』

「何とか取り返してきたぜ、ジュピター……」


 目の前には申鎮の剣の本当の姿、ジュピターが立っていた。


『ごめんねマスター。マスターにケガを負わせてしまって……』


 ジュピターは涙目で俯き、タイガに言う。


「心配すんな。ケガなんて後で治して貰えばいい。それに、魔王軍との戦いでキズなんてしょっちゅう付いてるからな」


 タイガは自虐ネタみたいに言いながら笑って言う。


「さて、この幻術はどうやって出れば良いんだ? 今回はペルがいないから、出る方法なんてないぞ」

『マスター、一回幻術解いてるじゃん』

「いつ?」

『ウリドラ・ガブリエルの時』


 タイガはウリドラという名前を聞いて思い出したというような顔をした。

 タイガは一度、ウリドラの最強幻術にかかってしまい、抜け出す方法がなかった。だが、幻術の中に持っていた剣を自分の首に刺し、無理矢理解いたのだ。


『あの剣、実は私なんだよ? そもそも、仮にも一般家庭に剣なんて置かないのに、マスターのお爺ちゃんに感謝しないとね』

「待て。じゃあ爺ちゃんの大刀って、お前だったのか?」

『最初は違うよ。正確には、マスターが魔法を使った時だね。その時に幻術の中に引き込まれた』

「何か、悪い事したな……」


 タイガは急に申し訳ない気持ちになり、ジュピターに謝罪する。


『気にしないで。それで、マスターは私を使って首を刺そうとした時、私が幻術を解いたの』

「一体どうやって……」

『マスター忘れたの? 私は悪意を感じると食べるって』

「食べる……もしかして」


 タイガは理解した。何故あの幻術が解けたのか。それは全て、幻術という()()をジュピターが食べたのだ。


「そっか……ありがとな」


 タイガはそう言うと、ジュピターを優しく撫でる。ジュピターはそれを気持ちよさそうに目を細めている。


『本当はもっとマスターになでなでをしてもらいたかったけど、早く出ないとね。そして多分、彼女達も同じ状況だと思う。その時、私と彼女達にガリルを流せば、マスターを伝って彼女達の悪意を食べるから』

「分かった。じゃあ頼むぞ、ジュピター!」


 その時、タイガの意識は幻術の世界に戻った。ボロボロの身体を起こし、傷だらけの手で申鎮の剣を握り、前回同様、刃を首に向け、思い切り刺す。

 その瞬間、タイガは目を見開く。辺りを見渡すと、竜車の中っていう事が分かる。


「帰って来たのか……痛っ!」


 タイガは自分の身体を確認する。すると、先程幻術が掛かっている時の傷がそのまま付いていた。そして辺りを見たと同時に、眠っているミルミア、レーラ、リンナがいた。


「ジュピターの言った通りだったな。さてと……」


 タイガは言われた通り、右手に申鎮の剣を、左手にミルミアに触ってガリルを流す。すると急に眼を見開いて起き上がった。それと同時に苦痛な表情を浮かべる。ミルミアの身体には先程なかった傷が付いたのだ。


「ここは……?」

「安心しろ。現実の世界だ」

「タイガ!」


 タイガを見た瞬間、ミルミアはタイガに抱き着く。相当辛かったのだろう。泣き始めてしまった。


「ちょっと待っててくれ。他の二人も解く」


 そう言ってタイガは先程のミルミア同様、幻術を解く。リンナもレーラも、ミルミアと同じ反応をして、同じく傷が付いていた。

 そしてタイガは思った。全員無事で良かった、と。


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