19.懐かしの我が家と帰って来た日々
休暇最終日の夕方。
久しぶりに屋敷に帰るとユリウスは衝撃的な事実をいくつか目の当たりにした。
まず、庭。
十日前から野草園だった庭はさらに成長を遂げ、このまま放置したら局地的にこの場所は森になりそうだった。そうなったら、セクト家は廃屋……むしろ、完全に忘れられた屋敷になり果てるだろう。
恐るべし野草園。
ユリウスは明日の早朝から、草を刈る事を心に誓う。
次に、マリー。
何故かニヤニヤしながら、小説を薦めてきた。
そのタイトルは「王子様と男爵令嬢の恋」。
あまりにストレート過ぎて、クラっときた。
何があったのか聞いてみたが、答えはニヤニヤ。
やはり、マリーの脳内は覗けない。
自分自身の精神安定上、彼女の脳内花畑に立ち入らない事を心に誓う。
そして……。
「ただいまー! ラッシュ!!」
早速愛犬を抱きしめようと小屋の方へ行くと、プイッと顔をそむけられた。
これが、一番ショックだった。
何が原因なのだろうと、考えを巡らせてみるが、思い当たる事が多すぎて具体的に分からない。
「ねぇ、ラッシュー沢山遊べなくてごめん!」
プイッ。
「ラッシューひょっとして私から嫌いな匂いとかするー?」
プイッ。
「うう……、他のわんこの匂いがするからイヤ?」
プイッ。
うううっ。
ラッシュは相当ご機嫌斜めのようだ。
ユリウスはいい香りのする入浴剤を入れて身体をしっかり洗い、そして、ラッシュと遊ぶ事を心に誓う。
――――そして翌朝。
遂に二週間の休みを終え、久方ぶりに登城した。
ユリウスは疲れ切っていた。
休み明けのくせに。と、他の者から見られればそう思われるかもしれない。
しかしその歩みは鈍く、背の曲がった後ろ姿は一日の仕事を終え疲れきっているように見える。
ユリウスはまず昨日の心の誓いを実践した。
朝早く起きてラッシュのご機嫌を取り、野草園の解体に着手。
だが、ラッシュの機嫌はなおらず、野草園の解体もまだまだ時間がかかりそうだ。
マリーはというと、ニヤニヤしているだけなので実害はない……。だが、なんだか気持ち悪い。
パティスリーモモのプリンを一人占めしただけでは飽き足らず、また何かあったのだろうか?
未だそのニヤニヤの理由は分からないが、脳内花畑に立ち入らないつもりなので、これは謎のままだろう。
まあとにかく。また休みが欲しい。
この休みは屋敷の管理を放り出して金策に走っていたので、今度の休みは……そう、屋敷の用事をしたい。
そうは思うが、実際フィリップの護衛から離れ、休暇を取ったのだ。
それはゆるぎない事実で……
(って、あれ?)
ユリウスはふと立ち止まり思いを馳せる。
昨日フィリップは調べ事をしていたと言っていた。
その流れでクライン男爵の書簡強奪を知り、証拠を探していたとも。そこへ、自分とクライン男爵の賭け現場に遭遇して……
『ユリー!!』
たしかにそう呼ばれた。
あの時点で偽名はラフィーネでしか使っていない。なのに、フィリップはその偽名で自分を呼んだ。つまり。
(フィーは私が、ラフィーネ家で仕事をしていた事を知っている……!!)
そう考えついたら、血の気が引いた。
騎士は副業禁止だ。
バレたら減俸、謹慎、最悪は地位剥奪。
(うそ、でしょ……)
そういえば、昨日のフィリップは何だか様子がおかしかった。
そもそも理由を説明され普通に受け入れたが、よく考えればあの場にフィリップがいる事自体がおかしいのだ。
フィリップが不正をした人間に対して、贔屓するなどありえない。
それは幼馴染みであっても当然であった。
ユリウスは生きた心地がしないまま、執務室の扉をノックした。
「殿下、長期にわたる休暇を頂き、ありがとうございました」
「……うむ。よく休めたか?」
「はい。ゆっくり休養させていただきました」
定型文のような挨拶をかわし、フィリップの執務室を後にする。
ユリウスは廊下へ出て、ふうーっと長く息を吐いた。
とりあえず、あの場ではお咎めなしのようだ。
……でも、あとから自室に来るであろうことは安易に予想できた。
予想通り昼をすぎたころ部屋をノックする音が聞こえた。
扉を開けるとフィリップが思いつめた様な表情をして部屋に入って来る。
俯きがちで視線を合わせようとしない。
苦しそうな、戸惑っているようなそんな表情。
(そ、そんな重い罰ってこと?)
これは、本格的にマズイ気がする。
「殿下……ご用はなんでしょうか?」
恐る恐る声をかけると、フィリップが「ユウリィ……」と、元気のない声で自分を呼んだ。
その声でますます不安は募り……
「やっぱ……クビ?」
意を決してそう訊ねた。
言い訳できるとは思ってないし、事実、職務規定に反したのは紛れもない事実。
じわじわと首を絞められるように言い渡されるより、バッサリと言ってほしかった。
しかし、予想に反してフィリップは「は?」と、首を傾げた。
「規則違反の事」
「あ……ああ。その事か」
その事以外、何があるというのだろうか?
こちらとしては戦々恐々としながら、フィリップの言葉を待っていたのに、なんとも間の抜けた言葉を返され、力が抜けた。
「今回は休暇を装い潜入捜査ってことにしてある。……だから、クビにはしない」
規則違反を正当化する判断に驚いた。
フィリップにしては甘すぎる……そう思って、つい「でも、それじゃあ……」と、声をかけてしまった。
「罰にならないというのだろう? それは心配ない。
お前には、今回の長期休暇の代休を与えない。
……そして、仕事で得るハズだった給金も受け取らせない。
今回の功績と差し引いてこの罰だ。十分だろ?」
「うぅ……確認すると、辛いね」
「自業自得だ」
たしかに、クビにならなかっただけ良かったのだけど。
でも、この二週間の事を思うと……
(……楽しかった。な)
素直にそう思った。
休暇のおよそ半分はわんこと遊んで暮らしていたわけだし、後半は可愛い「妹」も出来たし。
まあ、最後はちょっと大変だったけど、結果何事もなかったから良しとしよう。
それに、肝心のクライン男爵は自分が見つけた書簡で拘束出来たと聞いたし、バッグに入れておいた書類もちゃんと効果を果たしたようで、ルークとの依頼も完了。
これで悲しい思いをするわんこは減るはずだ。それだけで、十分働いた価値がある。
しかし。
忘れてはいけないのは…………お金だ。
そもそもお金が必要なのは変わりがなくて、このままだと債務不履行になってしまう。
バレたくない。いやだ、女装ドレス任務……そう思うが。
もう選択肢はなかった。
「殿下……」
「なんだ、改まって」
「……経費、申請したいです」
「? かまわないが、何の経費だ?」
ああ、やっぱり。聞かれるよね、経費の内容。
予想していたが、やっぱり言わないといけないよね。
だって、国のお金を使うんだし。
ユリウスは少しだけ声を小さくして「先日の夜会用ドレスと宝飾品の代金です」と、伝えた。
ちらりと目線を上に向けると、不思議そうなフィリップの顔。
「……ドレス新調したのか?」
「……ええ」
「……なんで、また?」
ほんと、予想通り。でも、やっぱ聞くよね……当然。
ユリウスは隠す事を諦め、
「……なかったからです」
「……え?」
「だからドレスが『ない』からです!」
潔く言い切って、フィリップにからかいのネタを提供した。
「な、なかった……だと?」
「そう! ない! ドレスは一着も!!」
「うそだろ……」
「こんなウソ言う必要ある!?」
半分怒りながら言うと、フィリップは困った顔をして「すまない、気がつかなくて」と、謝ってきた。
そんな風に言われるとなんだか恥ずかしくて、余計に怒れてしまう。
そりゃあ、世の中広しと言えど、ドレスを持っていない男爵令嬢はあんまりいないでしょうね。
普段男装しているし、夜会には全く参加しない。そんなドレス不要な人生を送ってましたからっ!
気付かなくて当然だと思いますよーだ!!
「……経費は認める。全て、あげてくれ」
「……ありがとうございます」
ブスッと返事をすると、フィリップが頭をポンポンと撫でてきた。
慰めてくれているのはわかるが、子供扱いされている気にもなる。
フィリップも末っ子なので、自分を弟扱いしているのだろうけど。
「あー、他に必要なものはあるか?」
「へ?」
慰める為かフィリップはいきなりそんな事を言った。
「たとえば……そうだな。ドレスに合わせてブルーサファイヤのイヤリングなんてどうだ?
もしくは、違う青系統でのドレスとか……」
(ちょっ……と待て!!)
これは慰め……じゃない!
何気なく女装任務セットを進めてくるフィリップにブルブルと首を横に振った。
「も、もういらない! ドレスも宝石もいらない!! ホンットにいらないから!!」
言葉通り真剣に断るとフィリップが目をスッと細め、不機嫌そうな顔をした。
「そんな真剣に断る必要ないだろ……」
「いいや、これ以上はいい!! それでなくてもこんなに経費で買ってもらったら任務に――……」
……しまった。
そう思ってフィリップの顔を見たら、不機嫌そうな顔から一転、ニヤリと笑みを浮かべた。
「たしかに。国の経費で買うんだからな。沢山使わないと」
なあ? ユウリィ?
そう続いたセリフに血の気が引いた。
既視感、というか、正夢っていうか。
「そういえば、今度夜会があったなあ……」
顎に手を当てて思い出す様に呟くフィリップ。
それを聞き、後ずさるユリウス。
初夏を終えて本格的な夏。
無事債務不履行を免れたユリウスが、しばし夜会三昧だったのは言うまでもない。
【第二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」おしまい】
今回で第二章終了です。
お付き合いくださいましてありがとうございました!!(*^_^*)
次は、番外編をいくつか投稿いたします!
お暇がありましたら、またお願いいたします!!




