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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
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7.ルーク






 休憩を挟んで午後。

 今日こそ捕まえてやる! と、密かに闘志を燃やしていたユリウスはその事実に拍子抜けした。



 なんと、ルークがあっさりと見つかったのだ。



 ルークは屋敷から離れた古めかしい石造りの小屋の中、片隅に置かれた(わら)へちょっかいをかけているところだった。


(なにしてるのかな……)


 ユリウスは少し離れた物影から中の様子を(うかが)った。

 小屋は見た限りでは二部屋あり、その間を仕切る扉や壁はない。

 結果、ただの大部屋のようになってしまった部屋には、スコップや草刈り用のカマなど庭仕事に使うものが置かれている。


 しかし遠目から見る限り、それらを最近動かした形跡はない。

 小屋全体も頑丈そうではあるがどこか埃っぽい感じがする。

 恐らく最近は使われていないのだろうと、簡単に予想がつく。


 再びルークに視線を戻すと、先程と変わらず前足でちょいちょいと藁をひっかくように(ほぐ)していた。


 本当はすぐにでも掴まえればいいものだが、過去の対戦状況を考えると安易に手が出せない。

 まるでおびき出すように油断した姿を晒したり、こちらを窺うように振り返ったりする仕草は試されているようにも感じる。

 ただ「試す」と、いっても、犬が人間を。と考えると首を傾げるしかない。


 今のところ、ルークがこちらを気にするような素振りはなかった。恐らく、自分の存在に気付いていないのだろう。


(ひょっとして今回はいけるのかも?)


 ユリウスは物影からそろりと身を動かし足を前へと踏み出した。

 芝生をゆっくりと踏みしめながら、音を立てぬように細心の注意を払う。

 ルークとの距離が一歩、また一歩と縮まって行く。

 小屋の入口まではあと、もう少し。



 急にルークが振り返った。



 その表情を見て、またしてもあの(・・)不自然さが蘇る。


 ルークが挑むように笑ったように見えたのだ。


 なんで、こう感じたのかわからない。ただ直感的に、『また逃げられる!』そう思って、ルークに突進するようにダイブした。


 腕の中には温かい感触。


 やっと捕まえた!


 そう思った時には、頭から藁に突っ込み………そして、そのまま藁を突き抜ける。



(え、えええっ!!!)



 突如として襲われた浮遊感にルークをしっかり抱き直し、受け身体勢を取る。

 幸い、穴は斜めに掘られていたようで、落ちた距離に比べ衝撃は少なかった。しかし、痛くないわけじゃない。



「いったぁ……」



 思わず声に出し、背に手を当てた。 

 普段の男装より今のワンピースの方が薄い生地であるせいか余計に痛い気がする。

 

 片手で背中をさすりつつ辺りを見回すと、穴底は思った以上に広かった。


 円を描くように広がった空間の先に、細い道が続いている場所が数ヶ所。

 日差しが届きにくい入り口から離れた場所も何故かほんのり明るく、よく見れば発光している植物が生えているようだ。


 ユリウスは立ち上がり後ろを見た。


 自分が落ちてきた穴は垂直ではないが、歩いて登るのは難しそうだ。

 ロープがあって、且つ、それを結ぶ場所があれば登れそうであったが。


(両方ともないしね)


 ないものはない。

 服を引き裂いてひも状にしたとしても、自分の体重を支えられるとは思えないし、それを地上で結んでくれる人もいない。

 

 と、なれば。結論は決まった。


 ユリウスは再び正面を向き、歩き出す。すると、「くうん……」と、腕の中で可愛い鳴き声が聞こえた。

 視線を落とせばルークが丸い瞳でこちらを見上げているではないか。


 思わず置かれている状況も忘れて腕に力を込めた。

 そもそも誰のせいでこうなった……なんて、考えてもしかたがない。

 今はルークを、しっかりと感じたい。



「……痛い、離せユリー」



 どこからともなく聞こえたのは、冷淡な声。

 ただそれは不意に聞こえた音だった為、場所までは特定できなかった。

 

 ヘンな場所に落ちてしまった自覚はある。

 

 だから自然と腕に力が入った。

 

「は、離せ、と言ってるのが、き、聞こえないのか、ユリー」



 ち、窒息する……。

 そう続けて声が聞こえた場所は。


 ……まさか。


 そう思った一方で、感じていた不自然さを思い出し、少しだけ腕の力を弱める。

 するとルークがブルブルっと身体を震わせ、腕から逃げ出した。

 その瞬間、キラッとルークの身体が光る。放たれた眩しい光に視界を奪われ、片手で目を庇った。


 時間にしたら一瞬の出来事。

 光がなくなり、目を開けると。そこには、明るい緑の髪をもつ少年が一人。



「僕を抱き潰そうなんて、いい度胸だね。覚悟しなよ」






 ……状況を理解するまでに数秒かかった。

 いや、数秒でも早い方だと褒めてほしい。



「ふうん。驚かないんだ。やっぱり、匂う(・・)だけはあるね」



 臭う。

 そう言われて、自分の鼻を腕に押し付けた。

 臭うだなんて言われたら、十人が十人同じ事をすると思うし、自分だってもれなく気になる。


「……ま、そのリアクションも当然だけど。人間が分かる匂いじゃないから無駄だよ」


 自分ではわからない――――そう言われて、確認したい事が一点だけあった。



「……そのニオイって、くさいの?」

「それ、重要?」

「重要」



 考える間もなく即答すると、ルークは溜息をついた。



「この匂いを説明するのは難しい。

でも、刺激臭ではないし、辛いか甘いかで問われれば、甘いと僕は答える」



 ただ、僕は甘いのはキライだけどね。


 そう続けたルークはニヤリと笑った。


 ユリウスは、もう一度腕の匂いを嗅いでみた。

 でもやっぱり、甘いにおいなど当然しなくて、どちらかというと汗臭いと感じる。

 その様子を見たルークが「……だから、人間にはわからないって言っただろ?」と、呆れたような声を上げた。



「……だって、嫌いって言うから……」



 どんな匂いなのか気になった。

 ルークが嫌いって事は、他のわんこも嫌いかもしれない。もしかしてラッシュも嫌いだったら……!

 そう考えると、その匂いの正体を突き止めて消してしまいたい。


「……案外可愛い事言うんだね、ユリー」


 服をつまみ必死に匂いを嗅いでいると、ルークが近くに寄ってきた。

 伸ばされた手で片腕を掴まれ、もう片方の手が顎に触れる。

 少しだけ角度を上げた自分の顔にルークの顔が近づく。


 一目見ただけで男性とわかりにくい顔は中性的。

 全体的に整っていて、それでいて小顔だ。

 しかし、その薄い唇は片方だけ上がっており、意地悪そうな笑みを浮かべている。

 

 ルークは綺麗だった。

 

 その綺麗さは女装させたら自分より女の子らしいのでは。と、思う程に。



 ただ。だからと言って。



 ユリウスはルークと自分の顔の間に手のひらを突っ込んだ。

 近づきすぎていた顔に容赦なく、ぺチッとあたる。


「……なんのつもり?」

「顔、近すぎ」

「キスしようとしてるんだから、あたりまえだよ」

「それ、必要ない」


 なぜキスを迫られているのか意味不明すぎる。

 そもそもキスっていうのは信頼とか愛情とかそういった気持ちのある相手とするものだ。

 ルークと自分はどう考えても、そんな間柄じゃない。


「……あれだけしつこく追いかけてきたのに、手のひらを返すんだ」

「追いかけていたのは犬のルークであって、貴方じゃない」

「……同じなんだけど?」

「私には違うの」


 ルークが「ちぇ、つまんない」と、自分の側から離れる。そして、きょろきょろと辺りを見回し、その中の一点を見つめた。


 何かあるのかなと思い、ユリウスも同じ方向へと視線を向ける。

 穴底から伸びる細い道の一つ、その入り口には岩が見えた。

 ちょうど隠れるなら最適な……と、そこまで考えていると、岩陰からひょっこりと頭が出てきた。



「セシ……お、お嬢様!」



 姿を現したのはセシルだった。

 散策用の簡易なドレスに身を包み、優雅にこちらへと近づいてくる。


 やっぱり……というか、ルークの事を知っていたどころじゃなくて、グルだったのか!

 そう考えれば初めの忠告や、疲れている自分に大笑いしていた事など、いろいろ辻褄(つじつま)があう。


「くっくくく……あっさり振られましたね」

「あんなにデレてたのに、(なび)かないとは思わなかった」

「だから、まだまだ子供なんですよ」

「うるさいな……僕は、君より年上だよ?」

「歳だけ重ねても、ね?」


 セシルとルークは親しい友人のように話をしていた。

 会話の内容からすると、セシルはルークの正体を知っているような感じがする。

 ならば、ルークも……?



「……それにしても、いい加減そのカッコやめなよ。ノアが可哀そう」

「なにいってるんだ。ソックリだろ?」



 あ、やっぱり。

 ユリウスは一人ポンと手を打つ。

 その様子を見てか、セシルが面白そうに笑い、ルークは不貞腐れた様な顔をした。



「ユリー、そんなに遠くにいないでこちらに来て?」

「そうだよ、ユリー。僕を女装男と二人にしないで」



 ほぼ同時に二人から呼ばれ、ユリウスも会話に加わる事になった。







いつもありがとうございます!(*^_^*)

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