07 エピローグ2・黒幕
同じ頃、ルーディはコンクレンツ会場のボックス席にいた。今日はトーナメントの一回戦が行われている。
「――と、今回の事件はこういう話だったんじゃないかと思うんですよ」
椅子に深々と腰かけ長い脚を組み、ルーディは視線を隣に向ける。そこには皇帝クルト五世が座っていた。人払いされたその空間は周囲の喧騒から切り取られたようだった。
「なるほど。久しぶりに顔を見せにきたと思えば、昨日の事件に巻き込まれていたとは。ということは、余はまたしてもお前に命を救われたというわけか」
ルーディの態度を咎めるでもなく、クルトは愉快そうな顔をして椅子に凭れた。彼は現在、三十八歳。才気溢れる若い皇帝は選帝侯時代からルーディに目をかけていた。
「礼をせねばならんな。褒美をとらせようか」
「……諜報部の仕事ですか?」
クルトの言葉を無視し、ルーディは言葉を重ねた。
「何のことかな」
「今回の事件、結果だけみればエルデ側にほとんど被害はなく、むしろヴェスターの新技術のサンプルを手に入れることができた分、得をしているとも言えます。あの敵は過激な民兵といったところでしょう。ヴェスターの正規軍から派遣されたなら、剣術にしても魔具の扱いにしてももっと上手いはずだ。うちの諜報部がそそのかして動かされた奴らだと考えた方が、俺には納得できるんですよ」
「エルデの諜報部がドレスデーネ攻撃を仕組んだと言うのか? 穏やかでないな」
あくまでとぼけるクルトに、ルーディは鼻を鳴らした。
「俺はね、陛下の悪だくみが嫌いじゃないし、俺自身も陛下にはいろいろと協力してきました。でも今回のはいただけません」
「ほう、なぜ?」
「俺の相棒が殺されかかったからですよ」
思いのほか強い語気に、クルトはルーディの顔をまじまじと見つめた。
「あの魔具はまだ開発途上で、破片の直撃でも受けない限りは防御魔法で防げると聞いていたが」
事実上の「自白」である。
観客席からわあっと歓声があがった。初戦は勝負あったらしい。
「だからその『直撃』を受けるところだったんです。エルデの民に無意味な犠牲を出すような作戦には……、俺は反対です。諜報部も諜報部だ。新技術にそこまで接近できたなら、そのまま盗んで持ち帰ればよかったんだ」
「そんなことをすればヴェスター側に開戦の口実を与えることになる。今回、エルデの民はあくまで被害者の立場だ。ヴェスターには牽制の書状を送った。即時開戦は見送るが……とね。お前もこうした事情はわかっておろう」
「わかってて言ってるんです。やっぱり反対だってね」
ルーディは立ち上がり、ステージの方を眩しそうに見つめた。
「今日はそれを言いに来ただけです。すみませんね、せっかくの観戦中に」
「いいのだよ。この場でお前に会うとあの頃のことを思い出す。戻ってこぬか? 今なら傭兵団ではなく皇国軍に迎えられようぞ」
笑って首を振り、ルーディはクルトを振り返った。指先が一瞬、胸ポケットに向かう。
「今の俺の武器は、剣じゃなくてペンですから。この件、いずれ書かせてもらいますよ」
ペンを突きつけられたクルトも声をあげずに笑う。
「どう見ても暗器を取り出す仕草だな。まあ、今の段階で記事にしてもただの憶測にすぎぬ。証拠を固める頃には周辺に知られても構わぬ情勢になっておろう。それよりも、お前の本質はやはり戦士だ。戻りたくなればいつでも歓迎する」
「お言葉だけ、ありがたく受け取っておきます」
くるりとペンを回し、それをポケットに戻す。
「ああ、そうだ。さっきの『褒美』の件ですが、もらえるものはきっちりもらっておきましょうか。あの演習場の『家賃』をもう少し値引いてくれるだけでいいんですけどね」
今度はクルトも声をあげて笑った。
「本当にそれだけで良いのか? エルデ皇帝の命を救ったのだ。もう少し欲を出しても構わんのだぞ」
「それなら……」
ルーディは少し考えてから手を叩く。
「俺の相棒が、お気に入りのシャツを敵に切られて台無しだと嘆いてました。かわりのシャツをもらえたら喜ぶと思います」
クルトはまた笑い、「すぐにはからおう」と応えた。
観客席が騒がしくなる。次の試合の選手が入場してきたようだ。
「では俺は取材があるので、これで」
最後だけまじめくさって一礼し、ルーディはボックス席を去った。
さて、今日もまた忙しい一日になりそうだ。胸ポケットから取り出したペンをじっと見つめ、また慣れた手つきでそれをしまう。さて、仕事だ。大股で廊下を歩き、ルーディは客席へと向かっていった。
翌日、コンクレンツの取材に向かおうとした二人を皇宮からの遣いが引きとめた。馬車でやってきたその遣いは、荷台に乗せられた大量のシャツを二人に押しつけて帰っていった。
「どういうこと?」
シャツを抱えて困惑するヘンゼルの横で、ルーディは抱えたシャツに顔をうずめて唸った。
「あいつめ……」
抱えきれなかった一枚がひらひらと地面に落ちる。潤沢なフリルが風に靡いた。
「こんなふりふりのシャツ、庶民が日常的に着るわけないだろ……。嫌がらせ目的だな、そうなんだな! 宣戦布告かあの野郎」
ルーディが悪態をつきながらシャツを拾い上げる一方、ヘンゼルは喜んでいた。
「ちょっと大げさなフリルだけど、そこまで悪くないんじゃない? このパイナップル柄のシャツなんて素敵だよ」
「前から思っていたが、お前の趣味が理解できない」
わあわあと言い合いながら二人は小屋に戻っていく。吹き抜けていく秋風がそれを見送った。
最後までお読みいただいてありがとうございました。
本編はとらのあなさんで同人誌版を通販厨です。
同人誌版には章末に二人のコラム、巻末に前日譚がついています。