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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
4/12

親愛

わたし、八歳の砌に恋をしたの」

「うん、知っているよ」

「出会いはわたしが木の傍で躓いた時、そっとアゴスティーニの小父おじ様が抱き留めて下さって……」

「抱き留めるというか、木登りをしていた姉上が無様に落っこちたところを、運よく抱きかかえて貰ったんだよね? その上、小父おじ様、それで手首を捻挫したんだっけ? 記憶の美化は良くないよ、姉上」

小父おじ様の若葉色の瞳に映るわたしの顔は、恋する純粋な乙女そのものでした……」

「鼻の頭に大きな絆創膏を貼っていたけどね? 自分を楚々とした深窓の令嬢に思い出を都合よく改竄しちゃダメだよ? 姉上のお転婆ぶりはこの辺りでは有名だったんだから」


 ――ちょいちょい恋する乙女の独白に口を挟む愚弟を睨み据えますが、ジュリオは優雅にお茶を楽しんでいます。モナ? この不心得者には白湯で十分です!

 ああ、何という事でしょう!

 わたしはずっと、ずっと、アゴスティーニの小父おじ様に初恋を捧げてきたというのに……まさか、わたしが、よもや、まさか、驚天動地のエドモンドに、こ、こここここ恋をしている疑惑が浮上していたなんてっ!


「姉上。一人おもしろ百面相はこれくらいにして、そろそろ現実的な話をしませんか?」

 

 よよ……と床に懐いていたわたしを、ジュリオは一丁前に紳士の振る舞いで手を取り、そっと立たせくれます。――姉に対する敬愛の低さはともかく、いつの間にか小さかった弟が立派になってと、弟の成長を喜びつつ妙に感慨深いものがありました。

 生まれたての雛みたいにわたしの後ろにくっ付いて、木登りを教えたら自力で降りることができなくて、びーびー泣いていたあの子が。

 そういえば、同じように泣きべそをかいていたエドモンドも、気が付けば社交界の令嬢を騒がせる紳士になっていて。ついこの間まで、ふっくらした頬の子供だったのに。

 ……いやだわ。まるで母親みたい。


「ジュリオ……もしかして……ええ、もしかして、万が一、可能性の一つとして――わたし、エドモンドに、こ、恋をしている可能性が無きにしも非ずなのかしら?」


 最後の言葉に頬は熱くなり、心臓がきゅうっと痛みます。心の臓の病? こ。恋煩いとは認めませんよ?

 だってわたしはずっと、小父おじ様に初恋をしていたのだから。


「今さらだと思うよ? あんなにお転婆だった姉上が、小父おじ様に初恋をしてからというもの、いきなり普通の女の子みたいに普通の令嬢っぽく澄ましちゃって。幼心にも女の人の変化は凄いと悟ったね。その内にエドモンドの前だけで「わたくし」とか、必要以上に淑女ぶるようになるのを見たら、姉上は変わらないなぁ……って」


 少し乱れた髪を指で整えてくれるジュリオ。

 どういう意味でしょう? 淑女の振る舞いは恥ずかしい事ではありません。

 それにわたしが淑女である理由にエドモンドは関係ありませんし。ええ、断じてありません!


「そ、そうかしら? エドモンドはあなた達と同じで、わたしには弟みたいな存在なのだし……」

「そうだよ。姉上はエドを弟というけれど、僕やティノはさ、実の弟だからこうして姉上の部屋に入れる。扉だって閉めるよね? 必要ならモナに席を外して貰う事も可能だ。……でも、エドにはそれができないよね?」


 未婚の若い男女が供を付けず、二人っきりで室内に籠るのは論外です。そんな慎みのない破廉恥な真似は出来ません! 

 ……え、あれ?

 

 指で綺麗に整え直した私の髪にジュリオは親愛のキスをし、困ったように言いました。

 図らずもそれは、エドモンドがわたしに言った言葉と同じです。


「姉上の前ではわたし、僕らの前では僕って言っているエドは、姉上の弟じゃないよ?」


********************


知恵熱がでそう。


「お嬢様。仕立屋から今度の舞踏会でお召しになるドレスが届きました」

「……後で見るわ……」

「お嬢様。装具店から舞踏会でお使いになる手袋が届きました」

「……後で確認するわ……」

「お嬢様、鍛冶屋から扇が届きました」

「……後で確かめるわ……」

「お嬢様。エドモンド様から、お嬢様にと首飾りの贈り物が届きました」

「――すぐに持ってきて!」


 表情こそ変えなかったけれど、モナの瞳が思いっきり我が意を得たり、そんな光を称えています。なんたること。口惜しい気分です。

 けれどもわたしときたら、恭しい手つきでモナがエドモンドからの贈り物のケースを勿体ぶって開けるまで、そわそわしていたのだから我ながら心境の変化が理解できません。

 エドモンドからの贈り物と言えば、駒のようによく回るどんぐりとか押し花みたいな可愛らしいものや、本や刺繍糸など私の趣味に通じたもの。あるいは身を飾るものでも、せいぜい少女らしいリボンでした。

 それなのに世を知る殿方のような真似を……。一体どこで覚えたの? 誰に教わったの? 心が粘土でできたように重いです。

 そんな気持ちの癖に、目はモナが持つケースから離れてくれません。

 ゆっくりと天鵞絨張りのケースを開ければ、そこに有ったのは美しくも華美過ぎない、ペリドットを主体とした瀟洒な首飾りが。

 夜間照明の下でも輝きを変えないペリドットは、夜会のエメラルドと称されます。爽やかで澄んだ淡い緑。

 夜に行われる舞踏会には相応しい一品でしょう。

 しかも中央に大粒の一粒のトパーズを置き、周囲を小ぶりのペリドットで何重にも囲った首飾りは若々しくも清純な花のよう。

 その美しさもさることながら、何よりもわたしの心臓の裏側を締め付けたのはその色合いでした。

 ペリドットはエドモンドの瞳と同じ色。

 トパーズはわたしの髪の色なのです。


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