☆6.仮面舞踏会(前)
仮面舞踏会当日。
複数ある騎士団の拠点に詰める。
城下の、貴族の住む屋敷通りの中、他と遜色のない見た目の屋敷は完全に周囲の景色に溶け込んでいる。
ユリウスは馬車に乗り込む。
フィリップの恋人役として出席するため女装。
衣装は青いドレスを支給されたのでそれを。
更にもうひとつ注文があったからその通りに支度をした。
動き出した馬車の中、外の景色をぼんやりと眺める。
日も沈み、家々には明かりが灯っている。
窓に映り込むオレンジ色の明かりは柔らかく、まあるい明かりが映れば花のようだと目を細める。
――そう。普段ならきっとこう思うだけなのに。
その景色と共に映り込む自分の姿を見て、思わず溜息が出る。
(ひょっとしてこれって……嫌がらせ?)
窓に映るのは腰まで伸びる金糸のような髪。
瞳の色は透き通った湖を閉じ込めた碧。
その姿は今まさに悩みの種である女性と同じ、金髪碧眼であった。
(やっぱり、怒ってるんだよね)
窓から目を逸らし、思う。
自分だってちゃんと反省しているのだ。
心配してくれていたのに、あの態度は悪かったと。
そりゃあまだ、謝れてはいないけど。
(でも。これはひどくない?)
仮装なのだからどんな格好でもいいハズなのに。よりによって。
そう思うとムクムクといじけた気持ちが大きくなる。
(……フィーだって、言い過ぎだと思う!)
たしかに馬鹿な事をしたとは思う。
でも、それでも!
怒鳴ることないじゃないか!
(やっぱり先には謝らない! フィーだって悪い!)
頬を膨らませて腕を組んだまま、ボスっと座席にもたれかかった。
しばらくすると馬車が止まった。
まだ不機嫌なユリウスはむくれたまま身なりの確認を始める。
すると、扉がノックされた。
御者が来るには早すぎる。
そう思いながらも返事をすると、カチャリと扉が開けられる。
現れたのは一人の男性。
尻尾のように纏められた長髪。
自信に充ち溢れ、それでいて包容力を感じさせる瞳。
その色は赤銅と翡翠。
「お待ちしておりましたよ、姫」
護衛騎士とは違う騎士服を身につけた男性はニッと笑う。
その声を聞いて驚き、確認のように顔をまじまじと見る。
「……なんで?」
間の抜けた声が出る。
頭のてっぺんから足先までを流すように見て、もう一度彼の顔を見る。
「似合うだろ?」
自分と同じ色を持つフィリップは小さく笑い、何故か自慢げに腕組みをする。
確かによく似合っている。
正装も、騎士服も、民に紛れ込む城下の服すらも。どんな衣装も着こなしてしまう彼はいつでもカッコ良い。たとえその美しい顔の造形を隠すような変装をしていても、にじみ出る貴公子の雰囲気は多くの女性の視線を集める。
でも自分たちは賛辞を言い合うような間柄ではない。
ユリウスはフィリップにほっそりとした視線を向けた。
もちろん無言で。
「なんか言えって!」
「トッテモ、ニアッテマスヨー」
「ほんっと、心がこもってないな!」
そう言いながらフィリップが手を差し出してきた。
「何?」と、首を傾げると、短く「手」と答えが返ってくる。
ああそうかと、ユリウスは今自分が女装している事を思い出し、その手に応える。
握られた手は思っていたよりもずっと大きく、それでいて温かい。
力加減も考えているのか、誤って体制を崩してしまっても、しっかり支えてもらえる安心感があった。
二人並んで会場へと向かう。
あちらこちらから人々が集まって来て、今日も大賑わいを予感させる。
(……こんなに近くで歩くのは久しぶり)
以前は横を向けばすぐ顔があったのに、今は頭一つ分上になっている。
子供のころ、私の方が大きかった。
フィリップは口には出さなかったけど、すぐそばで目線が合うと顔を赤くしてそっぽを向く事があったから、背の小さい事を気にしていたのだと思う。
(……弟分より小さかったらカッコがつかないと思っていたのかな)
背ぐらい良いじゃない。
だって……。
ユリウスは横目でフィリップを見上げた。
キリリとした表情で真っ直ぐに前だけを見る彼とは、もう同じ目線にはならない。
(……ずるい)
どんどん大人になって行くフィリップ。
今日だって、喧嘩をしていた事がなかったように振る舞い、私が意地を張らないで済むようにしている。
なんだか自分からは謝らないとか、ゴチャゴチャ考えていた事が恥ずかしい。
こんな態度をとられると、置いてけぼりを食らったように思ってしまう。
日々、王子として公務にあたるフィリップ。
その頭角はメキメキ現れていると、噂で聞いている。
そんな幼馴染みとの距離がいつしか対等でなくなる事が怖かった。
立場的には守る位置にはいるものの、普段フィリップは兄貴面で自分を心配してくれている。
心配なんてしなくても大丈夫。
ちゃんとやれるから。
それを証明するためでもあった、縁談話。
上手に断ってもらい、ちゃんとやれる事を証明したかった。
隣を歩いているのに彼を少し遠くに感じる。
それが寂しくて、フィリップから遅れないようにしっかり傍を歩く。
会場内に入ると、すでに多くの人で賑わっていた。
元々、格式のあるパーティーとは違い、お遊びである仮面舞踏会は立場を隠して楽しめる場所。
参加者の気分は元より高めだった。
談笑する参加者を通り抜け、フィリップと共に歩く。
彼の歩みに迷いはなく、どんどん会場の奥へと進んでゆく。どうやら行き先は決まっているようだ。
ユリウスは今日、何の為に舞踏会に参加しているのか聞かされていない。
情報収集なのか、その名を借りた遊びなのか。
遊びならミラーにお小言を言われてしまうから自分を指名した理由になる。
逆に仕事なら――……一体、何を狙っているのか。
それらを確認しようと横を向いたら、丁度フィリップが歩みを止めた。
「一曲、踊るか?」
そこは会場の中心に近い人ごみの最前列。
思わず首を振った。
「……なぜ?」
「わかってるでしょ? ダンスは苦手なの」
ユリウスの護衛任務は、お忍びの城下散策が中心。
元より苦手なダンスを踊る機会は一層減り、それが苦手意識に拍車をかけ現在に至る。
騎士の教養としてダンスは存在するが、自分がおこぼれでの及第点と分かっていた。
「俺がリードしてやるから、心配するな」
(げっ……)
リードしてくれようとも嫌なものは嫌だ。
そう思った気持ちがうっかり顔に出してしまったらしい。
フィリップは憮然とした表情で、「あんまりぐずると、鍛練の一環でダンスを入れるぞ」と怖ろしい脅しをかけてきた。ずるい、反則だ。
「さあ、曲が始まる」
フィリップが手を差し出してくる。
拒否権は……ないようだ。
「……一曲だけだよ」
仕方がないので、ユリウスはその手を取る。
情熱的な曲に合わせて二人で舞う。
……と、いうかフィリップに連れ回されていると言うべきか。
本来苦手である上、今踊っているのは女性パート。
おこぼれで男性パートの及第点を頂いている自分が、女性の分まで習得しているはずもない。
「ユウリィ、ダンスの練習はしておいた方がいいぞ」
見かねたのかフィリップが声をかけてきた。
「いつものダンスは踊れてるでしょ?」
なんとなく。という言葉を隠して。
ぎこちなくターンをし、正面を見上げる。
「本来のパートも覚えていた方が……何かと便利だぞ」
(……ああ。今回みたいに護衛する時、ね)
不貞腐れたように思い、そして正直に言う。
「可能なら、女装での護衛は控えたいですね」
「女装……」
フィリップが渋い顔をしたのは見なかった事にする。
ダンスも、刺繍も、ドレスだって苦手。
だから、男装いるのだ。察してほしいと思う。
曲が終わった。
一曲だけと伝えていたので、そそくさと壁際へ向かって歩く。
いわゆる壁の華になる気満々である。
「ちょっと待てよ」
ドレスが崩れない程度に急いで歩いてゆくユリウスにフィリップが近づく。
「一曲だけと申し上げたでしょ?」
他の参加者に聞こえてもいいように、女性の言葉で返す。
「わかったって。でも、今日は俺から離れるなよ」
「……今日の目的は?」
素で言葉を返す。
曲前に聞きそびれた話だ。
フィリップはニッと笑い「今日は恋人同士でいる事に意味がある」と言い放った。
さわやかに恥ずかしい事を言うので思考が停止した。
(なに言ってんの?)
この男は。
一体どこの世界に女装女を連れて……?
(って、あれ?)
いや、いいのか。
男性が女性をつれているから、間違っちゃあいない。
普段の格好なら、ちょいマズイかもしれないが、今の見てくれなら問題はない。
「……で、その意味の後にある成果は?」
「一石三鳥」
あくまでも詳細を教える気はないらしい。
なんとその日は、一曲踊って壁の華よろしくで終わってしまった。
本当にこれで一石三鳥なのか。
とてもじゃないが、いろいろ得る事が出来たようには見えない。
――その思いは当たっていた。
迎えの馬車に乗り、フィリップから一言。
「二日後も、同じようにして参加するぞ」と。
ユリウスは窓辺に映る自分の姿を見て。そして、フィリップに向かって自分を指差す。
この格好でか? という意味で。
彼が無言で頷く。
心なしかニヤニヤしているように見える。
ユリウスは深い溜息をついた。
女装が億劫なのはもちろん。
この姿は、会っていない時も自分を困らせるのか。と。
金髪碧眼の令嬢へは、しばらく仕事の都合で会えないと手紙を出そうと決めた。
今回もお読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)
また、お時間がありましたらよろしくお願いいたします!