前世で魔王やってましたが、とりあえず今世は兄さんさえいればそれでいいので
久々にオリジナル作品を書いてみました。
まあ、いつものメンツです。たぶん、腹黒いキャラにはこの子が一番合ってると思うので。
頭が痛い。
こう、何かにぶつかったというか、ぶつけたというか、そういう感じのじーんとした痛み。
頭の痛みが鬱陶しくなり、思わず身を起こす。………はて、ここは?
「玲夜! よかった、気がついたんだな!」
そう、私を強く抱きしめてくるのは………私の兄。
名は風峰陸斗。私よりも1歳年上で、中々家庭的な一面を持つ、将来有望な男。
「ちょっ……離れて下さい、兄さん」
抱きしめられるのは嬉しいけども、今の状況では恥ずかしさが勝る。
実際、ベッドの周囲には兄だけでなく、見覚えのある顔が何人かいるのだから。
「風峰君、早速で悪いんだが………何が起きたか憶えているかい?」
私のクラスの担任の先生がそう訪ねてくる。
最初に思っていたのは頭が痛い事だけだったけども………そっちの方へ頭を働かせれば思い出せる。
………そう、あれは確か3時限目が終わった時の事。
4時限目が理科室で行われるので、私は必要なものを一式用意し、教室を後にした。
教室は3階。理科室は2階。私は階段を下っていたところ、急に誰かに突き落とされた。
「幸い、落ち方が綺麗だったのか、うまく受身を取ったからなのか分からないが、怪我は何も無かった」
保健室の先生がそう言うように、確かに足や腕が痛いというのはない。
頭だけがズキズキ痛むけど………これは階段から落ちた時の痛みとは違う気がする。
「それで、誰が突き落としたか見ているか?」
「………すみません。急に突き落とされたもので」
私はここで、敢えて嘘をついた。本当はしっかりと目撃している。
………まあ、それをここで口にするつもりはないけども。
誰も見ていない事を話し、後の授業は欠席していいとだけ言うと、先生たちは去って行った。
まあ、階段から突き通すなんて悪質だから、恐らく犯人の特定に乗り出すのだろう。
「玲夜、本当に大丈夫なのか?」
「心配いりませんよ、兄さん。少し頭が痛むだけですし」
………そう、頭が痛むだけだ。
だけど、これは必要な痛み。痛みを伴って当然の事なのだから、仕方ない。
「そうか? ………いや、でも心配だし、一度病院へ行って診てもらった方が」
「大丈夫ですって。それより兄さんこそ授業いいんですか? 私はもう少し休んでますから、早く教室に戻ってください」
「いや、でも」
「大丈夫ですから」
心配してくれるのは嬉しいが、ここは自分の事を優先してもらいたい。
この人はただでさえ、私の事を心配し過ぎるきらいがあるのだから。
何度も言うと、ようやく分かったのか、渋々といった様子で保健室を出て行った。
「………さてと」
ベッドから立ち上がり、軽く背伸びすると私はパチンと指を鳴らす。
瞬間、さっきまで私が寝ていたベッドが、ちょうど半分の位置で両断された。
それを確認してから、もう一度指を鳴らす。数秒もしない内に、今度はベッドが両断される前の状態……つまり、元に戻った。
“軽く”やっただけでこれだ。恐らく、あの頃とほとんど変わらない。
「しかし、なあ」
自分の置かれている現状を今一度理解し、大きくため息を吐く。
きっかけはきっと、階段から突き落とされた時。
恐らくあの時、私は首を折るなりして一度死んでいる。だが、その時に記憶が戻り、同時に力も戻った。
意識は飛んでる……というか死んでるから、自動的に力が発動し蘇生した……そんなところだろう。
死ななかった事はよかったのだけど、だからといってこれは何の冗談なのだろうか。
「どうしろって言うんですか………」
風峰玲夜。今年で16歳の女子高生。
前世で、魔王やってました。
前世の名も同じ「レイヤ」。種族は「サキュバス」。
サキュバスと言うと、男を誘惑するエロい種族を連想するだろう。実際、間違ってはいない。
私の場合、母親がサキュバスだったから、同じサキュバスとして生まれてきただけに過ぎない。………実際、前世で男性経験なかったし。
まあ、そこは置いておくとして、私は父から魔王の座を譲り受け、魔王に就任。そして勇者との一騎打ちに敗れ、死亡した。
………悔いがないと言えば嘘になる。遺された魔族達がどうなったのか、勇者が私を倒した後どうしたか、そういった事は気になる。
しかし、今の私は魔王レイヤではなく、違う世界のごくごく一般的な少女、風峰玲夜なのだ。違う世界の事など気にしていては始まらない。
さて、ここで現世の私、「風峰玲夜」について説明しよう。
私立春ヶ丘高等学校に通う1年生。年齢は16歳。3サイズは上から88/58/90……あ、3サイズは前世と同じ。顔立ちも、髪の色と瞳の色以外は変わっていない。
家族構成は義父、義母、義兄と………え? そこで「義」を付けるのは何故か? ああ、説明していなかったか。
実を言うと私、風峰家とは全く血の繋がりがない。
と言うのも、私の実の両親は私が生まれた直後に交通事故で死亡。その後、引き取り手のいない私を両親の友人だった風峰夫妻が養子として引き取り今に至る、というわけだ。
ちなみにそれについては私も兄も何年か前に聞かされており、既に事実として受け入れている。
成績は極めて良好。身体能力◎。自分で言うのもなんだが、才色兼備の美少女、という奴である。………言ってて少し虚しいけども。
が、性格は大人しく、いつも兄の後ろをついて歩くような、教室の片隅で読書してるような、そんなタイプ。
だからまあ、あんな事になったんだろう。それについてはまた後で語る事にしよう。
続いて、私の兄について説明しなくてはならない。
兄……義理の兄だけど、さっきも私の側にいた風峰陸斗。
年齢は私より1歳年上の17歳で、高校2年。
クラスに1人くらいはいるってイケメンだけど、他にイケメンがいたら気にならないってレベル。
家庭的な面があり、両親が出張で家を空ける事が多い我が家の主夫で、炊事洗濯掃除と我が家の家事を一手に担っている。
成績並びにスポーツも万能。顔もイケメンと来れば、そりゃあモテる。………それで今回、私が突き落とされるに至ったわけなんだけども、そこを責めるのはお門違い。
私の事をとても大切にしてくれている。………そこが「妹」に対する「好き」なのか、それとも「女」に対する「好き」なのか、が重要なのだけど。
………さて、私と兄さんの話はそれくらいにして、現状に戻ろう。
さっきも話した通り、私は突き落とされた。
そしてその犯人について、しっかりと目撃している。
同じクラスの坂下菜々子。性格はミーハーでやかましいタイプの女子。どこの学校にもいる、うるさい女子の一例。
この坂下菜々子。実は兄さんに惚れており、何かと付きまとっている(当の兄さんには避けられているけども。
その関係で、私に場所を問わずに度々突っかかってきている。教室だろうが、食堂だろうが、関係なしにやってくるので、クラスメイトはもちろん、上級生の方々も同情的だ。
記憶の戻る前の私は大人しく暗い性格なので、彼女の罵倒にも耐える傾向にあり、きっと突き落とされた事も記憶が戻ってなかったら「言ったら兄さんたちに迷惑がかかる」と思い、口を閉ざしていただろう(そもそも記憶戻らなかったら死んでるだろっていうツッコミは無しです)。
………え? 今の記憶戻った私はどうなんだって? 先生達に話さなかったのは何故かって?
―――それはもちろん、自分の手で磨り潰すからに決まってるからじゃないですか。
先生達に話したところで、厳重注意になるのは明白。
兄さんに話せば、兄さんから本人にキツイ説教が下るだろうけど、そうしたらどうせ私に逆恨みで何か仕掛けてくるに違いない。
それならいっそ、自分の手で決着を付ける方がいい。それこそ、私に喧嘩売った事を後悔するレベルで。
「どういう方向で進めましょうかねー」
こう、悪巧みするのは酷く懐かしい。
思い返せば魔王時代。新任魔王の私を舐めてかかっていた部下達に、ちょっとした悪戯を仕掛けていたのを思い出す。
あちこちに使い魔を忍ばせ、部下達の弱みを握り、「バラされたくなければ必死に働け」と脅……お願いしていた頃の事。
………ま、懐かしい過去の事はさておき、今は現在と未来の事を考える事にしよう。
さっき見せたと思うけども、私は魔王だった頃の力を使う事が出来る。
ベッドを両断したのは「風」の力。直したのは「回帰」……「時」の力。どちらも魔法と呼ばれる、魔族特有の能力だ。
もちろん加減はしている。本気で「風」の力を使えば、校舎が吹っ飛んでいる。「時」にしても、「回帰」なら校舎が出来上がる前の状態にまで戻ってしまう。
………普通、こういう場合は半分以下とか、ほとんど使えないというのがデフォだろうに、強くてニューゲームとは何なのだろうか。
「………よくよく考えてみたら、彼女ほとんど詰んでますよね」
この学校で、私に明らかに敵意を向けるのは坂下菜々子ぐらいなもの。
「突き落とされた」というのは分かっているので、そんな事をしでかす人間とくれば、真っ先に彼女が浮かぶ。
あの時は周りに誰もいなかったので、目撃者はおそらくいない。………けども、放っておいてもいずれ彼女が犯人だと噂が流れる。
ま、その間にまた何かしでかさないという可能性も無いでしょうけど、やはり自分の手で決着付けるのが一番だ。
「………よし、こうしましょう」
その翌日、私は校舎の屋上にいた。
そしてもう1人。屋上には坂下菜々子の姿もあった。
「………やっぱり、アンタが呼び出したのね」
そう言う彼女の手には、一枚の手紙が。
その文面は至ってシンプル。「階段の件について話がある。屋上へ来い」それだけ。
「はて、何の事でしょう。私はただ、ここで待っていればあの時の犯人が来るとだけ言われたのですが」
「とぼけるんじゃないわよ! あの時、私の顔見てたんでしょ! だからこんな脅迫文を………!」
ええ、確かにそれなら脅迫文に思う。
あくまで、その手紙を受け取ったのが彼女ならの話ならば。
「いい加減、風峰先輩から離れなさいよ。アンタが邪魔で、先輩にアタック出来ないでしょうが!」
………まあ、こういう人なんですよ彼女。
極めて自己中心的。私を虐める理由も、私が兄さんの一番近い場所にいるから。ただそれだけ。
そんなわけで、この人に対する周囲の評価は極めて悪い。私の事罵倒したりしてますし、当然なのだけども。
「つまり、私に兄さんの前から消えろ。そう言いたいわけですか」
「そうよ! 風峰先輩にはもっと相応しい人が」
「嫌に決まってるでしょう?」
至極当然な事を、私は言ってのける。
「私の髪の毛一本。この身に流れる血の一滴まで全て、兄さんのものなんです。ぽっと出の女が何ですって? 下らない」
どうしようもなく、私はあの兄に参ってしまっている。
風峰玲夜は、風峰陸斗の事を狂おしいほどに愛しているのだ。
これは記憶が戻る戻らない関係無しに。記憶の無い私は兄さんを想うだけだったようだけど、今の私は違う。
「あれは私のものです。もっと相応しい人? 下らない。私以外にそんなもの、いるわけがない。………あなた? ああ、論外ですね。あなた風情、兄さんの前に立つ事許されるはずがないのだから」
この女は虫だ。
兄さんの周りを飛び回り、兄さんにたかるだけの羽虫。
あの人は優しいから、無理に振り払ったりはしないけれど、私は黙ってみているつもりはない。
「ッ!!!!」
激昂した彼女が私へと掴み掛かり、屋上のフェンスへと追い詰め、私の首を両手で絞めてくる。
一般的な女子よりもずっと握力が強い。………まあ、このままなら窒息するレベルだ。どうせ窒息してもすぐ蘇生するのだけど。
だからといって、わざわざ苦しい選択をするつもりはない。ここへ来る前に仕込みは済ませて来たし、もう合図も送ってある。
「玲夜!!」
勢いよく、屋上の扉が開け放たれる。
そこにいたのは我が兄に、先生達。
仕込みは済ませたと言ったでしょう? 彼女に贈った手紙と同じものを兄さん達に見せ、私が囮になる事を提案した。
もちろん兄さんは反対したけど、危なくなったらすぐに携帯でメール飛ばす事で納得させ、こうして屋上へ来た。
彼女が激昂して首絞めてくる直前にメール飛ばして、ベストタイミングで踏み込んで来てくれた。
突然屋上のドアが開いて、兄さん達が来た事に驚いたのか、私を押さえつける力が一瞬弱まる。これももちろん計算の内。後はこう………。
「ていっ」
「えっ?」
巴投げの体勢で、彼女を投げ飛ばした。
フェンスを背にした形なので、結果的に彼女は空中へと身を躍らせる。
ここで「風」の魔法発動! 校庭に叩き付けられたら高確率で死亡なので、うまく着地点を操作し、木の上に。
まあ、木の上で止まるわけがなく、それがクッションになって地面に叩き付けられる事だけは免れる。
「兄さん!」
私はそのまま、兄さんの胸へと飛び込む。
傍目から見れば、「屋上へ呼び出されたら殺されかけた女生徒」としかしか見えない。
あの手紙ももう回収してある。彼女のポケットの中から私のポケットの中へ。指紋も彼女のが付いていますし、証拠も充分。
例え、「私に呼び出された」と言ったところで信憑性はない。普段から私に敵意を向けていた事はクラスメイトからも証言は取れますし、今回の件も正当防衛が立証出来る。
(まあ………)
さすがに殺すつもりはない。
いくら正当防衛とはいえ、もしも殺してしまったら私だけでなく兄さんにも非難の視線が向けられてしまう恐れがある。
それに、だ。彼女は今後、針のむしろに座る事になる。
一方的な思い込みで私に害をなし、あまつさえ殺そうとした。目撃者もいる以上、誤魔化し様がない。
後はまあ………いくつか実験台にでもなってもらうとしよう。
(こっちの人間にどこまで効くのかっていうのも、確認したいですし)
………けれどまあ、そういった事はまた今度考える事にしよう。
難しい話はさておき、私は愛しい義兄の胸の中に、静かに顔を埋めるのであった。
【簡単なキャラ紹介】
風峰玲夜
主人公。前世は魔王(種族はサキュバス)。
前世で勇者に敗れ、命を落とすも現代日本に転生。転生しても魔王だった頃の力を使う事が出来る。なお減退ほとんどなし。
重度のブラコン。義兄・陸斗に近づく女は磨り潰していくつもり。腹黒レベル99。
風峰陸斗
ヒロイン(?)。玲夜の義理の兄。
玲夜の事をとても大切に想っているが、それが「妹」に対する親愛なのか、「異性」に対する愛情なのかは不明。
これから、色んな意味で逞しくなった義妹のアプローチに耐える日々が始まる。もげろ。