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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
6/12

他愛

 零れんばかり大きな瞳に敵愾心を燃やし、しっかりと正面から挑んでくる髪に小花を散らした少女、ファビアナ嬢。彼女の後ろにいる大人しそうな少女がおろおろとしています。

 花びらに似た可憐な色の唇が引き結ばれ、臨戦態勢であることがひしひしと伝わり、ファビアナ嬢の気概にわたくしの背筋も伸びようというもの。

 背筋を伸ばしたせいではありませんが、ファビアナ嬢の瞳を見るためには、わたくしが目線を下げねばなりませんでした。

 身長はわたくしよりも小柄だったのです。ですが凛とした瞳は性格が一本気だと示しているようで好ましいと言えるでしょう。

 陰でこそこそと囁くより、正面から物を言う態度、嫌いではありません。

 ……言葉の取捨選択には、明らかに問題がありますが。


「お年を召した貴女にエドモンド様は相応しくありません。エドモンド様の姉と仰るのなら、道理を弁えて貰えないかしら?」


 ――姉。

 姉。

 姉!!


 わたくしは雷に打たれた気持ちです。

 そうです、世間ではやはりエドモンドはわたくしの弟認識なのですね。

 小父おじ様と同じ若葉色の瞳に、わたくし自身が惑わされたのでしょうか? いえわたくしもいつまで初恋を引きずっていいとは思っていません。貴族の娘ですもの。

 愛のない政略結婚だって攻略してみせます!

 ……ただ、それが“弟”として情愛を持ってきたエドモンドが微妙なだけで……。び、微妙と言っても決して憎いとか嫌っているとはではありませんが!

 わたくしがエドモンドを男性としてではなく、その、ええっと、お、弟への愛情と等しい思いで宜しいのですよね?

 実弟や本人がエドモンドは弟じゃないとか言っていましたが……その……。


 ふっくらした頬で笑ってわたくしを見上げたエドモンドと、私を巧みにリードした今のエドモンドを思い比べで妙に落ち着かない気持ちになりました。


 姉のように頼られることが好きでした。

 弟のように可愛がることが好きでした。


 いつから、エドモンドはわたくしより大人になったのでしょうか。


「……ちょっと! 私の話をきちんと聞いて頂けませんこと?」


 声音が尖りつつも、少しばかり拗ねたようなファビアナ嬢の言葉に我に返りました。見れば声を少々荒げたファビアナ嬢を諫めたのか、大人しそうな少女が耳打ちをして離れたところです。

 わたくしの礼儀を欠いた態度に、ファビアナ嬢の瞳はさらに剣呑になっていました。


「失礼しました。ちょっと物思いに耽ってしまって」

「あら? お年を召されると昔日が気になるご様子ですわね?」

「そうね。思い出は多い事は否定致しません。陳腐ではございますが、記憶を捲る頁の数は確かに多いでしょう」

「……それはエドモンド様の事を仰っているのかしら?」


 なぜわたくしの心を言い当てたのかしら? ファビアナ嬢、侮れませんね。

 捕まえた蝉をブローチだと胸につけてあげたら、蝉より大きな声で泣きだしたエドモンドだとか、かくれんぼで木の上に登ったわたくしを見つけられなくて半べそだったエドモンドだとか。

 ――若干、淑女としての自分を省みる部分はありますね……。


「……幼馴染みであれば、エドモンド様と共に過ごされたお時間が多かったのは認めます。けれど小さい頃のお約束だからと言って、エドモンド様の御心を痛める貴女を私は認めません! 年相応に思い出は思い出として弁えて下さいな!」

 

 ……そうね……年相応に淑女となったわたくし

 木登りだの蝉だの、そういった稚い思い出は弁え、淑女としての今を考えるべきでしょう。

 幼かったエディではなく、17歳のエドモンドに対し、真摯に向かい合わねばなりません。

 

「ご忠告痛み入りますわ。感謝します、ファビアナ様。――では、ごきげんよう」


 本当にファビアナ嬢の忠告には感謝いたします。暴言はこの際、忘れてもよろしいでしょう。


********************


 「……あなた、最近ファビアナ嬢とやり合っているようね?」


 目の前の黒髪の美女が面白そうな表情でわたしを見ています。

 嫣然と紅い唇を笑いの形にした彼女の名前はフランチェスカ。わたしの親友にしてグアナ侯爵家の令嬢で、恋多き女として有名な女性です。

 波を打ってうねる艶やかな黒髪と漆黒の瞳はまるで夜を統べる女王のよう。

 その彼女の信者たちが、フランチェスカの興を得ようと恋の鞘当てを演じたのならともかく、なぜわたしが?

 確かに舞踏会以降、お茶会などで出会ったファビアナ嬢とは二言三言話をしますが、それだけです。確かにエドモンドを挟むせいか、微妙な空気になっているのは否めませんが……やり合うとはとんでもない。


「誤解だわ。確かにファビアナ嬢とは友誼を結んでいるとは言えないけれど、やり合っているつもりはないもの。ファビアナ嬢もお気が強い方だから言葉尻はきつく感じてしまうかもしれないけど、あれでお優しいのよ? この前のパーティでは私が休もうと思った椅子に誰かがワインを零したらしく、それに気づいたファビアナ嬢がドレスの裾が捲れるのも厭わず身を乗り出してかばってくれたの。……まあその後、「仮にもエドモンド様が“姉”と慕う御方に恥はかかせたくなかっただけよ!」とそっぽを向いてしまわれたけど」


 あれは本当に助かったのです。挨拶で少しばかり離れていた間に、わたしが腰かけていた椅子に誰かがワインを零したようで。ちょうどその時、ファビアナ嬢とお話していて、彼女が気づいてくれなかったら、私は淡い色のドレスに大きなシミをつけて大恥をかいた事でしょう。

 エドモンドが絡むと言葉が淑女らしからぬ物言いになりますが、ファビアナ嬢は公平で正義感の強いお方だと思うのです。


「あら、そうなの? 噂なんてアテにならないのね? 悪役令嬢二人と世間は実しやかに噂していたのだけど?」

「まあ! 失礼だわ! ファビアナ嬢はそんな方では……え? 悪役令嬢……二人?」


 二人って誰のことでしょう? ファビアナ嬢の後ろに控えめに立っている物静かな令嬢のことでしょうか? そうは見えませんが……。


「なに言っているの? 貴公子エドモンドを巡る女の戦い、それも悪役令嬢同士の熾烈な争いとして、最近そのような噂が出始めているのよ?」


 わたしは淑女です。初恋をしてから、常に淑女であれと自分を戒めてまいりました。

 そのわたしが言います。言わせていただきます。



 ――ナ、ナンダッテーッ!?


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