13.食事会(前編)
もう初夏とはいえない、うだる様な暑さの中ユリウスとヘラは仕立屋に向かった。
数日前に注文しておいたドレスを受け取る為だ。
結局、心配されていた戦闘は子犬を助けた一度だけ。まあ、あれは戦闘とはいえないけれど。
ただ一番戦闘の可能性が高いのは今日なので、油断はできなかった。
女性の、それも令嬢に扮して食事会に参加するので、いつもの剣は持っていけない。
ユリウスはドレスに着替えつつ、太ももにナイフを仕込む。
基本、剣を持っていない時などは体術で応戦するが、念のためである。
「ユリーさーん!! 着替えられましたー?」
衣装部屋の外から声をかけてきたのはヘラ。
いつもと変わらない明るく元気な声を聞いて安心する。
ヘラとは途中から別行動を取らねばならない。
だから彼女がヘンな緊張をしていないというのはいい事だった。
ユリウスは衣装部屋から出てヘラに「お待たせ」と、伝える。
「はわあ……ユリーさん良く似合ってます!」
「え? あ、ありがと……ヘラも良く似合ってるよ」
ユリウスのドレスは軽装で、夏仕様。
生地も薄めで、首周りがしっかり開いている。
胸元にはフリルや花があしらわれていて、いろいろ誤魔化せるようになっていた。
ヘラのドレスも同じ、夏用で生地も薄い。
フリルの量が自分の物より多く、背中には大きなリボン。
それに合わせて髪飾りもお揃いになるようなリボンをつけている。
自分と比べて、全体的に可愛らしい感じにまとめられていた。
(なんだか、妹ができたみたい)
自分の頬を緩むのを感じつつ、そんな事を思う。
(あ、でも四人姉妹だったら、男装していたのはヘラだったかも?)
想像すると元気な男の子も似合う気がする。
「よおーし!! がんばろうね! ユリーさん!!」
そう言いながらぴょんぴょん飛び跳ねるヘラに、「やっぱり、どっちも似合う」と思いながら頷く。
ユリウスは今日限りの可愛い「妹」を守る事を誓う。
そして二人で予め手配して置いた馬車に乗り男爵家へと向かった。
クライン男爵家の屋敷に到着し、会場へと案内された。
以前屋敷を外から見た時は全く分からなかったが、その内装は「贅沢」の一言に尽きる。
エントランスからメイン会場へと移動する間の通路には高価な調度品や絵画が飾られており、少し視線を上に向ければ、光を浴びて輝く豪奢なシャンデリア。
逆に下へと視線を向ければ、これまた上等な絨毯が敷かれている。
(田舎男爵の屋敷じゃないでしょこれ……)
セクト家はあまり贅沢品に興味はない……しかし、同じ爵位でこれほど違うと悲しい気もする。
まあ、もっとも資産で爵位が決まるわけではないので、関係ないといったらそれまでなのだが。
ユリウスは改めて廊下を見回す。
豪華絢爛な調度品達を見て、先日捨てられていた子犬を思い出した。
(こんな物を買う為に……)
動物を飼う事にしたらなら最後まで一緒にいるべき。
そう考えている、ユリウスにとって男爵のしている事は信じられなかった。
考え方は人それぞれ……と、納得できるものではない。少なくともユリウスには。
ユリウスは目を閉じ、すうっと息を吸いこんだ。
心を落ち着かせる為ゆっくりと吐き出し、そして、目を開けた。
凛とした瞳は目の前に迫る会場を見据える。
今日はユリーとして働く最後の日。
必ず、クライン男爵に装飾品販売を止めてもらう――――そう、心に決める。
会場内はすでに多くの人達が集まっていた。
少し気遅れしながらも、開け放たれた大きな扉から会場内に入る。すると、ひと際大きなシャンデリアが目に飛び込んでまた子犬の事が頭にチラつく。
しかし、それらに気を取られないようしっかりと目的を思い出す。
会場から出入りできるのはテラスを入れると五つ。
今、自分達が通って来たエントランスへと向かう通路で一つ。
窓側にある二か所の扉はそのまま中庭へと続いているようだ。
さらに、その正反対の位置にある扉からは給仕が忙しく出入りをしている。
恐らく、レストルームやその他の部屋へと繋がっているのは……
(あの扉ね)
ユリウスは自分が向かう場所を確認し、ゆっくりと会場内を歩く。
食事はビュッフェスタイルなので料理を選ぶフリをしながら、辺りを観察する。
ただ、何も手をつけないわけにもいかないので、匂いが付かないような料理を少し頂く。
隣でヘラが「おいしいです!!」と喜んで食べているのが、無駄な緊張を解してくれて丁度良い。
会場内を歩く中、ふと、人だかりができている場所があった。
食事を取る為のテーブルを取り囲むようにする来場者。
その真ん中には。
(……クライン男爵)
クライン男爵はグラスを片手に談笑していた。
離れている為、何を話しているかは聞こえない。
男爵と相手がにこやかな笑顔を浮かべているところを見ると、会話は弾んでいるようだ。
ユリウスは少し近づきクライン男爵の斜め前へとまわる。
男爵の瞳は黒色。
眼鏡の奥に隠された瞳は、その朗らかな笑顔には似合わない陰湿そうな光を鈍く放っていた。
ターゲットを再確認した後、しばらくは会場に残り食事を楽しんでいるフリをする。
会場に入ってからある程度時間が経っている事を確認し、ヘラに声をかけた。
すると、ヘラは笑顔で「はーい」と、返事をしたのでユリウスは会場から廊下へと出て行く。
名目上は化粧直しの為である。
もちろん、本当に化粧を直すわけではなく、これからが本番。
ユリウスは素知らぬ顔で廊下を歩いた。
すれ違う来場者や使用人に笑顔で挨拶をしながら、階段を目指す。
下調べによると男爵の執務室は二階にあるとの事だった。
二階へと続く階段は複数個所存在するが、自分が歩いていても不自然ではない場所から使えるものは多くない。その中から一番目立たない階段を選び、周囲に誰もいないのを見計らって素早く駆け上がる。
使用人の多くは一階の食事会にかかりっきりのようで、人の気が無いのが幸いだった。
ユリウスは周囲に気を配りながら扉に手をあてる。
中から物音などがしない事を確認し、そっと開けた。
その部屋は調度品置き場だった。
彫刻や壷、絵画、壁に立て掛けてある筒状のものは絨毯だろう。
ざっと室内を確認しそのまま扉を閉める。
用のない部屋に足を踏み入れる必要はなく、さっさと次の部屋へと進んだ。
その後、何度か同じような事を続け、遂にそれらしい部屋を発見する。
室内は廊下と同じく数々の調度品と絵画が飾られており、その中でひと際存在感のある机が目を引いた。
ここだ。と、検討をつけ、素早く室内に身を忍ばせる。
後ろ手でそっと扉を閉めてから、目の前にある机へと足を運ぶ。
机は思った通り綺麗に片づけられており、唯一出しっぱなしになっていたペンとインクはまるで整列しているようにピシッと真っすぐに置かれていた。
その様子は神経質そうな男爵のイメージによく当てはまり、ここが執務室であると確信する。
ユリウスは室内をクルリと見回し、書類の保管場所を探す。
大方検討をつけた後、バッグから日除け用の手袋を取りだし、ガラス戸の付いた棚へと近づいた。
極力ガラスには触れないようにしながら引き戸を開け、中にある調度品を動かし隠されている物がないか確認する。
次に目を付けていたのは書棚。
書物はすべて背を向けて並んでおり、著名な人物の伝記や名言集、経理関係や資源活用など、比較的厚みのある書物が中心に置かれていた。
この中のいずれかに書類を挟んであったり、又は、書物に見せかけた小物箱があるかもしれない。
そう思ってページを捲るが……残念ながらそれらしいものはなかった。
物を隠すなら、無関係な物の中に紛れされる。
この方法が手っ取り早いと考え、棚を中心に探したのだが。
(もしかして別の場所で管理しているのかも)
可能性はゼロではない。
ただ、クライン男爵の印象を思い出すと、どうもしっくりこなかった。
朗らかに笑いながらも、影を帯びる瞳。
他者をどこかで信用していないように感じさせるあの瞳の持ち主が、大事な物を自分の目の届かない場所に保管するだろうか?
ならば、持ち歩くか?
いや、いろいろな人と会うのに、そんな危険を犯すだろうか?
すると、自分が比較的多くの時間を過ごす場所――執務室。且つ、自分の側に置くとしたら……?
ユリウスは執務机の裏側に回る。
座り心地のよさそうな革張りの黒椅子とその隣にはいくつかの引き出し。
(安直過ぎるけど、意外と……)
そんな事を考えつつ、引き出しを開けた。
中には書類を管理する為の品や、便箋などの文房具が入っており、その他あまり目立つ物はない。
それらの品々はキッチリと場所が決まっているように収められ、机同様、整然とした印象を受ける。
他の引き出しも開け、同じように収められている品々を見つつ、短く息をついた。
やはり安直過ぎるか。そう思いながら最後の引き出しを開け、ジッと中の品を眺めた。
――きちんと揃えられている文房具に、何かの規則性があるかもしれない。
ふとそんな事を思い付き、丁寧に文具の数や色、配置などを観察してゆく。
途中、コツンと爪が底板に当たった。
(……?)
妙に軽い音が気にかかった。
その違和感を確認すべく、違う引き出しを開け同じように底板を爪で弾いてみる。
全ての引き出しでそれ繰り返し、もう一度、最初の引き出しを確認した。
ユリウスは丁寧に引き出しの中身を取り出し、そして、底板の隙間にそっとナイフを刺し込む。
僅かに出来た隙間を利用し底板を外すと……木で作られた薄い小箱が出現した。
パチンと指を鳴らしたいのを我慢し小箱を手に取り開ける。
中からはいくつか書類が出てきて、その内容を確認しニッと笑う。
手早く書類をカバンに仕舞い込み、ふと、小箱の底に布が敷かれている事に気がついた。
念の為。と思い、布を捲ると……
(これは……)
布の下から出てきたのは王城専用封筒だった。
真新しさのない封筒は、中身も入っているような厚みがある。
後は配達人に渡すだけの状態だと思われたが、わざわざこのようなところに保管する意味が分からない。
ユリウスは封筒を手に取り、首を傾げつつも裏返してみた。
「!!」
思わず、誰もいないのに周囲を確認した。
自分の手にある書簡の状態を見て、しばし考え込む。……が、何の見当もつかない。
中を確認すれば良いものだが、万が一本物であるならば、騎士である自分にその権限はない。
ただ、一つだけ分かるのはこの書簡を持って行かねばならない事。
ユリウスは持っていたハンカチで書簡を包み、一瞬躊躇ったが、胸元に突っ込んだ。
カバンにはすでに別の書類が入っている為、もう書簡を入れる隙間はなかったから。
その後、小箱と底板を丁寧に戻し、すべてを元通りに片づける。
他に怪しい所はないだろうかと辺りを見回し、ふと、時計を見ると会場から離れて二十分以上経過している事に気がつく。
(そろそろ戻らないと)
ユリウスはもう一度室内を確認し、静かに部屋を後にした。
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