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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
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14.食事会(後編)






 会場に戻ると空気が張り詰めているように、シン……と静まり返っていた。

 自分が会場から離れた時は、談笑などが繰り広げられておりこんな雰囲気ではなかったのに。

 よくよく見てみると一つのテーブルに来場者が集中している。

 先程と同じようにクライン男爵の元に人が集まっているようだ。

 しかし、そこでも談笑しているようには見えない。


(一体何が……?)


 そう思い、様子を窺うように近づいて行くと、テーブルの中心にはヘラがいた。そして、クライン男爵も。


 なんだか嫌な予感がしてすぐテーブルへと駆け寄った。途中、来場者に声をかけながら人ごみをかき分けて進む。そして、ようやくヘラの側まで辿(たど)り着き、その視線の先を見ると――――



「…………!!」



 テーブルの上にはカードが散らばっていた。

 数枚は表を向いており、ヘラの前とテーブルを挟んでクライン男爵の前に。

 ヘラの周りを強張った空気が支配している。その緊張した面持ちを見て、二人が賭けをしたのだとわかった。



「……何を賭けたの?」

「…………」

「怒らないから、言ってごらんなさい」



 ヘラの肩に手を置き、(さと)す様に言うと「くっくっく……」と、笑い声が聞こえた。


「お嬢様は賭ける物がないとおっしゃったので……」


 御自身をお賭けになりましたよ。

 そう続けられた言葉に、ユリウスは絶句した。



「ご、ごめんなさい。ユリー……」



 この時初めて長く会場を空けた事を後悔した。

 クライン男爵がギャンブル好きと知っていたが、こんなに来場者がいる中で、まさかヘラと賭け事をするとは考えが及ばなかったのだ。


 ――いや、そんなのはただの言い訳。

 食事会場なら身の危険はないと、どこかで油断して……。


迂闊(うかつ)だった……!!)



 ユリウスは自分自身が賭けをする可能性は考えていた。

 しかし、その際は相手に差し出してもらう物も、差し出す物も決まっており、万が一負けても大丈夫なように準備していた。

 一体ヘラが何を差し出してもらい、自分を賭けたのかは分からないが……勝負はすでについている。



「私、装飾品の効果の事をみんなに知ってもらいたくて。それで……」



 ヘラの話を聞くと、ユリウスが可能なら使いたくないと考えていた方法――オルマに装飾品を付けたまま目の前で幸運を探してもらう――を実践してもらう為に、賭けをしたのだという。


 男爵の言い分が正しければ、過去に幸運を見つけた事のあるオルマが装飾品を付け探せば幸運は見つかる。

 しかし、ここでオルマが幸運を見つけなければ――――


 そう、ユリウスは(あらかじ)めルーク経由でオルマに頼んでおいた。


 幸運を見つけないで。と。


 そうすれば、装飾品の信憑性(しんぴょうせい)(わず)かでも落とせると考えた。

 おそらくヘラも自分がオルマに直接伝えればよいと考えていたのだろう。


 ただユリウスがこの方法を取りたくなかったのは、不確定要素がある事と、男爵にいい訳できる隙があるからだ。

 不確定要素というのは、「幸運」を探す事によりかかる「時間」や「場所」。

 言い訳出来る隙は言うまでもなく、「今日は調子が悪い」とか「ここには初めから幸運はない」とか。


 それでも使った方がよいと判断した時に、持ち出してみようと考えていたのだ。



「くっくっく……私もこんな可愛らしいお嬢さんを頂いてもねえ……」



 そう笑いながら言うクライン男爵の瞳が鈍く光る。

 この状況を楽しんでいるといった風だ。

 ユリウスは今にも泣き出しそうなヘラの肩をそっと自分の方へと抱き寄せ、クライン男爵を見る。



「……それなら、なかった事にしてくださいます?」

「それはできませんよ」



 クライン男爵は不敵な笑みを浮かべた。そして、思い出したように声を上げる。



「ああ、みなさん。引き止めてしまって申し訳ありません。

私は少々話をしなくてはなりませんので、続きはまたの食事会の時に」



 ヘラとクライン男爵を囲んでいた来場者がゆっくりと離れて行く。

 途中、(あわ)れんだ表情でこちらを見る人がいたが、声を掛けられる事はなかった。

 会場から一人、また一人と来場者が帰ってゆく。


 食事会が始まってそんなに時間は経っていないが、男爵の『またの食事会の時に』という言葉は、暗に今日はお開きだと宣言したのと変わらなかった。


 クライン男爵は静かに笑みを浮かべながらこちらを見ていたが、何も言ってはこない。

 自分も余計な言葉は発しない。

 しかし、主導権はこちらにはなく、ただひたすら来場者が出て行くのを待つ。



 ゆっくりと時間をかけ、最後の来場者が会場から出て行った。

 ドアマンが大きな扉を閉め、ドアマン自身も退場する。

 広い会場は三人だけとなり、さらに広く感じた。



「さあ、どうしましょうか?」



 こちらの出方を見ているのか、クライン男爵は愉快そうに目を細めた。


 ユリウスはスッと一番大きな宝石が付いた指輪を外し、テーブルの上に乗せる。

 指輪はラフィーネから預かった物で、賭けで失う事があってもよいとされている、本来賭けに差し出す予定だった品だ。



「こちらと交換で」

「交換?」



 クライン男爵は笑いながら「交換なんて冗談でしょう?」という。ユリウスも引き下がるつもりはなく、「本気ですわ」と令嬢になりきって微笑み返す。


 しばらくそうしていたら、クライン男爵がニタッと粘着質な笑みを作った。



「指輪もいいですけど……」



 貴女もいいですね。



 そう続けられて、鳥肌が立った。

 ねっとりと舐めまわす様な視線に、背筋に悪寒が走る。



「交換する物は……貴女にしましょう」

「な、なにを」

「宝石はいつでも手に入りますが、貴女は今しか手に入らない」

「そんな事、了承するわけないでしょう?」

「……じゃあ、この交換はなかった事に」



 ユリウスは内心、天を仰いだ。

 まさか宝石より自分を欲しがるとは思っていなかったので、正直焦る。



(わたくし)などと交換しても意味がありませんわ。もっと、他の物を用意……」

「いえ、貴女以外は受け付けるつもりはありません」



 相手が嫌がる事を平気でするなんて最低だ。

 しかもこちらが断らないと踏んで言っているのが分り、余計に腹が立つ。

 こんな時、もっと交渉術に長けていたら……と、そんな事が頭に浮かぶ。

 しかし現状は腹を立てようとも、無い能力を望んでも変わる事はなく――今ある物で戦わなくてはならない。


 だからもう、腹を(くく)るしかなかった。



「では、せめて賭けにしませんか?」



 ユリウスは静かに言う。



「私が勝ったら彼女を、クライン男爵が勝ったら彼女の代わりに私と指輪を」



 今はヘラを守る事。

 それが最優先事項だ。

 あとは……自分で切り開くだけ。

 クライン男爵が「くっくっく……そうこないと」と、満足そうに笑った。






 少しだけ時は遡り、クライン男爵家正門――



 馬車に揺られ数十分。

 むしろ裏道を歩いた方が早いのではと思う程の時間をかけ、二人と一匹は目的地に到着した。

 設定上(・・・)従者になっているので、主人(・・)より先に馬車から降り、エスコートするように手を差し出す。

 後から降りてきた金髪碧眼の主人はそっと手を乗せ、優雅に馬車から降りる。

 続いて外が待ち切れなかったのか、淡いグリーンの子犬が自ら降りてきた。



「あ! 待ちなさい! ルー…………イ!!」



 主人――というか、セシルが、慌てて子犬を抱き上げると、子犬は不満そうにプイっと顔をそむけた。


「……お嬢様、ルーイは元気ですね?」


 元気過ぎるのは若干困るので、少し嫌味も込めて訊ねてみる。

 するとセシルは「結構人見知りが激しくって」と、返してきた。


 おい。

 人選……じゃなくて、犬選間違えてないか?


 フィリップはチラリと子犬を眺めて溜息をついた。




 そもそも犬を頼んだ理由はいくつかある。


 一つは、妙な装飾品というのが犬の首輪であると聞いていたから。

 二つ目は、証拠品探しの手伝い。


 食事会の目的が装飾品販売ならば犬を連れていた方が何かと情報を仕入れやすいと考え、ラフィーネ家の犬なら自家から出された封書の匂いを見つけられるかもしれない。

 後はまあ、犬を理由にすれば妙な所にいても誤魔化せるとかなど、念の為という感覚が強いが、役に立つならそれが一番だ。

 ……と、そんな風に思っていたが。


 セシルが連れてきたルーイは良くも悪くも目立つ犬だった。



「まあ、かわいらしいワンちゃんだこと!」



 男爵家の正門をくぐり、庭へと差し掛かったところでの第一声だった。

 庭遊びをさせていたと思われる厚化粧のマダムがこちらへ寄って来て、胸の前で手を合わせる。


 「可愛いわね~」「名前はなんていうの?」など、話題を振られつつ、セシルはというと、そのマダムの話をのらりくらりとかわしながら、「おほほほ」「うふふふ」と、言い合っていた。


 正直合わせるのも面倒な会話に、いとも容易(たやす)く溶け込むセシル。

 その器量はただの女装男にしておくのは惜しい気がする。


 そんな事を思いつつ従者としてセシルとマダムの様子を見守っていると、屋敷の中からぞろぞろと人が出てきた。

 マダムもセシルとの会話を切り上げて、そちらの方へ近づいていく。



「ヘン……ですね」



 セシルが小さい声で言うのを聞き、黙って頷く。

 まだ時間帯としては丁度食事会の中盤だと思っていたのだが、それにしては出てくる人が多すぎる。

 フィリップはセシルに視線を送り、さりげなく理由を聞き出す様に促す。

 どうやらうまく通じたようで、セシルは溜息をつきつつ人ごみの中へ足を進めた。

 少し離れた場所でセシルが可愛らしく小首を傾げながら訊ねている。すると、相手のマダムは困ったように眉尻をさげているのが見えた。


 あまりいい話ではなさそうだ。


 そう思いながら、会話を終えたセシルがこちらへ来るのを待っていると。突然ルーイが暴れて、セシルの腕から飛び出していった。


 何があったのかと思い慌ててセシルの元へ行くと、「あいつ……!!」と、令嬢らしからぬ言葉遣いで ルーイの背中を睨んでいて――はっと、した表情でこちらを見る。



「……捕まえてちょうだい!」



 一瞬躊躇いをみせつつも堂々と命令されてしまい、フィリップは仕方なくルーイを追いかけた。









いつもありがとうございます!

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