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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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番外編2.蕩ける瞳

糖度の目安は☆三つ!?

視点変更あります。 ユリウス ⇒ フィリップ


 





 それは突然言われた。



「なあ、ユウリィ。俺、返事もらってない気がするんだが」

「え? 返事ってなんの?」

「…………脳筋」

「うっ」



 『脳筋』という言葉を言われるたびに、あの日の事を思い出して顔が熱くなる。



 『……愛してる、ユウリィ。だから、結婚して。俺のモノになって』



 一つの言葉は短くシンプルに。

 しかし、何を望んでいるかハッキリと分かる言葉。

 

 それはいくら自分が脳筋と呼ばれようとも、理解できる告白だった。

 だからこそ思い出すだけで顔は火照り、心臓が高鳴って胸が苦しくなる。

 

 そんな自分の様子を見てフィリップは「思い出したか? で、返事は」と言ってきた。



 …………それは、今更言わねばならないのだろうか?



「俺はちゃんと伝えたのに、ユウリィからは返事はおろか気持ちだってはっきり聞いていない」



 それって、不公平じゃないか?

 そう言いながらも、ニヤニヤ笑っている時点ですでに確信犯だと思う。

 だからこそ、今ここで言うのは恥ずかしすぎる。



「フィ、フィーはさあ……ほ、ほら、なんだって分かるじゃない?」

「俺はエスパーか」

「いや、そうじゃなくって、だって、ほら、幼馴染みだし?」

「……幼馴染みで分かるなら、俺はこんなに苦労していない」

「えっと、そ、そうだ、今日は女装だし」

「本件とは一切関係ない」



 チーン……。

 頭の中で空しく効果音が響き渡る。

 どうあがいても言わねば納得してくれなさそうな気配がプンプン漂ってきて、思わず頭を抱えた。


 そんな自分の前からフィリップが消えた。

 二人でお茶をしていたテーブルから離れた事は分かったが、何故このタイミングなのか分からずにいると。

 フィリップが自分の後ろへと回り込み、そのまま腕を肩に乗せる形で背中にもたれかかってくる。



「……逃げようっていったって、そうはさせないからな」



 ……バレている。

 折角じりじりと後ろへ下がっていたのに、これじゃあ何の意味も無い。



(フィーの意地悪……こういうの私が苦手だって知ってるくせに)



 自分の背中側に立つフィリップを恨めしそうに見上げると、彼は何故か視線を逸らす。

 心なしか少し顔が赤い気がするのはどうしてだろう……?? 

 

 視線を逸らされた意味も、その顔色の意味も分からず、ユリウスは首をひねる。すると、フィリップが「……そういう顔されると、もっと意地悪したくなる」と、(つぶや)いた。



「ええ!? なにそれ!! ヒドイ!」

「酷くなんてないさ。ユウリィが、そんな顔するからいけないんだろ?」

「うー……じゃあ、どんな顔すれば意地悪されないわけ?」



 そんな事を言い返されると思っていなかったのか、フィリップは不意を突かれた様な表情をし、その後、思案顔を作った。

 どうやら本気で解答を考えてくれているようだ。

 

 ユリウスは椅子の向きを変え、フィリップの言葉を待つ。すると、しばらく経った後、彼は「犬……」と、(つぶや)いた。



「俺を、犬だと思って見つめてみろよ」

「はい?」

「ほら、子犬だ。俺は子犬だ。よーく見ればそう見えてくるぞー」



 無茶ぶりすぎるだろう。

 そうは思うが告白を回避できるなら、その無茶振り、受けて立とうじゃないか。


 ユリウスは目の前に居るのは子犬だと自分に言い聞かせる。



 銀色の髪は子犬の毛並み。

 青い瞳は子犬なら真ん丸で。

 おっきな手足はぬいぐるみの様にふかふかに違いない。


 風になびく銀色の毛並み。

 珍しい物をみたら真ん丸になる青い瞳。

 きっとこんなに寒くたって、外で走りまわる元気な子犬。



(あ……)



 すごく可愛いかも……。

 銀色の毛並みは窓から射す光で輝いていて、真ん丸な青い瞳はこちらを見つめている。

 そんな子犬のちっちゃな足をにぎにぎして、ぎゅっと抱きしめたくなった。


 子犬が近づいてきた。

 撫でてあげようと手を伸ばすと、その手を包むように握ってくる。

 ちっちゃいのに、自分を抱き寄せて、顔も近づけてきて、そして……



「――――…………」



 子犬がキスをする。

 優しく、それでいて味見するように、ぺろりと唇を舐める。

 くすぐったくって、でも示される愛情表現が嬉しくて、そのまま目を閉じる。


 屋敷にもう一匹子犬が増えてもいいだろう。

 だって、こんなに可愛くて懐いてくれている。

 うちに連れて行くなら名前は何にしよう?

 銀色の毛並みに青い瞳だから……



 ……と、そこまで考えパッと目を開く。


 自分の手を握っているのは銀色の子犬……ではなく。

 よって、抱きしめてくれているのも子犬じゃなくて。

 だから、えっと、その……



「んーん!!」



 慌てて声を上げ握られていない方の手で、フィリップの身体を押す。

 でも、相手は子犬ではないのでびくともしない。それどころか、逃がさないと言わんばかりに抱きしめる力が強まった。



(ど、どうしてこんなに事に!!)



 もはや告白と長いキスはどちらが恥ずかしいのか分からない。

 いや、でも告白は一回でいいはずだから、多分こっちの方が……!!


 こんな事を考えている間も、フィリップはキスを止めない。

 それでも力では敵わなくて、最終手段的に本気で殴るような事はしたくはない。



(フィーの大バカッ!!)



 そう怒るものの、自分を想っている事が伝わるキスは段々と自身の思考を奪ってゆく。


 だから、逃げられない。

 だから、これはフィーのせい。

 だから、後から怒ったっていいはずだもん……


 ユリウスは再び目を閉じる。


 全身を包む温かな場所に全てを任せて、(とろ)ける思考を手放した。





                *  *  *





(こんなの、反則だろ……)


 (とろ)ける様な瞳で俺を見つめるユリウス。

 そんな瞳で見つめられたら、俺の頭の方が蕩けてしまう。



『俺を犬だと思え』



 我ながら無茶振り過ぎる――――でも、犬を見る時の蕩けた瞳で自分を見つめてほしい。

 いつか願った思いを現実にした時、自分の思考が蕩けた。


 俺を撫でようとする手を優しく握り、華奢(きゃしゃ)な身体を抱き寄せる。

 蕩けた翡翠色の瞳に吸い寄せられて、優しく唇を重ね、そして、自身も子犬になったつもりでペロリと彼女を舐める。

 すると彼女が瞳を閉じたので、そのままキスを続けた。



(緊張していない時はこんな風になるのか……)



 リラックスしている身体は俺に全てを(ゆだ)ねてくれている。


 いつものキスもいいけれど、こっちのキスもとても良い。

 そう思ってじっくり味わっていると、急にユリウスが「んーん」と声を上げ、身体を押される。



(……気がついたか)



 犬だと思えなんて無茶振りが、今まで効いていた事自体が奇跡に近い。



 だけど、離すわけないだろ?



 俺は抱きしめる腕に力を込める。

 力では俺に勝てない彼女を一人占めするようにギュっと。

 ユリウスが本気で逃げようとすれば、俺を殴ればいい。

 でも、そうならない事が分かっているから少しだけ強引に。


 後でユリウスは怒るだろう。

 でも、その表情も好きだと言えば、からかうなと、顔を赤く染めるに違いない。

 もちろん、ウソじゃない。だから、もう少しだけいいだろう……?



 そうやってしばらく彼女を堪能(たんのう)してから顔を離してやれば、案の定、リンゴみたいに顔を赤く染めて俺を見る。

 その瞳は先程の蕩けるような瞳ではなく、若干非難めいた瞳だった。



「……フィーはずるいよ」



 初心だと思ってたのに、こういう事平気な顔してするんだもん。


 そう続いた言葉には、若干濡れ衣感が漂っている。



 ユリウスは気付いていないのだろう。

 普段俺がどうして余裕があるように見えるのか。


 初めて手の甲にキスした時だって、解術のキスだってそう。

 ユリウスの方がずっと初心ですごく恥ずかしそうにしていたから。

 だから俺は余裕でいられたんだ。


 でもそんな事は教えてやらない。



「……怒った顔も好きだよ、ユウリィ」



 自分でも恥ずかしいと思うセリフと堂々と(つむ)ぐ。

 するとユリウスはますます赤くなって、俺の視線から逃れるように(うつむ)き、やっぱりからかうなと言った。


 だから彼女は知らない。

 俺が恥ずかしいセリフを言った後、どんな顔をしているのかなんて。



(……もう少しだけ、カッコつけたところだけ見ててくれよ)



 いつかはバレてしまうけど、今だけは。

 そう思って、彼女が上を向かない様にしっかりと抱きしめる。

 自身の火照りが冷める、その時まで。






【番外編2:蕩ける瞳 おしまい】


いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

糖分過多な番外編はまだ続きます(笑)

またお時間がありましたら、よろしくお願い致します!<(_ _)>ペコリ


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