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02 商人への取材

 ボーゲン川北岸、十二番桟橋。ヨーゼフ・ハインツとは予定通りそこで対面した。

「ハインツさん、お目にかかれて嬉しいです。私はルドルフ・クラール。『一般魔法新報』から来ました。今回は取材を受けてくださりありがとうございます」

 そう言ってルーディは編集部の発行した身分証を広げてみせる。私も同じように身分証を広げて名乗った。

 ハインツは身分証には特に関心のない様子で、一瞥しただけで終わった。口元にひげをたくわえ、紐タイを結びベストを羽織ったその初老の男性は、いかにもな愛想笑いを浮かべてこちらに握手を求めてきた。

「ヨーゼフ・ハインツです。こちらこそ、ご足労に感謝します。いや、あんた方は足じゃなく絨毯と箒で来たんだったかな、はっはっは」

 こちらの手にした絨毯と箒を見ながらの挨拶は、大した牽制であった。我々も形ばかり笑ってみせる。

「さっそくだが、まずは私の船をお見せしよう」

 そう言ってさっさと先に立って桟橋を歩きだすハインツに、我々は少々戸惑った。彼の行く先にはずいぶんと古びた船がある。

「まずは素直に出方を窺うか」

 ルーディに耳打ちされ、私も頷いた。足早にハインツを追う。

 細い渡し板の上をそろそろと歩き、私は甲板に足を踏み入れた。子供の頃から何度も船には乗っているが、そういえば空飛ぶ箒を買ってからは乗る機会がなかった。足元が揺れる感覚がなんだか懐かしい。

「あんた方は私が魔具を嫌っているとお思いかもしれんが」

 言いながらハインツは折りたたまれていた帆を広げてみせた。

「今はうちの船の帆も魔具にしてるんですよ。風の魔法がセットされているんだと。難しいことはよくわからんが、これを使うと確かに船はよく走る」

 私はその帆に触れて確認する。シュナイダー工房のものだった。昔から布を作ってきた工房だったが、近年はアカデミーと提携してさまざまな魔具の開発を行っているところだ。

「どんな天候でも一定の速度で運行できるようになるというのは、私らにとってはありがたいことですよ。効率は上がるし予定もたてやすくなる。今後はこの帆布を装備した船を増やしていくつもりです」

「なるほど。こちらはいつ導入されたものなんですか?」

 正直なところ驚いていた。ハインツが魔具に手を出していたなんて。それにそんな情報が私のもとに入ってきていなかったことにも驚きを禁じえない。しかし、

「先週から試用を始めたところでしてね。本格導入はこれからですよ」

 彼のこの答えに私は一応納得した。それならアカデミーで噂になるのはこれからというわけか。むしろ私たちにこのことを記事にさせ、噂を撒くのが彼の目的かもしれない。しかし何か違和感がある。

「つまりハインツさん、我々はあなたのところの船が魔具を導入したことを記事にするために呼ばれたと、こう理解すればいいでしょうか」

 ルーディの言葉は率直にすぎる気がしたが、ハインツは気を悪くした様子もなく頷いた。

「ああ、そう受け取ってもらって構いませんよ。私は魔具が嫌いなわけじゃない、効率よく商売をしたいだけなんだ。現在、空飛ぶ絨毯の普及によって船舶業界が押され気味であることは間違いない。だけど大量輸送という面では、絨毯はまだまだ馬車にすら及ばんからね。私はこの点で絨毯業界と差別化をはかっていくつもりなんだ。魔法の帆布の導入により輸送速度も上がるでしょう。そのあたりを記事でアピールしてもらえればと思ってるんですがね」

 すらすらと淀みなく話す彼は実に商売人らしく見える。私は胸ポケットからペンを抜き、紙束に彼の言葉を書きとめた。

「そういうことなら、うまく記事にできると思いますよ。ハインツさんのところの船が魔具を導入したとなれば、ほかの船も導入を検討するかもしれません。魔具業界にとっても需要が増えるのはありがたいでしょうから、編集部も記事を目立つ配置にしてくるんじゃないかと」

 ルーディは腕組みをしてハインツを見下ろす。彼は背が高いから、大抵の取材相手は見下ろされることになる。

「そうですか、そうしてもらえると助かります。……と、少しお待ちを」

 そこまで話したところで、一人の男が桟橋を駆けてくるのが目に入った。ハインツのもとで働く船員だろうか。ハインツは男と短く言葉を交わすと、困った顔をしてこちらを向いた。

「すみませんね、どうしても緊急で処理しないといけない案件が入ってしまったようで。すぐに戻りますので、お待ちいただいてもよろしいですかな」

 私はルーディと顔を見合わせる。待つのは構わない。まだ話を聞き始めたばかりなのだし。

「ええ、我々はここで待っていればいいですか?」

「そうしてもらえると助かります。このへんの船は自由に見てもらって構いませんので。ああ、積荷には触れないでくださいな。大事なものもあるのでね」

 そう言うと、ハインツは男を伴ってばたばたと桟橋を戻っていった。

 残された私たちは、書きとめたメモを見直してひそひそと相談を始める。

「意外なほど歩み寄ってきたね」

「ああ。この調子なら記事にするのは簡単だと思うが……何か気になるって顔だな」

「うん……」

 私はぐるりと船を見回し、デッキの手すりにもたれた。

「ちょっと不思議な気がしたんだ。まずは一部の船だけ魔法の帆布を導入するのなら、普通は新しい船から始めないかなって。その割にこの船は見るからに古いだろう? ほら、あっちの九番桟橋の船はもっと新しいし、一番・二番桟橋の船は新品同様だった。この船が新技術の導入用に使われたのはどうしてだろうね」

 それが先ほど抱いた違和感だった。どうしても気になるというほどではないが、不思議なのである。

「言われてみればそんな気もするな。それに取材相手は大抵、きれいなところだけを見せようとする。わざわざ旧型を披露したりはしないな。どうしてこの船を使おうと思ったのか、あいつが帰ってきたら聞いてみるか」

「うん。それから、魔法の帆布を導入することになった経緯も聞いておきたいね。シュナイダー側からの申し出があったのか、それともほかに何かきっかけがあったのか」

「あとは、今後帆布以外の魔具を導入する予定はあるか……これも聞こう」

 私はペンを走らせ、質問事項を書きとめていく。ハインツの答え次第ではいい記事になるだろう。

 ルーディが抱えていた絨毯をばさりと広げた。空中でひらひらと漂うそれをつまみ、彼はそれに飛び乗った。

「どこへ?」

「このへんの船は見てもいいってことだっただろ。ちょっと飛び回って見てこようと思ってさ。きれいな船も見てみたいし。お前はどうする?」

「私はもうちょっとこの船を見るよ。どういう物が積まれているかも気になるし」

「積荷を壊すなよ」

「大丈夫だよ、君じゃないんだから」

「はいはい」

 そう言って、彼は隣の船へと飛んでいった。隣の船といっても九番桟橋だから間の二つは空いている。反対側はさらに間があいて、別の管理人の船着場だ。

 私は甲板を移動し、そこに積み上げられた箱や樽を見てまわる。ハインツは「大事なものもある」と言っていたが、そんなに大事なものを監視もつけずに置いておくとは思えない。どの箱も使い古されており鍵もついていなかった。

 こっそり左右を見回す。ハインツの姿はない。時折周辺を飛び交う絨毯や箒たちはハインツとは関係のない連中だ。操舵室の影になる場所を選び、箱の一つを開けてみた。

「……空箱?」

 中には何も入っていない。これから運び込むのだろうか? 首を傾げて箱を閉じたとき、操舵室の向こうから物音が聞こえた。何か固いものが甲板に落ちるような音だった。

「ルーディ?」

 一応呼んでみるが、彼の絨毯はずっと九番桟橋のあたりをうろうろしている。

 ふと上を見れば、黒いマントを羽織った男が箒に乗って旧市街に向けて飛んでいくのが目に入った。マントの裾にある赤い花の刺繍がきれいだ。ずいぶん急いでいるようだが、あの男が何か落としたのかもしれない。

 操舵室の横を通りもといた甲板に戻る。そこに落ちていた黒い金属の球を見て、私は足を止めた。中心が赤く光り微かに高音を発している。どこかでこれと似たものを見た記憶がある。

 咄嗟に、手にした箒に飛び乗ってマントにセットされた防御魔法を展開する。船から遠ざかろうとした次の瞬間、轟音と熱風に襲われた。



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