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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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15.見守る男

セシル視点です。





 昔、父上と一緒に訪れて以来、足を踏み入れる事のなかったアスタシア城。

 白亜の城に相応しい、豪奢な造りに、細やかな調度品。

 豪華絢爛(ごうかけんらん)な城は、基本、華やかな物が好きな自分としても、やはり気遅れしてしまう……しかし、あの殿下(・・・・)が居る場所だと思うと、くつくつと笑いが込み上げてくるのは不敬だろうか。


 普段は隙もなく、取り入るのが難しいと言われている第二王子フィリップ殿下。


 幼少のころ見かけたその姿は、剣と同じ銀色の髪と寒々しい青の瞳。当時、冷たいと感じるその色をもつ殿下に畏怖(いふ)を覚えていたが、時を経て、話をする機会に恵まれれば、殆ど冷たさを感じる事はなく、威厳(いげん)こそあったが普通の男だった。


 普通に話をし、普通に冗談も通じる。そして、普通にヤキモチをやく。

 それは出会った時、彼女がいたからだろう。


 王城で開催される夜会は今夜で四度目。


 最初は開く意味すら謎だったが、自然な出会い(・・・・・・)を演出する為に開いているのだとしたら、逢瀬(おうせ)も今日で四回目。そろそろ冷やかし時(・・・・・)かと思い、馳せ参じたわけだ。



(命知らずだよなー……俺も)



 それは少し前から思っていたが、あの余裕を絵に描いたような殿下の慌てる様は見ていて楽しい。

 もちろんちょっとした(・・・・・・)イジワルでもあるが、それよりもそういう時の殿下はとても親しみ易いのだ。


 彼女が困っていたら男へのキスも代行してしまうその精神力は強い。

 気を失っていた彼女をお姫様のように抱きかかえるその眼差しは温かくて優しい。

 ずっと想っているくせに、『召し上げない』その心は尊敬する。しかし。



 彼女を大切にしているのは分かるが、見ているこっちとしてはからかいたくてしょうがない。



 そんな事を思いながら辺りを見回すと、ひと際視線を集める場所に気がついた。無論、それが今日の主役である事は間違いないので、セシルはゆったりと歩みを進める。



(さてと、どうやってからかおうかな)



 やはりダンスの相手を頼んで、その間にからかうのがいいだろう。できるだけ、長く踊れる曲がいいな。だとしたら……。

 頭の中でそれに見合う曲を数曲リストアップする。今、演奏されている曲を考えれば、大体どういう雰囲気、長さの曲が来るかは想像がつく。それを見越して誘えばいいのだ。



 人が左右に別れ、道が出来た。



 危うく空気の読めないヤツになりかけたセシルも慌てて脇へと動き、内心では「来たな」と思った。


 このように人が避けるのだから、誰かをエスコートしているに違いない。そして、そうなら連れている女性はもう分かり切っていた。



(今日はどんな格好してるのかな、ユリウス嬢)



 初めて会った時は暗めの茶色の髪に、碧眼。でも、仮装。

 次に会った時は赤銅色の髪に、翡翠色の瞳。でも、男装。

 最後に会ったのは、亜麻色の髪に、紫の瞳。でも、おそらく……変装。


 そもそも彼女の本当の姿はどれなのだろう?


 彼女が女性であるのは間違いないが、毎回会うたびに色が違うのでどれが本当か分からない。


 実はそれが分かるという意味でも、楽しみだったりするのだが、それが殿下にバレれば視線で黙殺されそうなので秘密にしておく。


 内心ではニヤニヤと笑いながらも、表面上は澄ました表情をしセシルは顔を上げる。

――しかし、その表情は一瞬で崩れ去った。



「は?」



 思わず漏れ出た声に周囲の視線を感じ、素知らぬ顔でやり過ごす。ただそれでも、目に映った状況が信じられず、もう一度視線を向ける。



 フィリップ殿下は、ハインツ侯爵の令嬢をエスコートしていた。



 令嬢は嬉しそうに、でも、はにかむ笑顔をあまり晒さないように気をつけながらも、しっかりと殿下の隣を歩いていた。

 その首元にはブルーサファイヤのネックレスが光っており、殿下に好意を寄せている事がわかる。



(なんだよ、あれ。あんな風にしたら……)



 周りがあの令嬢を本命だと思ってしまう。



 セシルは二人を追いかけ、視界に入るようワザと前を横切った。そして、横目で、でもしっかり二人の顔を見る。


 当然ハインツ侯爵の令嬢は驚いた顔だった。

 でも、令嬢に申し訳ないと思う前に殿下の目を見て絶句する。



 余裕を絵に描いたと思っていた、自信に充ち溢れるその瞳はまるで石ころのようだった。



 夜だからとか、照明の加減だとか、そういった意味じゃなくて。


 陰りを含んだ暗い蒼。


 生気の感じられないその瞳は何の感情も見えない。


 こちらが唖然とし立ち尽くしていると、ただそこにあるだけのような、青い瞳がこちらを見る。……が、すぐに視線を逸らされてしまった。


 無性に苛立った。



「……少しだけお時間頂けませんか、殿下」



 エスコートしている女性が居るにもかかわらず、声をかけた。


「あ、あの! どなたか存じませんが今は――」


 あまりにも無礼な働きに令嬢も声を上げたが、それを殿下が制した。

 殿下は令嬢に声をかけ、こちらへと視線を向ける。

 それでもやっぱり、石ころは石ころのままでどう見ても腹立たしい。



 セシルはそのまま庭先へとフィリップを連れて行った。

 途中、好奇の視線に晒されるがそんなモノは知った事ではない。

 自分が聞きたいのは、ただ一つだけ。



「……彼女はどうしたんですか」



 もはや聞かれると分かっていたのか、殿下は表情を変えずに「ユリウスは、いない」と、言った。



「いないって……だって、この夜会は」

「そうだ。……でも、だからこそ、ユリウスはいない」



 「だから、どうしてですか?」と訊ねても、殿下は「ユリウスは居ない」と繰り返す。そんな会話では何を引き出す事も出来ず、先程同様、殿下の目は死んだまま。

 それなのに殿下は「もう行くな」と言い、自分から逃げるように立ち去ろうとする。

 だから、思わず言ってやった。



「……それなら、俺がもらってもいいですね?」



 殿下が振り返った。

 何かを耐えるように拳を握ったかと思うと、整った顔立ちが歪む。

 口元はキュッと引き結ばれ、石ころのような青い瞳には強い光が宿り、こちらを睨みつけた。



 誰にも、渡さない――――。



 独占欲にまみれたその瞳は美しい物ではないのだろうが、セシルはその力強さを見て安堵する。



「……そんな顔するぐらい、求めてるくせに」



 そう言ったら、瞳の色がスッと落ち着きバツが悪いのか顔を逸らした。

 その顔が少し怒ったような、照れたような、そういう表情をするものだから、思わず笑ってしまう。



 俺はフィリップ殿下を気に入っている。



 何時も余裕を(たた)えた王子が、こんなに人間くさいのだと知っているから。



「……じゃあ、そうしてください」



 瞳で訴えられた事に返事をし、今度は自分が庭を後にした。


 本当はどうしてこんな事になったか聞く方がよかったのかもしれない。

 しかし、そうしないのは殿下の為であり、自分の為でもある。


「あーでも」


 手伝えば、一生からかえるネタを手に入れられたのかもしれないな。


 こんな風にライバル(・・・・)に塩を送る自分に苦笑する。


 横恋慕は好きじゃない。


 もちろんそれはウソじゃないけれど、おせっかいも程々にしておかないと。

 ……なんてそんなのは建前で。


 初恋の相手(・・・・・)を奪われてしまう決定的な事に手を出せない。


 ただ、それだけ。

 でもそれも、本当は意味がない事を知っている。


 セシルはそんな情けない自分を笑い飛ばす。



 初めて会ったあの時、心を奪われた。


 しかし、男だと思って落胆し、やっぱり女性だと分かって嬉しかった。

 でも、それも束の間。

 俺が出会うよりも、ずっと前から彼女の隣には殿下が居た。

 その時の関係がどういったものかは分からないけれど、今を見ればもう十分。


 セシルは彼女(・・)を奪われても、あんな顔はしない――むしろ、出来ない。

 淡い恋が強く求める愛に変わっていない自分は、同じ土俵で勝負する必要も資格もないのだ。



(……だから、たっぷりからかわせてもらいますよ、殿下)



 暗がりでニヤニヤしながら、セシルは城内へと戻っていった。






いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!(*^_^*)


本日(12/14)の活動報告に小話(十五話のその後)を載せております。

お暇がありましたら、見に来て下さるとうれしいです(*^_^*)

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