8.本当のお仕事
ルークが人型になって、セシルと合流して、そして。
ユリウスは事の詳細を聞く事となった。
この『犬のお世話』という仕事は、人柄を見極める為ルークが考えた試験らしい。
見極め……というのは、犬が好きであることはもちろん、お世話を途中で投げ出したりしないとか、嫌な事があった時に他の子に当たったりしないとか、まあその他もろもろを確認したかったのだと、ルークが言った。
……若干、からかわれていた気がしないでもないが、まあ、そこは突っ込まないでおこうと心に決める。
「僕は……さっき見た通り、犬型の獣人だ。ちょっとやそっとで、正体を明かす訳にはいかない」
ただ、ごく一部の人間はラフィーネ家が獣人の一族である事を知っているらしい。
ヴァーレイ家もその中の一つだったとか。
「まあ、お互い両親たちの仲がいいのでね」
セシルは妖精の魔法にかかった後、その違和感を両親に相談した。
そして、両親はというとすぐにラフィーネ家へと話を持って行ったらしい。
『何故、ラフィーネ家へ?』と、当時のセシルは疑問に思いつつノアの格好で両親に同行した。
その後、疑問は解消。
自慢の女装姿はあっさりと見破られ、同時に、ルークの正体を知る。
その過程で、自分の成長が止まってしまった原因を聞かされた。
「……二人には悪いと思ったけど、あの時は本当の事を細かく言えなかったんだ」
ごめんと、謝るセシルが言う、『あの時』というのは恐らく、自分とフィリップに事情を説明している時のことだろう。
たしかに、事情を細かく説明すれば自ずとルーク達の事も言わねばならなくなる。
何かに感づかれてから、隠すのは難しい。
相手が自分だけなら、はぐらかすという手が使えるが、もう一人は王族だ。相手が悪かったとしかいいようがない。
「……妖精を目の当たりにした時、反応が薄いとは思っていたけど……」
ユリウスの言葉にセシルは頷き、「解術方法まではわからなかったけどね」と、苦笑する。するとルークが、「批難されてる気がするんだけど? 感謝されてもいいぐらいなのに」と、いじける。
「どうして、ルークはわかったの?」
不思議に思った事をそのまま訊ねると、ルークは「妖精の匂いがついていたから」と、優越感を漂わせる口調で教えてくれた。
あ、ひょっとして。
と思い、先程の匂いの件を持ち出すと、「そうだよ」と、あっさり回答が。
妖精の香りってうまく想像できないけど、でも正体がわかればなんだか安心した。
「ここからが本題」
前置きはおしまいという様に、ルークが会話を切り替えた。
ルークとセシルの関係、ましてや匂いの話が事の本筋ではない。
もちろんそれはユリウスにもわかっていた。
ルークの話はこうだ。
ルークの仲間にヘラという少女がいる。
彼女は今、王都に出ていて、ある人物を追っているとの事。
その人物というのは犬をこよなく大切にするラフィーネ家にとって、困った人物らしい。
だから、自分がとっ捕まえてくる! といって、出て行った。
……が、なかなかその人物を捕まえられない。
理由は簡単で、証拠がないからだ。
しかし、ルーク達はその人物がはっきり黒だとわかっている。なぜなら、犬型の獣人と犬は意思疎通ができ、彼らより証言が取れているからとの事。
ただそれは事実であったとしても、犬と意思疎通ができない者からしてみれば何の証拠にもならない。
状況を見かねてルークが手伝うと言ったのだが、彼女には拒否されてしまい、挙句彼女は屋敷に戻らなくなってしまった。
長い時間人型を維持し、獣人である事を隠すには負担がかかる。
彼女が心配だが協力を拒否されているので、ルーク自身は動けない。
そこで、信頼のおける協力者を作り、彼女を守ってもらおうと考えた。――と、こういう事らしい。
「……まあ、早い話が好きな子に良い格好したいから手伝ってって話」
「セシル!!」
「本当のことだろ、ルーク。それに、ユリーに隠してたって意味ないじゃないか」
ユリーに協力してもらうんだろ?
そうセシルが言うと、ルークはそっぽを向いてしまった。
そんな二人のやり取りをクスクス笑いながら眺める。
「……と、とにかく。ユリーはヘラと接触し、サポートをしてほしいんだ」
「なるほどね」
「……状況によっては戦う事になるかもしれない。でも、その辺りは大丈夫だとセシルから言われているが、本当に……?」
心配するように訊ねてきたルークに、ユリウスは頷く。
「どっちかっていうと、本業に近いから。それ」
心配不要という意味を込めて少しだけ、自分が騎士である事を匂わせる。しかし、ルークには伝わらなかったようで「……ユリーは普段なにをしているんだ?」と、首を傾げた。
まあ、これ以上は言えないので「内緒」とだけ言ったら、話を聞いていたセシルがフフッと笑った。
「あんまり詮索したら、ユリーは帰ってしまいますよ?」
ルークはセシルを恨めしそうにひと睨みしてからこちらを向き「わかった。もう聞かない。だから、協力して」と、言った。
ちょっと偉そうな態度ではあるが、生意気な弟と思えば可愛いかもしれない。
基本は素直そうだし、だって……
「ユリー。顔がにやけてる。……どうせ、僕の犬の姿を思い出してるんだろうけど」
御明答。
にやける口元を隠してルークを見つめると、「……可愛いなんて思われて喜ぶわけないじゃないか」と、またそっぽを向いてしまう。
そういうところが可愛いんだけどな。
言葉にしたら余計ヘソを曲げる気がしたので、内緒にしておく。
話を戻すと、ヘラが追っている人物の名はセレスト=クライン男爵。
最近王都に屋敷を構えた、田舎男爵らしい。
男爵と名がつけば、貴族だから裕福なのだろう。……という考えは、セクト家を見てもわかる通り当てはまらない。
地方で、あまり税収が見込めない領地を管理するという事は、よほどうまく立ち回らないと一般市民より生活が苦しい場合もよくある。
このクライン男爵も例によって貧乏男爵だったようだが、ここ数カ月で羽振りが良くなった。
突然王都に屋敷を構え、屋敷で頻繁に食事会を催しているらしい。
ただ、その食事会というのは表向きで。
「金持ち相手に『幸運を呼ぶ装飾品』と言って、なんの効果もない、くず石を販売しているんだ」
と、ルークが溜息をつく。
なんでも男爵の羽振りが良くなったのはこの装飾品のおかげだという触れ込みで販売数を増やしているらしい。
でも、真相は全く違う。
幸運を呼んだのは石ではなく、男爵が飼っていた犬だった。
男爵の犬、オルマは他の犬より鼻が良かった。
そして男爵を困窮から助けたいという一心で良く利く鼻を使い、枯れた領地内で僅かな資源場所を見つけ出すことに成功する。
そして男爵は困窮から脱出した。
オルマはそれだけでよかったのに、男爵はこの幸運をなんでもない石のおかげだと吹聴するようになる。
折角潤った財源を領地に還元せず、王都に屋敷を構えた。あまつさえは、幸運を呼ぶ石だなんて嘘をつき、王都の人達を騙している。
変わってしまった主人を憂い、なんとかしてほしいと――人づてならぬ、犬づてに――ラフィーネへ相談があった。
そして、話は最初に戻り、ヘラが「とっ捕まえてくる!!」と、出て行ってしまったという訳だ。
話を終えたルークは上着をガサゴソと触り始め、内ポケットから手帳を取り出した。
中を見るように促され、ユリウスは覗きこむように手帳を見る。
手帳の中には少女の姿絵が入っていた。
髪は珍しい橙色。
春のおひさまのような暖かい色合いで、長さはちょうど肩ぐらい。
その色に相応しく満面の笑みを浮かべる少女は|活力にあふれていて、そして、眩しかった。
名前を確認しなくてもこの少女がヘラだとわかる。
「……ヘラは変装とかそういった事が得意じゃない。だから、この髪の色は目印になると思う」
ルークはそう言いながら、柔らかい眼差しで姿絵を見ていた。
慈しむような表情からは少女を大切に思っている事が伝わってくる。
(……心配なんだろうな)
こういう事には鈍感……と、言われているけど、こんな顔されたらさすがに気付く。
だから、純粋に安心させてあげたいと思った。
「必ずヘラを守るわ」
そう伝えたら、「……ユリーは可愛い上に、頼りになるの? ずるいよね、それ」と、嫉妬めいた言葉を言われる。しかしその言葉とは裏腹に、目を細めたルーク。
大切な人を守るのに自分が動けない。それでも、守りたい――――
そんなルークを犬の姿じゃなくても可愛いと思った。
――場所は変り、王城執務室。
気分転換を終えたフィリップは午後の執務に追われていた。
正確にいえば気分は晴れていない。しかし、だからといって何時までもダラダラしているなんて事は許されない。
フィリップは午前の遅れを取り戻すべく、執務に集中していた。
その傍らには、ほのかに漂う甘い香り。
「良い香りですね」
「そうだろう?」
まるで自分をほめられたように上機嫌で返事をする。
先程もらってきた紅茶を早速入れて、その香りと共に仕事をしている。すると、意外に集中できる事に気がついた。
「疲労している時には甘いものがいい。と、言いますしね」
「そうだな。……このほのかな甘さが俺には丁度いい」
ミラーの言葉に相づちを打つが、この香りが『甘いから』という理由だけで、自分を癒しているとは思っていない。
ただ、そんな事は言えるはずもなく。
「では、今度城下で有名なパティスリーのお茶受けを用意させますね」と、気を利かせてくれたミラーに内心苦笑する。
フィリップは甘いものが得意ではない。
それをミラーは知っている筈なので、すごく甘いものを買ってくるとも思えない。だから、余計な訂正を入れず素直に「ありがとう」と、返す。
フィリップは次なる書類を手に取った。
ユリウスからもらった書類止めを外し、パラパラと紙を捲る。
内容を一読して、もう一度、しっかり読み返す。
その内容は犬に関してだった。
(……どうも、最近犬の事件が多い……?)
犬好きが傍にいるせいで、必要以上に意識しているだけなのだろうか?
いやしかし、それを除いてもここ最近多い……ような気がするのだが。
フィリップは取り外した犬の書類止めを見る。
「くうん」と鳴き出しそうな困り顔をみると、なんだかギュっとしたくなる……。
「……また、犬関係ですか?」
いつの間にかミラーが書類を覗きこんでいた。
フィリップは「ああ」と、短く返事をし、ミラーが発した『また』という言葉に気がつく。
『また』というからには、思い違いでなく件数があるという事だ。
「最近多いですよね、犬に関する事件」
そう続けた言葉を聞きつつ、今まで目を通した書類を思い出す。
犬が咬みついたとか、飼い犬がどこか行ったとか……詐欺紛いな事もたしか、あったはず。
実は野良犬が咬みつくだけで情報が上がってくる。
形式は書類だったり口頭だったり。
城下の安全を守るためには環境整備も不可欠であるし、咬みついた相手が貴族だったりすると、改善提案という形で書類になって上がってくる。
しかし、この書類は違った。
「……ここ最近、侯爵から提案書が届いていないな」
犬関連では積極的に提案書を上げてくる貴族がいる。
その貴族は愛犬家として有名であり、他の愛犬家からは親しみを込めて「犬侯爵様」と呼ばれ、逆に疎まれている者からは「犬侯爵」と、影で呼ばれていた。
「……これほど、犬関連の事件が上がっているのに珍しいな」
「たしかに、今までなかったことですね」
フィリップは書類を捲り、犬関連の事件を抜粋する。
それらはいずれも、侯爵からの提案書ではなかった。
普段は積極的に提案してくる侯爵が何もいってこない。しかも、それに痺れを切らし別のところから書類が上がってくる始末。
事件自体は大したことじゃない。ただ、普段通りではないという状況は些か気になる。
「ちょっと、調べてみるか……」
自分の呟きにミラーが返事し執務室から出てゆく。
その後ろ姿を見送り、フィリップは紅茶を一口飲んだ。
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