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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
7/12

下恋

 身に覚えのない噂を知り、わたしも呆然としてしまいます。

 わたしの様子に気づいたフランチェスカが、赤い薔薇のような唇ときゅっと吊り上げて艶然と微笑みました。


「あなたがそんな事をするはずがないと思ってはいたけれど……まさかファビアナ嬢まで庇うとは思わなかったわ。相変わらずお人好しね」

「事実を事実と言っているだけよ? 確かに行き過ぎた口の利き方をするけれど、正面から堂々と仰る分には構わないわ。こそこそと扇で本音を隠す人たちよりよほど好ましいもの」


 ……それが貴族なのよとフランチェスカがほろ苦く笑うけれど、私はファビアナ嬢が憎いとは思いません。年増発言に関してはいつかその頬を抓って差し上げようとは思うけれど。ええ、必ずや。

 エドモンドとの事が絡まなければ、良い友人になれる気がします。それをフランチェスカに言えば、彼女は優しく笑ってティーカップを口に運びました。

 

「貴女がそういうのなら、私は“なにも”彼女にはしないわ。……そうね、代わりにその噂を消えるようにしましょう。だって私は貴女の“一番の”良い友人だもの」


 カップを置いて微笑むフランチェスカはとても美しく、本当に良い友人にわたしは恵まれました。

 ――ファビアナ嬢に“なにを”する気だったのか、聞かない方がわたしの精神衛生上よろしいかと思います。


 その日を境に、侯爵令嬢であるフランチェスカとその心棒者たちが、行く先々でわたしとファビアナ嬢のよからぬ噂を否定してくれます。


 ――私の友人の良からぬ噂を聞きましたけど、どなたが仰ったの? まぁ、貴女が? 私の友人と誼を結んでいらしたかしら? 私の知らない間に私の友人を深くご存じだなんて。ええ、人からお聞きになったのね? どなたかしら? まぁ! あの方なのね? 最も親しい友人の交友関係を知らないなんで恥ずかしいわ。いつ私の友人と知り合われたのかお聞きしても? あら、挨拶だけの仲なのに、いろいろ知っていらっしゃるのね? 貴女も人からお聞きになったの? どなたなのでしょうね?


 良からぬ噂に心を痛め、憂いを込めて愁眉で美しい顔を曇らせれば、私の噂をしていた人たちは自分が責められた気分になるのでしょう。人から聞いただけと、自分の悪意を偽善で薄めるように言い訳しているようです。

 誰しも悪意の最初の一滴になるのも、恥ずかしい振る舞いを詳らかにされるのも嫌なのですね。

 美人なフランチェスカと、彼女の心棒者であるグッドルッキングガイは、甘い微笑みと鼓膜を擽る声で私とファビアナ嬢の悪評を丁寧に潰してくれ、次第によからぬ噂は窄んでいったようです。


 さすがは侯爵令嬢にして社交界の流行を牽引するフランチェスカ。恋多き女と言われつつも醜聞には至らない絶妙の手練手管がここでも発揮され、その有能さに私は打ち震えるばかりです。

 持つべきものは有能で美人な友と、その心棒者と友人の方々ですね。

 感謝してもしきれません。

 私がフランチェスカに礼を言うと、彼女は蕩けるような微笑みで言いました。


「礼ならエドモンドにも言わなければね? 彼もきっぱりと貴女とファビアナ嬢の噂を否定していたわ。それも悪意ある噂に不愉快さを隠しもしないでね。……あの姿を見れば、貴女が幼馴染みの関係を盾に、むりやり婚約をせしめたなんて誰も思わないわ――ああ、ついでに貴女の弟達も頑張っていたわよ」


 ……誰ですか! そのような根も葉もない噂を流したのは!!


 社交界にあまり興味がなかったわたしは、ひっそりと流れている噂を知らなかったのです。


 行き遅れになりかかった私が、幼馴染みだから、姉のような立場だから、だから年下のエドモンドに「私と結婚しなさい」と命令していただとか、幼い頃の弱みを握って脅すようにしてエドモンドを頷かせたとか。

 噂をファビアナ嬢が信じていたとしたら、それはあの面罵も理解できるというものです。

 彼女からしてみれば、未来ある年下の少年に脅して言い寄った破廉恥な女ですもの。


 こ、これは誤解を解かなくてはなりません!


 いえ、もうフランチェスカたちの言葉が聞き及んでいるかもしれませんが、私ファビアナ嬢に(わたし)の口からきちんと事実を説明しなくては!

 義憤にかられたファビアナ嬢は、少女らしい潔癖な正義感の持ち主なのでしょう。もちろんエドモンドへの恋心も有ったでしょうが、彼を案じた言葉だった違いありません。

 ワインが零された椅子に気づき、ドレスの裾を翻し全力でわたしを庇ってくれたファビアナ嬢。

 わたしを庇ったせいで、彼女の絹の手袋が汚れてしまったのを私は見ています。


 次にファビアナ嬢に会えたらその時は――。


 ……その時が来たのに、人垣に邪魔されてなかなか叶いません……。

 噂のせいでしょうか。私の周りにはエドモンドや弟のジュリオが、ファビアナ嬢の周りには彼女の親族と思われる方々がさり気なく壁となってわたくしたちを阻みます。


「……物語で読む悲劇の恋人同士のようだわ……」

「カリーナ。聞き捨てならない事を言わないで欲しいな。できればわたしに集中して欲しいのだけど……」

 

 エドモンドが少し不機嫌です。そんな顔をしても可愛いだけですからね? 

 堪えて下さい、相手は殿方ではなく愛らしい少女です。


「初恋を拗らせると妙に妄想力が高くなるよね」


 ジュリオの言葉には黙って足の爪先を踏むだけです。ふふふ、目の届かないドレスの中は私の領域でしてよ? 何食わぬ顔でジュリオを折檻するなど容易い事。

 けれどファビアナ嬢もなにかわたくしに話があるのか、しきりこちらを気にしています。見ればいつも一緒にいるご友人の姿も見えません。心なしか、いつも髪に飾る生花も萎れて見えます。

 良からぬ噂のせいでご友人と仲違いをしたのなら、やはりきちんと誤解を解く必要がありますが、さてどうしたら。


 焦れるわたくしをよそに夜会は進み、ダンスで火照った体を窓の近くで冷ましている時でした。

 花を一輪携えた、ファビアナ嬢の使いがわたくしを庭園に呼び出されたのは。

 


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