第五一話 獣人と神殿
コナッチ王国から帰ってきて一週間が経った。この一週間は何事もなく、平和に暮らしていた。だが、タイガだけ一人やつれていた。理由はただ一つ。コナッチ王国の第一王女、ミンティークが毎日のように連絡してくるのだ。
あのキスから一転、ミンティークは楽しそうにタイガに話す。そして終いには――
「早く結婚しよう!」
と言ってくる始末だ。タイガはその言葉に疲れ果ててしまい、やつれていたのである。
だがそれとは裏腹に、新しい住人であるレーラや使用人を入れての生活はなかなか賑やかだった。先日までタイガとカリンだけだった食室も、今やタイガ、カリン、ミルミア、リンナ、レーラの五人となり、カリンの後ろに立っているメイドはシェスカの他に三人加わり、左右に二人ずつ立っていた。門番や宮殿騎士など、王宮の守護も万全であり、王宮に近付く怪しい影も無くなった。ドルメサ王国騎士団に異動したアイルとルーも、今ではすっかり馴染んでいる。
「タイガ、今日はギルドに行くのですか?」
朝食も済ませた後の紅茶を飲んでいると、カリンが聞いて来た。
「そうだな……帰ってきてからギルドに行ってないし、セリウドさんにも挨拶に行かないとな。そろそろ身体も動かさないといけないし、今日はギルドに行くよ。みんなもそれで良いだろ?」
タイガの言葉に、一行は頷く。
「分かりました。では、帰りにお使いを頼んでも宜しいですか?」
「別に良いけど。どったの?」
カリンはポケットから一枚の紙を取り出し、タイガに渡す。
「この間、アイルさんとルーさんの服を発注して、出来たそうなので取りに行って欲しいのですけど……」
「服? 何の」
「ドルメサ王国騎士団の正装です。アイルさん達はコナッチ王国の服しか持っていませんから」
タイガは紙を受け取り、自身のポケットにしまう。
「了解。じゃあ、紋章も持って行かないとな」
「はい。宜しくお願いします。場所は以前、タイガの服を買った場所です」
「はいよ。行ってくるわ」
タイガは席を放れ、一度ジャージからいつもの服に着替え、紋章をマントの襟に付けた。胸ポケットにカリンから受け取った紙を入れ、相棒のジュピターを腰に付けて部屋を出る。
「待ったか?」
タイガが玄関に行くと、既に全員揃っていた。
「いえ、丁度来たところです」
「よし。じゃあ、行くか」
タイガは先頭きって玄関の扉を開ける。門の前まで行くと、オトランシス兄弟が門番を務めていた。
「おうタイガ。これから任務か?」
「まぁな。今日はお前達が門番なのか」
「うん。今日も異常無しだよ」
「頑張っているんだな」
「まあな。タイガ達も気を付けろよ」
タイガに気付いた二人が声を掛け、二、三言話すとタイガ達は門の外に出た。
大通りを出ると、相も変わらず賑わっている。
「そういえばずっと前から気になっていたんだけど、この亜人は何処に住んでるんだ?」
王都でよく見る亜人。ウサギ耳を持っている亜人や、猫耳の亜人など様々いる。
「彼らは通称『獣人族』と呼ばれており、殆どがヤンタナ王国という所で生活しています」
「ヤンタナ王国……」
タイガの質問に、リンナが答えていく。タイガは地図を開き、場所を調べる。
ヤンタナ王国はドルメサ王国の上の方に属しており、結構出入りも激しいとの事。
「どうしてヤンタナ王国に?」
「見ても分かる通り、ヤンタナ王国は海に面しています。それに木々も生い茂っているらしく、獣人族にとって住みやすいとか」
「ほぇ~」
隣でレーラが関心を持ったのか、まじまじと聞いて頷いていた。
「リンナって物知りなんだな!」
「いえ、子供の頃はよく家にいたので、本を読んで勉強していただけです」
「それだけでも十分凄いよ。ありがとな。色々教えてくれて」
タイガはリンナの頭をそっと撫でる。撫でられているリンナは顔を紅くしていた。ミルミアは、それを面白くなさそうに見ていた。何故なら、彼女もタイガの事を好いている一人の女性だからである。
暫くしてギルドに着き、タイガ達は中に入っていく。
「いらっしゃい! ってタイガ君か! 久しぶりだね」
「こんにちは。セリウドさん」
セリウドはタイガを見ると、笑顔で迎い入れてくれた。
「で、そちらさんは?」
レーラに気付いたセリウドが、タイガに聞く。
「彼女はレーラで、新しく入ったメンバーです。コナッチでギルドカードは発行されているんで、登録だけお願いします」
「了解!」
そう言ってレーラからギルドカードを受け取る。実は他国から来て依頼を受ける際、その国のギルドを登録しないといけないのである。タイガ達はコナッチで受ける際、タイガ達のギルドカードにコナッチ王国を追加していた。
「お待たせ。これでこっちでも普通に依頼が受けられるよ」
「ありがと!」
セリウドからギルドカードを貰い、レーラは笑顔で受け取る。
「それで、どんな依頼が来ているのかな」
「それでタイガ君。お願いがあるんだけど……良いかな?」
レーラがギルドカードを受け取ったのを確認して、クエストボードを見に行こうとしたタイガに、先程と打って変わって、神妙な表情でタイガを呼び止める。
「どうしたんですか? セリウドさん」
「実はタイガ君達に調査を依頼したいんだけど」
「調査?」
「あぁ」
タイガはセリウドから詳しい話を聞いた。
セリウドの話によると、ドルメサ王国の南に位置する森林の奥に謎の神殿が発見されたの事。だが、まだ誰も足を踏み入れていない為、何がいるか分からない。なので、その調査をタイガ達にお願いしたいらしい。
「別に良いですけど。その神殿の何を調べたら良いんです?」
「噂だけど、神殿の奥深くに数百年前の財宝があるとか」
「「財宝!?」」
財宝。その言葉に反応したのは好奇心旺盛なミルミアと、新メンバーのレーラだった。
「タイガ! 行きましょう! すぐさま行きましょう!」
「そうだぜタイガ! 早く行くぞ!」
そう言って二人はタイガの両腕を引っ張る。お互い反対に引っ張っている為、タイガの身動きが取れない状態になっていた。
「落ち着けお前ら! 腕がもげる!」
タイガは強引に引き離し、腕が取れるのを何とか阻止した。
「それで、財宝の有無なんですが、そこら辺はどうしますか?」
「一応神様に祀られたものだからね。あまりいじってほしくはないかな。全ては国王様に決めてもらうけど」
「分かりました。ここからどれぐらいです?」
セリウドが言うには、ここから丸一日かかるとの事。なのでタイガ達は一度遠征の準備をするべく、王宮へ帰る。ミルミア達には竜車の予約をしてもらう為に先に帰って貰った。そしてタイガは、一度訪れた事のあるレニグルに寄って、カリンに頼まれたアイルとルーの騎士団の衣装を取りに行く。
「こんにちは」
「いらっしゃい……って兄ちゃんか! 久しぶりだな!」
「お久しぶりです」
タイガが店に入ると、以前お世話になった男の人が受付にいて、タイガを見つけた瞬間、笑顔で声を掛けた。
「兄ちゃん。あれからどうよ。姉ちゃんとは上手くいってんのか?」
「からかわないで下さいよ。それより、今日は荷物を引き取りに来たんですけど」
そう言ってタイガは、カリンから貰った紙を男に渡す。
「これは先日注文受けた服か。何で兄ちゃんが持っているんだ? ん?」
男は何かに気付き、タイガのマントの襟元を見る。その瞬間、受付の男が転げ落ちそうな位に驚いた。
「に、兄ちゃん王族関係の人間だったのか?」
男の声は店中に響き渡り、店内にいた客が一斉にタイガの方を見た。
「ちょ、あんまり騒がないで下さい!」
「お、済まない……いや、すみませんでした」
タイガが紋章を見せた途端、お店の男がよそよそしくなった。
「いつも通りにして下さい。別に俺は偉い人間ではありませんから」
「だ、だが……」
「逆に、そっちの方が迷惑というか、嫌なので……」
タイガがそう言うと、男は渋々了承していつも通り接してくる。
「それで、騎士団の正装だったな。ちょっと待ってくれ」
男はタイガから貰った紙を奥まで持って行った。
暫くすると男が段ボールを持ってきた。
「代金は既に頂いているから、ここにサインしてくれるだけで良いよ」
「分かりました。因みに、名前聞いても良いですか? また来るかもしれないので」
「おう。そうだな。俺はドロートよろしくな! 兄ちゃんは?」
「俺はタイガ。ヤマト・タイガです。よろしくお願いします、ドロートさん」
タイガは先程の紙に自分の名前をサインし、互いの名前を覚えると段ボールを受け取って店を出た。
「ただいま~」
意外と重い段ボールを持ちながら、タイガが帰って来た。
「お帰りなさい、タイガ。ありがとうございます」
タイガが帰ると、玄関にはカリンが立っており、タイガの帰りを待っていた。
「これは何処に持っていけば良い?」
「あ、王室に持って頂けると助かります」
「了解」
タイガはそのままカリンが普段過ごしている王室に持っていき、段ボールを置く。
「さてと。カリン、ちょっと良いか?」
「はい? 何でしょう」
荷物を置いたタイガは王室のソファーに座り、カリンと向き合った。
「明日から一週間程度、ここを離れる。ギルドの依頼でな」
タイガはセリウドから聞いた話を全てカリンに話す。
「どうやら南の方の森に、神殿が発見されたらしい。その調査に行くんだが、噂によると財宝が眠っているらしいんだ」
「それで?」
「セリウドさんは、もしあったらあまり動かしたくないと言っていたんだけど、最終的にはドルメサ王国国王、つまりカリンの判断に任せるって言ってた。そこで、いきなりで悪いんだが――」
「その判断を今下してくれ、という事ですね」
タイガが言い切る前にカリンが答え、タイガは頷いた。
「現地の判断、つまり、タイガが神殿に見に行った時の判断に任せます」
「良いのかよ。そんなんで」
「はい。ただ一つだけ。宝箱みたいな物や、箱系の物には絶対触れないで下さい。敵の罠かもしれないので」
「分かった」
カリンにそう言って、タイガは王室を出る。
一人残ったカリン。すると、肩からヒョコっと、彼女の使い魔であるペルが出てきた。
「良いの? カリンちゃん。本当の事を言わなくて」
「私だって、正直言いたい。あの場所は、とても危険な場所だから……」
カリンの顔色が、急に悪くなる。
「本当は行ってほしくない。あの神殿は別名『終焉の地』。財宝は『イージェの箱』の事でしょう。あれを開けてしまえば……」
そしてカリンは俯き、誰にも聞こえない声で言った。
「世界が、終わる……」
その言葉の後に、静寂が包み込んだ。




