39話 美食家・少女兄妹
「お願いします、主人の仇を取ってください」
人気の無い暗く細い路地の行き止まりで、松島菜々子は神にでも祈るように懇願する。目の下の泣きボクロが色気を出し、ニットのセーターにスキニージーンズという姿は、その暗くどんよりとした場所には適していなかった。
彼女一人で話していると思われた路地裏の光が当たらぬ場所で、それらは潜んでいた。
「それは、依頼かい? 」
しっとりと場に溶け込む落ち着いた男性の声が、菜々子の懇願に返事をする。
「あなたは我々が何を欲しがるのか分かっているのかい?」
影を追いかけて、路地裏の行き止まりのある薄汚れた室外機に細身で黒い革のコートを身に纏い金髪青眼の中性的な顔をした眼帯の男が腰掛けていた。そしてもう一人、ゴシックドレス姿の小さな少女が室外機の隣の少しの隙間に膝を抱え座っている。
男の腰にはサウジアラビアの国宝の刀であるラハイヤンに似た形状の剣が二本、少女の背中には少女の身体の二倍もある大きさの鎌が存在していた。
「はい、分かっています。娘は私の父と母に預けてきました。だから、平気です」
その声からは、悲壮な決意ともまた違う、一矢報いるといった強い覚悟が滲み出ている。
「ターゲットは?」
その覚悟を知ってか知らずか、にやにやと浮かべていた笑みを強めて男は問う。
「主人、松島大吾を殺したdead laughの十席の部隊、全員です」
松島大吾、かつて十席に誠十朗が在籍していた時の初めての任務でターゲットとなった男。その最後は依頼者の要望により、より惨たらしくドクの手で拷問にかけられ死んだ男。
「ふうん、犯人を断定した根拠は?」
「主人は政治家でした。警察の方にも少しコネがあり、私はそのコネを頼りに情報を集め行き着いた答えがそれなんです。まるで建物の内部が新品になったかのような証拠隠滅は特徴的でそんな証拠隠滅をするのは一人しか確認出来ていなそうです。そしてその者の名は」
菜々子の声を遮り、男は先回りするように一人名前を口にした。
「バック」
「え?」
「違うかい? ……いいやぁ、違わないさァ。そのやり方はあいつしかいない。フリーランスの殺し屋、神出鬼没に現れることから付いた名が"放浪者"」
アは、ハハハハハはははははははあハははは。
先程までの落ち着いた声とは真逆に狂ったような、否。狂った笑い声が静かな路地裏に響き渡る。
「ようやく、あいつに飲まされた苦汁の復讐ができる。レディも嬉しいだろォ?」
「……」
「そうか、そうか嬉しいか、嬉しいだろうねェ。……おっと失礼。少し気分が高揚してしまった」
豹変した姿に怯えきった女性の表情を見て、男は我に返り冷静となる。
しかしもはや隠しきれない二面性、狂気。
それが男から醸し出される正体不明のおぞましさを強調していた。
「依頼を受けよう、依頼料は先払い。知ってるね? 」
「……はい」
そして、契約は果たされた。
徐ろに立ち上がった少女の鎌が一閃。
菜々子の柔らかな腹を横に割った。
びちゃ、びちゃびちゃびちゃびちゃ。
白いニットのセーターは赤く染まり、臓物は垂れ流れる。
菜々子は膝から崩れ落ち、目から一筋の涙が伝った。
「ごめ、さい。かつ……は……」
走馬灯のように、夫である松島大吾の姿と娘の松島葛葉の姿が脳裏に過ぎり、そして菜々子の瞳に確かにあった光が途絶える。
「さあ、前菜といこう。あいつを殺す前祝いだ」
その言葉を合図とし、少女は死んだ女の臓物を手で掬い噛みちぎった。
男は菜々子の瞳を引きちぎり、口に放り込む。
ぐちくちゃくちゃくちゃ。
女の身体を貪る。
ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ ぐちゃ。
口元を真っ赤に染めた男は、嗤う。
「依頼主様。後のことは我々"美食家"・"少女"兄妹にお任せあれ。あは、アハハ! あハははハハハハハ!」
男は嗤う。
■
場面は転じて、dead laughの組織の中へ戻る。
「それで、誠十朗。いつ殺しに行くのかしら」
定例会の部屋を出て、すぐ後誠十朗の隣を歩いていたセイラは誠十朗に話しかけた。
「今日は能力的な消耗もある。明日にしよう」
誠十朗の体には、怒りで我を忘れ、能力を大規模で使った反動が来ていた。
他にも、ヴェルメリオとの連戦で昨日は感じていなかった体の倦怠感もある。
とてもこれから、他組織と戦えるような状態ではなかった。
「分かったわ、じゃあ私もバック達にそう伝えておく。貴方も自分の部下に伝えておくといいわ」
「自分の部下……? それはどういう」
自分自身の部下という聞き覚えのない存在に、頭を少し傾け考えるも正解には辿り着かずセイラに答えを聞こうとする。
しかし、セイラは一足先にと通路から居なくっていた。
「まあ、明日でいいか」
誠十朗も問題を先送りにし、自分の部屋へと戻る。
自室の扉の前に着くと、誠十朗は扉に張り紙がしてあることに気づいた。
「ん、なんだ? 住居者幹部へ昇進のため空室……って、あぁそうか俺は幹部になったのか」
細かいところから、改めて幹部になったという実感を誠十朗は感じる。
幹部と構成員の差を作るための明確なものとして部屋の違いというものがあった。
それは、質素な部屋から個人の自由に重きを置いた部屋という空間であり与えられる部屋から実力で勝ち取ったという証明にもなる。
つまり、誠十朗の部屋は構成員の部屋が並ぶ此所ではなく、幹部第二席の部屋ということだ。
誠十朗は改めて自室となった二席の部屋の前まで歩きドアノブを握る。
特にひっかかりもなく、スムーズにドアノブは回り、誠十朗が中に入るとそこは構成員用の部屋より上等な部屋が広がっていた。
「元々ヴェルメリオが住んでいたと聞いてたから、気になっていたが別段おかしい所はないな」
「あいつは、あまりへやにもどってこないから」
誰もいないと思われた部屋で、聞いたことのある声と特徴のある話し方が聞こえ、誠十朗は驚く。
「なんで、俺の部屋にいるんだ!? 」
誠十朗が声の聞こえた方に目を向けると、そこには我が物顔でベットを占領していたアンデの姿があった。
「おかえり。 ごはんにする? おふろにする? それとも……こ・ろ・し?」
平坦で抑揚のない言葉を最後まで聞き、誠十朗はセイラの言っていた言葉を思い出す。
"自分の部下"そして部屋にいるアンデの存在で全てを悟った誠十朗が一先ず取った行動は
「出ていけ」
自室に存在する遺物の排除であった。
荷物を持つようにアンデを片手で持ち上げ、玄関から外へ放り出す。
誠十朗は重いため息を吐き出して、戦闘用のスーツも脱がずにベッドへ飛び込む。
鼻腔をくすぐる女性特有の匂いが誠十朗を包み込むも気にせず目を閉じた。
眠りにつくのに、そう時間はかからなかった。
■
「dead laughをおびき寄せるには、餌が必要だ」
美食家は呟く。
大量の血液と少し肉がへばりついた骨が転がる路地で立ち上がり、シルクのハンカチを使い口を拭うとそれを捨てて歩き出した。
その後を少女も追う。
ハンカチはひらりと宙を舞い、女性の頭蓋骨をぱさりと覆った。
「ここの近辺で、創造生物の傘下組織がいるらしいな……名前確か、"左後ろ足"か」
殺し屋が動き出す。
やあ、久しぶり。
最近凄く忙しくて、ろくに投稿も出来なくて申し訳なかったと思っているよ。
Twitterのアカウントを晒したのに、誰も興味無いのかフォロワー数が増えないことを悲しんでいたなんて、そんなことも無いよ。




