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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
10/12

最愛

 その少女はいつもファビアナ嬢の後ろにそっと控えていた、ジベッリ男爵家の令嬢、マウラ様。

 失礼ながら大輪の花のようなファビアナ嬢に隠れ、強い印象を残すお方ではありませんでした。

 しかし、今のマウラ嬢は誰が見ても印象に残るでしょう。ただし、憎悪に顔を歪めた悪印象としてですが。


 敵意が籠った濃茶色の瞳をわたしに向けて声を荒げます。


「そんな年増もより、私が、私の方がずっとずっとエディ様が好きだったのに! 不貞をする人より、ずっとずっと……っ!」


 ドレスを握りしめ、瞬きもしないまま滂沱の顔でこちらを見るマウラ嬢には、肝を冷やす鬼気迫るものがありました。


「ねえ、その人、密会していたでしょう? とってもふしだらだわ。ねえ、エディ様、目を覚まして!」


 わたしは不貞も密会もしていません。何を根拠にと前に出ようとしたわたしをエディが仕草で止めました。


「言いがかりは止めてほしいな。彼女は暴漢に襲われかけてとても傷ついている。同じ女性なら気配りしてくれそうなものだけど? それになぜ後から来たはずの君が不貞だの密会だの、知っていることのようにいうのかな? ――なにより、以前にも言ったよね? “エディ”って愛称は、大切な人にしか呼んでほしくないから、僕のことはエドでいい、と」


 エディの言葉に少女の顔がくしゃくしゃと歪み、まるで毒を吐くような声で叫びました。


「どう、して……っ! どうして! 年増の癖に! 初恋なんか後生大事にして、エディ様を傷つけた人なのに!」

「カリーナをそれ以上侮辱するな――それに」


 冷たい声でした。いつものエディではない、容赦なく相手を切り捨てる声。

 けれど私を見た瞳は、いつもと変わらない暖かな若草色の瞳で。


「――それに、初恋を拗らせているのは僕の方だ。子供のころから十年以上、初恋相手のカリーナだけを見てきたのだからね」


 え?

 ええ?


 えええええ?


 衝撃の告白にぽかんと口が開き、それを苦笑したようにエディが、淑女としてあり得ない口元に指先を当てて指摘します。

 待って? エディが初恋を拗らせていたとかそんな……。


「小さい頃は父様ばかり見ていたカリーナに悔しく思う気持ちもあったけれど、僕より先に大人になる彼女に、どんな恋人ができるかずっとひやひやしていたよ。残念だけど、僕は彼女より年下だからね。でも、ずっと父様に初恋を拗らせてくれたお陰で、妙な虫が付かなかったことには感謝しているけど。――だからね? 君が何を言おうが何をしようが、カリーナを思う気持ちは物心ついたころから変わらないのだ。そしてカリーナを侮辱し、カリーナを傷つけた君を一生許さない」


 淡々と、けれど声に氷の棘を生やしたエディの言葉に、マウラ嬢は真っ赤になってぶるぶると震えています。何かを言おうとして口を開くも声は出せず、呼吸を乱したまま涙をぼろぼろと零すだけ。


 ああ、この人は本当にエディが好きなのだ。

 でも――。


「マウラ。もうやめて! ――エドモンド様がカリーナ様に付きまとわれて迷惑しているとか、幼馴染時代の他愛無い約束を盾に結婚を迫っているとか、全部嘘なんでしょう? 親友だと思っていたから、だから私もあなたの言葉を信じていたのに……」


 フォビアナ嬢の大きな瞳を潤ませながら、傷ついた声でマウラ嬢に声をかけますが、その声は届いているように見えません。ファビアナ嬢を睨みながらマウラ嬢は声を張り上げました。


「親友!? 親友なら、お互いにエディ様が好きだと告げた時、私にエディ様を譲ってくれなかったの? 親友なら身を引いてくれてもいいじゃない! なにが「どちらが選ばれても友人でいましょうね」よ! 本当は自分が選ばれると思っていたんでしょう? あなたも男好きのする派手な顔ですものねっ! 残念ねえ、あなただってそこの年増に叶わなかった負け犬じゃないの!」


 思い返せば華やかなファビアナ嬢の後ろで、頻繁に耳打ちをしていたのは恥ずかしがり屋の態度ではなく、わたしへの悪評を囁いていたのでしょう。見た目が派手なフォビアナ嬢に屈折した引け目を感じていたのかもしれません。

 けれど悪し様に罵ってよい道理が有るはずもなく。

 言葉や態度こそきつくはありましたが、少なくともフォビアナ嬢は正々堂々としていました。常に正面からわたしに向き合ってくれたのです。


「あなたごときがファビアナ嬢を貶めないで下さる? 正面から向かってこない姑息な人にエディは渡さないわ。いいえ、どなたにもお渡しできません――彼の若草色の瞳に映るのはわたしだけで十分なのです!」


 わたしはいつも大人でありたいと思っていました。

 エディではなく、エドモンドと呼び、わたしではなくわたくしと、大人であるように見せかけてきました。

 ……おそらくエディも同じなのでしょう。

 いつの頃からか、自分を“僕”ではなく“私”と言い始めた彼も、わたしの前では大人で在りたかったに違いありません。

 いつの間にか、“僕”に戻っているのは、おそらくわたしと同じで鍍金メッキが剥がれてしまったのです。

 わたしたちは大人になりたかった。大人で在りたかった。

 わたしは成長するエディを子供のままで接したいため、エディは成長するわたしに追いつきたいため。


 でも、そんな大人気取りの鍍金メッキが、ぼろぼろと剥がれたからこそ分かるようになりました。


 ファビアナ嬢を傷心させても、マウラ嬢を怒らせても、わたしはエディが好き。

 

 好きなの。


 彼を、男性として愛しているのです。


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