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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
8/12

愛人

 エドモンドもジュリオも友人たちと歓談している最中に、そっと届けられた一輪の黄色い薔薇とメッセージカード。


 “秘密の話があります。東の薔薇庭園にて。――ファビアナ”


 家名すら省いた簡素な文にファビアナ嬢の辛苦を見たような気がしました。この言葉を省いた文は家名を記さないことで、私とファビアナ嬢個人としての話し合いがしたいのだと。

 しかし、この場に恋多き女・フランチェスカが居たなら、わたしに助言し、告げたでしょう。

 “世間知らず”

 けれどわたしは知らなかったのです。

 ――黄色い薔薇の花言葉の意味を。


 嫉妬。恋の終わり――不貞。


 

 庭園には語らいができるように小さな明かりが灯され、腰を落ち着かせるためのベンチも今夜は人影がありませんでした。

 小さな明かりと月の輝きが、まだ夜露を含まない薔薇を秘めやかに美しく、花弁の形を浮かび上がらせています。

 白のような明るい色の薔薇は艶めかしく、赤のように濃い色の薔薇は密やかに。


……今さらながら気づきました。初恋以外に見向きもしなかった私は、こういったことの経験が少なく思い至れなかったようです。……断じて経験不足を嘆いているわけではないですよ?

 ええ、断じて。

 わたしの経験――はないので、フランチェスかから聞いた話によると、夜の庭園では秘め事や禁断の愛が囁かれるというのです。


 ――早い話が逢引きですね。


 フランチェスカの講釈によると、夜の庭園の垣が高いのは、人の目を憚り姿も隠すためだとか。


 いけません。

 いけませんよ、ファビアナ嬢!


 ファビアナ嬢は15歳。まだまだ夜の庭園の夜露で袖を濡らしてはいけないお年頃です。

 これは場所を変え、淑女の慎みを教えねば。

 気合を入れる為に持ってきた扇をぐっと握りしめ、先人として意見を言うべく姿勢を正した時でした。


「カリーナ」


 ぞわり。

 ただ名前を呼ばれただけで肌が粟立ち、心臓がきゅうと締め付けられました。

 気を落ち着かせようと呼吸を大きく吸えば、庭園で咲く馥郁とした薔薇の匂いを感じて心臓の締め付けが治まりました。

 ゆっくりと呼気を吐き、声がした方を振り向き、扇で口元を隠しながら発した声に棘が含まれても仕方ない事。


「……どなたでしょう? 目上の方と親族以外、名を呼び捨てにされる謂れはございません」


 視線の先。ぼんやりと月明かりに浮かぶのは、三十路が過ぎた男性でした。

 身なりから一応は貴族の格好なのはわかります。社交界に疎いわたしでも貴族の嗜みとして、ある程度の名や顔は知っていたつもりですが、この方の年齢と容姿に合致する貴族は存じ上げません。


 否。


 この方は貴族ではありませんね。服装だけは小身貴族の成りですが、服装は寸法がちょうどとは言えず、態度と表情に野卑を感じて品が身についていませんもの。

 そのような者がなぜこの場に? 誰かが手引きでもしたと? 

 ならば、誰がそれを?


「……あなたはここに招待された方ですか? ならば名をお尋ねしても?」

「つれないねえ。俺に惚れた女に逢いに来てやったのによ。……ああ、これが貴族式のアイサツってやつか」


 ……今、なんと?

 なんと、言いましたか?

 

 惚れる?

 誰が、誰に?


 わたくしが、あの男に?


 おぞましさと怒りが込み上げて呼吸すら暫く忘れました。


「町で見かけた俺に惚れたと、人を使わしてまで熱烈な言葉をくれたじゃねえか、それに……」

「妄想ですか?」

 

 人の言葉を遮るなど無礼なこと。しかし思わずぴしゃりと言ってしまったのは無理なからぬ事でしょう。

 類まれな妄想力には感心致しますが、私! が! エ……小父おじ様! 以外! に! 惚れた! など!!

 ……少々違う名前が出かかってしまいましたが、そこはそれです。


「どなたかとお間違えのようです。わたくしはあなたに懸想などしておりませんわ」

「……はぁ? ふざけるなよ、お前、カリーナ・フィオーレじゃねえか。姿絵と同じだもんな? 惚れた俺を伯爵にしてくれるんじゃねえのかよ!」


 なにを言っているのか理解が及びません。

 たしかに私はフィオーレ伯爵家の娘ですが、爵位は弟のジュリオが継ぐと決まっています。瑕疵のない息子がいるのに、娘婿に爵位を継がせるはずもありません。

 なによりも。


「お前などと軽々しくわたくしに呼びかけないでくださいな。貴族の立場でなくとも、初対面の相手に対する礼儀は貴族も平民も同じでしょう」


 身分関係なく礼儀は大切なものです。礼儀とは形式の美しさだけを言うのでも、階級差を押し付けるものでもありません。貴族には貴族の、平民には平民として相手を気遣い敬う行為、それが自然に溢れ出す動きを礼儀と呼ぶのです。

 

「!! ゴチャゴチャうるせえな! ようするに俺の女にすりゃいいんだろうが!」


 男の顔が醜く歪みました。憤怒と欲望を隠そうともしない顔は、姿形ではなく心根から醜いと感じます。

 嫌。この男の目に晒されるのも、鼓膜が声を拾うのも、ましてや触れられるなど、断じて、嫌です!

 ぬっと伸びる手に扇を両手で閉じて強く握り、思わず叫んだ言葉。


「来ないで! わたしに触れていい殿方は、エディだけよ!」


 私の声に呼応するかのように颯爽と現れた人影。小柄な影はそのままわたしを掴もうと腕を伸ばした男に体当たりして――。


 え?

 え?

 ええええええええ?


 ここにきてこのタイミングで野卑な男を突き飛ばそうとしたのは――なぜか、ファビアナ嬢でした。

 

…………ヒーローは遅れてやってくるのです………

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