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05 コンクレンツ会場での攻防

 魔法使い、特に強力な魔法を使える魔法使いには、職業選択の自由はほとんどない。戦闘向きの魔法使いの多くは軍属となって一生を終える。国にとってあるいは領邦にとって、所有している魔法使いの力がそのままその国の軍事力となるからだ。

 すべての子供は六歳までに検査を受け、魔法使いであることがわかると専用の寮に集められる。そこでは軍人になるための教育と魔法の訓練が行われる。戦場で使えるところまで魔法の効果や範囲を大きくするための訓練を受けるのである。十六歳までを寮で過ごし、その時点で戦闘向きの魔法使いだと判断されれば正式に軍属とされる。

戦闘向きでない、あるいは戦場で使えるほどの強さを持たない魔法使いの進路は大きく分けると四つある。まず軍の魔法部隊以外の部署に配属になること。軍人としての教育を十分に受けているため、これは軍にとっても歓迎すべき人材だ。それから聖職者になること。教会は魔法使いを崇めよと教えている。高位聖職者には戦闘向きでない魔法使いが相当数いるようだ。三つめはアカデミーで魔法学の研究者になること。魔法使いは庶民よりも高い水準の教育を受けられる。また基礎魔法学に関する知識も庶民より高い。アカデミーもまた彼らを歓迎した。魔具需要の高まりとともに、この進路を選ぶ魔法使いも増えつつあった。最後に教師。これも高い水準の教育を受けているためだ。地方にはまだ教師の数が少ない。地元に帰って教師になる魔法使いは、地元の民に歓迎される。

 もちろんそれ以外の進路を選ぶ魔法使いもいる。この私のように。

 私はヴィーゼ選帝侯領の田舎で生まれ、ヴィーゼの主都ヴィンデンの寮で育った。

私の使う、他者の時間感覚に干渉する魔法は希少なものらしい。強い力を持つ時間干渉系魔法使いは、たった一人で周辺諸国のパワーバランスを変えることができる。それほどにこの力は戦場で有効だ。実際に国父ジークムント・エルデも、救国の士ユリウス・ゼーゲルも時間干渉系魔法使いだった。私の力を知った軍人たちは喜び、私をヴィンデンから首都ドレスデーネの魔法使い寮へと送り込んだ。

 しかしあいにくと言うべきか幸いにと言うべきか、私の力はそこまで強いものではなかった。エルデやゼーゲルは戦場全体にいる人々の中から敵兵だけを選別して、その感覚時間を停止させることができたという。さすがにここまでの魔法使いは百年に一人と言われている。私にできるのは先ほどあの黒マントの男にやったように、ある程度まで近づいた相手の感覚時間を遅らせることまでだ。訓練によって効果範囲は多少広がったが、それでも戦場を支配するには程遠い。そのため私は実働部隊からは離れ、十七歳からアカデミーで魔法学の研究に携わった。その後アカデミーを出てジャーナリストになったというわけだ。

ただし完全な自由は得られなかった。私の魔法は広い戦場では大して役に立たないが、局地的な戦闘、特殊な状況下で戦術に組み込めば有効になり得る。予備魔法分隊に今でも籍を置いているのは、要請を受けて出動する可能性があるからだ。フリージャーナリストという不安定な身分よりは、軍属だとを明かした方が信用されやすいこともある。相手が同じ軍属の場合は特に。

自身の軍属としての身分を気に入っているわけではないにもかかわらずこういうときだけ利用することには、一抹の罪悪感を抱いてしまう。ハインツとシュペーアとのやりとりを頭の中で繰り返し、私は溜息をついた。あの場はあのように名乗るのがいちばんよかったのだ。今はとにかく急がなければならない。くよくよ考えるのは後回しだ。

 前を飛ぶルーディの背を見つめ、箒を急がせる。彼はどこからコンクレンツ会場に入るつもりだろう。正面は大変な混雑だ。まだ事件らしきものは起こっていないようだが、あの行列に並んでいてはいつ入場できるかわからない。ルーディは正面を避け、裏へ回った。

「こっちに選手用の入口がある」

 絨毯を降りたルーディは私が降り立つのを待ってそう言った。彼の視線の先に目を向ければ、目立たない入口が一つ。警備の憲兵が横に立っている。

「そうか、君は元選手だったね」

「一応、優勝しましたし?」

 すました顔でウインクを投げて寄越す彼は、確かに十五年前のコンクレンツの優勝メンバーだった。

 三人一組で出場し、魔法を用いて相手チームを倒せば勝ち。ただし相手を死なせた場合は失格。細かいルールは存在するが、コンクレンツの基本はこれだ。

旧来、コンクレンツは魔法使いによる競技会だった。ルーディは非魔法使いとして初めてコンクレンツに出場し、しかもチームを優勝に導いた。話題になったのは当然だし、私も当時興奮しながら試合を見ていた。

 出場する魔法使いの多くは炎や氷の魔法、つまり戦場で力を発揮しやすい攻撃魔法の使い手だった。火力の大きさがそのままそのチームの強さになるのが当時の常識だった。

しかしルーディたちの編成は違った。彼は魔法の絨毯とヘーレンブラントを持ち込んで出場し、ほか二人も空を飛ぶ魔法の使い手だった。彼らはひたすら攻撃を避け続けた。それまで空を飛ぶ出場者などほとんどいなかった。空を飛ぶ魔法使いには攻撃手段がないからだ(複数の魔法を使える魔法使いは歴史上数えるほどしかいない)。縦方向に逃げ回る敵に慣れていない攻撃魔法の使い手は翻弄され、疲弊していった。攻撃が途切れた一瞬の隙を突き、舞い降りたルーディは敵をねじ伏せ、その鼻先にヘーレンブラントを突きつけた。

 会場は騒然となった。こんな戦法での勝利は無効だと言う者もいたし、そもそもなぜ魔法使いでない者が出場しているのかと言いだす者もいた。武器や道具の持ち込みに関しては禁止されておらず、出場資格に関しては「魔法を用いて戦える者」としか規定されていない。魔具は魔法にあたるのかという議論が起こりかけたが、アカデミーの「魔具とは魔法の力を誰にでも使えるようにするための道具であり、すなわち魔具の力は魔法の力である」という見解を当時の皇帝が支持したことですぐに鎮静化した。

 翌年からコンクレンツの様相は一変した。魔具を持った非魔法使いの出場者が増えたのである。強い魔法の撃ち合いが主流だったのが、戦略性が重要になった。生まれ持った魔法の才能がすべてだったのが、工夫次第で勝てる戦いになった。それまであまり重要視されていなかった補助魔法の効果も見直されるようになった。

 軍の装備にも変化が起こった。非魔法使いからなる一般兵全員に空飛ぶ箒や絨毯が支給された。戦闘用の魔具が量産され、それらも一般兵に支給されるようになった。今や戦術というものを考えるにあたり、空間全体を使った三次元的な思考は必須となっている。もちろん現実の戦争のやり方も変わりつつある。

 「国が所有する魔法使いの強さがそのままその国の軍事力になる」という考えは、もはや過去のものになりつつある。軍事力を決定するのは、今や技術力だ。

 いち早く傭兵部隊の魔具の充実をはかりルーディをコンクレンツチームに起用した、時のシュッツ選帝侯クルト・フォン・アンシュッツは、その後の選帝選挙(投票権を持つのは七人の「選帝侯」である)でエルデ皇帝に選ばれた。皇帝クルト五世となった元選帝侯は魔具開発にいっそう力を入れた。私がアカデミーに入ったのはちょうどそんな時期だった。

「それで? どんな作戦でいくの」

 敵の出方がわからない以上、こちらは完全な手探りだ。

「まだ会場警備担当の憲兵たちは事件を把握してないはずだ。シュペーアからの連絡が現場まで到着するのには時間がかかる。まずは彼らに事件のことを知らせて警戒レベルを上げさせる」

「うん」

「その後は……騒ぎを起こして開会式を、せめて皇帝と選帝侯たちの入場を遅らせたいと思ってる。お偉方がいちばん危険なのは人前に出てくるときだろ? 何も起こらなければ予定通り進んで事件が起こっちまう」

「君が騒ぎを起こすのが得意だってことは知ってるよ。でもコンクレンツ会場で開会式を遅らせるような騒ぎを起こしたらつまみ出されるどころじゃない。下手をしたらこっちが捕まってしまう」

 私は片手で顔を覆った。だが情報が限られている以上仕方がない。

「敵を見つけよう。私たちじゃなく首謀者たちが騒ぐのなら、捕まるのは奴らだ」

 ルーディは少し考えて頷いた。私の意図が伝わったようだ。彼はすぐに選手入場口に走っていくと、警備の憲兵に声をかけた。その憲兵もルーディのことを知っていたようで、話はすんなり進む。事件のことを聞いた憲兵は驚いてすぐにでも報告に行こうとした。

「ああ、ここは俺が見張っておくから。お前はここの警備の連中に話を回してきてくれ。だが早く持ち場に戻ってくれよ」

 愛想よくそう言ったルーディに一礼し、憲兵は箒に乗って飛び去っていった。

「ちょろいもんだ。入るぞ」

 腰に手をあてて偉そうな顔をしてみせるルーディ。

「今年の開会式は見られないものと思ってあきらめていたのに」

 そろりと入口のドアを開け、中に滑り込みながら私はぼやく。

「今まで見られなかったところまで取材できそうだよ」

「まったくだな。さあ、観客席はこっちだ。今頃選手は入場パレードの開始待ちで控えているはず」

 私は無言で頷き、走りだした。薄暗い廊下を駆け抜け、何度か角を曲がって階段を上ると一気に視界が広がる。眩しさに目を細めて周囲を見回せば、闘技場の観客席だった。この闘技場は観客席が中央のステージを囲むように丸く階段状に作られている。毎年のことながら大変な人出だ。この中で敵を探そうというのだから気が遠くなる。

「何か目印でもあればな」

 ルーディがゴーグルを装着しながら言う。異教徒ヴェスターの民は人種的には我々と変わらない。見た目には区別できないのだ。

私は近くの席を、ルーディは反対側を、それぞれゆっくりと見回していく。憲兵が数人ばたばたと走っていくのが見えた。上空の見張りも、私が黒マントの男を追っていたときは二人だったのが今は四人になっている。彼らにも事件のことが伝わったのかもしれない。

「いないな……。観客席じゃなくて控室の方にいるのかも」

 彼がじりじりしているのが声でわかる。今にもここであの爆発が起こるかもしれないと思うと、私だっていてもたってもいられない。

「あれは……」

 上の席に座っている男の服装に、私ははっとした。上着の袖口に赤い花の刺繍。船を爆破した黒いマントの男のものと同じだ。ルーディもそれに気づいて身構える。

「待って。私に考えがある」

 ルーディを止め、私はにこやかに男へ近づいた。

「すみません、ちょっといいですか?」

 そう言って出版社から発行された身分証を出してみせる。

「『一般魔法新報』のハンス・マイフェルトです。コンクレンツ開会式の取材に来ています。今年の優勝国はどこだと思うか、観客席のみなさんの予想を聞いてまわっているのですが」

 男は迷惑そうな顔をした。少なくとも言葉は通じているらしい。

「あなたの予想はどちらです?」

「……どうでもいい」

 つっけんどんな短い返答にかすかに異国風の訛りを感じる。もう一押しほしい。

「開会式まで見にきておいて『どうでもいい』ってことないでしょう? やはり選手同士の熱戦が見たいじゃないですか。ほら、去年の決勝戦みたいな。ヴィーゼの選手がノルデンの選手を吹っ飛ばしたでしょう?」

「ああ、……あれは盛り上がったな」

 男の適当な相槌に私の眉が顰められた。ルーディが剣に手をかける音が聞こえ、じわりと殺気が滲む。

「悪いけど去年の決勝戦はベーリッツとシュッツの対戦で、しかも試合中の事故でシュッツの選手が重傷を負って、一か月は国中がその話題で大荒れだったんだよ。〈どうして知らないの?〉」

 最後の部分だけヴェスターの言葉で言ってやった。次の瞬間、男がナイフを抜いていた。予想できた動きだったが相手の動きは速く、ナイフはシャツを切り裂いていった。周囲から悲鳴があがるのとルーディが剣を抜くのが同時だった。

「ヘンゼル!」

 背後からマントを掴まれ、ルーディに引き倒されかける。慌てて体勢を整え、ペンを抜いた。その一瞬の間にルーディの剣は男のナイフを弾きとばしている。

緩徐魔法(ラングザム)!」

 魔法の発動と同時に男の動きが緩慢になる。ルーディは男を押さえつけ、その口に手を突っ込むと何かをつまみ出して捨てた。

「毒は捨てたぞ。自害はさせない」

「ルーディ、装備も奪って! 魔具を持ってるはず」

「了解」

 男の上着を剥ぎとり、シャツの中やズボンのポケットを探り、さらに靴まで脱がせる。小さな魔具が次々と出てきた。船を爆破したあの魔具と同じものもある。

「もういいぞ、ヘンゼル」

 彼の合図で魔法を解き、大きく息を吐く。胸元が濡れた感覚がして視線を下ろせば、シャツに血が滲んでいた。お気に入りのシャツだったのに! 傷よりもシャツが台無しになったことがショックだ。

 あたりは大騒ぎになっていた。憲兵がこちらに駆けてくるのが見える。私は再度、周囲を見回した。皆がこちらを向いている。驚き、恐怖、不安、好奇、興味、ほとんどの者はそれらが混ざった表情をしている。表情や行動に違和感のある者はいないか? いたとしたらそいつが――いた! 驚きの中にありありと焦りと迷いを含んだ表情の男が、立ち上がってこちらを見ていたと思ったら背を向けて立ち去ろうとした。

 私は箒に跨り、その男のもとへ一直線に飛んだ。憲兵が何かを叫んだが止まっていられない。ルーディはまだあの男を拘束しているはずだ。私一人でなんとかするしかない。かばんに手を突っ込み、アカデミーの友人にもらった試作品を取り出した。樫の枝を加工して作った短いステッキである。効果はルーディの体で確認済み。

 男は私が追っていることにまだ気づいていない。騒ぎに乗じてこっそり逃げるつもりだろうがそうはいかない。箒で一気に距離を詰め、ステッキを振りかざして男の首筋に触れた。声をあげる間もなく、男は足を滑らせて仰向けにひっくり返る。勢いよく靴が脱げて飛んでいき、さらに転んだ勢いのまま男は床を滑った。まわりから新しい悲鳴が次々にあがる。私も箒で並走しながら、彼の首からステッキを離さないよう必死だった。が、観客席の階段のところまで滑っていくと彼はそこから転がり落ちた。ステッキは離れたものの男の勢いは止まらなかった。身につけていたものを周辺にばらまきながら、凄い勢いでいちばん下まで落ちていく。

「死んでないといいけど……」

 ステッキの予想以上の効果に冷や汗が出る。これは摩擦力を低下させる魔法がセットされた魔具だ。友人は冗談半分で作ったようだが、これは量産できたら護身用魔具としては多大な(あるいは過大な)力を発揮するかもしれない。

 大騒ぎのなか、教会の鐘が厳かに二時を告げた。開会式の開始時間である。だが、例年なら鐘の音が消えると同時に鳴り響くファンファーレが聞こえなかった。入場パレードの始まる様子はない。これなら皇帝はしばらく出てこないだろう。

 階段から落ちた男は気絶したようだった。観客たちが遠巻きに取り囲む。憲兵が次々駆け寄ってきて男を拘束した。

「ヘンゼル、そっちは?」

 絨毯に乗ったルーディが飛んでくる。あちらの男はもう憲兵に引き渡したらしい。私は階段の下を指さして応える。

「一人拘束された」

男がばらまいた魔具を踏まないように憲兵の一人に近づき、手首の入墨を見せながら耳元で囁く。

「こいつらの仲間があと一人いるはずです。皇帝陛下と七選帝侯を狙っています」

「こっちも把握してるよ。入口は封鎖した。ほかに情報はない?」

 小柄で童顔なうえにやけに親しげな口調だったが、囁き返す声は凛としていた。一瞬で私の立ち位置を察したらしい。

「男だというほかはわかりません。魔法使いかどうかも不明です。ただ、魔具を持っていると思われます」

 憲兵は頷くと私のマントを引き寄せて顔を近づけた。

「実はさっき、憲兵の一人が倒れているのが発見されたんだ。服を盗まれていたところを見るに、敵は憲兵に変装してるね。君も軍属なら捜索に協力してほしい」

 早口かつ有無を言わさぬ口調だった。有無を言うつもりもないのだが。

「では、俺たちは中を見てくる。ここは頼んだ」

 私が何かを言う前に、ルーディはそう言って再び屋内に駆けこんだ。有無を言わせないのは彼も同じだ。こっそり肩を竦め、彼を追う。

「ルーディ、何か心当たりでもあるの?」

「ない!」

「ないんだ……」

「心当たりはないが、犯人のうち二人は観客席にいた。あと一人が主犯格で、皇帝陛下を直接狙いに行くつもりなんじゃないかと」

「ありえる気はするね。変装してるっていうところからも」

 だが皇帝や選帝侯を直接護衛するのはそれぞれ専属の者たちで、互いに顔を見知っているはず。変装したくらいで護衛に紛れ込めるとは思えない。

「問題はどこから狙ってくるか、だ。この状況だからあきらめてくれればいいんだが、そうなるとたぶん逃げられるし俺も面白くない」

 そうだね。それに記事にするなら「本誌記者、テロの首謀者を全員捕獲」の方がインパクトがある。記事の見出しを頭の中であれこれ考えつつ、周囲に目を配る。

「陛下の控室、わかる?」

「行ったことはないが、この上の階だ。さすがに見張りも多いだろうし、俺たちが勝手にうろついたら止められると思うが」

 私は立ち止まり、考えた。彼らの目的。装備。用意していた魔具。ヴェスターとエルデの技術力。――何かが見える気がした。

「ルーディ、さらにその上の階は? もう屋根?」

「いや、いくつか保管庫があるのと、あとは警備の憲兵たちの控室のはずだ。開会式前はみんな出払ってると思うが……まさかそこに?」

 言いながら、ルーディの足はもう階段に向かっていた。彼にも思い至ったようだ。

 奴らは爆発魔法のセットされた魔具を持っていた。威力は船で見たとおり。建物を丸ごと破壊するだけの力はないが、古い壁や床なら穴をあけられるかもしれない。つまり陛下の控室の上の階を爆破して床に穴をあけ、運がよければ(これは首謀者にとって、という意味だ)爆発に巻き込まれて標的は死亡、そうでなければあいた穴から階下に飛び降り、混乱に乗じて暗殺する――可能だろう。

 階段を一階分上ったところで息が切れる。今日は箒で飛ばしすぎたうえに魔法も魔具も何度も使った。そろそろ「体力」が限界に近い。

 最上階まで着いて廊下に出た途端、部屋の一つから出てきた憲兵が目に入った。

「止まれ! 所属と名前を言え!」

 ルーディが鋭く叫ぶ。男は一瞬足を止めたが、すぐに無言で剣を抜いた。どうやら私の読みは当たっていたらしい。剣は旋風を纏っている。相手も魔法剣の使い手のようだ。

「ルーディ、奴を引きつけて。私は部屋の中を確かめる」

「間に合うか?」

「間に合わせる」

 小さく会話を交わすと、私はルーディと並んで走りだした。魔法で足止めするだけの時間はない。敵は、武器を持ったルーディの方を見ている。ルーディは敵に向かいながら、剣から炎の弾を数発撃ちだした。敵は剣に纏った風でそれを振り払い、足元を狙った弾は跳んでかわした。おかげで奴は扉から距離をとることになる。私は扉をあけ、中に飛び込んだ。いくつもの箱や武器が雑然と積み上げられている床の中心に、見覚えのある黒い金属の塊が落ちている。間違いない、これだ。

 敵が私に向かって何事か叫んだ後、剣を打ち合う音がした。

「お前の相手は俺だぜ?」

 挑発するようなルーディの声。相手には言葉が通じていないかもしれないが。

 私は部屋を見回し、隅にあった小窓を開けた。頼む、間に合え。部屋の中心に取って返し、赤みを増しつつある金属の塊を掴むと、窓の外へ向かって思い切り投げた。数瞬後、白い閃光と轟音を伴った爆発が何もない空中で起こる。

「間に合った……」

 鼓動も呼吸も早くなっていた。

あの黒いマントの男が船に魔具を落としてから爆発するまで、そこそこの時間がかかった。憲兵の格好をした男が魔具の力を展開してすぐに部屋を出たなら、間に合う勝算はあった。そうはいっても、いつ爆発するかわからない魔具を素手で掴むのはさすがに心臓に悪い。安堵にへたりこみそうになるが、外で二人が戦っていることを思い出し再び駆けだす。

 敵は部屋の爆破に失敗したことに気づき悪態をついた。

「仲間は全員捕えた。お前たちの負けだ。降参したらどうだ」

 そう言うルーディの息もあがっている。敵もなかなかの手練のようだ。降伏勧告を無視し、剣を構えると私に向かって斬りかかってきた。

「……っ!」

 まさかルーディに背を向けてこっちに来るなんて。勝負を捨ててまで私に腹いせか? 手が胸ポケットのペンにのびるが間に合わない。斬られる、と思ったとき、敵が仰向けに倒れた。鎧が床にぶつかる音と悲鳴が重なる。

 摩擦力低下の魔具は使っていないはずだ。思わずかばんを手で押さえたが間違いない。敵が倒れたのはルーディの足払いのためだった。姿勢を整えたルーディが敵を押さえつける。私は今度こそペンを取り出し、緩徐魔法を放った。うっかりルーディにもまとめて魔法をかけてしまい、慌ててかけなおす。

「間一髪で相棒を助けた者にまで攻撃してくるとは何事だろうか。俺は心の中で嘆いたのだった」

「エッセイ口調はやめろ。食事中に魔法をかけて、パスタのソースが服にはねる瞬間をスローモーションで観察するぞ」

 言いながら壁にもたれ、ずるずるとその場にしゃがみこむ。魔法を使いすぎた。物音を聞いた憲兵たちが階下からぞろぞろと現れた。たちまちフロアは騒がしくなる。私はようやく魔法を解き、額の汗を拭った。握っていたペンを一撫でし、ポケットにしまいなおす。君が本当に活躍するのはこれから、だよ。



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