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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
5/12

恋敵

 色の白さは褒められるわたくしの首に、瀟洒で品の良い首飾りがシャンデリアの光を弾いて煌めきます。

 少女の愛らしさや華やかさより、大人の女性としての品の良さや艶やかさを魅せる首飾りは、自惚れが過ぎると思いますが、妙齢のわたくしに似合っていると思います。

 ……ここはエドモンドのセンスを素直に褒めるべきでしょう。


 今夜のわたくしは派手さを抑えた光沢のある紺色のドレスを。纏いました。

いかにも落ち着いた淑女といった風情。この大人の趣は年下のエドモンドにはだせないでしょう? ふふふ。

しかも紺色と翠は相性が抜群。私の瞳も紺に近い青ですいし。

べ、別にエドモンドから贈られたペリドッドの首飾りが映えるドレスの色を、わざわざわたくし自ら選んだわけではありません。偶然。そう、新しいドレスの色を、夜の始まりに似た紺色を選んでしまったのです。

 

 なにしろモナが熱心にこの色を勧めたので――あ。


 これはモナもろとも、家族や使用人全員に嵌められたのでは……!

 な、なんて小賢しいフィオーレ家! 名門伯爵家の名が廃ります!


 ですが場所はすでに舞踏会が催される侯爵家。名前を呼ばれてダンスホールに入るだけという段階で動揺を見せるのは淑女として有り得ません。

 なにより隣には既にエドモンドが紳士の佇まいでゆったりと構えています。ここで狼狽えるのは得策ではないでしょう。

 エドモンドも共犯かどうか精査するのは後ほど。わたくしは空気を読める人間なのですから。


「ドレスも首飾りも、カリーナの蜂蜜色の髪や濃紺の瞳と良く似合っているね」

 

 視線に気づいたのでしょうか。ふとあの春に芽吹く若葉のような、わたくしの胸で揺れるペリドットのような、淡い緑色の瞳がわたくしを見て微笑みました。

 ……年下のくせに小癪な……。

 わたくしの手を取りエスコートするエドモンド。ペリドットと同じ色の瞳に映るわたくしの顔がどんな表情なのか確かめる前に目を逸らせば、手を取ってくれた手の袖口にさり気なくトパーズとペリドットをあしらったカフスリンクスが。

 

 なぜだか居た堪れない気持ちで正面を向くしかありませんでした。


「本当にあなたがエスコートするなんて、思ってもみなかったわ」


 名前を呼ばれダンスホールに入れば、かすかにどよめきが聞こえます。

 今までは父か弟にエスコートを頼んでいた若干引きこもりがちなわたくしが、社交界でも人気が出始めたエドモンドにエスコートされたことでお嬢様方に衝撃が走ったのでしょう。

 お気持ちお察しいたします。ええ、わたくしも驚天動地でしたとも。

 

 数多の視線を感じながらわたくしたちは踊り始めました。

 幼いころ、ダンスのステップを教えたのはわたくし――。

 わたくしの爪先を踏んづけては、真っ赤になってごめんなさいと俯き、リードするにもエドモンドは背丈が低くてうまくできずに膨れていたのに。

 優しく信頼できる優雅で淀みないリード。とうにわたくしの身長を越え、わたくしを支えるだけの体躯を持ったエドモンドは、シャンデリアの光加減のせいでしょうか?

 ……なんだかとても頼もしく見えるのです。

 おかしいですね。ペリドットはシャンデリアの下でも輝きを失わない宝石ですのに。

 エドモンドの瞳がいつもと違って見えるなんて。


 淡い緑色の瞳を見ていたせいか、気が付けばわたくしはエドモンドと2曲も踊っていました。

 ――不覚。

 婚約が周知の事実と化してしまわないよう気を付けていたのに、同じ相手と2曲も踊ってしまうなんて!

 いいえ、ものは考えようです。3曲じゃなかっただけ、まだ、大丈夫だと思いたいのです。


 エドモンドと2曲続けて踊った私は、頬の熱を冷ますためにエドモンドに分かれて飲み物を頂こうと一人になりました。

 アゴスティーニの小父おじ様に操を立て、あまり社交界に顔を出さなったせいか、「あれがフィオーレ家の……」「エドモント様と……」「年上だとお聞きしまた……」などなど、うっすら聞こえる音量で噂されるのは良い気分で貼りません。

 言いたいことがあれば、わたくしの前に堂々と立てばよいのです。

 

 もっとも慎み深い淑女であるなら、そのような大胆な行動はおそらくは無理でしょうね。これ見よがしな声と視線が慎み深いかと問われれば、答えに窮することろですが。

 ちくちくと突き刺さる視線に、お父様からお土産で頂いた樽に入った黒いお鬚の人形を思い出しました。樽に玩具の剣を挿し、人形が飛び出したら負けという倫理観に勝負を挑む遊具ですが、今のわたくしはまさに樽に押し込められた人形のよう。ブッスブスと視線が刺さって、もう!


「……年増ブス」


 いま、比喩表現じゃなく、現実的に「ブス」という音が聞こえましたよ? おまけに「年増」という一言を添えて。


 その声を聴いたのは、エドモントとダンスを踊り、壁際で乾いた喉を潤している時でした。


「……エドモンド様もこんな年増のどこがいいのかしら? 私のほうが若くて愛らしいのに」


 私は神のように薄いシャンパングラスを置いて、ゆっくりと振り向きました。

 結い上げた髪に小花を散らし、パールピンクのふんわりとしたドレスを着たブルネットの少女。空を映したような碧眼の美少女は、エドモンドとの縁談が持ち上がったものの、結局はエドモンド側がお断りをした、ホルツァー伯爵家ご令嬢、ファビアナ様でした。


「年齢に相応しい、どんな老獪な手練手管を使ったか分からないけれど、17歳のエドモンド様にお年を召した貴女は相応しくないと思いますわ。ちなみに私、今年で15歳になりましてよ?」

 


 ――これは、わたくし恋敵オジャマムシ認定されていますわね?


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