19.砂糖菓子
前話から続きの会話です。
「俺の姫は……基本真面目で、でもどっか抜けてて。馬も一人で乗りこなす、お転婆な女の子だ」
「……うん」
「そして、超がつくほどの犬好きで、お祭りも大好き。
加えて、本当に脳筋で。アプローチしても全く気付いてくれないんだ」
「…………困った、姫だね」
聞けば聞くほどどこが良いのは謎だが、フィリップがいいならそれでいいと思った。
そして彼もそう思っているのか苦笑しながら、「だろう?」と言った。
「一体どうやったら、伝わるんだろうか」
「うーん……そりゃあやっぱり、きちんと想いを伝えたらいいんじゃない?」
「……それに近い事は言ったんだが」
「言ったんだが?」
聞き返せば「怒られた」と言う。
なんじゃそりゃ?
なんで想いを伝えて怒られるのだろう?
「言い方が悪かったとか?」
「……それは、否定できない」
そこまで分かっているなら、「もう一回言いなおしてみたら?」と言ったが、一回怒られているから言いにくいと言う。
「フィーにそこまで言わせるとは……」
相手のお姫様はなかなかの兵のようである。
しかし、そこまで心に決めているなら聞きたい事があった。
「ねえ、フィー?」
「……なんだ?」
「どうしてセクト家三女じゃないと、任命してくれないの?」
また騎士にしてくれる。
そう言われて喜んでいたけれど、セクト家三女でなければいけない理由が分からなかった。
確かに結婚すれば女性騎士を傍における様になるが、何も新婚早々に置く必要などない。
だから、何か理由があるのだと思って訊ねたら、「……それは、お前が俺の騎士になりたいって言ったからだ」と、返ってきた。
「え……? それって、今まで通り男装すればいいんじゃない??」
「……俺は男装したユリウスは騎士にしないって言っただろ?」
「だから、それを考え直してもらって……」
「だめだ」
「……どうして?」
「……まだ、『どうして?』なんて言うのか」
フィリップの言っている意味が分からなくて、続きの言葉を待つ。すると彼は何故かそっぽを向いて「……もうこれ以上我慢できない。それが、理由だ」と、続けた。
ますます意味が分からなかった。だから、「ガマンって……、男装している私が傍に居るの嫌なの?」と聞くと、「それは嫌じゃない」と言う。
頭の中には疑問符が増える一方で。
「じゃあ、何を我慢するの?」
そう訊ねたらフィリップが頬をつねってきた。
ちょ、……なんでそうなる!!
「……ユリウス……やっぱりお前は脳筋だ」
「なっ!! ふぃつれいな!(失礼な!)」
怒ってるのにしまりのない言葉に苛立った。
「大体お前は! 人の事ばっかり言ってないで自分の事も振り返れ!」
「振り返るって何を!?」
「た、たとえば! 今まで一瞬でもいいから、いいなって思った男とかいないのか!」
「何の話よそれ!」
「だっておかしいだろ? 俺の話ばっかりで!」
「私は参謀なんだから、いいじゃない!」
「参謀? はっ! 誰も好きになった事も無いのに?」
「し、失礼な! そんな事ないもん!」
勢い余ってそう叫んだら、フィリップが険しい顔をした。
その時点で失言であった事に気がついたが、もうその言葉を回収する術はない。
「……誰だよ、それ」
「べ、別に、いいじゃない。……誰でも」
「じゃあ、ウソなんだな?」
「勝手に決めつけないで!」
「じゃあ言えよ!」
声を荒げるフィリップに、教える意思はないと横を向く。
どれだけ怖い顔をされても、言う気はなかった。
しばらく沈黙が続いた。
本当ならこういった空気は苦手なので、つい喋りたくなってしまうが、今日ばかりはと、ぐっと堪える。
するとフィリップが「……ユウリィは、俺の騎士だろ? 隠し事なんて、するなよ」と、躊躇いがちに言い出した。
そんな言い方、ずるい。
命令じゃなくても、そんな声で言われたら……。
ずるい。と、感じてしまった時点で、もうこのまま黙っている事は出来ずに、ゆっくりと顔を動かしフィリップを見る。すると、彼は真剣な顔つきでこちらを見ていた。
無駄に緊張する。
どうしてこんな事に……なんて、考えても始まらないので、小さく息を吸い込んで心を落ち着かせた。
「わ、私の好きな人は……」
強くて、優しくて……と、そこまで言ったらフィリップ顔から力が抜けた。
「……ユウリィ、それは童話の王子様だろ?」
「は? ……って! 最後まで聞きなよ!!」
恥ずかしいのを我慢して教えてあげているのに、話の腰を折るなんて信じられない。
挙句、フィリップは「はいはい」と、気のない返事をする。その様子からして、この話の終着点が童話の王子様だと思い込んでいる事が分かった。
だったら、そう思い込ませておけばいいのに。
しかし、自分が嘘を言っていると取られるのはどうしても嫌だった。だから、フィリップをキッと睨んでやれば、彼はニヤリと笑い「続きは?」と言ってきた。
「ええっと……強くて、優しくて、ちょっぴり意地悪で。
いつも私を助けてくれて、犬にも好かれている。そんな人」
これ以上ないぐらい適切に言い表せたと自分で自分を褒めた。
それと同時に、もし誰か分かってしまったらどうしようかと心配になる。
しかし、フィリップは。
「……なんだよそれ、童話の王子がパワーアップしたのか?」
「実在してます!!」
「ははは。もういいよ、ユウリィ。俺が悪かったって」
フィリップはそう笑いながら「……これから、そんな奴現れるから。待ってろよ」と、慰めてきた。
流石にカチンときた。
言えって言われたから、仕方なく言ったのに架空の人物扱い。
自分の言った人は間違いなく存在しているのに、完全否定するなんてあんまりだ。
だって、その人は……
「……フィーだって人の事言えないよ」
「ん? 何が?」
「私の事やお姫様の事『脳筋』って言うけど、フィーだって大概だと思うよ」
「……失礼な奴だな。俺は脳筋なんかじゃない」
「ううん。フィーの方が脳筋だって思う」
「何を根拠に?」
「……あんなに、ヒントが一杯あるのに、フィーはちっとも気付かない」
「??」
「さっきの情報に追加しておく」
私の好きな人は脳筋なんだって。
すごく小さい声で言った。
だってこれは聞こえなくていいところだから。
フィリップには想っているお姫様がいる。
それを聞いた時点で、口にする事はないと思っていた。
私だって最近になって気付いてしまった、その事を。
ドレスやネックレスを贈られたり、女装している時はエスコートしてくれたり。
任務中だからとか、思いつきだよとか。そう思っていたけれど、後から考えればやっぱり嬉しかった。 ちゃんと女の子扱いしてくれる、大事にしてくれる。
貴族の男性は女性を丁寧に扱ってくれる。でも、自分は男装していたからそんな経験なかった。
だから、ビックリしただけとか不意打ちだったからとかそうやって、名前の分からないこの気持ちをずっと分からないままにしてきた。
抱き締められたり、キスをされたり。
からかわれているだけ。練習なだけ。そう思っていても、ちっとも嫌な気持ちにならないのが不思議だった。そして、決定的だったのは、からかう為でもなく、練習でもない時にされた、キス。
あの乱暴にキスされた時ですら、嫌な気持ちにならなかった。……という事は。これが、きっと。
「……ハッキリ、言ってくれよ」
「ん? 別に大した事じゃないから」
「大した事じゃない……? なんだよ、それ」
「だって、意味ない、事なんだもん」
「……意味ないか決めるのは、ユウリィじゃないだろ?」
そう、なのかもしれない。
でも、私は。
「……困らせたく、ないから」
「困らせても、いいよ」
優しい声でさらりとそんな事を言ってのけたフィリップに、何かが切れた。
「フィーの大バカ!! そういう事は、お姫様に言ってあげてよ!!」
「だから!! 言ってるじゃないか! 馬鹿ユウリィ!!」
「え」と顔を上げる前に思いっきり抱きしめられた。
あんまりにもぎゅうぎゅう締め付けるので苦しくてもがく。
やっとの思いでフィリップの胸元から脱出すると彼の顔が見えた。
フィリップの顔は少し熱を帯びているように赤く、それでいて青い瞳は優しく細められていた。
ドキドキした。
なんだか恥ずかしくなってに顔を下に向けようとしたが、動けない。
理由はいつの間にかフィリップの手が顔に添えられていたから。
それでも恥ずかしいのは変わりがないので、目をきょろきょろ泳がせていたら、添えた手で顔をくいっと上げられた。
急にそんな事をするから。
だから、うっかりフィリップを見てしまった。
そうしたら彼は、笑っていた。
「……愛してる、ユウリィ。だから、結婚して。俺のモノになって」
(…………!!)
直視してはいけないモノを見てしまった。
そんな感情が生まれ、慌てて目を逸らす。
でも目を逸らしたってもう遅くて、顔が真っ赤になるのも、心臓が飛び出るぐらい波打つのも止められない。
苦しくて苦しくて息もできない。
でも、それは嫌な息苦しさじゃない。
うれしくても、こんな風に息もできないなんて初めて知った。
「ユウリィ、こっちを見て」
追い打ちをかけるように、フィリップが甘い声で囁く。
落ち着くどころか、ますます心臓は波打つ。
(な、なんで? ど、どうして!?)
頭の中がうまく整理出来なくて、意味のない言葉が浮かんでは消える。
「なあ、ユウリィ、俺を見て」
今度は耳元に顔を寄せ囁いてきた。
頭に直接響く優しい声は間違いなく自分に向けられている。
その事実に、もうどうしたらよいか分からなくて、ギュっと目を瞑った。すると、耳元でクスクスと笑う声が聞こえる。
「そんなに過剰反応しなくてもいいじゃないか」
そう言って笑うフィリップの声はいつになく楽しそうだった。
「か、からかったのね!!」
「からかってなんかない。俺は、至って本気だ」
そう言われてまた顔が熱くなるのが分かった。
「……そうやって、照れてくれるのがうれしい」
「か、からかわないで……」
「からかってない。可愛いよ、ユウリィ」
こ、これは本当にフィリップなんだろうか。
こんな甘ったるい言葉ばかり言う様な男だっただろうか?
(私の知ってるフィーは、挨拶の口づけもできない初心な……)
でも、良く考えれば何回も抱き締められたり、キスされたりした。
それって初心とはかけはなれているんじゃ……
そう思うと、私は一体何を見ていたのだろう?
「ユウリィ」
フィリップが名を呼んだ。
抱きしめられたままなので、仕方なく声のした方を見上げる。
「……キス、したい。いいか?」
声にならない悲鳴を上げた。
こんなに恥ずかしい思いをするなんて。
どうして、確認なんかするの。
いつも……気がついたらしてたくせに。
「……ユウリィがいいって言うまで、このままで耐えるから」
なるべく早く言って。
そうフィリップが言った。
これは何のイジメなんだ。
抱きしめられ、見つめ合ってる状態で、固定。
耐えるのはフィリップではなくて、自分だろうと思う。
もちろんこんな状況には耐えられない。
だから、すぐに首を縦に振った。
すると、添えられていた手で少し顔の角度を変えられる。
「……やっと、合意でキスできる」
そう言って、フィリップが唇を重ねた。
優しくて甘いキスだった。
突然されていた時よりもずっと、ずっと、甘くて溶けてしまいそうだった。
いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




