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04 聴取

「こいつらです! こいつらが魔具を使って私の船を燃やしたんだ! だからあれほど魔具は危険だと言ってたんだ!」

 我々が船着場に降り立つなり、ハインツは憲兵たちの前でそうわめいた。

 どうしてそうなる? 私は目を細めてハインツを睨む。驚きと焦りは丸出しだが怒りの感情が薄いように見える。

「待ちな、ハインツさん、何か誤解があるようだが」

 ルーディがハインツと憲兵の間に割りこんだ。二人が何かを言う前に、ルーディは今度はこの場の責任者らしき憲兵を見下ろして口を開く。

「所属と名前は?」

 有無を言わさぬ口調であり、また非常に慣れた口調でもあった。私より少し若いくらいの憲兵はルーディの気迫に押されているようだった。

「――皇国軍第一機動旅団、第五大隊所属のハンス・シュペーアです」

「お前と同じ名前だな」

 ルーディが一瞬笑顔になってこちらを振り返った。ハンスなんてよくある名前だ。彼はすぐに口調を戻し、シュペーアに向きなおる。

「俺はルドルフ・クラール。元シュッツ選帝侯傭兵団第六歩兵連隊長だ」

 シュペーアがはっと息を呑んで姿勢を正した。さすがに私たちの世代の軍属で、彼の名前を知らない者はあまりいないだろう。

「私はハンス・マイフェルト。魔法軍第二予備魔法分隊所属、分類は『時』だ」

 私もそう言って右腕の袖をまくりあげ、手首に彫られた腕輪のような入墨を見せた。魔法使いとしての私の力と身分を保証するものだ。

 シュペーアたちは露骨にうろたえて顔を見合わせている。

「わかっています、これらの身分が私たちの身の潔白を示すものではないことくらいは。ただ落ち着いて話を聞いてもらいたくて」

 あまりこちらの身分を明かしたくはないのだが、実際にやってみると効果がありありとわかってそれはそれでなんだか落ち着かない。

 一方でハインツは状況がよく呑み込めていないようだ。

「あんた、魔法使いだったのか? それならそうと先に言わんか」

 なかば八つ当たりのように私を怒鳴りつける。

「私は今日、『一般魔法新報』の記者としてここに来ました。取材をするのにも記事を書くのにも魔法の力は必要ありません。ですから普段は取材相手に自分が魔法使いであることは言いませんよ」

 誌面では魔法使いであることを含めたプロフィールを公開しているから、雑誌の愛読者であれば私が名乗った瞬間に魔法使いであることがわかるかもしれない。だがハインツはそもそも『一般魔法新報』の読者ではなさそうだ。

「それで、どうして私たちが犯人ということになるんですか? 私はこのとおり、爆発に巻き込まれてずぶぬれです。気づくのが遅ければ死んでいてもおかしくなかった」

 現在あの船は鎮火されていたが、甲板や操舵室の壁に残った焦げ跡は生々しい。

「あ……あの船にはあんたたち以外は乗ってなかっただろう。ほかの誰にあんなことができるというんだ? それに……そうだ、あんたたちが犯人じゃないならどうして逃げたりしたんだ」

「逃げたんじゃなく、犯人を追いかけたんです。犯人は箒に乗って上空から魔具を落としたんですよ。ハインツさん、あなたは本当の犯人を知ってて我々に罪をなすりつけてるんじゃないですか? 犯人は赤い花の刺繍の入った黒いマントを羽織った奴です。私たちはさっきまでそいつを追っていたのですが」

 ハインツは目に見えて動揺した。

「わ、私が知るわけがないだろう、そんな男……」

 私とルーディは目を合わせ、憲兵たちは不審そうな顔になった。ルーディがハインツの正面に立ち、彼を睨みつける。

「どうしてそいつが『男』だってわかるんだ? エルデの民にとって『赤い花の刺繍』の入った衣服は普通、女性が着るものだよなあ?」

 ハインツのような商売人にしては初歩的な失敗だった。はっとして口を押さえたがもう遅い。

手を剣の柄にかけ腰を落としたルーディは、ハインツの返答次第では彼を斬り伏せそうに見えた。

「先ほど私たちはその犯人らしき男を取り押さえました。でも彼は自害したんですよ。あなたの名前を言い残して、ね」

 これは意図的に事件を省略した表現だ。だが覿面の効果があった。ハインツは真っ青になり、憲兵たちは彼を取り囲んだ。

「おかしいとは思ったんですよ。やり手の商売人であるあなたが、なぜ新品の船を避けてわざわざあんなボロ船で取材をさせたのか。なぜ積荷が空っぽだったのか。船が壊されることがわかっていたなら当然ですよね」

「積荷には触るなと言っただろうに!」

 おっと、これは彼の怒りももっともだ。

「ご安心を。何も壊していませんから、私はね」

 黒く燻った船を横目に見つつ、私は言った。間接的に壊したのはハインツ自身じゃないか。

 勝手な言い分を鼻で笑って受け流し、ルーディはさらに詰め寄る。

「話してもらおうか。お前の企みは何だ? 犯人の男は異教徒で、皇帝陛下と七選帝侯を狙っているようだった。完全に国家転覆を狙うテロリストだな。お前は――大方、船で奴らを密入国させてやる役ってところか」

「なんだって? 皇帝陛下を?」

 ハインツは飛び上がらんほどに驚いてルーディを見上げる。憲兵たちも驚き、短く会話を交わすと一人が箒に乗ってどこかへ報告に行った。

「何を驚くことがある? 奴らの目的を知らなかったとでも言うのか」

「知らなかったんだ、本当だ! 私はただ……」

「ただ、何だ?」

「……魔具の評判を落とせるような事件を、と。積んでいた魔具の暴発によって私の船が壊されたとなれば……その詳細が影響力のある雑誌に載れば……」

 ルーディが舌打ちをしてハインツから目をそらす。なるほど、私やルーディが予定通り死んでいたとすれば、『一般魔法新報』はこの事件を取り上げざるをえないだろう。そうでなくても、現場に私たちしかいなければ犯人役を押し付けることができる。この場合は『一般魔法新報』の評判をも落とせるというわけだ。

ハインツは彼らを首都まで運ぶかわりに船を一つ爆破するよう頼んだのだ。そんなことのために死にかけたうえ、犯人扱いされていたと思うと正直このままヘーレンブラントの錆にしてもらってもいい気がした。もちろん口には出さないが。

 それまで私たちのやりとりを聞いていたシュペーアが、緊張した面持ちでハインツの腕を掴んだ。

「首謀者は異教徒だというのだな」

「そ、そうだ。私はただ奴らに言われるまま……」

「敵の人数、特に魔法使いの人数がわかるか? それから首謀者たちの計画について、何か聞いていないか。部分的にでもいい。お前の情報でさらなる事件が防げたなら、お前の処遇にとって有利に働くだろう」

 取引というわけか。シュペーアの言葉にどれだけ実効性があるのかはわからないが、緊急事態だ。少しでも聞きだせる情報があるなら聞いておきたい。

 ハインツは青い顔をしたまま、必死に何かを考えているようだった。さまざまな計算が頭を回っているに違いない。完全に言い逃れることはもはや不可能だと、彼もわかっているはずだ。

「私の船でドレスデーネに来たのは四人だ。全員が男で……特徴なんか覚えてないし、あの中に魔法使いがいたかどうかもわからない。奴らの目的は……、コンクレンツ会場を混乱させること、私はそう理解していた。皇帝陛下を狙うなど、私にはそんなつもりは……」

「会場を混乱させる……その具体的な方法は?」

「わからない。本当なんです。魔具を使うとしか」

 全員が険しい顔になっていた。

「コンクレンツを中止にできないか」

 ルーディが憲兵たちに向かって言う。それがいちばん安全な方策だ。だが難しいこともわかっている。コンクレンツは民にとって、また為政者にとって、それぞれの意味で重要な行事なのだ。戦時以外は毎年開催されてきた長い伝統もある。一憲兵が不確定な情報で中止にすることはできないだろう。

「ともかく、危険が迫っている可能性について上に報告してきます」

 シュペーアは憲兵たちにこの場の調査とハインツの連行について指示を出し、自ら箒に乗って飛び去った。

「俺たちもコンクレンツ会場に向かうか。放っておくわけにもいかない」

 ルーディの言葉に頷き再び箒に跨ろうとしたとき、ハインツが私に掴みかかった。

「私は! 私はどうなる? あんたたちのせいで私はおしまいだ!」

 ひんやりした気持ちで彼を見下ろす。顔の間近で唾を飛ばしてわめくのはやめてほしい。それに、どちらかというとこの男のせいで私の命がおしまいになるところだったのだ。

 ルーディが無言でハインツの襟首を掴み、地面に引き倒した。流れるような動作でヘーレンブラントを抜き、セットされた炎の魔法を展開する。憲兵たちが止める間もなく燃える剣身は倒れたハインツの顔のすぐそばをかすめ、地面に深々と突き刺さった。

「ひっ……」

 一瞬遅れてその熱を感じたのだろう、ハインツは短い悲鳴をあげる。

「本当はこの場でお前を斬ってやりたいが、お前は法で裁かれるべきだ。ここは戦場ではないし俺はもう傭兵でもない」

 そう言ってルーディは剣から手を離し胸ポケットからペンを抜くと、ハインツの顔の前に突きつけた。

「今の俺の武器は剣じゃない、このペンだ。俺は起こったことを書いて公表する。もちろんあんたについても、船舶業界の現状についても十分に調べてからな。それを読んで何かを感じる者がいれば、業界を変えようと立ちあがってくれるかもしれない」

 指先でくるりとペンを回し、再びそれをポケットに刺す。

「そういう戦い方もあると、お前が先に気づいていればな」

 突き立った剣も引き抜いて鞘に戻し、ルーディは絨毯を広げた。私は借りていたゴーグルを投げ返す。片手で受け取り、彼は絨毯に飛び乗った。

「行くぞ、ヘンゼル」

 ゴーグルをおろし、一瞬で飛び去っていく。私も箒に跨り、ふわりと地から浮き上がる。このまま去ろうと思ったが、最後にハインツを一瞥した。

「残念です、せっかく『一般魔法新報』の戸を叩いてくれたのに」

 何事もなければ面白い記事が書けて、業界に文字通り「新しい風」を吹き入れることができたかもしれないのに。

「あとのこと、よろしくお願いします」

 憲兵たちに声をかけ、私はルーディを追った。目指すは闘技場。コンクレンツ開会式はまもなく始まる。


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