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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
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番外編3:私が見る甘い甘い夢

二章終了後のヘラのお話です。

普段より少し長めです(*^_^*)







「これでよしっと」


 僅かな使用人のみが活動している午前五時ごろ。太陽が顔を見せる前の涼しい時間帯に私はある準備を進めていた。

 すでに積み込まれている荷物を少しずつずらして隙間を作る。

 その際、荷物が崩れないよう、且つ、動かした事がバレないように少しずつ動かしてゆく。

 思った以上に面倒な作業にはもう二十分ぐらい費やしており、ようやく奥に人が隠れられる程の隙間ができたかなというところだった。



 今日はラフィーネ家の買い出し日である。



 通常の食品などは屋敷まで運んでもらえばおしまいなのだが、たまには自分の目で品を見たい時もあり、その時は当然王都へ行く。

 その王都行きの馬車に自分が隠れられる隙間を作っていたのだ。



「ねえヘラ、ほんとに大丈夫?」



 そばで声を上げたのは白い毛並みが美しいマール。

 マールはラフィーネに居る犬達(なかま)の中で一番冷静な男の子。

 仲間内では「感情が薄い」だとか「たまには笑え」とかなんだか、無愛想な風に言われているけど、本当はとっても優しくて頼りになるのだ。



「だーいじょうぶ! 私にお任せだよ!」

「……なんだか、自分で言っといてなんだけど、心配でならないよ」

「心配性だね! マールは!」

「そりゃあ、やんちゃな弟と危なっかしい姉を持つと自然とそうなるよ」

「?? あれ、マール? お姉ちゃんっていたの?」

「もののたとえだよヘラ。……あーあ。ホント心配だあ」



 マールは本当に心配性だな~。

 私と歳は殆ど変わらないのに、なんだかお兄さんみたいだよ?


「ねえねえ!! もう乗っちゃおうよマール!!」

「……コリン。まだ出発には三時間はある。お前その間大人しくできるか?」

「無理~!!」

「じゃあ、もう少し待て」


 ピシャリとお兄さんに言われてコリンは黒い尻尾をしゅんっと下げたかと思うと、「ねえ、のろーよ!! ヘラ~!!」と、今度は私に話しかけて来た。


 うん。乗りたいなら乗ろうよ! と言いかけた時、冷ややかな声でマールが「お前……人の話聞いてたか?」と言う。



「マール。僕らは犬族だよ? だからそれを言うなら……」

「しょうもない口答えするなら置いてくぞ」

「えー!! けちんぼ!!」

「まあまあまあ!! 二人とも!!」



 このパターンは兄弟喧嘩に入る時に似てるから慌てて仲裁(ちゅうさい)する。

 いつもなら喧嘩するほど仲が良いって聞いたことあるから止めないんだけど、今日ばかりはそうも言ってられない。



「はーい」

「わかってるよ、ヘラ」 



 どうやらそれは二人も分かっているようで、あっさりと引き下がってくれた。




 こんな朝早くに王都行きの馬車へ忍び込もうとしている私達三人。

 その目的はただ一つ。



『王都に行って、ユリーさんに会いに行く』



 これだけだった。



                    ・

                    ・

                    ・



『ユリーに会いたいね』


 突然そう言いだしたのはコリン。

 その名前を初めて仲間から聞いた時はビックリした。

 だって、ユリーさんを知っているのは自分だけだと思っていたのに、他の仲間達も『うん、会いたいね』『また、セシル様と一緒に来てくれないかな』『彼女、本気で僕達の相手してくれるから楽しいんだよね』と口々に言い出したからだ。


 すっごい偶然!

 なんとユリーさんは私と会う前に偶然(・・)ラフィーネのお屋敷で働いていたらしい。

 あーなんだか、すごく勿体ないことしちゃったな私。

 あの時はこちらに戻っていなかったから、全く知らなかったけど、ここに居れば一緒に遊べたんだ~と思うと、ちょっと皆が羨ましい。


 その間にも皆は『でも、あれからちっとも来てくれないね』『忙しいんじゃない?』『でも、遊びたいね』と言う。


 たしかに。

 私と最後に会ったのも一週間以上も前の話だ。

 もうそろそろ遊びに来てくれても良い気がする。



『じゃあさ、ユリーに手紙を書こうよ!』

『あ、それいいね』

『ヘラに書いてもらって、ルークに出してもらおうよ』

『わかった! じゃあ早速書くね!!』



                    ・

                    ・

                    ・



「ねえヘラ、本当にルークには言わずに行くの?」

「……うん」


 私はこの王都行きをルークには内緒にしていた。

 だって許してくれないと思うし、ユリーさんに会いに行くんだと言ったら機嫌が悪くなると思ったから。


 そう。

 あの時書いた手紙はユリーさんに出してもらえる事はなかった。

 どうしてって理由を聞いたら、ルークは不機嫌な顔をして「ユリーの居場所は僕も知らないんだ」なんて言う。


 そんなウソつかなくたっていいのに。

 だって、ユリーさんはここで皆のお世話をしていたって聞いたよ。

 だからルークがユリーさんの事知らない訳ないのに。


 それに加えてルークは私を王都に連れて行ってくれなくなった。

 手紙がダメなら直接って思ってたのに、それもできない。

 もう私からはユリーさんに会いにもいけないんだって思ったから悲しくて、しょんぼりしていたら。

 マールが言ったんだ。


『セシル様のところへ行けば教えてくれるんじゃない?』


 と。


 すごくいいアイデアに私が飛びついて、提案者であるマールとその弟であるコリンが代表でセシル様のお屋敷に行く事になった。



 そして迎えた今日。



「僕は伝えておいた方が良いと思うけど……」

「いいの!」



 たしかに内緒で行くのは心が痛むけど、でも言ったら最後、こうやって忍び込んで王都に行く事もできなくなっちゃう。



「大丈夫だよマール! 僕らはさっと行って、ユリーに会うだけなんだからさ!」

「コリン。僕はヘラとお話してるの。少し静かにしてなさい」



 唸るコリンを横目に私は意志が変わらない事を目で訴える。すると、マールは「わかったよ、ヘラ。じゃあ今回は僕ら三人で行こう」と言ってくれた。




 あれから二時間程後に馬車へと忍び込み息を潜めていると一時間もしないうちに馬車が動きだした。

 動いてしまえばこっちのもので、あとはゆっくり二時間の馬車旅を楽しむだけ。


 しかし馬車といえど荷台に乗っている為、窓も無く中は暗い。

 道中を楽しむといってもマールやコリンとお話するぐらいだ。なのに、肝心の二人は。



「うう……酔う……」

「ZZZ」



 前者がマールで後者がコリン。

 どうやら二人とも私の相手は無理のようだった。


「大丈夫マール?」

「うう……大丈夫、じゃないけど。吐いたら荷物が汚れるから、それだけは頑張る」

「うん……何にもしてあげられなくてごめんね。せめて袋ぐらい持ってくればよかった」

「いや、三人で行くと決めた時、ヘラも犬型の方がいいって言ったの僕だし……うぷ」


 揺れるたびに吐き気を押さえつつ、話をするマール。

 そんなマールに「コリンみたいに眠ったほうがいいかも?」とアドバイスをし、横になるように言ってみる。



「……僕まで眠ったら、ヘラが退屈だよ?」



 そう言ってくれたマールはやっぱり優しい。でも、そんなマールが苦しいのは辛い。


 私はというと眠たい気持ちより今からユリーさんに会えると思うと目は冴えていた。

 どの道、寝ずの番も必要だし、自分は馬車になれているので酔う事もない。


「いいの。私は平気だよ」

「うん……じゃ、そうさせてもらうよ……到着したら教えてね」

「任せておいて!」


 元々早起きしていたので、眠かったのだろう。

 マールは横になった途端、寝息を立て始める。おかげで、苦しさも減ったようで吐き気を(もよお)して起きる事はなかった。


(よかった)


 マールが苦しくなくなればそれでいい。

 そう思ってはいるが、マールの言う通り一人は退屈だった。


(いつもは、ルークと来ているからなあ……)


 普段は話し相手もいて、さらに窓付きの馬車に乗っているので景色も見られる。

 けど今はその両方がなくて、目も口もする事がなくてヒマ。

 唯一動かせる頭も相手がいなければあまり使う事がない。本当にヒマだった。


(もし、見つかったらルークや侯爵様に怒られちゃうかな)


 現在ラフィーネ家には沢山の犬族(なかま)と、数人の獣人が暮らしている。

 ラフィーネの名を継ぐ侯爵様とルークは言わずと知れて獣人で、私も獣人。

 だけど私はラフィーネ家の者ではない。

 使用人の殆どは人間だが、私たちの正体を知っているのは執事のシュナイダーだけ。

 王都から離れた場所にあるラフィーネの屋敷は必要最小限にしか外と関わらない。

 だから、私もずっとラフィーネのお屋敷が全てだった。


 そんな私の世界が広がったのはほんの数年前。

 ルークと一緒に王都へ連れて行ってもらった時からだ。


 王都はラフィーネよりもおっきくて、沢山人がいて、キラキラしていた。

 見る物すべてが珍しくて、とても驚いた一日だった事を覚えている。

 当然一日で全てを見る事はできず、また王都へ行くのを指折り数えているぐらい楽しみにしていた。


 一緒に行くルークに「これなにー?」と聞けば必ず答えが返って来る。

 本当に楽しかった。


 でもその時間はだんだんと減って行き、遂には王都へ連れて行ってもらえなくなった。

 減り始めた原因はわからないけど、完全に王都行きがなくなったのは、王都には危険がいっぱいだからという。


(そんな事ないのに)


 今まで一緒に行った時、危険なんてなかったじゃない。

 何時もキラキラしてて、元気があって。

 たしかにこの間子犬をいじめようとしていた人はいたけど、そんな人ばかりじゃないんだって私は知っている。


(ユリーさん……)


 犬が大好きな優しいお姉さん。

 そのお姉さんに会いに行くのが悪い事だなんて私は思わない。


(ルークごめんね。でも、私はユリーさんに会いたいの)


 馬車はガタゴトと揺れながら王都へ近づいてゆく。

 私はぼんやりと荷馬車の天井を眺めながら、馬車が止まるのを待った。






 しばらくしたら馬車のスピードが落ち、ガヤガヤと馬車以外の音が聞こえるようになってきた。


「マール、コリン! そろそろ着くよ」


 私の声に寝惚けた様子で「ほえ」と声を上げるコリンと、「無事、着いたみたいですね」と、落ちついた返事をするマール。

 その二人に、荷台の入り口へ移動しようと伝え、「止まったら御者が降りてくる前に、すぐに脱出しよう」と言う。


 しばらくすると馬車が完全に止まったので、作戦通りすぐに荷台の布を少しあげる。

 途端、眩しい光にクラっときたけど、すぐに飛び降りて荷馬車から離れた。



『作戦成功だね!』

『さ、早くセシル様のところへいきましょう』

『わーい! 王都楽しみ!』



 私達は人間に聞こえぬよう小さな声で語り合う。

 あまり大声で話すと吠えている様に聞こえてしまうからそこだけは注意しないと。



 私達が馬車から降りたのはメインストリートから少し離れた馬車専用の停留所。

 王都からの出入りは必ずこの停留所を通り、荷物の確認をするとルークから聞いた事がある。

 なんでも、危険物等の持ち込みがないかどうかとか、持ち出し禁止の物を持っていないかなどなど、そういった事を確認していると言っていた。

 全部の荷物を確認するなんて大変だなあって思うけど、安全の為にしている事なんだって。



「あれ……なんで、犬がこんなところに?」



『わっ! 見つかっちゃった!!』

『急ごう! 二人とも!!』

『レッツゴー!!』



 いきなり降った人の声に驚き、私達三人は慌ててすぐ脇にあった小道に逃げ込む。

 小道……っといっても、正確には建物と建物の隙間だったのでとても細く、しかも木箱やバケツなどが置かれているせいでさらに狭かった。



『ヘラー! 王都の道って狭いね!!』

『ここ、ホントの道じゃないよ!』



 後ろから『王都ってウソの道もあるんだ! すごいね!!』と、感心しているコリンに『これは道じゃなくてただの隙間! これじゃあ、人間通れないだろ?』と、真面目に答えるマール。

 そうそう。と、私も心の中で相槌をしつつ、王都のキラキラを早く二人に見せたくて小道を駆け抜ける。

 すっと伸びるように差し込む光の先が、大きな道だと確信してそのまま走るとパッと目の前が開けた。



 (そび)え立つのは白亜(はくあ)のお城。

 

 まだ距離があるので細かい所までは見えないけれど、遠くからでも見えるお城は童話の中に描かれているお城と同じでなんだかドキドキする。

 その手前にはいくつもの屋敷が連なり、そして一番近くには高らかに空へと水を押し上げる噴水。

 まるで水浴びして遊ぶ時のような柔らかな水が、中央の水柱から零れ落ちている。

 夏の日差しを浴びてキラキラ輝く水しぶきの間には、七色の虹がかかっていた。



『噴水……だあ』

『え? ふんすい? 何それ?』



 マールの感嘆の声と『それ、おいしいの?』って聞く時のような口調のコリン。

 そんな二人の声を聞きながら、私は目の前の水しぶきと虹を見ていた。


(初めて見た時もビックリしたけど、やっぱり今日も綺麗)


 数年前ルークと噴水を見た時もずっと見て居たくて、しばらく動かずにいたら『ヘラ、そろそろ行こうよ?』とルークが痺れを切らす程だった。

 それ程までに、太陽に照らされる水しぶきと側に()かる虹はとても魅力的だったのだ。



『ヘラ! 王都はすごいね!!』

『僕、噴水に感動したよ!』



 口々にいう二人に私はまるで自分が褒められた様に嬉しくなって頷く。


『よーし! じゃあ、まずは王都を探検しようか!』






 噴水広場から移動した私達は言葉通り城下を探検した。

 マルシェ通りを移動しては美味しそうな香りに惹かれ、街の露店通りに行けば珍しい品々に驚き、そして、お菓子屋さんの前を通ればまた香ばしい香りに惹きつけられる。

 時折、私達を見てお菓子をくれる人もいた。手に乗せられた小さなお菓子をそっと舐めるように受けとると、嬉しそうに頭を撫でてくれる。



(やっぱり、王都はいい人ばっかり)



 ちょこちょこと歩きながら、いろいろな物を目にし、香りを堪能し、好奇心を満たしてゆく。

 知らず知らずのうちに顔はニンマリと締まりのない緩んだ表情になっていたが、そんな事は気にしない。



『ヘラ! 王都はキラキラだね!』

『人が多くて賑やかな事は分かっていたけど、想像してたよりもっとすごいや』

『うん! そうだよね!』



 二人が自分と一緒の気持ちになってくれて嬉しい。

 やっぱり王都はキラキラで楽しい所なんだって改めて実感したから。


(ラフィーネに帰ったら、ルークに言わなくっちゃ!)


 王都は楽しいから、また行こうって。



「あら、かわいいワンちゃんだこと!」



 私達に好意を寄せてくれる声が空から降ってきた。

 マールとコリンは一瞬キョトンっとした表情を浮かべたが、私が「かわいいって言ってくれてるよ!」と、通訳すると嬉しそうにしっぽを振った。



「んまあ可愛い!」



 嬉しい褒め言葉に顔を上に向けると、どこかで見た事あるようなマダムが胸の前で手を合わせてくねくねしていた。

 ベッタリと塗られた口紅がギラギラしていて、少しお化粧臭かったが全く悪意を感じる事のない視線は本当に犬好きなんだなと思って嬉しくなる。


『ちょっとお化粧臭いね』

『コリン! 女性に失礼だろ』


 マダムは私達を気に入ったようで、腰をかがめて撫でてくれた。

 ニコニコと笑いながら代わる代わる頭を撫でてくれたり、ポーチから取り出したお菓子をくれたりと本当に可愛がってくれる。



「奥様、そろそろ……」



 近くに居た侍女らしき人がマダムに声をかけ、その声に答えるようにマダムが腰を上げた。



「じゃあ、ワンちゃん達また後でね(・・・・・)



 え?

 今、なんて? と、思った瞬間ふわっと足が地面から離れた。



『ヘラ!! コリン!!』



 足元でマールが吠える。

 視線の高さは丁度、人の胸のあたりで。自分が抱えられているのだと気付く。



「早く、もう一匹も捕まえて! 奥様に叱られちゃうわ」



 私を持ち上げている女性がそう言ったのを聞いて『マール!! 逃げて!!』と吠える。

 すると、マールは一瞬躊躇(ためら)ったがすぐに駆け出した。

 傍にいた女性がすぐマールを捕まえようと追いかけたが、走り出したマールに追いつくハズも無く、しばらくしたら手ぶらで戻ってきた。



『ヘラ? 何? どうしたの??』



 イマイチ事情が呑み込めていないコリンが小首を傾げていた。

 私も逃げようかと思ったけど、コリンを置いて一人逃げるわけにはいかず。



(どうしよう……)



 ただただ、起こっている事態をどうすればよいか途方に暮れていた。






 幸いにして私達二人は同じゲージに入れられて移動する事になった。

 その間もコリンは事態が呑み込めず、『僕達、どこか楽しい所へ移動するの?』などと場違いに喜んでいた。

 ただ、コリンの『楽しい所』という事は恐らく間違ってはいない。

 マダムからは嫌な雰囲気はなく、心から犬が好きというのが伝わってきた。

 だから多分私達は拾われた(・・・・)のだ。

 犬から見てみれば、犬好きの人が主人になってくれるのは嬉しい。きっと先程のようにかまってくれるだろうし、温かい寝床と美味しいご飯もくれるハズ。


 しかし、肝心の私達は野良犬ではないという事。


 ラフィーネという帰る場所がある私達はマダムのおうちへ行く訳にはいかない。



『コリン』

『なあに、ヘラ?』

『このゲージが開いたら、すぐに走るからついてきて?』

『うん? なんで走るの?』

『走らないと、ラフィーネに帰れなくなるから』



 さすがのコリンも『ラフィーネに帰れなくなる』という言葉に驚いて、コクコクと頷いた。

 脱出の作戦は、『ゲージが開いたら走って逃げる』これしかない。

 しばらくして馬車が止まり、ゲージが持ち上げられた。



『ヘラ……ここ、どこ?』

『たぶん……マダムのおうち』



 私達を乗せた馬車の扉が開いた。

 すると目の前には大きな扉が見える。どうやら、屋敷の目の前まで馬車を乗りつけたようだ。

 ゲージを持った女性が馬車を降り、そのまま屋敷へと入ってゆく。その間、当然ゲージが開けられる事はなく、ゆらゆらと揺れながら屋敷の奥へと運ばれていった。

 せめて屋敷の道を覚えようと思いゲージの入り口に張り付くが、私達が入っているゲージは正面以外の全てがカゴのような繊維の壁になっており、正面以外はほとんど見えない。



『ねえ、ヘラー? いつゲージが開くのー?』



 コリンがゲージの中は飽きたと言わんばかりに聞いてくる。

 私も早く開いて! と、思っているけど、そればっかりはどうにもできない。

 やがて、どこかの扉の前でゲージの揺れが止まった。

 そろそろ、出してもらえるかも。と、思った時、扉がキィと開いた。





 部屋の中はカラフルに彩られたおもちゃで一杯だった。

 カゴの中に収められたおもちゃは、カミカミするやつとか、円盤型の投げるやつとか、なにか良くわからないものまでいろいろな種類があった。

 ボールなんてすごく沢山あって、大きさも色もホントに沢山。



『わぁ! ヘラすごいね!!』



 なんだかよくわからない物の中にカゴには入らないせいか、そのまま絨毯に置かれたままの巨大なキノコもあった。

 途中、足場? のような小さなキノコが生えており、どうやら上まで登れるようだった。


 ルークと同じで『高い所が好き』という珍しい性格のコリンは、見るからにうずうずしている。

 好奇心旺盛なコリンの事だ、やはり登ってみたいのだろうと思う。

 ……と、まあお姉さんぶっていても、実は私も……。



 私達が部屋のおもちゃに感動していると、ゲージが開いた。

 しかし、すぐさま走るという事を忘れていた私はそのままゆっくりとゲージの外へと出る。

 続け様に出たコリンはさっきのヘンなキノコの方へ走って行ってしまった。



「まあ、キャットタワーに興味をもつなんて! 面白い子」



 へえ、あれってキャットタワーっていうんだ。

 じゃあドッグタワーもあるのかなあ……なんて、のんびり考えていた時、はたと思い出した。



『コリン!! 走らないと!!』

『ふえ?』

『ラフィーネに帰るんでしょ!!』



 私の言葉に作戦を思い出したのかコリンが慌ててこちらに走って来る。



「あら? タワーはもういいの?」



 ゲージを開けてくれた女性は呑気にそう言ったけど、私達はそれどころじゃない。



『コリン! 行くよ!!』

『オッケー!!』



 声を掛け合い、女性の脇を両サイドからする抜け部屋の外へと出る。

 背後から女性の悲鳴が聞こえたけど、振り返る余裕はなかった。

 

 先程来た道と思われる廊下を疾走する。

 ただ人の足で歩いた道では自分たちの匂いがイマイチ分からず、すぐに匂いを追えなくなってしまう。

 頼りの視覚情報は正面のみという少ない情報のせいか、似た様な作りになっている屋敷内では殆ど役に立たなかった。



『ヘラ! どうしよう?』

『た、たぶんこっち!!』



 コリンに入らぬ心配をかけないよう、思いついた方向へと走る。

 私達が到着した時よりも騒がしくなった屋敷は、少し嫌な予感がした。

 走るたびに人影を見つけ、あわてて曲がり角や階段に身を潜める。

 なかなか入り口へと戻れずやきもきしていると、いい事を思いついた。



『私が人型になって、堂々と入り口から出たらいいんじゃない?』

『あ! それいい案!!』

『じゃ、早速……』



 と、姿を人型へとしようとした瞬間。微かに香る甘い香り。



『……ヘ、ラ……』



 弱々しい声に慌てて振り向く。

 すると、コリンはコテンっと廊下へと伏せてしまった。



『コリン! コリン!!』



 どうして、急に!?

 原因が分からず辺りを見回すと、また、甘い香り。

 人なら本当に鼻の良い人じゃないと分からない様な甘い香りは、しつこくなくて、それでいて心地よくて、もっと嗅ぎたくなるような……



「……あれまあ、こんなところに子犬が」



 突然聞こえた声に驚いたが、もう重くなったまぶたは開かなくて。

 「奥様に頼まれたお香で眠くなったのかな」そう言った声が、耳に届いた後にはもう何も聞こえてこなかった。






 目を開けると見慣れない絨毯が目に入った。


(あれ……私の部屋、絨毯替えたっけ……)


 ぼんやりとそんな事を考えながら辺りを見回すと、見た事のない絵画や調度品が目に入り頭には疑問符が浮かんでいた。

 しかし、ゆっくりと動き出した頭が直前の記憶を呼び覚まし「あっ」と声を上げて、身を起こした。


 思わず人の言葉で声を上げてしまったので、慌てて辺りを見回す。

 とりあえず人の気がなくて安心するものの、ここがどこか分からず緊張した。

 それに先程まで一緒に居たコリンまでいなくなっていて、不安が胸を押しつぶそうとしている。



(と、とにかくコリンを探さなくっちゃ)



 そう思ってスッと息を吸い込み、ハタと気がついた。


(この香り……以前、嗅いだ事がある)


 すんすんと部屋の香りを嗅ぎ、いつ出会った香りかを思い出す。

 そんなに遠くない、割と最近出会った香り。

 それが分かれば、きっとここが何処だか分かる。



 コンコンコン……



 突然鳴った音にビックリして、身を伏せた。

 しばらくじっとしていると、微かな音とともに人の気配がするりと部屋へと入って来る。


 どんどん気配が近づいてくるのに、足音は聞こえない。

 よほど物音を立てないよう慎重に歩いているのかなと思ったけど、でもそれは何の為に?



(怖い、怖い、怖いよルーク!)



 ルークの言い付けを守らなかった自分が悪いのはわかっている。

 でも、やっぱり頭に浮かぶのはルークばかりで。

 身勝手にも助けを求めてしまう。


 涙が出そうで、鼻の奥がツンとして思わず小さく鼻を(すす)る。

 次の瞬間、目を見開いた。


 嗅いだ事のある甘いバラのような香りに顔を上げると、目の前には金髪碧眼の女性。

 軽そうな生地のドレスに身を包んだ、()は「あー……、気がついちゃった?」と、苦笑いを浮かべた。



「セシル様!」



 犬の姿のまま声を上げるとセシル様は一瞬ビックリとした表情を浮かべたけど、すぐにニッコリ笑って「ようこそ、ヴァーレイの屋敷へ」と、ドレスをつまみ会釈をしてくれた。





 私はセシル様から詳細を聞いた。


「屋敷に何の連絡も無くマールが来て、何かあったんだと思った」


 そうは分かってもマールと話せないセシル様はすぐにルークを呼んだ。すると、ルークは偶然(・・)王都に向かっていたようで、ラフィーネと王都の道半ばで合流。

 その後、マールに私達の事を聞いて行方を捜してくれ、私達を拾ってくれたマダムと話をしたらしい。


「ま、そんなとこかな?」


 手短に話を終えたセシル様は「ルークを呼んでくる」と言って部屋を出た。

 私は座っていたソファーにもたれかかり、無意識に溜息をついていた。

 三人とも無事であった事に安堵し、張り詰めていた緊張が解けてくったりとした。


 いつの間にか助けられていて、気が抜けたと言っても良い。

 だってさっきまでは、コリンを見つけて逃げなきゃって思っていたから、本当に緊張していたんだ。

 先程の話ではマールとコリンは別の部屋で休んでいるらしい。

 なんで別々の部屋だったんだろう? などと、考えていると、部屋がノックされた。


 特に何も考えず「はーい」と返事をして――……すぐに後悔する。


 扉がカチャリと鳴ったと同時に姿を露わしたのはルークだった。






 静かに扉を開けて姿を見せたルーク。

 思わず「あっ」と声を上げ、私は顔を伏せる。

 しかし、そんな事をしても何の意味もなくて、恐る恐る顔を上げるとルークの目には光が灯ってなかった。

 コツコツと音を立ててこちらに近づいてくるルーク。

 私はまた怒られるって思って。怖くなって目をギュっと瞑った。


 すると、ふわりと温かい感触に包まれ、その後でグッと身体を引き寄せされる。



「……心配、した」



 私を抱きしめる腕は少し震えていて、それでも存在を確かめるように腕にはとても強い力がかかっていた。



「ルーク?」

「……すごく、心配した」



 そう言いながらルークはまだ腕の力を強めた。

 少し苦しかったけど、ルークがこんな風に震えているなんて信じられなくて、だからすぐ声を出せなかった。

 でも、ルークがとても不安な気持ちで過ごしていたのだという事だけは伝わって来て、そんな思いをさせた自分がすごく悪い事をしたのだと今更ながらに気がついた。



「ごめんなさい……」



 ようやく絞り出した謝罪にルークは私を離してから首を振り「……いや、僕が悪かった」と、何故か謝ってきた。



「……ヘラが王都に行くのを好きだと知っていながら、それを禁じた僕が悪かったんだ」

「そ、そんな事ないよ! だって、王都へ行くのを禁止したのは危ないからで……!」



 私の言葉を最後まで聞かず、ルークは首を振り違うんだと言う。



「僕が王都へ行くのを禁止したのは……僕の身勝手なんだ」

「身勝手?」

「だって王都へ行けば、ヘラは必ずセシルやユリーのところへ行きたいって言うのが分かってたから」



 そうぽつりと言うルークに、とても悲しくなって、「……私が会いに行ったらダメなの?」と、問えば、「ダメ……じゃない。でも、行ってほしくなかった」と返事が。


 理由なんて分からない。だから、すぐ「どうして?」と尋ねたが、ルークは何も言わない。

 だから、もう一度名前を呼んだ。するとルークがバツ悪そうに横を向いたが、「……セシルはあんな格好してても男だし、ユリーは……ヘラがすごく懐いてたから」と言った。


 ますます意味が分からなかった。

 多分私が理解していない事に気がついてくれたのか、ルークが横を向いたまま「だから、その、ヘラがラフィーネを出て王都で暮らしたいって言い出すかもしれないと思って」言う。


 やっと意味が分かったと同時に、「え? 私そんなつもり全くないよ」と本音が出た。



「で、でも王都に住めばセシルとユリーに会いやすくなるじゃないか」

「でも、ルークに会えないよ?」

「……ヘラ?」

「私、王都で暮らしたいって思った事ないよ? たまに、ルークと一緒に城下を歩くだけで十分」



 ルークは目をまん丸にした。

 なんでそんなに驚くんだろう?



「私のおうちはラフィーネだよ。これからもずっとずっと」

「……!!」



 私は当然の事を言っただけなのにルークはさらに目を見開いた。

 そして、片手で私の手を掴み、「ヘラ! 僕は……!!」と、ルークが何かを言いかけた時、突然ガチャリと扉が開いた。



「お茶菓子持って来たよー…………って、お取り込み中?」



 扉を開けたのはセシル様で、一緒に目に入ってきたのはカートの上に乗っているカラフルなお菓子達。

 わあ、なんておいしそうなんだろう!



「おやつありがとうございます! セシル様!」

「いいえーどういたしまして!」



 ニッコリと笑うセシル様の方へ歩いて行き、お菓子を眺める。

 ケーキにプリン、クッキーやマフィン。あ、チョコ菓子もある!



「…………おまえ、最悪」

「だったら鍵かけとけよ」

「人の屋敷で鍵なんかかけられるか!!」



 んーすごく綺麗!

 なんか、ルークとセシル様が何か言い合っているけどそれはいつもの事なので気にしない事にする。

 それよりか目の前にあるおやつがキラキラしていて、どれを取ろうか本当に迷っちゃう!



「ルーク! ルーク! 美味しそうだよ! 早くいただこうよ!」

「……はあ、ヘラが好きなだけ食べて良いよ」

「ほんとー!? ありがとうルーク! 大好き!!」



 ルークの好意に甘えて、早速ケーキのお皿をとってテーブルへと乗せる。

 フルーツたっぷり、わあモモ美味しい!



「くっくっく……真っ赤だよルーク」

「……うるさいな」

「あれー? いいのかな、そんな事言って」



 また、言い合ってる。ホントにルークとセシル様は仲が良いんだから!

 私はキラキラフルーツを頬張り幸せ一杯になる。


 しばらくしたら二人もテーブルにお茶と焼き菓子を持って席につき、三人で食べた。

 眠っているマールとコリンには後であげようと思いながらも、至福の時を存分に味わう。




 その後ラフィーネに帰る前、ルークがお菓子屋さんに連れて行ってくれて、なんと好きなだけ注文して良いって言ってくれた。

 すごく心配させたのに、お菓子までお土産に買わせてくれるなんてルークはやっぱり優しい。

 普段は怒りんぼだけど、本当は優しいルーク。


 私はそんなルークが大好き。


 だから王都で暮らしたいなんて思った事ないよ。ホントだよ。



「ずっとずっと一緒にいようね」



 そう言ったら、ルークはプイッと顔をそむけてしまったけど、「そうだね」と言ってくれた。


 今度王都へ行くときはルークと行きたいな。

 そして、セシル様と今回会えなかったユリーさんのところへ遊びに行くんだ!




 私は馬車に揺られながら夢を見た。

 それは私とルーク、ラフィーネの皆とそして、セシル様やユリーさんと、遊んでいる楽しい夢。

 でもそれが近い将来、現実になるんだって私はそう信じている。


 心地よい馬車の揺れと半身に伝わる温かい体温。私はルークにもたれかかったままニッコリ笑い、夢の続きを追いかけ、また走り出した――――。






【番外編3:私が見る甘い甘い夢】




お読みいただきましてありがとうございました!!

予定ではあと一本番外編を入れて、三章へと続けようと思っています(*^_^*)

今度は二章終了後のフィリップ視点です。よろしくお願いします!

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