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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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19.砂糖菓子


前話から続きの会話です。






「俺の姫は……基本真面目で、でもどっか抜けてて。馬も一人で乗りこなす、お転婆な女の子だ」


「……うん」


「そして、超がつくほどの犬好きで、お祭りも大好き。

 加えて、本当に脳筋で。アプローチしても全く気付いてくれないんだ」


「…………困った、姫だね」



 聞けば聞くほどどこが良いのは謎だが、フィリップがいいならそれでいいと思った。

 そして彼もそう思っているのか苦笑しながら、「だろう?」と言った。



「一体どうやったら、伝わるんだろうか」

「うーん……そりゃあやっぱり、きちんと想いを伝えたらいいんじゃない?」

「……それに近い事は言ったんだが」

「言ったんだが?」



 聞き返せば「怒られた」と言う。

 なんじゃそりゃ?

 なんで想いを伝えて怒られるのだろう?



「言い方が悪かったとか?」

「……それは、否定できない」



 そこまで分かっているなら、「もう一回言いなおしてみたら?」と言ったが、一回怒られているから言いにくいと言う。



「フィーにそこまで言わせるとは……」



 相手のお姫様はなかなかの(つわもの)のようである。

 

 しかし、そこまで心に決めているなら聞きたい事があった。



「ねえ、フィー?」

「……なんだ?」

「どうしてセクト家三女じゃないと、任命してくれないの?」



 また騎士にしてくれる。

 そう言われて喜んでいたけれど、セクト家三女でなければいけない理由が分からなかった。

 

 確かに結婚すれば女性騎士を傍における様になるが、何も新婚早々に置く必要などない。

 だから、何か理由があるのだと思って訊ねたら、「……それは、お前が俺の騎士になりたいって言ったからだ」と、返ってきた。



「え……? それって、今まで通り男装すればいいんじゃない??」

「……俺は男装したユリウスは騎士にしないって言っただろ?」

「だから、それを考え直してもらって……」

「だめだ」

「……どうして?」

「……まだ、『どうして?』なんて言うのか」



 フィリップの言っている意味が分からなくて、続きの言葉を待つ。すると彼は何故かそっぽを向いて「……もうこれ以上我慢できない。それが、理由だ」と、続けた。


 ますます意味が分からなかった。だから、「ガマンって……、男装している私が傍に居るの嫌なの?」と聞くと、「それは嫌じゃない」と言う。


 頭の中には疑問符が増える一方で。



「じゃあ、何を我慢するの?」



 そう訊ねたらフィリップが頬をつねってきた。

 ちょ、……なんでそうなる!!



「……ユリウス……やっぱりお前は脳筋だ」

「なっ!! ふぃつれいな!(失礼な!)」



 怒ってるのにしまりのない言葉に苛立った。



「大体お前は! 人の事ばっかり言ってないで自分の事も振り返れ!」

「振り返るって何を!?」

「た、たとえば! 今まで一瞬でもいいから、いいなって思った男とかいないのか!」

「何の話よそれ!」

「だっておかしいだろ? 俺の話ばっかりで!」

「私は参謀(さんぼう)なんだから、いいじゃない!」

「参謀? はっ! 誰も好きになった事も無いのに?」

「し、失礼な! そんな事ないもん!」



 勢い余ってそう叫んだら、フィリップが険しい顔をした。

 その時点で失言であった事に気がついたが、もうその言葉を回収する(すべ)はない。



「……誰だよ、それ」

「べ、別に、いいじゃない。……誰でも」

「じゃあ、ウソなんだな?」

「勝手に決めつけないで!」

「じゃあ言えよ!」



 声を荒げるフィリップに、教える意思はないと横を向く。

 どれだけ怖い顔をされても、言う気はなかった。

 

 しばらく沈黙が続いた。


 本当ならこういった空気は苦手なので、つい(しゃべ)りたくなってしまうが、今日ばかりはと、ぐっと(こら)える。

 するとフィリップが「……ユウリィは、俺の騎士だろ? 隠し事なんて、するなよ」と、躊躇(ためら)いがちに言い出した。



 そんな言い方、ずるい。

 命令じゃなくても、そんな声で言われたら……。


 ずるい。と、感じてしまった時点で、もうこのまま黙っている事は出来ずに、ゆっくりと顔を動かしフィリップを見る。すると、彼は真剣な顔つきでこちらを見ていた。

 

 無駄に緊張する。

 どうしてこんな事に……なんて、考えても始まらないので、小さく息を吸い込んで心を落ち着かせた。



「わ、私の好きな人は……」



 強くて、優しくて……と、そこまで言ったらフィリップ顔から力が抜けた。



「……ユウリィ、それは童話の王子様だろ?」

「は? ……って! 最後まで聞きなよ!!」



 恥ずかしいのを我慢して教えてあげているのに、話の腰を折るなんて信じられない。

 挙句(あげく)、フィリップは「はいはい」と、気のない返事をする。その様子からして、この話の終着点が童話の王子様だと思い込んでいる事が分かった。


 だったら、そう思い込ませておけばいいのに。

 

 しかし、自分が嘘を言っていると取られるのはどうしても嫌だった。だから、フィリップをキッと睨んでやれば、彼はニヤリと笑い「続きは?」と言ってきた。


 

「ええっと……強くて、優しくて、ちょっぴり意地悪で。

 いつも私を助けてくれて、犬にも好かれている。そんな人」



 これ以上ないぐらい適切に言い表せたと自分で自分を褒めた。

 それと同時に、もし誰か分かってしまったらどうしようかと心配になる。


 しかし、フィリップは。



「……なんだよそれ、童話の王子がパワーアップしたのか?」

「実在してます!!」

「ははは。もういいよ、ユウリィ。俺が悪かったって」



 フィリップはそう笑いながら「……これから、そんな奴現れるから。待ってろよ」と、慰めてきた。



 流石にカチンときた。



 言えって言われたから、仕方なく言ったのに架空の人物扱い。

 自分の言った人は間違いなく存在しているのに、完全否定するなんてあんまりだ。

 だって、その人は……



「……フィーだって人の事言えないよ」

「ん? 何が?」

「私の事やお姫様の事『脳筋』って言うけど、フィーだって大概だと思うよ」

「……失礼な奴だな。俺は脳筋なんかじゃない」

「ううん。フィーの方が脳筋だって思う」

「何を根拠に?」

「……あんなに、ヒントが一杯あるのに、フィーはちっとも気付かない」

「??」

「さっきの情報に追加しておく」



 私の好きな人は脳筋なんだって。



 すごく小さい声で言った。

 だってこれは聞こえなくていいところだから。



 フィリップには想っているお姫様がいる。



 それを聞いた時点で、口にする事はないと思っていた。

 私だって最近になって気付いてしまった、その事を。


 

 ドレスやネックレスを贈られたり、女装している時はエスコートしてくれたり。


 任務中だからとか、思いつきだよとか。そう思っていたけれど、後から考えればやっぱり嬉しかった。 ちゃんと女の子扱いしてくれる、大事にしてくれる。

 貴族の男性は女性を丁寧に扱ってくれる。でも、自分は男装していたからそんな経験なかった。

 だから、ビックリしただけとか不意打ちだったからとかそうやって、名前の分からないこの気持ちをずっと分からないままにしてきた。



 抱き締められたり、キスをされたり。


 からかわれているだけ。練習なだけ。そう思っていても、ちっとも嫌な気持ちにならないのが不思議だった。そして、決定的だったのは、からかう為でもなく、練習でもない時にされた、キス。

 あの乱暴にキスされた時ですら、嫌な気持ちにならなかった。……という事は。これが、きっと。



「……ハッキリ、言ってくれよ」

「ん? 別に大した事じゃないから」

「大した事じゃない……? なんだよ、それ」

「だって、意味ない、事なんだもん」

「……意味ないか決めるのは、ユウリィじゃないだろ?」



 そう、なのかもしれない。

 でも、私は。



「……困らせたく、ないから」

「困らせても、いいよ」



 優しい声でさらりとそんな事を言ってのけたフィリップに、何かが切れた。



「フィーの大バカ!! そういう事は、お姫様に言ってあげてよ!!」

「だから!! 言ってるじゃないか! 馬鹿ユウリィ!!」



 「え」と顔を上げる前に思いっきり抱きしめられた。

 あんまりにもぎゅうぎゅう締め付けるので苦しくてもがく。

 やっとの思いでフィリップの胸元から脱出すると彼の顔が見えた。

 

 フィリップの顔は少し熱を帯びているように赤く、それでいて青い瞳は優しく細められていた。



 ドキドキした。



 なんだか恥ずかしくなってに顔を下に向けようとしたが、動けない。

 理由はいつの間にかフィリップの手が顔に添えられていたから。

 それでも恥ずかしいのは変わりがないので、目をきょろきょろ泳がせていたら、添えた手で顔をくいっと上げられた。 



 急にそんな事をするから。

 だから、うっかりフィリップを見てしまった。



 そうしたら彼は、笑っていた。



「……愛してる、ユウリィ。だから、結婚して。俺のモノになって」



(…………!!)


 直視してはいけないモノを見てしまった。

 そんな感情が生まれ、慌てて目を逸らす。

 でも目を逸らしたってもう遅くて、顔が真っ赤になるのも、心臓が飛び出るぐらい波打つのも止められない。


 苦しくて苦しくて息もできない。


 でも、それは嫌な息苦しさじゃない。

 うれしくても、こんな風に息もできないなんて初めて知った。



「ユウリィ、こっちを見て」



 追い打ちをかけるように、フィリップが甘い声で(ささや)く。

 落ち着くどころか、ますます心臓は波打つ。


(な、なんで? ど、どうして!?)


 頭の中がうまく整理出来なくて、意味のない言葉が浮かんでは消える。



「なあ、ユウリィ、俺を見て」



 今度は耳元に顔を寄せ囁いてきた。

 頭に直接響く優しい声は間違いなく自分に向けられている。

 その事実に、もうどうしたらよいか分からなくて、ギュっと目を(つぶ)った。すると、耳元でクスクスと笑う声が聞こえる。



「そんなに過剰反応しなくてもいいじゃないか」



 そう言って笑うフィリップの声はいつになく楽しそうだった。



「か、からかったのね!!」

「からかってなんかない。俺は、至って本気だ」



 そう言われてまた顔が熱くなるのが分かった。



「……そうやって、照れてくれるのがうれしい」

「か、からかわないで……」

「からかってない。可愛いよ、ユウリィ」



 こ、これは本当にフィリップなんだろうか。

 こんな甘ったるい言葉ばかり言う様な(ひと)だっただろうか?


(私の知ってるフィーは、挨拶の口づけもできない初心な……)


 でも、良く考えれば何回も抱き締められたり、キスされたりした。

 それって初心とはかけはなれているんじゃ……


 そう思うと、私は一体何を見ていたのだろう?



「ユウリィ」



 フィリップが名を呼んだ。

 抱きしめられたままなので、仕方なく声のした方を見上げる。



「……キス、したい。いいか?」



 声にならない悲鳴を上げた。

 こんなに恥ずかしい思いをするなんて。

 どうして、確認なんかするの。

 いつも……気がついたらしてたくせに。



「……ユウリィがいいって言うまで、このままで耐えるから」



 なるべく早く言って。


 そうフィリップが言った。



 これは何のイジメなんだ。

 抱きしめられ、見つめ合ってる状態で、固定。

 耐えるのはフィリップではなくて、自分だろうと思う。

 もちろんこんな状況には耐えられない。

 だから、すぐに首を縦に振った。


 すると、添えられていた手で少し顔の角度を変えられる。



「……やっと、合意でキスできる」



 そう言って、フィリップが唇を重ねた。


 優しくて甘いキスだった。

 突然されていた時よりもずっと、ずっと、甘くて溶けてしまいそうだった。







いつもお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)

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