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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
三章:男装令嬢と「熱風と臆病風の吹く秋」
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4.鈍感令嬢と勘違い王子

ユリウス → フィリップ と視点変更あります。





 フィリップの怪我は応急処置の段階で骨などは折れていないと言われた。

 ただ念のため王城の医師に診てもらった方がいいだろう。


「ちゃんと診てもらってね?」

「ああ。わかってる」


 素直に返事をしたフィリップを信用して、ユリウスは医務室についていかなかった。


 

 怪我をして数日後。

 フィリップはまた「紅茶が飲みたい」と言って部屋にやって来た。

 そろそろ本当にこちらへ来る事を止めさせないと。そう思いながら、紅茶を準備する。


 フィリップが好きなのは偶然自分と同じ茶葉だった。

 お湯を注いだ時にふわりと香るささやかな甘さがお気に入りとの事。

 この茶葉は甘いお菓子に合うと思っていたけれど、どうやらフィリップのような甘いものが大して好きではない人もいけるようだ。


 それに加えてこれはセクト家領地内にて採れる物なので、気に入ってもらえるのは嬉しい。だから先日「分けてあげようか?」と提案したら、「いつか、な?」と、意味の分からない断られ方をした。

 持って帰れば、わざわざここまで来なくても飲めるのに。

 そう思ったが、直接顔を見て話すのもこの部屋に来るのを止めさせるまでなので、まあいいかとも思った。



「収穫祭まで後二週間だな」

「そうだね。楽しみ~」

「今年は祝い年だから屋台も、花火も例年より多いからな」

「祝い年。そっか、フィーは二十歳になるんだね」



 収穫祭の祝い年というのは王子である、アルフレッド殿下とフィリップの数えで計算した十年毎の誕生日の事を言う。

 アルフレッド殿下は今年で二十二歳なので、祝い年は二年ぶりとなる。



「今年の祝い年が終わっちゃうと次までは八年もあるんだね」

「まあ一応そうなるか」

「あ、でもフィーが結婚したらその年も祝い年になるね」

「…………そう、だな」

「四年前の結婚祝い年は豪華だったもんね~」

「当然だ。兄上はアスタシアの次期国王だからな」

「フィーの時も楽しみだね」



 そんな世間話をしながら、紅茶の用意を進める。

 時折、自分の髪が視界を(かす)めるので、なんだか屋敷にいる時のように感じた。


 ユリウスは今、髪を束ねてはいなかった。


 理由は寒いから。

 本当はそんな理由で中途半端な男装をするわけにもいかないけど、フリップが「ここは寒いだろ、だから髪を降ろしていればいい」と、言ってくれたでお言葉に甘えていた。

 なので、今はサイドの髪を軽く結わえて首には髪が残るようにしている。

 首元に残る自前の髪は冷気を(さえぎ)ってくれるのでありがたい。


 ようやく準備ができ、温めたカップなどをトレイに乗せて振り返ろうとしたら、何故かフィリップが傍まで来ていた。



「危ないよ? フィー」

「…………あ、ああ」



 苦笑いのようなヘンな反応を示したフィリップに首を傾げつつ、休憩用のソファーへと(うなが)す。

 ソファーの前にはテーブルがあるので、そこへカップとポットを置く。



「なあ……ユウリィ」


 フィリップが話しかけて来たので、手元から視線を上げると「ユウリィは……結婚を考えている相手、とか……居たりするのか?」と、いきなり聞いてきた。


 ……正直愚問だと思う。


 「男装しているのに、そんな人いるわけないじゃない」と答えたら、「そっか」と、なにやらホッとしたように言われた。


 なにこのやり取り?

 弟分に先を越されたくないとか思った?

 そもそも行き遅れ決定気味の自分にそんな事聞くなんて、失礼だと思うのは私だけ?

 そんな心配しなくても、私がフィリップより先に結婚する事はないと思うけど。


 ちょっと不機嫌な顔をしていたら、フィリップが「あ、いや。何でもないんだ」と言って、ソファーに手をつき座りなおそうとした。


 ……と、そこで、気付いてしまった。

 不意に使われた手が、何か(・・)に反応した事に。



「ねえ、フィー…………」



 声をかけ、フィリップの座っているソファーに近づいた。

 するとフィリップは驚いた様に目を見開いて、そして、身を引くように動いた。しかし彼は、すでにソファーの奥に座っている状態なので、自分から逃げる事はできない。


(フィーの言葉を信じた私がバカだった)


 身を引くという事は見られたくない(・・・・・・・)のだ。

 ユリウスはフィリップのシャツに手をのばし、そしてボタンを(つか)む。


「お、おい! ユウリィ!! やめ……」

「やめない」


 ボタンをいくつか外した後、そのままシャツを掴み下へ動かす。

 ずるりと肩から降ろしたシャツは無視して、そのまま肩を見る。


「……やっぱり」

「な、なんだよ……」

「『なんだよ』じゃないよ! ちゃんと治療しろって言ったじゃない!」


 フィリップの肩には皺くちゃになった湿布が貼られていた。

 恐らく自分で貼り替えているのだろう。湿布は()がれかけているし、そもそもうまく打撲の跡に貼れていない。


「どうして医務室に行かないの」

「……たいした、怪我じゃない」

「そういう問題じゃないよ」


 全く、どうして言う事聞かないかな。

 ユリウスはフィリップから離れ、壁際の備え付けられている棚を開ける。

 書類や小物など仕事に使う物を横目に、木製の小箱を取り出す。そして、またソファーへと戻った。



「貼り直すから早く脱いで」

「い、いや、大丈夫だ」

「ウソ」




 まるで駄々っ子のように首を振るので、よれよれの湿布の上から患部をつついてやった。


「~~~~っっ!!」

「ほら、やせ我慢」


 それでもフィリップは服を脱ごうとしないので、「じゃあ勝手に脱がすよ」と、言ったら「自分で……」と、やっと観念した。



「全く……こんな事なら引きずってでも医務室に連れて行けばよかった」

「……俺は子供じゃない」

「子供と一緒だよ。ちゃんと医務室に行かないんだから」



 やっとシャツを脱いでくれたので、背中を見せるように(うなが)す。

 フィリップも無駄な抵抗を諦めてくれたようで、大人しく背中を向けた。


 おっきくてたくましい背中だった。

 筋肉隆々ではないけれど、ぶよぶよとかでもなく。

 細いながらも必要なところにはしっかり筋肉がついており、頼りがいのある、背中。

 この背中に守られたおかげで自分は無事だった。

 でも、本来それは自分の役目で。



「湿布、取るよ」

「ああ」



 ユリウスはゆっくり痛くないように湿布を剥がす。

 まだ熱を持っているのか患部は赤く、少し腫れぼったい。

 周囲の肌とは完全に違う様子は見ているだけで痛々しくて。

 本来負う必要のない怪我をさせてしまい、本当に申し訳なかった。



「……ごめんね、フィー」



 声をかけ、そっと患部に触れる。

 やっぱり見た目通り熱を持っており、少しでも冷やしてあげたいと思った。


「……ユウリィの手、冷たくて気持ちいいな」

「そ? じゃあ、しばらく冷やしてあげるよ」

「ん……ありがとう」


 早く良くなります様に。

 そう思って手を患部にあて、ゆっくりと熱が冷めるのを待った。




                   *  *  *




 ビックリした。

 急にユリウスが迫って来て、シャツのボタンなんか外すから。

 場違いな緊張をして、何かを期待してた。


 でも頭の冷静な部分でユリウスが何をするつもりか分かっていて。

 しかし、冷静じゃない、おめでたい頭でいかがわしい事を想像しそうになるのは仕方ないと思う。


 直前に結婚の話をしていたせいかもしれない。

 ユリウスにそういった相手がいない事を再確認して、安心した。

 でも祝い年を楽しみにしているようなので、八年後よりは早い段階で祝い年を作ってやりたいと思う。

 もちろん相手は。


 意識を顔の見えない彼女へと向ける。

 背中に触れるひんやりとした手が心地よかった。


 ユリウスは怪我を心配してくれている。

 大した事ない。

 そう言ったが、少し痛かったりもする。

 でも、こんな風に手当てしてもらえるなら、また怪我してもいかもしれないと考えてしまう。


(バカだな……俺)


 あまりのおめでたさに自分で(あき)れた。

 また怪我なんてしたら、ユリウスが責任を感じるだろ。

 そんな思いをさせたいわけじゃないんだから、怪我なんてしない方が良いに決まっている。


 ユリウスが背中から手を離した。

 そして「湿布貼るよ」と一声かけてくれて、その後、てきぱきと包帯を巻いてゆく。

 シャツから覗かない様に。でも、湿布がはがれない様、上手に巻いていく。



「……包帯巻くのうまいな」



 思ったままを伝えると、ユリウスが「ん? そう?」と、満更でもない様な声色で返事をしてきた。



「ああ、こなれてる感じがする」



 そう自分で言って、まさか鍛練などで怪我しているのではと心配になった。



「ユウリィ、あんまり無茶するなよ」

「? 無茶なんてしてないよ」



 ユリウスが素知らぬ顔で誤魔化そうとするから「包帯巻くのがこなれてるなんて、怪我が多い証拠だろ?」と、状況証拠を突き付けてみる。

 すると、ユリウスの手が止まった。


 ほら見ろ。

 俺にウソをつくなんて百年早い。


 ユリウスは止まっていた手をまた動かし始め「怪我……じゃない」と、苦し紛れに言い訳をする。



「じゃあ、なんでこんなに包帯巻くのうまいんだ? 説明してみろよ」



 言い訳をするユリウスを更に追い詰める。

 怪我なんてするな。避けられるなら、全部避けろ。

 鍛練で怪我しているなら、相手は誰だ。

 ユリウスに……怪我をさせる奴は許さない。



 いきなり頬をつねられた。

 突然の理不尽に振り向くと、見上げたユリウスの顔は何故か少し赤くて。そんな顔色のまま「バカ」って言ってきた。

 その仕草が可愛くて、なんだか甘い気持ちになって。

 顔に触れる手を優しく握った。



「バカはユウリィだ。怪我なんかして、(あと)が残ったらどうするんだ」

「……だから、怪我じゃないって」



 どうしてそんなウソを吐くんだ。

 俺に隠し事する必要なんてないじゃないか。

 お前を心配して……何が悪い。


 隠し事をするユリウスを恨めしい目で見つめると、彼女は深く溜息をつき、そして、何故か制服のボタンに手をかける。


 ドキリと心臓が跳ねた。



「い、いやその、傷を見せろって言ってるわけじゃ……」



 そう言いながらもその姿から目が離せない。

 ユリウスの細い指が動く度に、ボタンが一つ、また一つと外されていき。

 そして、彼女は胸元のシャツを広げた。



「…………あ」



 ユリウスは「わかった?」と言い、すぐにシャツを直しボタンを止めた。

 その姿を見て問い詰めた自分を殴りたくなる。

 

 彼女の胸元はしっかり包帯が巻きついていた。苦しくないのかなと思うぐらい、ぎゅうぎゅうに。



「フィーは過保護過ぎるよ。そんなに心配しなくても私は大丈夫」



 少し恥ずかしそうに言うユリウスは自分を心配させない為にこんな。


(ユウリィにこんな事させるなんて、何やってんだ俺……)


 自分の間抜けさに眩暈(めまい)すら覚えて、危うくシャツも着ないまま部屋を後にしそうになり。

 今日はユリウスの前で恥を(さら)した事に(ひど)く落ち込む一日となった。






補足 : フィリップの歳について。

数えで二十歳 → 生まれた年を一歳として数えるので、通常イメージする歳より一歳上になります。(だから、十九歳と思っていただければ!)


お読みいただきましてありがとうございました!!

また、お時間がありましたらよろしくお願いいたします(*^_^*)

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