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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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8.立ち塞がる壁






 今日は雨。

 薄雲が絨毯(じゅうたん)のように空一面に敷かれ、目に見えない細かい雨粒が城下全体に降り注ぐ。

 外は暗く、時間帯も分かりにくい。

 空を見上げても太陽は見えず、少し前の秋晴れはウソのよう。


 恐らく外は寒いのだろう。


 そう思うと、庭の草木が雨粒を弾くたびに、寒くて震えているように見えた。

 

  

「……なんで、あっさり出来ちゃうかな」



 ぽつりと呟いたユリウスの前には一通の封書が置かれていた。 




 エリザとの勝負に負けた。


 それはフィリップの騎士を賭けた大事な勝負だったのに。

 主な敗因は「ミーディア草」。

 あの香りを知らないうちに嗅いでいたから、身体の反応が落ち、負けた。


 しかし、文句は言っても、反則だとエリザを(なじ)る気にはならなかった。



 気圧(けお)されるような威圧感と、熱気を含んだ気配。そして、強い光を放つ瞳。



 一瞬それらに呑まれたのは事実で、逆に自身の気迫で相手を呑めなかったのも事実。

 仮に、勝負を反則だと認めさせても、気迫の段階で自分は負けていた。



(こんなんじゃ、フィリップを守れない)

 


 エリザとの技量の差は、まだ自分に分がある。

 しかしそれ以前に、こんな醜態を晒しているようではとてもフィリップを守れる気がしなかった。


 こんな自分では足手まといだ。

 もっと、もっと強くならなくては。



(……でも、もしこれ以上強くなれなかったら?)



 剣を取ったら私には何が残る?


 ユリウスの瞳が揺れた。

 溢れそうになるのは不甲斐ない気持ちなのか、それとも……。


 男爵令嬢としての(たしな)みから逃げ、男装騎士として腕を磨いた。

 そんな自分から、騎士である事を取り上げられたら。


 それ以上先を考える恐怖にユリウスは首を振る。



 こんな事を考えるのはよそう。



 後ろ向きな考えは、自分らしくない。

 そう、こんな気持ちになるのは、今日の天気のせいだ。

 きっと。きっとそうに決まってる……。



                       ・

                       ・        

                       ・



 一日に一回。

 ユリウスはエリザに勝負を挑んでいた。

 理由は単純で「勝ったら護衛騎士を交代してくれる」と言ったからだ。


 本来ならそんな口約束だけで交代できる役職ではないのだが、先日易々と交代してみせたエリザが言うのだから本当なんだろう。


 ユリウスはひとまずその口約束を信じ、すぐに勝負を挑んだ。

 しかし、結果は敗北。

 理由は勝負前に飲んだ紅茶の中に眠りを引き起こす茶葉を混ぜられていたからだ。



「実戦では予期せぬ事が起きるもの。って言ったじゃない」



 エリザはそう言い残して自室に引き揚げた。

 前回同様ミーディア草に足元をすくわれるなんて我ながら情けない。

 しかし、妹のお茶に何の躊躇(ためら)いもなく薬を盛るなんて……と、姉の行動に溜息が出た。



 次の日。エリザにはお茶を入れてもらわず、また勝負を挑んだ。

 エリザは「いいわよ」と、快く返事をしながら訓練用の木剣を渡してくれた。


 本来の技量から考えれば、自分が負ける事はない。

 初戦も前回もミーディア草のせいで動きが悪かっただけ。

 そう言い聞かせて挑んだのにも関わらず、またしても……。



「勝負前に武器の確認を怠るなんて、戦いに出たら死ぬわよユリウス」



 その言葉を浴びせられた時には、自身の木剣は柄しか残っていなかった。


 エリザの言う事は正しい。

 たとえこれが姉の仕業だとしても、それと勝負とは関係ない。負けは負けなのだ。

 ……が、しかし、練習戦でここまでするか?

 我が姉ながら勝利への執着はすごい。



 さらに翌日。

 お茶も飲まず、手渡された武器も確認した。今度こそ。


 負けるはずないと思って挑んだ勝負。

 最初は当然ながら優勢、その事実に安堵した。

 反応が鈍っていた初戦と違い、エリザの太刀筋がちゃんと見える。剣が当たっても、破損の心配はない。全力でいける。


 ユリウスは手ごたえを感じ、すぐに勝負をつけよう考える。しかし、一瞬躊躇った。



 本当に今日は何もないのか? と。



 エリザが片手をポケットに入れた。

 その様子を横目で確認したユリウスは、次の瞬間その手から何かが放たれるのを見た。


 黒くて、小さくて、なんか、動い……た?



「い、いやぁぁぁぁぁぁっ!!!」



 この三つのキーワードで、ユリウスは反射的に悲鳴を上げた。

 実際のところ一瞬しか見えておらず、その正体は分からないが全力で退避する。



「……敵前逃亡。あんたの負けよ、ユリウス」



 エリザはそう言うと、先程ポケットから取り出した黒い物体を拾い上げる。

 黒くて、小さい、何かは、ぶらぶらと左右に揺れていたが、やがてその動きは止まった。



「お、おもちゃ……?」

「そ、あんたは視野が広いから絶対反応すると思った」



 余裕を逆手に取られた作戦。

 今回も勝負は負け……しかし、もう、限界だった。



「姉上! 真剣にやってよ!!」

「……心外だわ。私はいつも本気よ」

「じゃあ、なんで小細工ばっかり!!」

「だって、小細工しないとユリウスに勝てないもの」



 あっさりと技量の差を認めるエリザに言葉を失った。


「だったら、なんでこんな条件……」

「だってユリウスにも挽回のチャンスはほしいでしょ?」

「そうだけど!!」

「でも、『弱い』ユリウスには、この場所は返せない。だから、私は負けない」

「『弱い』って……さっきは、私に勝てないっていったじゃない」

「でも、現に私は勝ってるでしょ」

「それは……」


 エリザの言葉に反論できずにいると、「ねえ、ユリウス」と声をかけられる。



「あんたの殿下を守りたいって気持ちはそんなもんなの? 私が小細工したら負けてしまうほど、『弱い』ものなの?」



 そう問うエリザに大声で違うと言いたいのに、自分の口から出たのは弱々しい声だった。


「じゃあなんで、眠気が襲ったぐらいで私に負けるの? 剣が折れたぐらいで負けを認めるの? 苦手な物が出てきたら逃げるの?」

「だって、それは……」

「『だって』なんて聞きたくない。勝つ方法なんていくらでもある。なのに、あんたはそれを実行しなかっただけ」


 反論の言葉も全て封じられて、ユリウスはたじろぐ。


 敗因なんて分かってる。


 でも、それを自分ではどうする事も出来なくて、苦しくて、苦しくてどうしようもない。


 そんな自分をエリザの強い瞳が射抜く。



「私は、負けない。ユリウスが『弱い』間は絶対に」






いつもありがとうございます!(*^_^*)


ここ数日、短いお話ばかりなので今日は(12/8)もう一話投稿しようかと思っています。

手直し出来次第、投稿しますので、またお暇がありましたらよろしくお願いいたします<(_ _)>ペコリ

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