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初恋を拗らせた伯爵令嬢  作者: 六合呼
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初恋

 わたくしの初恋は、自覚したと同時に失恋しました。

 相手は春先の若葉のような柔らかな瞳を持つ、穏やかな人柄で有名なアゴスティーニ伯爵様。

 わたくしのフィオーレ家も同じ爵位の伯爵家であり、わたくし自身は長子であるものの、弟が二人いる為に継嗣の問題はありません。


 家柄をみても決して釣り合いが取れない訳ではありませんし、わたくしの容姿に関しても世間の声を聴けば不美人ではないのでしょう。淑女としての嗜みも教養もあるつもりです。


 けれどわたくしの初恋は、成就するはずもありません。


 なぜなら、穏やかなアゴスティーニ伯爵様は愛妻家で有名な既婚者なのです。

 奥様は聡明でお優しい方。淑女として憧れを抱くような御方に不義を働こうなどと、そのような神に背く不躾な考えは持ち合わせておりません。

 そもそも当時のわたくしは八歳で、伯爵様は三十路を過ぎていらしたのだから、たとえ伯爵様が見込んであったとしても、わたくしの初恋が成就するはずもなかったのです。


 恋多き友人は恋無き私にアドバイスをしてくれました。


 ――ねえ、カリーナ? 初恋は実らないものなのよ?


 ええ、まさに。


 わたくしは、19歳にもなって初恋が忘れられない。



 「カリーナの恋心とやらは、幼い娘が大人に憧れを抱くようなものじゃないか? 憧れに捕らわれたまま、妙齢の淑女が未だにエスコートを弟に頼むのはどうかと思うけどね」

「恋のなんたるかも知らないあなたに言われたくないわ。伯爵家のファビアナ様とのお話、お断りなさったと聞きましてよ?」

「……カリーナにこそ言われたくはないのだけど……」


 庭に面した我が家のテラスで楽しむお茶の相手としては、失礼ながら目の前の男性は最良とは言えないでしょう。

 なぜならわたくしは、彼の瑞々しい萌芽のような若草色の瞳が苦手なのです。

 長い冬の鬱屈を跳ねのけ、春先に芽吹く生気に満ちた若葉のような色。それはわたくしの初恋相手と同じ鮮やかな若草色で、その鮮やかな双眸に見詰められると目を逸らしたくなります。


 それも当然の話でしょう。

 隣に領地を構えるアゴスティーニ伯爵家の長子エドモンドは、わたくしの幼馴染みであり、二歳年下の弟と同じ学園に通う学友でもあり、わたくしの初恋相手の大切な跡取り息子でもある彼は、齢を追うごとに苦手になっていきます。

 初恋の君である伯爵様と同じ瞳で、伯爵様に似た端正な顔で、伯爵様とは違う栗毛のエドモンドは、両親同士が懇意だったこともあり、昔から弟たちと共に仲の良かった幼馴染みです。

 

 まだ幼かったエドモンドはとても愛らしく、少々泣き虫で甘えん坊な少年でした。わたくしとっては三人目の弟のようなもの。

 いつでもわたくしの後ろを雛のようにくっ付いて、『ねえさま、ねえさま』と笑いかけていた小さなエディ。ベルのように甲高く愛らしかった声は、いつの間にか弦楽器のように深みを増して低くなり、わたくしを見上げていた目線は二年前に同じになり、今はわたくしが見上げなくてはならないほど。

 『ねえさまがお歌を歌ってくれなきゃ寝ない』と駄々をこねた少年が、去年から社交界では話題の人物になっているのは、どういう怪現象なのかしら?

 エディ――エドモンドは広大な領地を治めるアゴスティーニ伯爵家の跡取りです。優雅な物腰に教養が深くて勇敢、さらには王太子の覚えも目出度いとあれば、妙齢の娘からの秋波の数は限りないと理解できます。

 けれどわたくしの中ではいまだに小さいエディのまま。サロンで話題が上るたび、世間の噂と実情が乖離しているように思えるのです。

 ……庭で転んで『ねえさま、ふーふーしてぇ!』と泣きべそで言ってきたリ、絵本を持って『ねえさま、お話よんで』と甘えてきた子が成長したものねと感慨深くなりました。

 私にとってのエドモンドは若き社交界の貴公子ではなく、愛らしくて甘えん坊の弟なのですから。


 「ねえ、カリーナ? 私の話を聞いているのかな?」


 あら、やだわ。

 「わたし」ですって。去年までは「僕」だったのに。


 弟分の成長におかしいような嬉しいような、面映ゆい気持ちになりながら姿勢を正しました。ふと風向きが変わったのか、風に乗ったヘンルーダ草の芳香に笑みが浮かびます。独特の匂いに思い出すのは、エドモンドが抱えていたヘンルーダ草が植えられた小さな鉢。

 この黄色い小さな花は、学園の寄宿舎に入る前にエドモンドからのプレゼントでした。

 「カリーナ姉様は読書がお好きでしょう? ヘンルーダ草は栞に使うと虫食いを防ぐんですって。どうかお使いください」と、声変りで男性に近づいた声で花の株を手渡してくれたのです。

 私の本の栞は、それからずっとヘンルーダ草の押し花なのですが、これはエドモンドには内緒。

 ずっと黙っているのは、なんだか離れてしまった彼を惜しんでいるみたいで恥ずかしいからです。

 

「ええ、ちゃんと聞いていますわ」

 

 ……気合を入れ直して聞きましょう。今から挽回です。大丈夫。私は読解力があるのです!

 間違っても弟のようなエドモンドの前で、人の話を聞いていないという淑女にあるまじき失態を演じるわけにはいきません。


「そう? それならいいけど……それでは今度のパーティは、私が君をエスコートをするからね?」


 ――はい?


 わたくしは十九歳の花の盛り。初恋が忘れられなくて断っていますが、縁談の話もお父様に多く来ていると知っています。いつもは弟か父に頼むエスコートを、この時期になってエドモンドに変わるという事は、世間の目から見ればそれは……。


「君と私の父の間で話がまとまってね。今シーズンのパーティ終了時にカリーナと私が婚約する運びとなったのだけれど……やっぱりフィオーレ伯爵から聞いていなかったのかい?」


 聞いていなかった。

 全く聞いていませんでした。


 ええ、ええ、ええ――。


 お父様! わたくしは何も聞いていませんけど!?



3日に1回くらいで、2000文字前後の更新予定です。

さらっと読める話にしたいです。

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