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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
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番外編2:今日から始まる


【番外編1:五年前のあの日】の翌日以降の話。

フィリップは事実を知ってしまい、戸惑いを隠せません。








 ある日の昼下がり。

 俺はいつもと同じように中庭へと足を運んだ。

 その手にはいつもと同じように木剣を握り、そして、いつもと同じように鍛練する。


 しかし、いつもと同じじゃない事があった。


 それは、目の前にいる――……



「始めるぞ!」



 声を合図に踏み込んで来るユリウス。

 それを後ろへと飛んでかわすが、意識は全く定まっていない。

 攻めてくるユリウスの剣戟(けんげき)を避けつつ反撃する隙を探す。

 しかしいつもなら攻めるであろう場面を見つけても、剣を握る腕は動かない。

 

 いや、一瞬の躊躇(ためら)いのせいで、その機会を瞬時に失っている。

 それには気がついていて――――


 ()けた先で足払いをかけられ、俺は尻餅をついた。



「っ……」



 思いっきり打ちつけた尻が痛い。

 しかしそれよりも、あっさりとひっくりこけた事がカッコ悪くて顔を上げられなかった。



「フィー!」



 名を呼ばれ顔を上げると、ユリウスが木剣の先を俺に向けたまま、こちらを睨んでいた。



「どうして手を抜くんだ!」


 

 俺は答えられなかった。

 手を抜いた。というよりは、気を取られていたという方が正しい。


 本気で打ち込んで、ユリウスがこけたらどうしよう。

 もし、剣先があたって身体に傷をつけてしまったら……


 俺が反撃を躊躇(ためら)っていたのはそんな理由。


 チラチラと頭に浮かぶ雑念は剣技を鈍らせ、気がついたら尻餅をついていた。

 でも、どうしてそんな事が頭をチラつくのか俺自身にもわからなかった。



「……もういい。……フィリップとは鍛錬しない」



 ユリウスがそう言い残して立ち去ったが、俺はまだ茫然(ぼうぜん)として動けなかった。




                    ・

                    ・

                    ・




「ユリウスが怒っていたよ? 殿下が鍛練の手を抜くと」

「……手を抜いたわけじゃあ……」

「ふうん。でも、今の二人の実力を考えれば打ち合う前に決着がついてしまうとは思えないけど」



 ユリウスが城へと来なくなってから数日後。

 代わりにとやって来たのはセクト男爵だった。

 最初は挨拶から始まり公務の事や鍛練の話をしていたのに、セクト男爵は上手に話を展開する。その心地よさに、つい余計なことまで話していた。



「……俺……ユウリィが……」



 女性だと気付いてしまった。

 そう伝えたら、男爵は「そう。だから、本気になれない?」と言ってきた。


 俺が頷くと、男爵は笑いながら「殿下は優しいね」と、言い、その後で「しかし、ユリウスが怒るのも当然だ」と続ける。



「ねえ、殿下。ユリウスは自分から女の子だから手加減してって言ったの?」



 俺は男爵の質問に首を振る。

 そんな事ユリウスは一言も言ってないし、むしろ、俺に女性だとバレたあの日の事すら全く触れていない。



「じゃあ、なんでその事実が鍛練の手抜きになるの?」

「だって、もし怪我でもさせたら……」

「ははは、怪我! いいですよ、いくらでも怪我させて」



 男爵のセリフに言葉を失った。

 どこの世界に娘を怪我させていいだなんて笑う親がいるのか。



「昔っから怪我なんてしょっちゅうじゃないですか」



 そう続けた男爵の言葉に俺は(うつむ)くしかなかった。



 俺はユリウスに怪我をさせた事がある。

 鍛練の時はもちろん、それこそ、喧嘩して殴り合った事もあった。

 今思えばなんて事をしてしまったのかと後悔する。



「怪我なんて、生きてりゃするもんですよ殿下」

「……不可抗力な場合はしかたないけど、鍛練の時は避ける事が……」

「でも、鍛練が充実していなければいざって時に怪我しますよ」

「それはそうだけど、それでも……」



 それでもユリウスに怪我なんてさせてたくない。と、思った。

 刺突(しとつ)が身体に決まれば(あざ)ができる。頬を(かす)めれば擦り傷ができる。

 俺自身がユリウスにそんな傷を増やしてしまうなんて、嫌だ。

 むしろ、そんな傷から守ってやりたい。他でもない、俺自身が。

 そこまで考え、なんで自分がそう思うのかぼんやりと気付いてしまった。



「殿下はユリウスを甘く見過ぎです」



 俺は考えを中断し、視線を男爵に向ける。すると、男爵がニヤリと笑った。



「ユリウスは確かに女の子ですが、剣の技術はなかなかのものです。そんなユリウスに怪我をさせてしまう程、殿下に腕前があるとは思わないですけどねぇ」

「!!」

「まあ、最初っから手を抜いて勝ちを譲っているようなら、尚の事無理でしょうねぇ」

「し、失礼な!!」

「失礼なのはどっちですか? 殿下?」



 男爵の言葉が胸に刺さった。

 じわりと広がる痛みは後悔という名で俺の頭に届く。



 男爵の問い。その答えは言われなくてもわかる。

 どうして俺が本気でユリウスの相手を出来なかったのか。

 そして、その事実がどれだけ失礼なのか。


 恥ずかしかった。


 騎士を目指すユリウスに対して、どうしてあんな腑抜けた相手をしてしまったのか。

 俺がユリウスをどう思っていようが、それは関係ないのに。



「ああ、そうそう。ユリウスの憧れって知ってます?」



 突然思い出したように男爵が訊ねてきた。当然俺はそんなこと知らないので、首を振ると、「ユリウスは優しくて、強い、王子様が好きらしいですよ」そう言い残して、男爵は庭を去って行った。


 残された俺はうつむいたまま男爵の言葉を噛みしめる。

 そして。



『ユリウスは優しくて、強い、王子様が好きらしいですよ』



 去り際に残してくれた言葉もしっかり記憶しておく。

 俺がこれから目指すのはきっと、そういう存在だから。




                ・

                ・

                ・




 次の日、俺はユリウスのところへ行こうと思っていた。

 もちろん鍛練に誘う為だ。その際、手は抜かない。本気でやる。

 

 怪我をさせてしまうかも。という不安はあるが、男爵の言う通り怪我はいつもの事だ。

 もし、少しでも怪我をさせてしまったら、しっかりと手当をしよう。そうすれば、傷も早く良くなるし、(あと)だって残らずにすむ。そして。



(今まで以上に優しく、しよう)



 そう考えて顔が熱くなる。

 こんな事を自分が考える日が来るなんて思いもしなかった。



「フィリップ」



 背後から声をかけられた。

 男にしては高い声で、女にしては低く落ち着きのある声質。

 振り返らなくても誰かわかる。

 この数日間、聞けなくてモヤモヤしていたんだ。



「………ユ、ユウリィ………」



 情けない。

 名前を呼んだだけなのに噛んでしまった。


 ユリウスは俺の戸惑いなど気にせず、不機嫌そうに木剣を差し出してきた。

 鍛練の相手をしろ。と、言いたいのだろう。


 いつもなら「俺とやらないっていったじゃないか」と、言ってまた喧嘩をする。

 でも、今日は言わない。

 俺は鍛練でユリウスに答えねばならない。

 本気で相手をし――……勝つ。そして、この間の事を謝るのだ。


 俺は黙って手を伸ばし、木剣を受け取る。



「手ぇ抜くなよ」



 ユリウスが間合いを取り、俺を見据える。



「当たり前だ」



 俺もユリウスに応えて、木剣を構え――



「こい! ユリウス!!」




                  ・

                  ・

                  ・




「はぁはぁはぁ……」


 荒い呼吸と全身を覆う疲労感。そして、突き付けられる木剣。

 その剣先を見つめ、俺は呆然とした。


 手は抜いてない。

 本気でやった。

 なのに。



(……負けた?)



 たしかにユリウスと鍛練している時に負ける時はあった。だけど、こんなに気合を入れて相対したのにまさか負けるだなんて。



「フィー」



 声がして顔を上げる。

 上下に揺れる胸元と、汗の伝う首筋。

 引き上げられた口角に、俺を見下ろす翡翠色の瞳は細められていた。


 ユリウスが笑っている。


 俺は不覚にも見惚れてしまった。

 ユリウスは完全に男装しているのに、こんな気持ち(・・・・・・)になるなんて。

 やっぱりそう(・・)なんだとはっきり自覚する。


 ユリウスが俺に向けて手を差し出してきた。

 それは「立て」といっている。

 俺はニッと笑う。そして平静を装い、手を取りながら、言う。



「まさか勝ち逃げする気じゃあないだろうな? ユウリィ?」



 俺の言葉にユリウスは笑って、「このまま勝ちを重ねてやるよ」と、返してきた。


 生意気な。

 剣術を覚えたのは俺の方が先。

 このまま負けてやるつもりはない。


 俺とユリウスは間合いを取り、構える。



「その言葉、後悔させてやる」

「さぁて、できるかな」



 お互いがニッと笑い、地を蹴る。

 カツンっと木剣同士が当たり、音が庭に響く。

 額に汗が流れ、呼吸も上がるが、それはお互い様で。

 俺たちは勝負が決まるまで打ち合うのを決して止めない。



(今はこれでいい)



 今はまだ、このままで。

 ユリウスに伝わらなくていい。



(でも、覚悟しておけよユウリィ)



 俺は間合いを一気に詰め、思いっきり打ちこむ。

 はずみでユリウスが庭の植木まで吹っ飛んだ。



「はっ! まだまだだな、ユウリィ!」



 そう言い放っていつものように笑う。

 ユリウスが植木にもたれたまま不服そうな顔をしたが、それもいつもの事。

 俺は先程ユリウスがしたように手を差し出す。



「まさかこのまま終わりにする訳じゃないよな? フィー?」



 差し出した手を握り、ユリウスが言う。

 そんなユリウスに俺は「連勝してやるよ」と、答える。


 さっきと立場が逆なだけで同じやり取り。

 俺達はお互い顔を見合わせて笑った。



「やっぱりフィーの刺突(しとつ)は威力があるな」

「ユウリィも剣(さば)きの腕を上げたな」



 答えながら俺は笑うユリウスを見つめる。


 

 兄弟、親友、幼馴染み。



 俺達の関係を(あら)わすのはこんな言葉。

 今までは当たり前だと思っていた関係。

 でも。


(それだけじゃあ足りない)


 そう思う気持ちに気がついてはいるが、俺はまだ行動を起こさないと決める。


 行動を起こす時にはもっと大きく、強く、そして優しい男になってからだ。



「じゃあ、続けようぜフィー!」

「ああ」



 俺はそんな野望を心に抱きながらも、目の前にいるユリウスと視線の高さがほとんど変わらない事に改めて気がつく。


(……まずは身長をなんとかしないとな)


 今年十五になる俺と、十四になるユリウス。


 焦る必要はない。

 俺達にはまだ沢山の時間がある。


 よく晴れた秋の昼下がり。

 俺の想いは今日から始まった。






【番外編2:今日から始まる おしまい】



お読みいただきましてありがとうございます!

番外編、もう少し続きます。

よろしくお願いします(*^_^*)


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