20.甘い紅茶を召し上がれ
晴れて護衛騎士に戻れたユリウスは自身の控室にてフィリップを迎えていた。
「紅茶が飲みたい。淹れてくれユウリィ」
もはやお決まりのようなセリフを言いながら、フィリップはつかつかと部屋の奥へと入って来る。
そんなフィリップに「またー?」と、言いつつも、下準備を済ませてあったのは内緒だ。
「お前の淹れる紅茶はうまいからな。……毎日でも、飲みたい」
「はあ……だから、茶葉を分けてあげるって言ったじゃないか」
暗に、貰っていかないのはフィーの方だろ? という、ニュアンスを込めて言うと、フィリップは少し困った様な、でも、幸せそうに微笑む。
「俺の姫は……全く」
「ん? 何??」
「いや、何でもない」
そう言いながら、「ほらよ」と、いうように紙袋を手渡してきた。
多分これが今日の支給品なんだろう。
ユリウスはいつものように紙袋を受け取り、紅茶の用意をする。
「ユウリィ……寒いから、髪を降ろせよ」
「ううん。大丈夫」
本当はそうしたい。
そう思うのは、秋がとうの昔に過ぎ去ったのだと分かるぐらい部屋が冷え込んでいたからだ。
でも、やっとフィリップの騎士に戻れたのに、だらしない姿は見せたくなかった。
「今夜は雪が降るかもしれないな」
「うわ……通りで冷え込む訳だ」
聞いただけで寒くなってきて、思わず腕を抱く。それを見たフィリップは「だから、髪を降ろせば良いだろ?」と、また言ってくれたが、その好意に首を振る。
紅茶を淹れ終えたユリウスはソファーに座り、午後のひと時を過ごす。
その間、二人で他愛のない話をしていたが、ふと、フィリップが名を呼ぶので返事をすると。
「……どうしても、か?」
若干溜息混じりに訊ねられた言葉には主語がない。
それでもその意味を正しく受け取ったユリウスは「うん」と返事をする。
フィリップが言ったのはこちらの格好の事。
騎士の制服に身を包み、腰には愛剣を携えている。もちろん、男装で。
「俺、男装したユウリィは護衛にしないって言った気がするんだが」
「いいじゃないか、そんな事」
「そんな事って、一応主君命令だぞ?」
「……職権乱用」
「うっ……」
フィリップが言葉に詰まるのを見て、ニヤリと笑う。
こんな風に主導権を握れるのは初めてかもしれない。
そんなネタを手に入れたのは先日。
なんと情報収集だと思っていた仮面舞踏会の殆どが、遊びであった事が発覚したのだ。
一番に思ったのは「信じられない」の一言。
仕事だと思って我慢していた舞踏会が、遊び。
だったら他の人と行けばいいのに!
それかせめて本当の事を教えてほしかった。
だから、どうして教えてくれなかったの? と、怒れば、フィリップは「みなまで言わせるな」と言う。
いやいや。ハッキリ言ってくれないと分からないよ。と、言えば、溜息をつかれる始末。
……なんだか、自分が悪いみたいになってるのは何故……?
物凄く腑に落ちないが、それでも、職権を乱用した事は変わらない。
だから、しばらくこのネタを使わせてもらう事にした。
「いやあ、フィリップ殿下ともあろうお方が、まさかこのような事で職権を乱用なさるとは……」
「誰のせいだよ……」
「? 自分のせいでしょ? 殿下?」
そういうと、フィリップはこちらを恨めしそうな目で見る。
普段は余裕、意地悪、心配のどれかの表情を見せる事が多いフィリップが、こんな少し怒ったような、いじけた顔をする事が珍しくてますますからかいたくなる。
「まあ、これに懲りたらもう二度と遊びで舞踏会に誘わないでください」
ね? で・ん・か?
そう言って笑ってやると、フィリップが急にソファーから立ちあがった。
あ。
からかい過ぎた?
怒ったのだと思って慌てて後を追いかける。
するとフィリップは急にこちらへと反転し、手を掴んで引っ張ってきた。
突然の事にビックリしてよろめくと、そのまま軽く抱きしめられて、髪を撫でられる。
軽い音が聞こえたと共に、髪留めが床に落ちた事が分かった。
「……じゃあ、これからは本気で誘う」
はい?
何を言ってるの? フィーは??
と、その先を考える前にフィリップは言葉を続ける。
「今はまだ、正式に舞踏会で紹介はできないが、それ以外の仮面舞踏会では全部……」
フィリップは一度言葉を切り、そして。
「一緒に、踊ろう? ユウリィ」
そう言って、掴んだ手を持ち上げ口づけを落としてきた。
「ちょ……! あ、かっ!!」
ちょっと! からかわないでよ!!
自分ではそう言っているつもりなのに、言葉がうまく出ない。
そんな自分を見てフィリップは「踊ってくれるだろ?」と言いながら顔を寄せてきた。
キ、キスされる!!
そう思ってギュっと目を瞑った。
……が、しばらく経っても思っていたような感触はちっとも伝わってこない。
ユリウスはほんの少しだけ目を開けてみる。
すると、手の甲を口元に当てたフィリップがクスクス笑っているのが見えた。
「!! フィー!!」
完全にからかわれた!
その事実に怒る自分を余所にフィリップは楽しそうに笑う。
なんだか一人でドキドキしていた事が馬鹿みたいで、そのドキドキがばれない様に横を向いた。
そしたらフィリップが抱きしめる力を強めて「……続きは今夜、な?」と、耳元で囁く。
「~~~~っ!!」
「さてと、俺は執務室に戻るとしようかな」
フィリップはぱっと手を離し扉へと歩いて行く。そして、ドアノブに手をかけた後、「今夜の仮面舞踏会楽しみにしている」と、ニッと笑って部屋から出て行った。
その後ろ姿を見送り、思わずペタリと座り込む。
心臓がドキドキして止まらない。
優しく抱きしめてくれる事も。
耳元で囁く低音の声も。
そして。
視線を手に向けて、自分の顔がますます火照ってきたのがわかる。
「……フィーのバカ」
これじゃあ、午後仕事にならないじゃないか。
それに、今夜って……
と、そこまで考えてユリウスはガバッと顔を上げる。
「ドレス!! 今夜のドレスどうしよう!!」
雪が降るかもしれない夜に着て行くドレスなど持ち合わせておらず、ユリウスは慌てる。
その脳裏に「男装で行く」という事は微塵にも思いつかない。
そして、フィリップの持ってきた紙袋がドレス一式である事に気が付くのも、もうしばらく後の事であった。
第三章 男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」 おしまい
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
本日をもちまして第三章は完結です!
最後までお付き合いくださいましてありがとうございます!!
この後は恒例の番外編へと続きますが、一度完結表示にさせていただきますね!
番外編は今のところ三本考えておりますが、どれも糖度が高めになっております(大鳥基準)
そう遠くないうちに投稿したいと思っておりますので、またお暇がありましたらよろしくお願いいたします(*^_^*)




