第三八話 紋章と値引き
「朝、か……」
日の光を浴びて、タイガは目を覚ます。周りを見ると既に何人か起き始めていた。
「ん?」
ふと、タイガは左側を見る。すると一瞬だけ申鎮の剣が光っているように見えた。タイガはそれを見ると、フッと微笑んで鞘を抜く。
「おはよう、ジュピター。今日もよろしくな」
タイガの頭の中に、可愛らしい声で「おはよう」と言われた気がした。
鞘に納め、ジュピターを腰に取りつけて近くの川で顔を洗う。
「おはようございます、タイガ」
背後から聞き覚えのある声がした。一旦顔を洗うのを止め後ろを見ると、タオルを持ったカリンが立っていた。
「おはようカリン。良い朝だな」
「はい。所でタイガ、何か良い事でもありましたか?」
「え? 何で?」
「何処か嬉しそうなご様子でしたので」
そう言ってカリンはクスっと笑う。
確かにタイガにとって、良い事はあったが、同時に悪い事もある。
――ジュピターは俺に『自我を失うな』って言った。それはこうも読み取れる。俺が自我を失うほどの、何か大きな事でも起きる、と。
ここで深く考えてしまうのが、タイガの悪い癖。タイガはジュピターの忠告を心の奥に受け止め、カリンの質問に返答した。
「あぁ。確かに良い事があったからかな」
「何ですか? 良い事って」
「まぁ、そのうち話すよ」
タイガはカリンからタオルを受け取り、顔を拭いてみんなの下に戻って行く。カリンはそんなタイガを微笑みながら追って行った。
「今日の予定は?」
全員が集まった所で、タイガはカリンに聞く。
「もうすぐで国境付近のゴート村に到着します。そこで朝食を取りましょう。予定としては、本日の夕刻頃には着くかと」
「了解。じゃあ乗ろ――」
「ちょっと待って下さい」
タイガが馬車に乗ろうと提案しようとした時、カリンに遮られた。
「タイガ、ミルミアさん、リンナさんにはこれを渡します」
カリンが渡したのは、二匹の龍が交わって、その交点を通るように剣が刺さっている絵が描かれた丸いバッジだった。
「ドルメサ王国の紋章です。これを身につけておけば、王宮の関係者として扱われます。三人にはこれを授与致します」
いきなりの出来事に、タイガ達は口を開けたまま固まっていた。
カリンに声を掛けられた三人は直ぐに我に返り、タイガがカリンに聞いた。
「嬉しいけどさ、何で俺達にこれを?」
「何でって、私達は家族同然じゃないですか。一緒に暮らしていますし。それとも、嫌でしたか……?」
カリンはタイガの弱点である、涙目で上目使いをしてタイガを見る。
――こいつ、俺の弱点で遊んでんな……でも、何故か許しちゃう……
タイガは頬を人差し指でかき、それを受け取ってマントの襟元に付ける。その時のタイガの表情は照れているように見えた。
「何よ、デレデレしちゃって……」
「やっぱり、カリンさんは強敵ですね……」
それを見ていたミルミアはムスッとした顔をし、リンナは負けまいと目に炎を宿していた。
ミルミアとリンナも紋章を受け取って胸元に付ける。そしてタイガを睨んで馬車に乗って行った。
――何で俺、睨まれたんだろう……
先程の二人の行動に疑問を抱きながら、タイガも馬車に乗って行った。
目指すは国境付近のゴート村。タイガ達は馬車を進ませ、向かって行くのだった。
進み始めて三〇分。漸く、村らしきものが見えてきた。時刻は九時四二分。村の中に入ると、市場などで賑わっていた。
「ここはコナッチ王国の国境付近という事もあるので、盛んなんですよ」
「へぇ~」
近くの駐馬場に馬車を止め、タイガ一行に加えアイル、ルーのオトランシス兄弟、カリン、モナローゼの七人で朝食を取ることになった。
喫茶店らしき所に入り、タイガ、カリン、ミルミア、リンナの席とオトランシス兄弟、モナローゼの席に分かれた。
「結構種類あるわね」
「どうぞ、お好きなものをお食べ下さい」
ミルミアはメニュー表と睨めっこしている。その姿を隣に座っているリンナが苦笑いして見る。タイガとカリンはもう一つのメニュー表を一緒に見ていた。
「カリンは何食べるんだ?」
「私はこの彩り野菜のサンドイッチです」
タイガはカリンが指さしたメニューを見る。
――トラトに、ツーヅ、グーニルにエグル焼き……これは旨そうだな。
「じゃあ俺もこれにしようかな」
タイガもカリンと同じメニューに決めた。二人のやり取りを目の当たりにしたミルミアとリンナ。二人ともジト目で見ていた。
「何よ。あれじゃまるで恋人同士じゃない」
「羨ましいです……」
「お前らも決まったか?」
二人の視線を感じ、声を掛けるタイガ。いきなり掛けられた事により二人は慌てたが、直ぐに冷静さを取り戻し、ミルミア達も同じものを頼んだ。
因みに、『ツーヅ』はチーズ、『グーニル』はレタスだ。タイガは異世界に来てもう何日も経つため、字も完璧に書けるようになって、食材の名前も覚えた。
サンドイッチが届き、全員口に含む。そして幸せそうな顔をする。
「そうだ、カリン」
「ふぁい? ふぁんふぇふふぁ?」
「ごめん。今のは俺が悪いが、飲み込んでから喋ってくれ」
タイガは運悪く、リスみたいに頬張ってるカリンに話しかけてしまい、カリンが行儀の悪い人みたいになった。
――てか、仮にも女王なんだからもっと綺麗に食べろよ。王宮みたいにさ。
王宮では静かに食べるのが基本。こういう外食の時は喋って良いが、カリンの食べ方が一八〇度変わってしまった事にタイガは驚いてしまった。
そして口の中を全部飲み込んだカリンは、タイガの方を見た。それを確認したタイガは、先程の話に戻る。
「昨日、ミルミア達とも話したんだが、俺が身に付けているマグナラをミルミアとリンナ、カリンにも持たせたいなと思ったんだ」
「何でです?」
「一番は念話だな。マグナラを持っていれば相手と念話することが出来る。でも、今持っているのは俺だけだろ? もしお前達に何かあった時、連絡出来ねぇじゃん」
「確かにそうですね」
タイガの話を聞いて、カリンはうんうんと頷く。それを余所に、ミルミアとリンナはがっかりしたような顔を浮かべる。
「じゃあ、私とミルミアさん、リンナさんの三人分を取り敢えず買っておきましょうか」
「実は、それなんだが……」
タイガは、昨日映したマグナラのカタログをカリンに見せる。そして申し訳なさそうに言う。
「……俺達じゃ買えそうにないんだよ」
一番安いので二万パス。現在のタイガ達には無理な金額だ。だが、そんな状況を打破する事をカリンが言った。
「大丈夫ですよ。先程お渡しした紋章を使えばいいんです。そうすれば、四〇パーセント程安くなりますよ」
言われた瞬間、タイガの頭の中での計算が始まった。
――一番安いのが二万パス。それの四〇パーセント引きだから実質六〇パーセントの値段。つまり一万二千パス。金貨六〇枚か。それでも高いぞ。
計算を終わらせたタイガ。金貨六〇枚でも高いと判断し、我慢するかと思われたが、カリンが言った。
「それに加え、タイガは魔剣士ですし、王である私が行けばさらに安くなるでしょう」
「それって、どの位?」
ミルミアが喉を鳴らして聞く。
「先程の四〇パーセントに加え、魔剣士で一五パーセント、私で二〇パーセント位だと思います。全部足すと七五パーセントですね」
「「「な、七五パーセントぉ!?」」」
かなりの値引きに、三人共店内で大声を出してしまい、店員に注意された。
「た、タイガ。いくらになる?」
声の震えているミルミアに、タイガも声を震わせて答える。
「ご、五千パス……」
「と、いう事は……」
「金貨二五枚……」
タイガは震える手で財布を取る。ミルミアとカリンもだ。
「俺、金貨四〇枚ある……」
「ウチは三〇枚……」
「私は二六枚、です……」
その時、タイガ達の心の奥から湧き出てくるものが爆発した。
「「「買えるぞーー!!」」」
その後、タイガ達は店長にもの凄く怒られ、出入り禁止となった。




