10.フィーとユウリィ
報告も兼ねてユリウスは、三日ぶりにラフィーネ家へ戻った。
ヘラに接触出来て、新たな情報も得た事などを報告し、割り当てられた自室へと入る。
しかし今日ここに泊まるわけではなく、すぐに出て行かなくてはならない。
すぐ出るように言ったのはルークだ。
その理由を聞かされた時、なるほどと思いつつ、初めに教えてくれればいいのにとも思った。
『ラフィーネの香りがしたら困るから』
そう聞けばヘラが獣人である事を改めて思い出す。
まだ、犬の姿を見ていないのでイマイチ実感がわかないが、でも人懐っこいわんこである事は間違いないだろう。
実はその姿を見る事を楽しみにしていたりする。
でも、それを口に出すとルークが不機嫌そうな顔をするのが目に見えるので言葉にはしない。
それでなくとも、ヘラが自分を信用してくれた。と、報告しただけで、不機嫌そうな顔だったのに。
ユリウスは身支度を整え必要な物を確認する。
今回持って行かない物は、屋敷へと運んでもらわねばならない。
その準備もしておかねば。そう考えながら、荷物の確認をしていると、部屋をノックされた。
「私ですわ、ユリー」
声はセシルだった。
ユリウスが確認の手を止め、扉を開けると「ごめんなさい、ちょっとだけ話がしたくて」と、いいながら、部屋に入って良いか首を傾げられた。
特に断る理由もないので、部屋の中へ促すとセシルがホッとした様な表情を浮かべる。
部屋の扉を閉めると、室内は二人きり。
仮ではあるが自室なので、なんだか違和感を覚えた。
セシルは『話がしたい』と言っていた割には、ちっとも話し出さない。ただ、落ち着かないのかきょろきょろ視線を彷徨わせ、時折「ふう」と、溜息をつく。
(……どうしたんだろう?)
セシルの行動が分からず首を傾げる。
ヘラの件を説明した際、セシルも側にいた。だから、報告を改めて聞きに来た……と、いう訳ではないだろう。
じゃあ、説明不足の部分を補完しにきたのだろうか?
そう自問して、それならばルークの前で質問するべき。と、考えを否定する。
では、一体何の用があってきたのだろう?
「ああ。なんかごめん」
沈黙を破ったのはセシルの謝罪だった。それでも、話しやすい雰囲気になり、ユリウスは「どうしたの?」と、訊ねた。
「なんか……ユリウス嬢の部屋って思ったら…………いや、なんでもない」
言葉を濁したセシルに、ユリウスは疑問符を浮かべた。
(私の部屋と思ったら……?)
たしかにセクト家の自室と思えば、セシルがいる事自体ありえない。
先程自分もその違和感を覚えたから、そういった事を言いたいのだろうと想像がついた。
「たしかに私の部屋と思ったら、ヘンな感じがするね」
そもそも、こんなに豪華な絵画もないしね。
壁面を飾る花畑の絵画を指差し、そう続けたらセシルが苦笑した。
(あ。これ貧乏自慢だ)
そう気がついたが、放った言葉を回収するすべもなく、へへへと笑ってごまかす。
「そういえば、さっきの話だと、もうこの屋敷に戻るのは最後にするって?」
セシルは先程報告した話を持ち出した。
「そうなるかな。……あまり時間もないし、ヘラから離れるのも危険だし」
ユリウスの休暇はあと四日しかない。
その間にもう少し情報を仕入れ、作戦を立て、そして実行する。
実行日を休暇の最終日にしたとして、情報収集に使える時間はあと三日。
一応、無理な日程ではないが時間は多ければ多いほど助かるのも事実。そう思えば、ラフィーネに戻る時間――馬車で、二時間――は、勿体ない気がした。
ユリウスはそこまで考え、大事な事に気がついた。
今日がラフィーネに来るのは最後。つまり。
「……セシル様、今回はお仕事を紹介してくれてありがとうございました」
ユリウスは丁寧にお辞儀をした。
ラフィーネに来ないという事は、セシルにも会わない。
仕事はまだ終わっていないけど、おかげでドレス代を稼ぐ事ができた。しかも、犬の仕事なんて、もう二度と経験できないかもしれない。そう考えたら、きちんと感謝を示すべきと、自然な流れで思ったのだ。
「え、いや、俺の方こそ……この仕事、受けてくれてありがとう」
急にユリウスが畏まったせいか、セシルも慌てる。
そして、二人で視線を交わし…………同時にふきだした。
「はははは、なんか変な感じ!」
「くっくくく……なんか、ガラじゃないな」
ひとしきり笑った後、セシルが「ところで」と、会話を切り出した。
「どうして、急にお金がいるようになったの?」
キョトンとした表情で訊ねるセシルは多分お金に困った事はないのだろう。
仮にもセシルはヴァーレイ子爵家の御子息。
本来なら自分と一緒に犬の世話をするような人ではない。
そう考えると、セクト家の野草園を見たらビックリするんだろうなと笑いが込み上げる。
「え、なんかおかしい?」
「いえ、なんでもないです」
ユリウスはクスクス笑いながら、最初の質問に「お金は、不可抗力の支出……みたいなもんかな」と、答える。するとセシルはちょっと考えて、「……ユリウス嬢。やっぱり、俺と結婚しますか?」と、言いだした。
まったくこの人は。
ユリウスは屋敷に届いた手紙を思い出し、からかわれていると自覚する。
「なにいってるんですか」
「……とりあえず、お金はありますよ?」
「沢山働くからいいですって」
「また休暇に仕事するの?」
「それも、必要なら」
「なるほどね」
「そういうことです」
うまくからかいをかわし、ホッとしていると「……まあ、殿下と結婚すればあっさり解決するしね」と、セシルが言った。
一瞬何を言われているか解らず、そして次の瞬間、理解した。
「な、何言って!! どうして、私とフィーが結婚するの?!」
しまった。
と、思った時にはもう遅かった。
「フィー? フィリップ殿下の事、フィーって呼んでるのか?」
セシルが驚きの声を上げ、「……そういえば、殿下はユリウス嬢の事『ユウリィ』って呼んでいたね?」と、続ける。
その記憶力にこっちも驚いた。
あんな、馴染まない呼び方を覚えているなんて。
「二人は……どういった関係なの?」
ユリウスが答えを考えあぐねている間に、セシルはいくつか質問してきた。
自分とフィリップは騎士と主ということにしておきたかったが、今までの事を考えると言葉のやり取りでセシルを撒くのはとてもじゃないが難しそうだった。
ユリウスは「口外しないと約束してくれるなら」と、前置きを付け、セシルが頷いた事を確認した上で、幼馴染みである事を明かす。
するとセシルが「そういうことかぁ」と、何度も頷いた。
「……しかしなんで、『フィー』に『ユウリィ』なの?」
「小さな頃、お互いの名前をうまく呼べなくて」
フィリップって発音が難しかった。だから、いつの間にかフィーになってた。
それは自分の呼び名も一緒で、ユリウスがユウリスになり、最終的にはユウリィに。
今はキチンと呼べるのだから、ちゃんと呼べばいいのだけど。
実はそう提案した事はあった。
しかしフィリップが「馴染んでいるからこのままでいいだろ」と、言い、ユリウスもそうだなと、納得して現在に至る。
そう説明したら、セシルはすごくニヤニヤしてた。
……なんて言うか、令嬢の格好でその笑みは止めた方がいいよ。って、言ってやろうと思う。
ユリウスは何故かニヤつくセシルを眺め、彼が落ち着くのを待った。
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今日は『おまけ』と言いますか『幕間』も合わせて投稿しますね(*^_^*)




