☆7.仮面舞踏会(後)
赤銅と翡翠色のフィリップと金髪碧眼のユリウスの仮面舞踏会参加は続いた。
そもそも仮面舞踏会とは、規模こそ違えど、ほぼ毎日どこかしらで開催されている。
参加者は身分を問われず自由に楽しむ事ができ、決まった主催や会場を贔屓にする参加者も居れば、全く違う主催、規模のものを梯子する人もいる。
ユリウスは金髪のカツラを付け、瞳を碧眼に細工をする。
騎士の格好とはまた違う意味で苦しいドレスにもだいぶ慣れてきた。
「ユリウス様、本日のお召し物はこちらです」
侍女が持ってきたドレスを見て、思わず「うげっ」と声を上げた。
手触りの柔らかそうな生地に、レースを幾重にも重ねそのふんわり感を強調するかのようなドレス。
その色は――ピンク。
「冗談!」と思った。
ピンクは女性の大好きな色。
そして、自分の最も苦手とする色だった。
「マリー……、ピンクはちょっと……」
「本日はこちらをお召しください。ユリウス様」
どうやらマリーに引く気は無いらしい。
マリーは自分の元にいる唯一の侍女で、様々な仕事をこなす働き者。
恋愛小説が好きで、時々全てを悟ったように文庫本をそっと渡してくる。――ただし、その内容が役に立ったためしはない。
貧乏男爵家において何役もの役割を果たし、使用人の鏡といえよう。
ユリウスは昔っから面倒ばかりかけている彼女に頭が上がらなかった。……が、しかし。
それとこれとは別で。ピンクは避けたい。
あんな乙女チックな色の上に自分の顔が乗るのかと思うとクラクラしてきた。
「マリー、俺は……」
「ユリウス様、俺ではありません。『私』です」
他に誰もいないというのに、言葉遣いについても容赦がない。
「マ……」
「時間に遅れますよ」
もはや、名前すら呼ばせてもらえない。
ユリウスは諦めて乙女ピンクに着替えた。
いつもの通り馬車で移動し、会場でフィリップと落ち合う。
こちらの姿を一目に見た彼は「ピンクもいいな」と、ニヤニヤ顔で言った。
乙女ピンクを着ているという自覚があるから、顔が真っ赤になったのがわかる。
そして、ユリウスは思う。
『これは罰ゲームだ』と。
前回同様、会場に入り、初めの一曲を踊る。
「だいぶ上手くなったんじゃないか?」
フィリップからお褒めの言葉をいただいた。
「ソウデスネー」
「なんだその返しは」
「イイエー。ヒトエニ、デンカノオカゲデス」
ダンスを踊っている為、身体が密着している。
殿下と呼んでも誰にも聞こえない。
「……怒っているのか?」
「ええ。こっそりと」
言葉にしておいて、こっそりもあったもんじゃないが気にしない。
「……たまにはいいだろう? 夜会三昧も?」
「いいえ、全く」
完膚無き否定の言葉にフィリップが戦いていた。
「嫌がる部下に女装させて、連れ回すなんてサイテー」
そうなのだ。
最初は一週間のうち二、三回だった舞踏会も、ここ最近は連日の参加であった。
(私はダンスもドレスも苦手だ)
それを知っているくせに、自分を連れ回すフィリップにちょっとした怒りを覚えていた。
毎回コルセットで締め上げられる事も。
マリーに着せ替え人形のようにされる事も。
この、金髪碧眼の姿になる事も。
はっきりと仕事だと分かればいい。
だが、フィリップはこの一連の行動について詳細を話そうとはせず、お互いが傍に寄り添い時間を過ごすだけ。
そうなると、自分の中では「罰ゲーム」という言葉が浮かぶ。
こんな奴に置いて行かれるなどと思った自分が残念でならない。
よっぽどフィリップの方がお子様ではないか。と。
「ま、まあ、これぐらい踊る事が出来れば、令嬢に戻った時も楽だぞ」
一連の行動の印象を良くしようと思ってか、フィリップがそんな事を言う。
何を言っているんだ? そう思った。
「戻らないから関係ないデス」
「いやしかし、いつかは……」
「戻りません」
言い切る私にフィリップが「……ほんとに?」と念押ししてきたので、「ホントデスー」と軽く答える。
「…………」
フィリップが少し寂しそうな表情をした。
その意味が分からず、彼の瞳を覗きこむ。
細工をしているからいつもと違う翡翠色の瞳。見慣れた自分の色。
だけど、じっとこちらを見つめるその瞳の声はユリウスには届かない。
曲が終わり、また壁へと移動する。
フィリップは「飲み物を取ってくる」と言い残し、人ごみの中に紛れた。
ユリウスは自然の動作で周囲を探る。
当然、護衛対象であるフィリップを見失ってはいない。
(このドレス、もう少し可動域があるといいな)
もはやドレスの見てくれなど、気にしてはいなかった。
どうあっても、フィリップを守らねばならない。
だからこの舞踏会参加が仕事でも、私情の「罰ゲーム」でも、やる事は同じ。
さっきはちょっと、イジワルをしてみただけだ。
「…………」
ふと、フィリップの顔を思い出した。
令嬢に戻らないと言った時、少し寂しげな顔をしたのはなんでだろう。と。
(仮面騎士でいた方が、一緒に居られるじゃないか)
令嬢に戻り、女性騎士になる方法もある。
ただそれでは結婚していないフィリップの護衛にはなれない。
つまり一緒に軽口を叩いて仕事をするには、この地位を捨てられない。
それは男装を続ける理由の一つにもなっている。
ユリウスは少し離れた場所にいるフィリップを見つめた。ちょうど彼は給仕を見つけ、声をかけているところ。
変装していてもひと際目立つ彼は、周りから寄せられる熱い視線に気づいているのだろうか。
ユリウスはその視線の中におかしなモノが潜んでいないかを探る。
――大丈夫。皆、フィーに見惚れているだけ。
そう思った時。
身近に気配を感じた。
背中に這い寄る様な嫌な雰囲気は、ぞくりと寒気を催す。
「――お姫様の時間は戻ったのね」
くすくすと笑いを含んだ声は、自分に向けられている――?
勢いよく振り返った。
――しかし、そこには誰も居ない。
突然振り返ったユリウスに、一部の視線が集まる。
だが、それも一瞬の事。
辺りでは何事もなかったように談笑が再開される。
「どうした? ユウリィ?」
戻ってきたフィリップがこちらの様子に気がつき怪訝な表情を浮かべる。
ユリウスはほっと安堵の息をつく。
もう声の主はいないと理解すると同時に、急激に高鳴った心臓の音が耳に鳴り響く。
フィリップが自分の肩を引き寄せた。
『報告しろ』という指示と解釈し、感じた事をそのまま伝える。すると彼は悔しそうな表情を浮かべた。
ユリウスはこの時初めて今回の目的を知る。
今回もお読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)
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