3.城外任務
天気は良好。
べたつく様な夏の風はいつの間にかなくなり、薄くのびた雲間からの陽射しは心地よい暖かさ。
街を歩けば収穫されたばかりの野菜や果物を売る店が軒を連ね、歩くたびにふわりと漂う香りが食欲をそそる。
本日は絶好の城外任務日和。
しかし、その幸運を手にしているユリウスは何故か難しい顔をしていた。
実際に困っているわけではなく、もちろん怒っているわけでもない。例えるなら、赤と認めたくない事実を無理やり認めさせられているような感覚で。
(何かがおかしい)
そう思って、歩いていた。
「あのさ、私思うんだけど……」
「ん?」
「なんでこの格好?」
ユリウスは自分の服を指差し、隣にいるフィリップに訊ねた。
夏も終わり、少し肌寒くなった秋。
暖色系の色が好まれる季節に合う、明るさを押さえた橙色のワンピースに濃い藍色のカーディガン。
生地も夏用に比べて厚みがあり、これなら少しぐらい風が出てきても耐えられそうな服装。
……ただ、問題はそこにはなくて。
「たまにはいいだろう? こうやって散歩するのも?」
「全っ然、たまにじゃないよ……」
最近のフィリップは何かおかしい。
以前気がかりがあるようで元気がなかった時もあったが、でもあの日以来冷静さと余裕を取り戻していた。それはもちろん良い事なのだが、それとは別に、今までとは違う行動も取るようになっていたのだ。
まずは仕事の指示をする時の事。
もともと王城で話をする場合、壁越しに行うのが通例なのだが、何かにつけてよく部屋に来るようになった。
最初は書類や支給品を持参したりしていたのだが、ここ数日は紅茶が飲みたいと言ってやってくる始末。
護衛対象を密かに守る仮面騎士としては過度の接触を控えるべきなのだが。
「やっぱりお前が淹れる紅茶はうまいな」
と、自分の領地で採れた紅茶を褒められれば、もう来るなとも言えない。
二つ目は自分を夜会に連れ回すようになった事。
正直迷惑である。
あれほど嫌だと言っておいたのに、最近はそれを忘れたのか普通に夜会に誘ってくる。
しかし不服を唱えると、「経費」と呟かれ、それでも断ろうとすると「初心な俺の為に女性の代わりもできるって言ったのは誰だっけ?」と、それを言われてしまえば、もう次の言葉は出ない。
フィリップの護衛騎士内では女性役をできる人が殆どいない。
理由は彼が婚前の王子なので、女性騎士を傍におけないからだ。
それに加えて、フィリップは女装男を連れるのは嫌だというので、そうなれば一応女性である自分しかパートナー役はできない。
自分だけが出来る事。それが消去法の結果であるのは寂しかった。
もっと実力で自分に頼って欲しい。だから、しっかりフィリップを守りたい。それのに。
三つ目は、この思いをジャマする困った事。
フィリップは最近、今日のような城外任務でも女装指示をするようになった。
今まで夜会などの任務を最小限にしてもらっていた為、女性の姿を人前で晒す事は少なかった。
それがこの初夏の仮面舞踏会を皮切りに徐々に増えて来て、そして先日ドレス代を経費で落としてしまった事により、さらにその機会が増えるという事態に。
夜会のパートナーとして参加する時は仕方がないとしても、城外任務まで女装する必要は正直ない。
こちらとしても通常男装で鍛錬を積んでいる為、当然男装の方が戦い易いのだから。
最近は大きな騒動や事件もなく穏やかな日々が続いている。
季節の初めに妖精の魔法やらわんこを使った詐欺事件などがあったから後半はヒマなのかもしれない。
それはそれでよいと思う反面、自分の力を示す機会がない事を少し残念に思う。
もちろん、これが不謹慎である事は重々承知の上で。
(もっと私を頼ってよ)
弟分だといって心配され、守られるだけなんて嫌だ。
護衛として頼れる騎士でいたい。
相談役としてなんでも話してもらえる親友でいたい。
消去法だとしても、不安な時は胸を貸してあげられる自分でいたい。
この場所は私の場所だと胸を張って言える様に、お前が居ないとダメだと思われるぐらいの片腕でいたいのだ。だから、もっと、もっと……
「どうしたユウリィ?」
突然話しかけられて、肩が飛びあがった。
「え? ……っと。いやー最近、平和だなーって」
「いいじゃないか。平和で」
そう言ってフィリップは微笑んだ。
一体何が楽しいのか分からないが、フィリップは上機嫌のようだ。
それはいいことだと素直に思う。
「ユウリィ、あの店で昼飯を食おう」
しばらく視察をした後。
フィリップが指差したのは、おしゃれなカフェだった。
一面の白い壁に、花をモチーフにした可愛らしい窓。屋根を見上げればお伽噺に出てくるようなこじんまりした煙突もあって、なんだか心が躍る。
店内への入り口は秋の花で彩られており、その中にチョコレート色の看板があった。
「……あの店、並ぶと思う」
「いいんじゃないか」
「本気?」
聞き返したのは、この店が話題になっているパティスリーだと気がついたから。
たしかにここのデザートは美味しいし、カフェスペースもあると聞いた時には、是非行きたいと思っていた。
しかし、今日は休暇ではない。
自分は城下の散策をしているフィリップの護衛なのだ。
食事はパパッと済ませる方が良いだろう。
そんな事を考えながら「それよりか、立ち食いそばとかの方が早く食べられるよ」と、提案すると、何故かフィリップは無言だった。しかも、さっきまでの上機嫌はなりを潜め、不服そうにこちらを見ている。
「な、なに?」
「……お前、そばが食いたいのか?」
「へ? 私は早く食べられるものなら何でも」
また、無言になった。
(なになに!? この威圧感!?)
フィリップがなぜ食事に拘るのか分からない。
まさか、おしゃれなカフェで食事がしたいとでも言うのだろうか?
「…………」
「…………」
(ひょっとして、本当に?)
ユリウスは改めてカフェを見る。
案の定、店の前には列ができており、その大半はカップルだった。
たしかに男同士、ましてや男一人で入るには勇気がいる。
「ひょっとして、フィーが入りたい?」
フィリップは答えなかった。
沈黙は肯定。
そう認識したユリウスはニッと笑う。
「それなら早く言ってくれればいいのに」
そう言いながら早足で列の最後尾につける。
図らずともこのカフェで食事ができるなんてラッキーだ。
デザートは何にしよう?
すでに頭の中を色鮮やかなスイーツ達で満たしつつ、後ろを振り返るとフィリップはまだ不機嫌な顔をしていた。
「なに怒ってるの? お腹がすいてイライラしてる?」
「たしかに腹は減っている」
「じゃあ、立ち食いにする?」
「…………おまえなあ」
呆れ顔を浮かべながら何かを言おうとしたフィリップに「おまたせしておりまーす」と、声がかけられた。
ふわりと甘い香りをさせながらトレイを差し出してきたのはエプロン姿が可愛い女の子。
「こちら、サービス品となっております! どうぞお召し上がりくださいませ!」
差し出されたのは、小ぶりのシュークリーム。
香ばしい生地の香りとクリームの甘い香りが空腹を刺激する。
なんて嬉しいサービス!
ユリウスは喜んでシュークリームを受け取り、パクリと食べる。
甘くてなめらかなクリームに、サックサクのシュー生地はクッキーのよう。
あ、でもしっとりしたシュー生地も好きだけど。
「こっちも食べるか?」
「え? いいのー?」
調子に乗って返事をすると、フィリップがシュークリームを差し出してくる。
ユリウスは口元に近づけられたシュークリームを受け取ろうと手を伸ばす。が、しかし、何故かフィリップの手はスッと動かされてしまう。
……くれるんじゃないの?
そう思ってフィリップを見ると彼はニヤニヤ笑いながら、またシュークリームを口元に近づけて来る。
その行動からは手渡しする気がまるで感じられず、ユリウスはからかわれていると気がついた。
手渡ししてくれないなら、このまま食べるしかない。
でも、フィリップはこの状態で私が食べられないって思ってる。
それは、手の甲にキスと同じように。
あの時は仕掛けた側で、予期せぬ事態にビックリしたけど……今回はその逆。
ユリウスはニヤリと笑う。
「じゃあ、遠慮なく」
その言葉どおり、全く遠慮せずフィリップの手からシュークリームを食べてやった。
落とすといけないので少しだけ指を食べてしまったが、それは仕方ない事だろう。
もぐもぐとシュークリームを味わいながらフィリップを見たら、思った通り顔を真っ赤に染めて黙りこんでしまった。
(ふふふ……初心なくせに、からかおうなんて甘いもんね)
勝ち誇った笑みを浮かべつつ、シュークリームを味わう。
シュークリームはなんだか、さっきより甘くなっているように感じて、「少し時間が経つだけでも味が変わるんだ」なんて感心していると、「お二人ともとっても仲がよろしいのですね」と、声をかけられた。
振り返ると、さっきシュークリームをくれた店員さんが、「二人のお姿を拝見しておりましたら……」と、きゃっと、言わんばかりにお盆で顔を隠す。
そんなもじもじする店員さんを見て、ユリウスはだんだんイタズラ心が冷めて来た。
(あ、れ?)
自分は今、何をした?
(フィーの手から、シュークリームを、食べた……?)
ボンっと顔が茹で上がった気がした。
事実だけ考えると、ものすごく恥ずかしい事をしてしまったのでは?
(え、いや? だって、あれは……)
フィリップが、からかうから。だから、対抗しただけで。
それ以上でも、それ以下でもなくて。
しかし、そう思っても、事実は変わる事はなく。
(えー!? なんで、こっちが恥ずかしい思いをしなくちゃいけないの!?)
考えれば考えるほど、何かにハマってゆく思考。
そんな頭をどうしたらよいか分からず、おろおろしていると。
ふわり。と、頭に暖かいものを感じた。
見上げると、フィリップが笑っていた。
優しくて、穏やかな微笑みを浮かべながら、頭を撫でてくれている。
不覚にもその笑顔から目が離せなかった。
変装しているから、城に居る時とは違う姿のフィリップ。
でもそれは、関係なくて。
きっとこの笑顔をみたら、どんな姿に変装していても見つけられる――そんな気がした。
「お客様、ご案内いたします」
その声で我に返った。
頭の上に乗っていた手は、いつの間にか自分の手を掴んでいて。
フィリップが「さ、行くぞ」と、そのまま歩き出す。
繋がれた手は席に着くまで離される事はなく、なんだか胸の奥がくすぐったかった。
食事を終えると、また城下の散策を始める。
先程とは違う通りを歩きながら、忙しなく動き回る人々を眺めた。
果物で作ったお菓子を試食しながら意見を言い合っていたり、鉢巻き姿の男達が声を上げながら材木を運んでいたり。そんな忙しい大人達を余所に走りまわる子供達がいたり。
城下は三週間を切った収穫祭の準備で活気づいていて、季節は秋なのに真夏のような暑い空気で包まれている。
「当日が楽しみだね」
「そうだな」
そんな会話をしている間もフィリップは当然のように自分の手を引いた。
まるで迷子にならない様にしっかりと握られた手は、振り払わないと外れそうにない。
フィリップは私が迷子になるとでも思っているのだろうか?
相変わらず心配性だなあと思う。
たしかに普段に比べると人は多く出ているが、流石に迷子にはならないだろう。それに、こんな風にされると、胸の奥がくすぐったい。
でもそれは嫌な感じはしなくて、嬉しいのか、恥ずかしいのか、それとも可笑しいのか良く分からない気持ち。
しかし本業を忘れてはいけない。
自分は護衛騎士。辺りを心配するのはフィリップではなく私の方で、フィリップを守るのも私。
心配してくれるのは有り難い事だが、もっと自分を信頼してほしいと思う。
「ねえ」
「なんだ?」
「手。引かなくても歩けるよ?」
そう伝えたら、一瞬表情が固まった気がしたけれど手を離してくれた。
自分から言っておいてなんだけど、少し寂しい気もする。
でも、手が塞がっていたら守りにくいのだから仕方がない。
「今日、何処まで見る?」
ユリウスは散策範囲の確認をした。するとフィリップが「そうだなあ……」と、思案顔を作り、その後「五番街ぐらいまでか」と、答える。
「え。それじゃあ、半分近く残っちゃうじゃない」
「気にするな。また、近いうちに出る」
そう言ったフィリップがニヤッと笑うので、なんだか嫌な予感がした。すると案の定「今日と同じ格好でな」と、言葉を続ける。
今日と同じ。つまり、また女装。
ユリウスは「えー!?」と不満を隠さず声を上げるが、フィリップには全く効いておらず、あまつさえは「いいじゃないか」と、言う始末。
「……ちっとも良くない」
「どうして?」
「……戦いにくい」
そういうとフィリップが笑った。
「戦う必要なんてないだろ?」
「なんで」
「俺がいるから」
もはや呆れてものが言えなかった。
戦うのは自分で、守られるのがフィリップなのに。
フィリップがまた頭に手を乗せて来た。
暖かい手が、ガシガシと頭を撫でる。
「ち、ちょっと、カツラがずれるって」
「ああ。わりぃ」
そう言ってフィリップが手を離し、ユリウスは乱れたであろう髪に意識を移した。その、瞬間。
「危ない!!」
周囲から声が上がった。
その声に慌てて顔を上げようとしたが、何故か、叶わなかった。
なにが起きたのかわからない。
気がつけばフィリップが覆いかぶさって来て、同時に鈍い音が聞こえ事しか。
なんとかもがいて顔を上げると、フィリップの顔が苦痛に歪んでいる。
その肩には材木がのしかかっていた。
「フィー!!」
抱きすくめられている為、全く動けなかった。
フィリップが痛みに耐えながらも笑みを浮かべたが、とても微笑み返す事など出来ない。
周りの人が材木を避け応急処置をしてくれた。
包帯を巻かれているフィリップを見て、ユリウスは青ざめる。
自分は無傷で、守るべき主が怪我を。
フィリップは「気にするな」と言ったが、ユリウスは自分の情けなさに言葉を返す事さえできなかった。
お読みいただきましてありがとうございます!
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