12.繋がる道
セシルはすぐに動いてくれた。
おかげでラフィーネ侯爵の書簡がどの段階で失われているか見つける事が出来た。
間に入っていた男どもを尋問し、出てきた貴族の周辺を調べる。
そこで共通して出てくる名前があった。
セレスト=クライン男爵。
三十を超え、脂の乗った独身男爵。大のギャンブル好きで、泣かされた者多数。
最近羽振りのよい男で、よく屋敷で食事会を行っているらしい。
どうもそこで、妙な装飾品を販売しているとか。
あと、犬を一匹飼っているらしい。
動物好きに悪いヤツはいない。と、聞いた事があるがこいつは例外なのだろう。
書簡の件に関して男爵は間違いなく『黒』と考えている。
ただ残念な事に泳がせていた書簡を見失った。
この書簡が男爵家へ運ばれる所さえ押さえてしまえば事は簡単だったのに。
証拠を押さえねばならないが、その証拠が確実にある期間は短い。
仮に運ばれたと思われる書簡を焼却処分しようとしたとする。
その場合、最後まで残るのは封緘に使われるインク。
重要書類などを送る場合などには必ず使われる封緘は特殊なインクで作られており、焼き尽くすには時間がかかるのだ。
その時間はおよそ三日間。
書簡が運び込まれたと予想できる日から半日は経っているので、残された時間はあと二日。
万が一書簡を外で処分する可能性も考えたが、王城宛の書簡を持ち出す――しかも、開封済み――となると、屋敷内で処分した方が遥かに安全だ。
それに、情報で上がって来ている男爵の性格を考えると、そんな重要な証拠――開封前ならまだシラを切り通せるが――を他者に預けるとも考えられない。
こちらの考えが当たっていれば、証拠は屋敷の中にある。
ならば家宅捜索をすれば良いのだが、残念ながらそれを押し切るだけの理由が今はない。
さらに、それだけの理由を二日以内に用意する事も難しいだろう。
一瞬、手詰まりか――――と考えたが。
もう一人使えそうな人物を思い当たり、ニヤリとほくそ笑む。
(勝手にユウリィを使っているんだから、代わりに働いてもらうぞ)
フィリップは騎士に変装し、また屋敷に向かう。
ここを訪れたのは二日前。
自分でもこんなに早く来るとは思っていなかったが、それ以上に驚いたのは間違いなくコイツの方だろう。
「…………」
相変わらず金髪碧眼の令嬢の姿をしている、女装男セシル。
その目は「また来たんですか」と、訴えるようにこちらを見ていた。
「先日は迅速な対応感謝する」
ひとまず、ラフィーネ侯爵への働きかけについて礼を告げてみる。
何か言うかなと思い、言葉を待ったが。
セシルの表情は変わらない。
恐らく自分がお礼を言いに来たわけじゃない事を、正確に理解しているのだろうと予想する。
「貴殿の協力のおかげで、ある事件に関わっている人物を特定できた」
「…………それはよかったです」
気乗りしない相づちを打つセシルにフィリップが「その人物というのは……」と続けると、「あわわ、待って下さい!!」と、中断してきた。
「………なんだ」
「いや、その、聞いてしまったら……また」
言い淀んだセシルの言いたい事はわかった。
しかし、こちらは引くつもりはない。
「…………ユリウスの休暇は後一日だったな」
フィリップはポツリと呟く。
ユリウスがセシルを介してラフィーネに行っているのは間違いない。
それはセシルの反応で決定的。
ただ、何をしに行ったかまではわからない……が、まさか皿を洗っているとは思えない。
と、なれば恐らく何らかのトラブル解決にかりだされたのだろう。
「……まあ、一日ぐらいなら早めに呼び戻しても……」
わざと言葉を切ると、セシルが「で、殿下~!!」と、懇願するように呼んだ。
この様子だと、ユリウスはまだラフィーネの元で動いているだろう。
「……俺だって、そうはしたくはないのだが……なあ? セシル?」
ニヤリと笑みを浮かべながら言うと、セシルは「ああもう!!」と、声を上げた。
「やらせて下さい!! ええ、なんなりと!!」
「お、やってくれるか。いや、助かるな」
軽口を叩くように言葉を返すと、セシルは「…………腹黒」と、ぼそっと言った。
「お前もよっぽどだぞ?」
「……殿下ほどじゃないです」
そんな事を言い合いつつ、早速本題に入った。
要点だけ伝えるとセシルはいくつか質問をして来た。
それに対して答えると、ふうっと息を吐きながらソファーにもたれる。
こちらの言った事を復習しているのだろう。セシルは思案顔だった。
(さ、どうするかな)
フィリップはセシルの返答を待つ。
話を聞いたからには無論手伝ってもらう。
セシルはこちらが知らないカードを持っている筈だ。たとえば、ユリウスが具体的に何をしているかとか。
ユリウスがラフィーネの元で動いていると予想しているより、事実をハッキリ聞いた方が作戦を練りやすい。
「ユリウス嬢は明日、クライン男爵家の食事会に参加します」
セシルはそう白状し、事のあらましを説明してくる。
話によるとユリウスは妙な装飾品を販売させるのを止めさせるために動いているらしい。
ラフィーネ家のヘラという娘と一緒に。
そして、明日の食事会に参加してそこで勝負を決める予定との事。
まさか同じ相手を追っているとは思っていなかったので、これは予想以上の収穫だった。
セシルは作戦の詳細を聞いていないらしいが、やる事は大体決まっている。
と、なればこちらとしてもその動きに合わせて便乗すればいい。
「セシル、明日俺達も食事会に行くぞ」
「……やっぱそうなりますよね」
「ああ。でも、ユリウス達と鉢合わせしたくないからな、うまく時間をずらして行くか」
「殿下、一応食事会は身分とかそういの聞かれますよ?」
「そんなものは、お前の従者にでもしておけばいいだろ?」
そう返すと、セシルは「はぁ……こんな威厳を放っている従者いませんよ」と、言いながら頭を触る。
「あと一つ。犬を一匹ラフィーネから手配してほしい」
「え、犬ですか?」
「そうだ。いろいろと役立ちそうだからな」
セシルの承諾の意を確認した後、もう少し詳細を詰めフィリップは屋敷から引き揚げた。
・
・
・
夕方、執務室に戻り書類を捲る。
明日も外出するので、前倒しで決済を進めた。
そしていくつかの決済を終え、もう今日は終わりだと決めて、書類止めを手に取る。
フィリップはしばし書類止めを眺めて、ツンと指ではじいてみた。
すると困り顔の犬はコロリとひっくり返って、ニッコリ顔の犬になる。
なんだかその様子を見て、笑みが零れた。
(うまくやれよ、ユウリィ)
彼女に会えなかった二週間が明日で終わる。
その嬉しさと明日の任務成功を思い、フィリップはニッコリ顔を表にして書類を止めた。
ユリウスの休暇十三日目の夜。
ラフィーネ家を出てからヘラと情報収集する事、三日間。
新たに得た情報を組み合わせ、明日の作戦を立てる。
明日、自分とヘラはお金持ちの令嬢に変装する。
人懐っこさを売りにし、財を築いた商人の娘。そして、クライン男爵の食事会へ参加する。
ヘラは会場に残り、クライン男爵を見張る。
自分は屋敷を調べ、使える証拠を探す。
狙いとしては装飾品――ルークはくず石と言っていた――の仕入れ先、及び、加工所関連の書類。調べによれば、男爵が仕入れ先として上げている場所と、本来の仕入れ場所は違う。その他、男爵の話と事実には食い違いがあるようなので、その辺りをつく。
幸運を呼ぶ装飾品が紛い物である事を証明する方法は、前回ラフィーネに戻った際ルークに下準備を頼んでおいた。
しかし、あまり良い方法とはいえない。
やはり、「幸運」という目に見えない物を証明する事は難しい。それは、「有る」「無い」どちらを証明するとしても。
だから、可能なら使わずに終えたい。
ふと視線を動かし、その先をみて頬が緩む。
ツインベッドの片方にはヘラが寝息を立てている。
いい夢をみているのだろうか。その寝顔はとても安らかなものだった。
ユリウスはスッと立ち上がり、窓の外を見る。
真夜中なのに外はうっすらと明るい。
窓に顔を近づけ空を見上げれば、少しだけ欠けた月がちょうど真上に差しかかったところだった。
(……明日の夜には全てが終わっているんだよね)
そう思うと緊張する。重要な任務の前日と同じような高揚感が身体中を駆け巡り、心臓がキュッと締まる気がした。
ユリウスは胸元のネックレスを握りしめる。
なんとなく、そうしてみて、心が落ち着くのを待った。
お読みいただきましてありがとうございます!(*^_^*)




