2.想いが募る秋
お待たせいたしました!
本日(12/2)二話目でございます(*^_^*)
カツンッ!!
何かがぶつかるような音が中庭に響く。
ぶつかり合っているのは木でできた剣が二本。
弾くように打ち合い、そしてお互い間合いを取る。
「なかなかやるな、フィー!」
「はっ! 何をエラそうに!!」
声を掛け合うのは幼馴染みの二人。
騎士の制服に身を包み、赤銅色の髪を揺らしながらニッと笑うユリウス。
対するは、正装の衣装を簡略化した稽古着に身を包む、フィリップ。
フィリップはアスタシア王国第二王子であり、ユリウスはその王子を守る護衛騎士。
幼馴染みであり主従関係にある二人は今、絶賛鍛練中である。
「ふふん。俺に勝てると思う?」
「生意気な口、ふさぐぞ!」
両者間合いを取ったまま睨み合い、言葉を交わす。
本日の戦歴と状況を見ればユリウスの方が有利であった。
騎士であり、王子の護衛を任されているユリウスの技量が高いのは当然。
しかし、フィリップもそこそこの腕前があると自負しており、華奢なユリウスに比べて体格は良い。
ここで、ユリウスが主を立てる……という名の手加減をすれば、状況はフィリップ有利と言えるのだが。
ユリウスは手を抜かれる事が大嫌い。だから、手を抜くなんて事は考えられず、絶対全力で勝ちに来るだろう。
対するフィリップは本来の鍛練とは別の理由で負けたくはなかった。
彼は自分がユリウスより技量が劣る事に気がついてはいたが、それとは別に。
(好きな女に負け続けるなんて、カッコが悪いだろ!)
男の見栄というか、なんていうか。
彼女が好きだと聞いた強い男である為に、これ以上負けられなかったのだ。
*
しばらく睨み合った後、均衡を破ったのはユリウス。
正面から振り被るような仕草をしたくせに、すぐさま薙ぎへと切り替える。
自分もそこまでは読んでいたので、瞬間的にそれを上へと払うように木剣を振り上げた。
女性対男性の為、渾身の力で払えば剣を奪える。
その作戦がうまく決まり、ニッと笑う。
…………が、しかし、甘かった。
ユリウスはすぐに間合いを取り、吹き飛ばされた木剣を空中で掴み取る。そして、地に足をつけたと同時にこちらの懐へと飛んできて――――。
「!!!!」
慌てて木剣を身体の前に持って来て一撃を凌ぐも、重心が後ろになってしまい、そこに足払いをかけられた。
体重を支える軸を失った身体は重力に従い、地面へと引き寄せられて――――次の瞬間、自身を襲う衝撃。
「っ…………」
思わず声が漏れた。
無様に尻を打ちつけたのだと思うと、格好が悪すぎて顔を上げたくなかった。
しかし、いつまでも視線を逸らしたままという訳にはいかず、フィリップは自分自身に溜息をつく。
「勝負ありだな、フィー」
情けない気持ちのまま顔を上げると、そこには木剣の先をこちらに突き付けて、自信たっぷりに笑うユリウス。
その表情は少年のようなあどけなさが残る笑みで、本当ならここで悔しい気持ちにならないといけないハズなのに、やはり顔は綻んでしまう。
ユリウスは強い。
令嬢にしておくのは勿体ないぐらいで、本人も進んで男装をしている。
ただそれは自分にとって少し複雑な気持ちで。
「……最近お前とはやってなかったが、腕を上げたな」
「剣を払われた時には正直焦ったよ」
笑顔を浮かべながらユリウスはこちらへと手を伸ばしてきた。
一戦が終了し、勝者が手を貸すのは昔からで、本来ならその手を取り、また鍛練を始めるのだが。
フィリップはニヤリと笑って手を握り――そして、腕を自分の方へと強めに引っ張った。
驚いた顔をしたユリウスがバランスを崩し倒れ込むのを、すかさずギュっと抱きとめる。
男装していても身体までは変える事はできない為、細くて柔らかい感触に痺れた。
「……油断したな、ユウリィ」
「手を引っ張って土をつけるなんて反則じゃないか」
「反則? そんなルール決めたか?」
決めているのは土がついたら負けって事だけだろ。
そう言って、ヘリクツを捏ねてみる。
するとユリウスは「そんな事いちいち決めなくても」と、不服そうな顔をしたが、そんな彼女をニヤリと笑ってやり過ごす。
当然、その間もユリウスを抱きしめたまま離さない。
幸せだった。
自分の求める彼女が腕の中に居る。
そう思うだけで穏やかな気持ちになり、そして心は満たされてゆく。
しかし、そんな時間は一瞬だ。
ユリウスが抱きしめている事に突っ込んで来たので、すぐに手を離してやる。
その動作とは裏腹に、本当は名残惜しくてしょうがない。
だからそのまま離れてやる気などなくて。
手を離すその流れで髪を梳くようにわざと髪留めのゴムを指に引っかけた。
はらりと落ちる赤銅色の髪はちょうど胸元あたりの長さで、服装こそ男性騎士だが自分にはもう女性にしか見えない。
「お前の髪が伸びると秋の訪れを感じるな」
「……てか、他に感じる物はいくらでもあるだろう?」
そう言ってユリウスは肩にかかる髪を後ろに払った。
ユリウスは寒がりだ。これまた物凄く。
だから夏が終わると途端に髪を伸ばし始め、さらには髪の成長を助ける薬草も使って、早々に長くしている。
本人曰く、「髪は女の命とか言うじゃないか」と、笑っていた。
意味違うぞそれ。
防寒対策として認識されている髪が気の毒だ。
ただ、そんな認識でも手入れはきちんとしているお陰か、ユリウスの髪は綺麗だった。
だからこそ年中伸ばしておいて欲しいところだが、彼女的には手入れが面倒のようで、「早く夏にならないかなー」とか言いつつ、「ああ、でも虫が……」とか、葛藤しているところを見かける。
まあ、そんな苦労(?)をして手に入れた髪は、男装時はしっぽのように一つに束ね、屋敷ではそのまま束ねず暖を取る事に役立つようだ。
……と、意識を髪について向けている間、ユリウスはと言えば、「秋といえば収穫祭に剣術大会。城下は二大祭りで大賑わいじゃないか」と、秋の風物詩を口にしていた。
「収穫祭か……そういえば、ここ数年行ってないな」
「たしかに。最後に行ったのは四年前?」
「ああ。ニ、三年前はお互い仕事で、去年はお前が風邪を引いたからな」
去年の事を口にしてちょっと意地悪だったかなと思ったが、ユリウスは特に気を悪くした様子はなく「そうだったー……」と一瞬うな垂れて、「屋台楽しみにしてたのに」と、続けた。
これは。
チャンス、というヤツなんじゃないだろうか?
「……じゃあ行くか? 収穫祭」
何気ない口調で呟くと、ユリウスはパッと目を輝かせ「うん! 行こう!!」と、即答してくれた。
その笑顔が嬉しい半面、なんだか心が痛む。
正直下心が多く占める誘いだったので、そんなに嬉しそうにされると居たたまれない。
「去年のお詫びも兼ねて何か奢るよ!」
「ん? そんな事気にしなくていいぞ」
「えー? あんまり借りとくの好きじゃないなー」とユリウスは言うが、貸しだなんて思っていない。
でも。それなら。
「じゃあ一緒に歩くのだからそのつもりの格好で。というのはどうだ」
「……それって、また女装しろってこと?」
「だからお前のは女装じゃない」
「たまには、フィーが……」
「断る」
「不公平だー」とユリウスは声を上げるが、何が悲しくて好きな女と出かけるのに女装などしないといけないのだ。
ここは当然、彼女に女性の格好で来てもらうのが正解だろう。
「女性の方が、いろいろオマケしてもらえるぞ」
「うっ。それは嬉しいかも」
オマケと女性の姿を天秤にかけ悩む様がまた可愛い。
仕事はキリリとこなすユリウスだが、自分と居る時はその表情をころころと変える。
幼馴染み……というのは、いろいろやりにくい事もあるが、こういう素の姿を見られるという意味ではとても良い位置づけだ。
フィリップはユリウスに女性の姿になると如何に良いか説明する。
それでもなかなか首を縦に振らないユリウスを根気強く……というより、若干しつこく説得を続け、その極めつけに、今年の目玉であるパティスリーの新作話をした。すると、迷いに揺れていたユリウスの目がパッと輝く。
このまま押せば女性の姿で来てくれる。
そう確信して、「食べたいならやっぱり……な?」と、ダメ押しするとユリウスがやっと頷いてくれた。
よし。
これで一緒にいられる。
そう思った後、フィリップは思わず苦笑した。
こんな風に理由作りに勤しんでいる自分がなんだか可笑しくて、同時に、苦労させられてるな。と、そう考えて。
ユリウスと一緒にいられるだけでもうれしい。だけど、やっぱり……。
しかし彼女はこちらの気持ちなど察する事はなく、「じゃあ、収穫祭楽しみにしてるよ」と、手早く髪をまとめて男装に逆戻りしてしまう。その表情は仕事用に切り替わり、可愛い笑顔は凛々しい騎士の顔へと変わる。
彼女が自分の前で女性の姿でいてくれるのはほんの少しの時間。
最初は男装のままでも、傍に居てさえくれれば良いと思ってた。
でもそれでは足りなくなって、顔を頻繁に見たいと思う様になり、そして最近は自分の前だけでは女性の姿でいてほしいと願っている。
それは彼女の秘密を知られてしまうかもしれない危険な想い。
こんな事を願う自分は我が儘で、どんどん欲が深くなっていくのが分かる。
少し強い風が吹いた。
鍛練により少々汗ばんだ身体がスッと冷えたように感じ、立ちあがっていたユリウスを見れば両腕を組んで寒そうにしている。
この時期にしてはまだ早い強風は、彼女を震わせるには十分だったようで「なあ、早く鍛練しようぜ」と、また手を差し出してきた。
さすがにもう一度同じ事をする訳にもいかず、フィリップは大人しくその手を取り立ち上がる。
「同じ手が通用すると思うなよ? フィー」
ユリウスの言葉に心臓が跳ねた。
しかし彼女が木剣を空へ放った事で、鍛練中に剣を払った事を言っているのだとわかった。
「……また、違う手を考えるからいいさ」
二つの意味を込めて放った言葉に、ユリウスはニッと笑い「それは楽しみだ」と言う。
当然それが鍛練の事のみだと分かっているが、もう一つの事についても楽しみにしていてくれたら。そう考えてしまう。
ユリウスがゆっくり歩き出す。
その歩みは確実に自分から離れて行き、少し寂しい気持ちになった。
以前は心地よいと思っていたこの距離感。しかし今や鍛練の間合いは、埋めてしまいたい隙間となって今日も自分の前へと現れる。
(いつか、必ず)
自分たちの間に隙間は必要ない。
だから、もっと、傍に。
今すぐ彼女を追いかけて、その隙間を埋めてしまいたい。
そうは思っていても、実際はそんな事出来るハズも無く、ただ開いてゆく距離をじっと見つめる。
フィリップはユリウスがこちらを振り返るのを待つ。
――焦がれる想いを悟られない様、平静を装いながら。
いつもお読みいただきまして、ありがとうございます!!
また、お時間がありましたら、よろしくお願いいたします(*^_^*)




