番外編4.護衛騎士ミラーのひとりごと
本日(2016/4/5)番外編二話投稿予定です!
本日は大変喜ばしい日である。
五年間……いや、今年で六年間仕えた我が主、フィリップ殿下が婚約されたのだ。
王族男子としては若干遅い婚約であったが、殿下が幸せなら全て良し。
この話を聞いた俺は僭越ながら、弟のように大事にしている殿下のお相手がどのような方なのか気になった。
アスタシア王家では婚約期間中、相手のご令嬢を隠すという習わしがある。
この習わしは、王家に仇を為す者やその座を狙う者などからご令嬢を守る為という実質的な面と、嫁いでくるご令嬢が真の王族となるまでの儀式的な意味合いを持ち合わせていた。
古くからの習わしである為、当然のようにご令嬢は隠される。
いくら俺が相手を知りたいと思っても、殿下の結婚式までその姿を拝見する事は叶わない。
それはとてももどかしくもあり、変えようの無い未来であった。
(……とはいっても、俺達ぐらいには教えてくれても……)
護衛騎士とは、仕える主を守る事を最優先とする王族直属の騎士の総称である。
俺は第二王子フィリップ殿下の騎士であり、当然殿下を守る事が最優先事項となる。
同時に夫婦というのは同一と考えられており、相手のご令嬢が優先される事は決定事項。自衛ができる殿下の性格を考えれば、本当の意味での最優先がこのご令嬢となる事は間違いないのであった。
婚約発表の場で紹介されたご令嬢は水色ヴェールを被り、殿下に寄り添っている。
そこから分かるのはおよその背丈と、体格。
背は割と高い方だと思うが、それも履物によるだろうし、体格でいえば女性の遠目など全て同じ。
衣装、装飾品に特徴を見出そうとしても、これらはすべて王家側で用意される品。個人を特定する参考にはならない。
ご令嬢を公に発表する気がないのだから、当然の事であった。
(顔さえ分かれば、命に代えても守るのに)
婚約式は滞りなく進んでゆく。
儀式というより、婚約者という存在のお披露目に近い催し物は、王族を眺めながらの食事会と言い換えても良い。
忙しなく料理を運ぶ給仕たちに、談笑する招待客。会場には多くの人おり、場の雰囲気を壊さず殿下達を守るには神経を使う。
こんな時、真価を発揮する騎士がいる。
巷の噂では王族の私兵と呼ばれる仮面護衛騎士。
自分達と同じ護衛騎士でありながら、誰が見ても騎士とは思えない変装で主を守る。
堂々と殿下の傍に侍る事はなく、秘密裏に危険を排し事無きを得る。地位や名声を重んじる貴族には不人気極まりない役職であった。
その中でも、特に厚い信頼を寄せられている人物がいる。
騎士ユリウス。
初見は人懐っこい子犬といった感じで、着やせするのか華奢な体躯に、真ん丸な瞳と優しそうな甘い顔つき。背はあまり高くなく、身軽を売りにしているのだろうと想像した。
もちろんこれも変装なのであろうが、顔を合わせる時はいつもこの変装なので素顔に近いのではと勝手に思っている。
しかし、そんな見た目に騙されてはいけない。
鍛練時、舐めてかかった奴は完膚なきまで圧倒され、俺に冷や汗をかかせる程の腕前を持っている、頼もしい仲間の一人だ。
当然彼もこの中に居るはず。
だが、見た目はおろか、雰囲気から声色まで変える仮面騎士を見分ける事はかなり難しく、基本、相手から接触がないと判別できないのは最大の難点であった。
そんな事を考えつつも妙な気配を察知し、俺はさり気ない動きで足を向ける。
ひっそりとしている中庭。
日中なら誰かしら人がいる庭も、夜となれば静かなもので。季節も含め、外に出てゆく招待客はいない。加えて、月明かりがあると言えど辺りは暗く、身を隠し会場の様子を窺うには丁度良い。
風に吹かれ、甘い香りが流れてくる。
奥の庭園からだろうか。夜空に冷やされた花の香りはキリリと研ぎ澄まされており、棘のような気配を身の内に潜ませていた。狙いは、想像できる。
(そうはさせない)
我が主達に害をなす者など、この俺が。
と、その時。
ドサッという物音を拾う。
音からして、重みのある物が地面に落ちたのだと予想した。――が、同時に前方から放たれていた気配が消えている事に驚く。
一体何があった?
不可解な事に警戒しつつ、足を速める。
そこには神秘的な光景が広がっていた。
揺れる闇夜のドレス。
腰まで伸びる赤銅色の髪。それを柔らかく包む水色のリボン。微かに吹く風で横髪が靡き、月明かりに照らされた肌が白く輝く。
すっきりとしたドレスの後ろ姿は凛々しくて、地面を見下ろすその視線は鋭く――……
ハッとした。
まさかという思いで、その視線の先を追えば、横たわる人影を見つける。
間違いなく、不審者だろう。
つまり、この女性が――……と、そこまで考えている内に、女性が振り返った。
そこに鋭かった瞳はなく。少し表情を緩めた彼女はこちらへと近づいて来て。
何を思ったのか、片手を上げようとした、その瞬間。
「ユウリィ!!」
聞きなれた声が横から聞こえ、事もあろうにその女性をきつく抱きしめた。
「ち、ちょっと!!」
「怪我してないか!?」
「しないよ! こんなの相手に」
「よかった」
何の変哲もない相手を気遣う会話。
だが俺は、このやりとりで気付いてしまった。
聞いた事のある声は、片方だけではなく。この、女性も。
男にしては少し高めの声に、華奢な体躯でたまに女装もする、殿下から信頼を置かれている仮面騎士。
「だ、だから、あっちに……」
騎士ユリウスは殿下の抱擁から逃れるよう身じろぎして、俺の方を見た。
これは。
どうすればいいんだ。
婚約発表の場でいきなり不貞(?)を目撃してしまった俺は、どうすれば。
「? あっちがどうした……」と声を上げながら殿下が振り返り。そして、固まった。
「だから、やめてっていったのに」
「ああ、くそっ! どうしてミラーがいるんだ!!」
「俺こそこんな場面見せられて。どうしたらいいか迷ってます……」
冷静なユリウスと、珍しく悪態つく殿下。そして、困っている俺。
三者三様だが、この場を収拾する決め手はなく。
俺は年長者としてこの場に相応しい手を打つ。
「殿下。俺、何も見なかった事にしますから」
「待て。その顔は俺の性癖を疑っているだろ」
「ソンナコトアリマセン」
「あはは! ミラーが片言!! 珍しい!」
「誰のせいだ!!」
くそ、ダメか。
思った事が顔に出やすい家系が仇となる。
殿下はむっすりとしたまま、ユリウスを俺の方へ差し出してきた。
「ミラー……お前だけには伝えておく」
「はい。俺、絶対しゃべりませんし、口出しもしません……」
「頼むから目を泳がせるな」
殿下が「はあ」と深い溜息をついた。
呆れられているというより、諦められている気がするのは納得がいかない。
「よく見ろ、ユリウスは女性だ」
「は?」
「『は?』じゃない。女性だと言っている」
おいおいそれはないだろう。
不敬にも俺は殿下にそんな事を思ってしまった。
ユリウスはその立場上、公に出る事はない。
だが、たとえば剣術大会にでも出場すれば、きっといい線まで行くだろう腕前をもっていて。俺に敗北の文字を過らせた回数は一度ではない。殿下の筆頭騎士である俺に、だ。
そのユリウスがまさか……
「……………マジ?」
「ごめん、ミラー。黙ってて」
『ごめん』じゃない。
さらっと、すげえこと言ってのけるなよ、ユリウス。
俺は不躾ながらユリウスをまじまじと見た。
赤銅色の髪は柔らかく波打ち、シフォンのリボンも相まって甘い見た目。
闇夜のドレスと思っていたのは、良く見れば深い青色で。散りばめられた宝石が時折銀色に輝く。
先程の凛々しい立ち振る舞いが似合う細身のドレスは、たしかにその華奢な身体がハッキリと分かって。なのに、その胸元は……
「ミラー。あまりじろじろ見るな」
不快そうな声を上げ、殿下がユリウスを抱きしめた。
背後から、その存在を隠す様に。人目に、触れさせたくないように。
冷静な殿下からは想像できない動きに俺は驚く。
同時に彼女の胸のあたりを見ようとしていたのがバレたのかと、冷や汗をかいた。
「ちょっと、止めてってば!」
「いやだ」
「イヤじゃないよ!」
「嫌なものはいやだ」
全くユリウスを離そうとしない殿下。
珍しい。こんな殿下の姿は見た事が無い。
仕えた当初から、大人びていたフィリップ殿下。
そんな主の初めて見るわがままは、大事なおもちゃを抱きかかえ、自分だけのものだと主張する子供のようで微笑ましい。……が。
「もう! いい加減にしなよ、フィー!!」
その言葉でハッと我に返る。
ユリウスは騎士。相手は彼女が仕える主。
いくら仲が良いといっても、これはない。
だって、そうだろう?
殿下は本日、姫君と婚約されたばかりなのに――
…………って。
俺は目の前の二人をもう一度見て。そして、頭に浮かんだ言葉で自問した。
『その姫君は誰?』
「あ、あの。もしかして……」
もしかして。殿下の姫君って。
焦る俺に、殿下はニヤリと口角を上げる。
いつもの、余裕たっぷりの。それでいて、幸せだと全身で訴えるような、笑み。
同性の俺でさえ、その表情に目を奪われた。
「俺の姫はユウリィだ。ミラーと言えど、鍛練で怪我させたら許さない」
そう言って、見せつけるようにユリウスの頬に口づけをした。
途端ユリウスが真っ赤になる。
慌てた彼女は自分を拘束する腕を振り払い、殿下を突き飛ばした。
「フィーのバカ!! 人前で、こんな事!!」
普段の、男装している時の落ち着いた雰囲気は何処へやら。
乙女のような反応を見せる彼女は、頬を膨らませて瞳を怒らせている。
(これが、ユリウス?)
相対した時、スッと目を細め相手の背筋を凍らせる? 本当に?
頭の中では「嘘だろう?」と、「いや、でも……」がぐるぐる回る。
共に過ごした任務や鍛練の時間を思い出し、本当に同一人物なのかと疑いたくなる。つまり、全然怖くない。むしろ、可愛い気さえする。
そう思ったのは俺だけではないようで。
引っぺがされた殿下もまるで堪えておらず、笑みを崩さない。
「これぐらいで照れていたら、式の時どうするんだ」
「これぐらいって!!」
「しょうがない。ユウリィには練習が必要だな。……ミラー、悪いが少し見ていてくれ」
「いやあっ!! 来るな! キス魔!!」
「ん? お前バラしていいのか? そんな風に言ったら、いつもキスされてる事が……」
「うわぁぁぁぁぁ!! 誰か!! 誰か、フィーを黙らせて!!」
ユリウスが殿下に飛びつき、両手で口を塞ごうとしている。
……が、冷静さを欠いたその動きに、殿下が遅れを取るはずもなく。飛びついてくる小動物を軽くあしらうように、優雅に見かわしてゆく。
「フィーのバカ、バカ、バカ!!」
「分かった分かった。そう怒るなって、ユウリィ」
殿下の、面白がって見ているその瞳が、酷く優しい。
いや。纏う雰囲気全てが、溶かしたチョコレートのように甘ったるい。
目の前では俗にいう『バカップルのいちゃいちゃ現場』状態になった。
……おっかしいな。
俺は悪党を倒しに来たはずなのに。
そんな事を思いながらも、半泣きで嫌がるユリウスと悪い笑みを浮かべる殿下の様子を眺めながら、ふと、自分が笑っている事に気がついた。
(俺、バカップルを見てるの結構好きかも)
相手がいない男共は「爆ぜろ!」とか妬む奴が多いらしいけど。
そんな気持より、純粋に嬉しいと感じている。
大切な我が主と、大事な仲間の笑顔。
満たされる、自分の心。
幸せだ。まるで自分の事のように。
ハッキリと、幸せだと言い切れる。
(……と、言っても)
俺は少しだけ視線を横に逸らす。
手持無沙汰だった手は、つい頬を掻いた。
(さすがに、アレはないかな)
殿下はすでに俺の存在を忘れ去っているのだろう。
蕩ける笑みは、惜しげもなくユリウスに注がれており。対するユリウスは、心底恥ずかしいようで顔を真っ赤にして暴れている。
でもまあ。
俺は一人、笑みを深める。
年下の、じゃれ合う二人を見て。
(殿下が幸せそうだから、まあいっか)
【番外編4.護衛騎士ミラーのひとりごと おしまい】
おまけ。
「あのさ、ユリウス」
「なに?」
「俺さ、あの現場見てるから、お前との鍛練すげーやりにくい」
「っ……!! ほ、本気で忘れて……っ!」




