8話 エンバーズ
二ヶ月の間にスマホを5台壊して、その間にインフルもあってインフルが消えた後に残ったのはデータのないスマホ。
と、やる気を失いましたが、ようやく改稿も終わりです。
その先の叶わぬ願いは言わず、誠十朗は全てが入り混じったぐちゃぐちゃの思考を洗い流す様にお湯を顔にかけると立ち上がり風呂を出る。
いつの間にか用意されていたバスタオルと服に着替えて、蘭がいたリビングに入った。
「蘭、この服ありがとうな」
「うん、声かけたんだけど聞こえなかった?」
「……ああ、風呂場で少し寝てたから」
「そっか、じゃあ私もお風呂入っちゃうね。あっ冷蔵庫に作ったプリンがあるから食べて」
そう言うと蘭はリビングから消えていった。
それを見届けて誠十朗はリビングのソファに座り込む。そしてソファの前にある机の上のリモコンを取ってテレビをつけた。
『続いてはお天気です。森原さん、空スワロー!』
『はいこんばんはー!今日は半袖の子と長袖の子半々ぐらいで半袖に移っている子も多いようです。最高気温が25度にはいかなかったですけども。そして今、七つ場市ではちょうど』
天気予報の途中でテレビが消される。普段なら見ていた天気予報も誠十朗は気にならなくなってしまっていた。誠十朗に残されたのは、復讐を成し遂げるという固い意思のみであり、他の思いの多くは家族と共に燃え尽きてしまったのだ。
「プリン、食べるか」
誠十朗はプリンを冷蔵庫から取り出して一口頬張る。
舌に残る強い甘味に思わず誠十朗は顔を顰めるも、口と手は止めず一気に全て口に放り込み飲み込んだ。
「甘ったるい」
全てを塗り潰すような暴虐的甘さ。
料理は本質を表す、何処かで聞いた言葉を誠十朗は思い出した。
「この甘さが蘭の本質なのかね」
流しに皿とスプーンを置いて、誠十朗はまたソファに体を預ける。やがて、あまり時間も経たずに程よく腹が満たされたことによってか、誠十朗は眠気を感じて、抗わずに身を任せた。
「……ら、ん?」
薄れる視界、誠十朗は視界の隅に蘭が見えた気がした。
■■■■
「やあ、セイラ遅かったね」
「時間には間に合っているはずよ」
dead laughの月に一度の定例会。
黒い部屋には一つの長机と均等に椅子が用意されていて、椅子の裏にはローマ数字が掘られていた。
セイラは上座が一番離れているローマ数字でⅩと書かれていた椅子に座る。自分以外の全員は揃っていたようで、セイラは軽く視線のみで周りを見渡した。
一席には、褐色で藤色の髪を持ち壊れた笑みを浮かべる女。
二席には、赤のコートとサングラスを纏う赤髪の男。
三席には、全身が包帯に巻かれた男女不明。
四席には、シルクハットにタキシードを着た紳士の男。
五席には、眠っている虎の耳が生えた男。
六席には、神父服を纏い優しい笑みが特徴的の男。
七席には、スモッグを着ていて人形遊びをしている幼女。
八席には、白衣で濃い隈がある男。
九席には、タンクトップで煙草をくわえている長い髪の女。
そして上座には、ボスと呼ばれる偉丈夫が座っていた。
そのセイラが座った瞬間に、何処からか荘厳な鐘の音が鳴り響く。
「それでは、定例会を始める」
そこで様々な情報が飛び交った。
ヒーローや他の組織の動き、政府の動き等の話がされている中、セイラが口を開く。
「ちょっといいかしら?」
その言葉に静まり返る。
「どうしたんだ、セイラ」
「ボス、久しぶりの推薦者がいるの。私の能力を使ったからスパイの可能性はないわ」
「ふむ、推薦者か」
「僕も推薦された者を知ってるけど賛成だよ」
セイラの後に続き、ドクターは話しだしたが紡がれる言葉はセイラの意図したことではなかった。
「彼には能力は無いけど、アレを投与してもいいと思う」
「ドクター! アレはあまりにも危険よ!」
「別にいいじゃないか、彼にも能力は必要だ。そもそも能力がないとdead laughに居ても邪魔なだけだしね」
「それでも!」
「セイラ」
ドクターに反対するセイラをボスが止める。
「ドクター、推薦者の参加とアレの投与を認める」
「僕に任せておいてよ」
その決定にセイラは歯噛みする。
誠十朗には一週間と言ったが、実は定例会は今日にあった。
一週間と期間を設けたのは誠十朗の意思決定の為でもあるが、セイラ自身ここまで簡単に認められるとは思っていなかったのだ。
しかしセイラの思い通りに物事は動かない。
それでもセイラは誠十朗が参加に拒否した場合、組織に敵対してでも誠十朗を助ける決意を決めた。
■■■■
「ん、朝か」
カーテンの隙間から零れる光が誠十朗の顔を照らす。
誠十朗は蘭の部屋で目覚めた。
「昨日あの後、運んでくれたのか」
キッチンへ入るとテーブルの上に。書き置きと料理が残されていた。
『学校行くね! 目玉焼きとベーコン用意したから朝ご飯に食べてね。昼ご飯はカップ麺があるからそれを食べて下さい! 昼ご飯用意出来なくてごめんね!』
「……至れり尽くせりってやつだな」
誠十朗は蘭に心の中で感謝を言って朝ご飯を食べた。
「ごちそうさまでした」
誠十朗は時計は見ると指し示す時刻は十時。
「時間があるな、少し散歩でもするか」
蘭が用意したジャージのままで誠十朗は外へ出て、蘭が幼い頃から置いてある植木鉢の下の鍵で戸締りをして、鍵を元の場所に戻し歩き出した。
「しかし変わってないもんだな」
あの家はまるであの頃から住んでいないかのように当時のままだ、とそこまで考えて誠十朗は頭を振る。
「なに馬鹿なことを考えんだ」
その時、凄まじい熱風が誠十朗を襲った。
「あっつ!」
咄嗟に顔を腕で守ると、その熱は誠十朗にある能力を思い出せた。
「火虎……!」
火虎が近くにいる、そう誠十朗は思い、勝てるわけがない、しかし様子見で済ませるといった考えはなかった。思考する暇もなく、ただ殺したい相手がそこに居る。その一心で走り出した。
そうしてたどり着いたのは誠十朗にも見覚えがある公園。
そこに居たのは。
「ァア? なんだ見世物小屋でも見に来たかのように俺を見て、誰だてめえ?」
火虎ではなかった。
「はあ、はあはあ。……はああ」
息を整えながら誠十朗が見たのは、顔から煙をあげて倒れている女性の姿であった。
「おい、質問したら答えろ。それともお前は言葉が理解出来ない猿なのか?」
千枝と同じ制服の女性が倒れている、そして辺りに込める人の肉が焼ける匂い。
何もかもがあの時と同じであむった。
だが、一つ差異があるとすれば同じ制服を着ていてワイシャツのボタンが千切れ飛んではだけている女生徒がもう一人いることだ。
「とりあえず、俺はこいつを犯すから消えろや、今なら見逃してやるからよ」
「……俺は」
「あ?」
「俺は火の能力と女をレイプするような胸糞悪い奴が嫌いなんだ。盛ってんじゃねえぞ、猿」
誠十朗の目に、狂気が宿る。
こいつを犯す、その言葉に誠十朗はキレていた。あの時救えなかった妹を、家族を女生徒に当てはめていた。頭の冷静な部分ではそのことに気づきつつも、誠十朗は止まれない。
「今度こそ救ってみせる。お前を殺してでもな」
誠十朗は構えた。
それは受けの『柳』ではなく、ボクシングの様に腕を顔の前まで挙げる攻めの『黒檀』である。
『柳』は柔を持って受け流し、相手の力の動きを利用する構え。
対する『黒檀』は剛を持って打ち砕き、相手がどうしようと自らを硬くし捻り潰す構え。
誠十朗があの時身をもって知ったことは一つ。
能力者を相手取る時は、能力を使われる前に殺れである。
先手必勝とばかりに誠十朗は地面を強く蹴り、拳の間合いに入ると腰を捻り拳を突き出した。
「っ!……てめえ! ボケてんのかいきなり攻げっがあ!」
相手にバックステップで避けられるも、作られた間を一瞬で詰めて掌底で顎をかち上げる。
余談だが、楠木流には技はない。構えと教えのみで戦う。だが、逆に言えば技という形に当てはめず構えのみで臨機応変に対応できるのが楠木流である。
相手が何をしようと、その場で対応するのが楠木流の真骨頂であった。
「で、デメエ! ごろす!!」
舌を噛んだのか、左手で掴みかかろうとする敵に誠十朗は踏み込み、肩の関節部を殴り粉砕した。
「ぎゃああああああ!!」
倒れる敵を睨み付けてながら、嗜虐的な笑みを浮かべた。誠十朗は教えの通りに笑みをしたつもりであったが、それは狂気に塗れていて、もはや昔まで笑みとは異なっていた。
「忘れてたな、俺の名は楠木誠十朗。お前を殺す男だ」
「ぢぐじょう……ぢくじょう!! てめえも俺を見下しやがって殺してやる、ぶっ殺してやる!! 残り火!」
チリっと空気に音が鳴り、誠十朗はそれを聞き、危険を感じて頭を伏せたその瞬間、誠十朗の頭の上に凄まじい炎の道が出来て、敵の左手に消える。
その隙を突いて、男が誠十朗の顔を蹴り飛ばした。
「ぐっ!」
直撃を受けた誠十朗は鼻から血を流して、地面を転がる。
「ひ、へへへ、へ。どうだ、これが今日俺に目覚めた能力だ! 俺の左手が通った道に炎が通る能力。これで俺は好きなもんを手に入れるんだ、女も金も全部、全部なあ!」
誠十朗は怒りに身を任せていたことで忘れていた。能力者に無能力者が何も考えず真っ向から戦って、勝てるわけがないことを。
誠十朗に粉砕されてダラリと下げられている左手に火が灯る。
その戦いの最中に、誠十朗は女生徒に目を向ける。
女生徒は涙を流し、友人が殺されたという恐怖に小便を漏らして地面を濡らしていた。その女に向かって誠十朗は声に出さず、口の動きだけで逃げろ、と伝える。
そして伝わったのか、女は頷くと走り出して逃げたが、誠十朗の前の男は誠十朗を殺すことに一杯でそれに気づいていなかった。
「おいおい、急に黙ってどうしたんだ? まるで借りてきた猫のように大人しいなあ。ひひ」
男が勝ち誇った顔で誠十朗の前に近づき、嘲笑った。
「豚のようにこんがり焼け死ね」