☆5.喧嘩と過去と
憂鬱なまま城へと向かい、いつもの部屋へと詰める。
簡素な部屋ではあるが、手入れの行き届いている仕事部屋。
普段、ここへ来ると楽しい気持ちになるのだが、今日は花瓶に生けられた花を見てグッタリした。
花瓶には一輪の薔薇。
美しさを誇るその姿はピンク。
よりによってである。
ユリウスは昨日の一件ですっかり疲弊していた。
『うまく断ってもらって』と、思っていたが、結局出たとこ勝負。
途中で閃いた策を弄するも、自分の馬鹿さ加減を再認識しただけで。
そして結果はこれだ。目も当てられない。
(やっぱりフィーに相談しとけばよかった……)
今さらながら、そう思った。
折角『大丈夫か』と、聞いてくれたのに。
でも、心配をかけたくなかったのは本心で。
だから自分でなんとかしたかった。
壁向こうから決められたリズム、回数のノックが聞こえた。
慌てて壁に近づき、返事をする。
気落ちしている事を悟られないように、声の調子に気をつけた。
「――前置きはなしだ、ユウリィ」
怒っているような声にギクリとする。
フィリップの声はいつもより低くて重い。
瞬間的に縁談の話だろうと思った。
(絶対、怒られる……)
これからの展開がある程度読めたユリウスはギュッと目を瞑る。
逃げ出したかった。
兄貴面されてガミガミ怒られるんだと思うと、それだけでげっそりする。
別件でありますように。と心底願いながら返事をした。
「おまえ、縁談断らなかったんだってな」
「ああ、その事」
願い届かず。
でも予想通りだったので、間髪入れずに言葉を返す。
「……なんで、断らなかったんだ」
フィリップがイライラしているのがわかった。
予想通り……だけど、なんでこんなに不機嫌なの?
『弟分がバカな事をした』ただ、それだけじゃないか。
そもそもこの件でフィリップに迷惑をかけた?
いいや、かけていない。
今日だってちゃんと登城している。
からかうならまだしも、どうしてこんな風にイライラをぶつけられないといけないんだ!
だんだん腹が立ってきた。
それでなくても昨日の縁談でロクに休みも取れなかったのに、仕事の時まで関係のないこと言われたくはない。
「……断る必要がなかったから」
気づけば、喧嘩腰にそんな事を言っていた。
フィリップからは「はぁ?」と、馬鹿にした様な声が上がり、ますますカチンと来た。
だから言ってやった。後先なんか考えずに、他人行儀に。貴方には関係ないでしょと、その意味を込めて。
「――ノア嬢はとても苦労されている女性です。それを自分だったら解消して差し上げる事が……」
「ばかか! おまえ!」
最後まで聞かず怒鳴りつけてくるフィリップに怒りがこみ上げた。
こっちが困っている事を知ってるくせに、己の言い分ばかりを言い連ねる幼馴染みに。
「おまえ、そんな事言ったって相手は女性だぞ! それを……!」
「わかっている」
「いや、わかってない!!」
声を張り上げるフィリップに対して、ブチンと何かが切れた。
「分かっているって言ってるだろ! フィリップ!!」
怒鳴った後、フィリップが言い淀んだのをいい事に、「話しはそれだけ?」と、畳み掛けた。
返事がなかったので、矢継ぎ早に退城の許可を申し出る。
フィリップの「……許可する」と、いう言葉を殆ど待たずに部屋を後にした。
怒りと、自己嫌悪で真っ赤になった顔は誰にも見られないように、下を向いて歩いた。
ユリウスは意地になっていた。
いつもの通り城に詰めるもの、フィリップと会話をする事は無く。仲間のミラーから伝達を受ける日々。丁度いい。私は怒っているのだ。
意図的に接触を絶ってきた事で彼が怒っているのだと知れたが、とても謝る気にはならない。
しかしそんな日が続くと、意地になっていた心は少しずつほぐれてゆき、同時に自分の悪い所も見えてくる。
――押し切られたと言え、やはり断るべきだった。
――あんな風に怒ったのは、私を心配してくれているから。
なのに、私は――……。
依然としてフィリップは接触してこない。
それほどまでに怒っているのだと思うと、早く謝らなくてはと気は焦る。
ごめん。ごめんなさい。フィー。
言いすぎだったね、本当にごめん。
ただ、そうは思ってもうまく出来ないのが現実。
数日前、ようやくフィリップと会話をした。
いつもの軽口はなく、ただひたすら仕事の話。
こちらとしても言葉を返すだけで、業務外の話をする事を憚られた。
そして気づけば時間ばかりが過ぎ、二週間が経っていた。
先日、ノアから手紙が届いた。
お茶か、買い物などいかがでしょうか? と。
日にちはいつでもいいと書かれていた事に少し驚いた。
初日の強引さから考えると控え目な申し出。
あまり返事を遅らせる訳にもいかず、今後の予定を確認し返事を書こうと思っていた。
「お呼びですか? フィリップ殿下」
いつも通りに聞こえるよう、平静を装い壁向こうに答えた。
「ああ、ユウリィ。今日は頼み事があってな」
久しぶりに愛称で呼ばれて、驚いたと共にくすぐったい気持ちになる。
ユリウスはそれを表には出さず「なんでしょう」と平静を装う。
やっと仲直りが出来ると。心が浮足立っている事を知られるのは恥ずかしい。
「明日の夜、仮面舞踏会がある。――同行してくれ」
さも当然のように、続いた言葉に目を見開く。
秘密裏に護衛するなら、同行という言葉は使わない。
(仮面、舞踏会……)
それは貴族だけの催し物だった舞踏会を民にも楽しんでもらおうと、身分全てを取っ払ったパーティー。またの名を仮装舞踏会という。
本当の意味で参加したのは過去に一度だけ。
もう五年も前の事で、その時は幼馴染みの強行について行った、という感じだった。
嫌がる私を無茶ぶりで参加させたフィリップ。
それに腹を立て、彼がまだ自分の性別を知らない事をいいことに、女装して参加した。
夜会に不慣れな彼を遠くで観察し、後日からかってやろうと思って。
しかし結果だけいうと、フィリップに見つかってしまった。
そういえばこの時も自分に振りかかる火の粉に対して無策だった。
仮面舞踏会といい、縁談といい、成長が見られない自分に溜息が出る。
そんな過去の失態を思い出し返事を躊躇ったが、立場的に答えは一つ。
「……承知いたしました」
返事をしただけなのに緊張した。
やっぱり仲直りしていないからだと思う。
(早く、謝らなきゃ)
フィリップと直接会うならば避けては通れない。
なら、いつ謝ろうか。
「……当日は恋人役として連れていくから。そのつもりで」
あれこれ考えていた事が、一気に飛んだ。
(恋人役?)
なんで?
どうして??
折角男装で護衛しているのに、わざわざ女装して護衛する利点が無い。
そもそもドレスで戦った事なんてないし、そんな格好ではフィリップを守れる自信がなかった。
「別の方をお連れになった方が……」
どう考えても、女性騎士を連れていくべき。そう思った。
彼女達はドレスでの戦闘訓練もあったはず。
その方がフィリップを守れるじゃないか。
「いや。お前を連れていく」
予想に反して彼は譲らなかった。
「どうして?」と、食い下がろうかとも思ったが、最終的に決定するのはフィリップ。
理由こそ分からないが、ここまで言う以上これは命令と取るべきなんだろう。
でも。
「どうしても。ですか?」
可能ならやはり、別の人を連れるべき。そう思って確認するも、フィリップからは「ああ」と肯定する返事。その声にバツが悪そうな雰囲気を感じたが、こちらも理由が分からない。
ユリウスはこれ以上訊ねる事は出来ず、承諾の意を返した。
今回もお読みいただきましてありがとうございました!(*^_^*)