太陽が燃えつきた日
星屑による星屑のような童話。よろしければ、お読みくださるとうれしいです。
ひだまり童話館 第4回企画、「アツアツな話」参加作品です。
ある夏の日の、夕方。
一日の仕事を終えた太陽は、今まさに、西の空に沈んでゆくところだった。
その様子を見たポクラムという名の少年が、白い半そでのシャツからつき出た真っ黒に日焼けした首を、ひょい、とかしげる。
「太陽の様子がおかしい……」
いつもなら血管が切れそうなくらい、赤ら顔をしてじりじりとにらみつける太陽が、黄色い光を弱々しくにじませながら、チカチカと光っている。
もっと変だったのは、太陽がニョキッと横から両手をのばし、まるでポクラムに「バイバイ」するかのように、その手を左右に振ったことだ。
(こんなこと初めて! こ、これは……ただごとじゃないぞ!)
そこは、毎日毎日、暗くなるまで外でサッカーや野球をするのが大好きなポクラムのこと。太陽の様子がいつもとちがうことに、気が付かないわけがない。
手にはめていた野球のグローブを自転車のかごに放り投げたポクラムは、すぐさま自慢の赤い自転車に飛び乗った。そして、遊び仲間へのバイバイもそこそこに、野球のグラウンドを後にして、猛スピードで走り出した。
真っ先に向かった先――それは、自分の住む家だった。
(もしかしたら、何か届いてるかも……)
キーッ
あたりに鳴り響いた、耳ざわりなブレーキ音。
ポクラムは、大切にしている自転車を、このときばかりは家の前に乗り捨てるように倒したまま、玄関へと走った。
鼻息を荒くして、玄関の郵便受けを開ける。
思ったとおり――
そこには、太陽からポクラムあての一通の手紙があった。ポクラムが、ぷるぷると震える手で、封筒の口を切る。
『僕は、長いこと太陽をやってきました。でも、燃えつきました。今日で太陽をやめます。ポクラム君、さようなら。今まで仲良くしてくれて、ありがとう』
(やめる? いなくなっちゃうってこと? そんなの困るよ!)
手紙をズボンのポケットに押しこんだポクラムが、ぎゅっ、と握りこぶしを作る。
(太陽をさがし出して、はげまさなきゃ! また、空で輝いてもらうために!)
太陽をさがす旅に出ることを、ポクラムは決意した。
お父さんとお母さんには、「旅に出ます」とできるだけきれいな字で、書きおきした。十円玉がぎっしりつまったコブタの貯金箱を、お父さんから勝手に借りたリュックにつっこんだ。そして――パンツの着がえを、二枚も持った。
(カンペキだ!)
どちらかというと、大きめの茶色いリュックに背負われた感じのポクラム。でもそんなこと、全く気にも留めない。
そのまんま外に飛び出すと、横になった自慢の自転車を起こしあげて、ひょい、とそれにまたがった。
「よし、出発!」
ポクラムは、とっぷり日の暮れた街の中を、勢いよく走り出した。
☆☆☆
(太陽が居そうなところって、どこだろ?)
ペダルをこぎ続けること、三日間。ポクラムは、とにかく突っ走った。林をぬけ、浅い川を渡り、荒地をかけぬけた。
太陽がひっそり隠れていそうな場所を目がけ、まさに風になって、走り続けた。
けれど、そこは太陽の出ない暗がりの世界。
空に瞬く星々が、ポクラムの行く手をじんわり照らしてはくれているものの、それは、自転車をこぎ進むポクラムにとって、おぼつかない明かりだった。
超特急の列車のように森を走りぬけていた、そのとき。
行く手をはばむように突き出た大木の根っこにはじかれた自転車が、ぽん、と空中を舞い、ポクラムを座席から振り払った。
「痛っ!」
自転車を置き去りにして、じめっと湿った道の上に、ポクラムが投げ出される。
あがる息。ズキズキと痛む、両手両足。
(もう目も、だいぶ慣れてきた。大丈夫。太陽は、きっと見つかるさっ!)
何度も転んで、少し曲がってしまったハンドル。けれど、そんなことに負けるポクラムではない。バラバラになりかけた手足は、アツい気持ちが体につなぎとめている。
と、ふと思い出したように、ポクラムが声をあげた。
「そうだ! パンツを替えておこう!」
暗い中、リュックをごそごそとさぐり、パンツを取り出す。
「よし、交換終了!」
パンツ交換の間に、息がすっかり整ったポクラム。
スッキリ晴れ晴れ――瞳をキリリと光らせたポクラムは、力強く自転車のペダルをこぎ始めた。
★☆☆
それから、三時間。
とうとう、ポクラムはたどりついた。そう、太陽のいる場所に。
地面がとぎれる崖と、青い海の間。
背中をこちらに向けた太陽は、しょぼくれた青い光で時折ちかちかと瞬きながら、崖に隠れるように水平線の上に座っていた。
「君はまだ輝ける。元気を出せよ!」
前よりもたくましさの増したポクラムが、太陽に声をかける。
「ん? 君はポクラムか? よくここがわかったね――でも、僕はもうダメさ」
一回、ちらりとポクラムを見たものの、太陽は弱々しい声で、そう答えた。
どう見ても、じりじりとアツく照り付ける、あの、夏の太陽の様子ではない。
「もう何億年も、お嫁さんになって欲しいと『月』にお願いしてきたんだよ、僕……。
けれどあの娘は、逃げてばかりさ。僕が海に沈んだのを見計らって空に出てきたり、たまに昼に出てきたと思ったら、すごく遠いところに居たり……
もう、太陽をやっていく自信がないんだよ」
(なあんだ、恋のなやみ?)
ポクラムが、肩をすくめる。
「それじゃあ、ぼくにまかせてよ。お月さまに、きちんと話してみるからさ!」
ポクラムは、ぐっと突き上げた親指を太陽の方に押し出すと、すぐさま、イナズマのごとく走り出した。
☆★☆
太陽と別れてから、更に三日。
(最近、ずっとお月さまも見てないな……どうしたんだろう)
すぐに見つかると思っていた月にもすぐには会えず、ポクラムの胸が、ちくりと痛む。
でも、ポクラムはあきらめない。
荒地をぬけ、浅い川をわたり、林をかけぬけた。この間に、三回すってんと転んだ。くやしくて、うっかりパンツを替えるのを忘れた。
うっそうとした森の入り口に、自転車がさしかかる。その森もすぐに突き抜けようと足に力をこめた、そのときだった。
「あ、お月さま!」
森の中にそびえる、一本の大きな杉の木。月は杉の木の枝にぶら下がりながら、青白い顔をして、シクシクと泣いていた。
「私が今まで輝けたのは、太陽のおかげだったのね。自分自身では、光ることができないなんて悲しい……
私には、彼が必要だわ。このままじゃ、二度と輝けない!」
ポクラムが話しかけると、月は、涙ながらに叫んだ。
(え、なに? 好きどうしってこと? それじゃ、ぼくの出番なんかないでしょっ!)
なんだか急にばかばかしくなってきた、ポクラム。でも、すぐに気を取り直し、月に向かって、ばちっとウインクを決める。
「太陽は、君が好き。そして、君は太陽があってこそ輝ける。君たちは、おたがいがおたがいを必要なのさ!」
ポクラムが、自転車に飛び乗る。
「いいかい? 二人でもう一度会って、よく話し合ってくれ!」
泣くのをやめた月が、コクリとうなずいた。
(ミッション完了!)
大きなリュックもその大きさを感じさせないくらい、一回り大きくなった、ポクラムの背中。
自分の家に向かって自転車をモーレツにこぎ始めたポクラムを、月は笑って見送った。
☆☆★
「今までどこ行ってたの!」
――家に着いたとたんの、玄関先。
涙をいっぱい瞳にためたお母さんに、ガミガミとカミナリを落とされた、ポクラム。その横で、お父さんは腕を組んだまま、黙ってポクラムをにらみつけている。
(準備も冒険もカンペキだと思ったのに……確かにパンツは、替え忘れちゃったけどさ)
やっとのことで自分の部屋に戻ったポクラムが、リュックの中身を空け、パンツを取り出す。
(うわっ! よく見たらこれ、父さんのパンツじゃん! 母さん、入れるタンスを間違ってるよ!)
「……」
黙って、パンツをはき替える。
冒険の相棒だったパンツと使わなかったパンツ――それぞれを、そっとお父さんのタンスにしのばせた。
――次の日の朝。
早起きしたポクラムが、ほっと一息をつく。
澄みきった青い空の真ん中。そこにはまさに空の主としてぎらぎらと輝く、太陽の姿があった。本当に、久しぶりだ。
――でも、どこか前とはちがう。
太陽のすぐそばに、よりそうようにして、月がいる。
「おお! うまくいったようだね」
ポクラムの前で、太陽と月が、ますます近づき始める。やがて、ピタリ重なると、太陽の姿は、月の背中にかくれるようにして、見えなくなった。辺りが、すうっ、と薄暗くなる。
「かあぁ! あいつら昼間からチュー? ひゅうひゅう! ……ま、お幸せに!」
手にしたグローブを、手荒にかごへと突っこんだ、ポクラム。
ハンドルの向きどおりにはまっすぐ進まない自転車にまたがり、全速力でグラウンドへと飛ばしていった。
―おしまい―