死刑囚は何を見て笑う?
自身に死刑が言い渡されたとき、岸尾卓は笑っていた。
その目線は下に向かれていて、うっすらと笑みを浮かべていた様子だ。
僕は、あの光景を見て、なんだかやるせない気持ちになった。
その後、裁判官が退廷を命じた。そして判決を言い渡した。
岸尾は、連続通り魔殺人犯として、2年前に刑務所に入っていた。
岸尾を裁くのに、丸々2年間かかったのだ。
僕の妹も、その連続通り魔事件の被害者だった。
妹は、友人と学校から帰宅中、たまたま後方に逃亡中の岸尾がいたため、運悪く岸尾が持っていた鋭利な刃物で刺されてしまったのだ。その出血量はすさまじく、友人がすばやく救急車を呼んだのだが、助からなかったらしい。
僕がそのことを聞いたのは、妹が刺された日の夜である。たまたま仕事が長引いていたため、帰るのが遅くなってしまったのだ。夜9時ごろに帰ってきて、事情を両親から聞いた。
両親は泣きながら、というよりはむしろ、僕にその事実を伝えることによって、娘が死んだという事実を再確認したからなのかもしれない、母親は声をあげて泣き、父親は懸命に口を押えて泣くのをこらえていた。
僕も泣きたかったのかもしれない。だが不思議と、何も感じなかった、というか、心が無になった状態といえるのだろう。少しの間は信じられなかった。その少しの間とは、次の日の朝までである。
身内が死ぬことなど、ありえないと思っていたあの頃である。僕は21歳だった。
現在は仕事を辞め、働いてもいない。我ながら妹の死によってあいた心の穴は、まだふさがっていないのを自覚していた。
岸尾がやっと確保されたのが、2日後の昼頃である。
確保現場には、無数のパトカーや警官が滞在していたらしい。
テレビ局もいくらか来ていた。
岸尾が捕まる瞬間、辺り一面が真っ暗になったような気がした。音を立てて、警官が無数に忍び寄っている。彼らは腰に手を当てながら、様子をうかがう。
岸尾は手には何も持たず、抵抗する気もなく、ただただにやけていた。
そしてこう言った。
「僕を捕まえたところで、今まで死んだ人たちが生き返るわけでもない。僕はもう殺しはしないので、僕を捕まえるメリットはないですよ。まぁ、それを信じるか否かはあなたたち次第ですが」
すると、警官の中の一人が、こう返した。
「馬鹿野郎、お前は罪を犯したんだから、法の下で裁かれるんは当たり前のことやろ。今この状況で、間違えてもお前を逃がすことはない」
関西弁の、いかつい中年刑事だ。
そして岸尾は捕まった。手錠をかけられ、なぜかコートを頭にかぶせられた。刑事ドラマでよくある行為だ。
岸尾が捕まった2日後に、僕の妹の葬式は執り行われたらしい。
それまでは、捜査のために親族はまともに死体を見ることさえもできなかったらしい。
なので、葬式の日が初対面となるらしい。
元気いっぱいの遺影は参加者たちを明るい目で見つめていたらしい。
会場前の写真立てには、「岸尾彩子」という名前が、きちんと書かれていたらしい_____
*
暗い牢獄の中で、僕は何をしていたのだろう。
暇なときは、床をガリガリ爪でこすっていた。
そのたび爪が削れていったが、僕はそれを笑って眺めていた。
死刑判決が言い渡された時も、僕は笑っていた。
なんで笑っていたかって?笑うのに理由がいるのか?
おかしければ笑う、ただそれだけの話だというのに。
僕はおかしかった。死刑判決を食らったとき、なにかじわじわくるものがあった。
と、同時にやるせない気持ちになったんを覚えている。
さて、あとは死を待つのみだ。
彩子に天国で会える。
もしかしたら、だから笑っていたかもしれない。
僕が殺した彩子は天国にいる。
会えるかもしれなかったから、それが嬉しくて、笑ってしまったのか?
わからない。でも、わかっていることは
僕は天国には行けない。8人も人を殺したようなヤツが、たとえ存在していないとしても、天国に行けるはずがない。
自分自身でも、死刑判決を食らった時の笑みは、よくわからないものだった。
本当におかしかったのか?何が?おかしい?
少しよくわからないことを言っているな。自分でもそれはよくわかる。
でも、あの時の笑みの理由が、僕には全く分からないんだ。
まぁ、あとは死を待つのみだ。
天国への期待をよせて______