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アスタシア王国の男装令嬢         作者: 大鳥 俊
二章:男装令嬢と「新緑と陽だまりのロンド」
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5.わんこ達との日々






「トール! 待って! そっちに行ってはダメ! 

 アニー、いい子ね、ボール取って来てくれて!

 わっ! マール、コリン、咬むのは優しくね?」


 広い庭を駆けまわる茶色の子犬や、ボールを持ってきてくれる毛足の長い子犬、そして、じゃれあう白黒の子犬達。その中に紛れて子犬へ声かけをするユリウス。


 一見、穏やかな風景だが、実際はそうでもなかった。


 複数の子犬の世話をした事がないユリウスにとって、これは目の回る忙しさ。

 愛犬ラッシュと違い予想もしない事をしでかす子犬達はやんちゃ盛りで、どの子もすぐにいろんなものへと注意が動き、こちらの言う事などなかなか聞いてはくれない。

 そんな犬の世話はなんだか、もぐらたたきのよう。


 一人の子をかまえば、違う子がやんちゃをし、そちらへ行けば、また違う子が……。


 ただ、犬バカであり体力もあるユリウスには何の苦痛もないのだけれど。



「あれ、ルーク? ルークはどこ??」

「ユリー、ルークはあちらの木陰ですわ」



 セシルが示した方角に子犬の群がっているところがあった。


「あの中からよく見えましたね、ノア様」

「ふふふ。慣れですわ」


 『慣れ』と、口にするセシルは以前にもこの屋敷でわんこ達の相手をした事があるのだという。

 ラフィーネ家とヴァーレイ家は今の当主になってから仲が良くなったのだとか。

 そういった家の繋がりに疎いユリウスは「そうなんだ」と、感心するばかりであった。


「じゃあ、ちょっとルークのところへ行ってきます」


 そう言ったらセシルに呼び止められた。

 セシルはニッコリ笑って「……気を付けて?」と、言う。


 一瞬「?」と、思ったが、セシルがそれ以上言葉を続けようとしていなかったので、まあいいかと歩みを進める。


 木陰までは特に何もなかった。


 群がる子犬の真ん中にユリウスが世話を任されているわんこ――名前はルーク――が、ちょこんと寝そべっていた。


 ルークの毛色はとても珍しい。

 その色はまるで植物の新芽のように淡い、さわやかな緑。

 風が吹けば草原のように毛はなびき、抱きかかえれば小さな世界を手に入れた気分になりそうだ。

 毛並みは柔らかそうで、気品も感じさせる。



「さあ、ルーク、行こう」



 ユリウスはルークを抱きかかえようと腕を伸ばす。しかし、ルークはするりと足の間を通り抜け、逃げ出してしまった。


 ふわふわのしっぽを振りながらちょこちょこ走る姿は愛らしい。

 途中でチラリとこちらを振り返るところが、またとても可愛かった。


(ああ、幸せ)


 こんなわんこ達と遊んで仕事になるなんて。

 頬が緩み、にやけた表情になるのが押さえられなかった。

 こんなしまりのない顔は護衛中に絶対できない。


 逃げ出していたルークが立ち止まった。

 コチラの方を向き、愛想を振りまくようにしっぽを揺らしている。


(かわいいっ!!)


 ユリウスはにやけたままルークに近寄る。

 脳内は可愛らしい子犬達で満たされたまま。

 そして。



「わっ!!」



 突然足元を取られて、そのまま前のめりに膝と手をついた。

 何故こんな芝生の上で? と、思い、視線を足にむけると草が丸まっている。


「なに、これ……」


 足元にある丸まった草へと手を伸ばして、触ってみる。

 草は何故か硬かった。

 不思議に思い、草をちぎりながら払ってみると、中から出てきたのは少し大きめの石ころ。

 ご丁寧に草で巻かれた石がこれまたしっかりと、半分地面に隠れていたのだ。

 どう考えてもワザとであるとしか思えない。


(まさかセシルが??)


 そう考えて、それはないと否定する。

 そんなことする意味がない。

 じゃあ、ラフィーネ家の人が?


(……それだって、意味がないじゃないか)


 なんか変な気分。

 ユリウスは楽しい気分から一転、切ない気持になった。

 誰かを疑うなんて気分のいいものじゃない。

 

(……そうだ)


 そもそも昔の悪戯がまだ残っていただけ。と、いうことだって十分あり得るじゃないだろうか?


 そう考え、気を取り直して顔を上げるとルークと目があう。そこで、ユリウスは表現し難い不自然さを感じた。


(そんなわけ……あるはずないのに……)


 だって。


 こちらを見つめるルークが意地悪く笑った気がするなんて。



 こうしてユリウスとわんこ達の日々は幕を開けた――


            ・

            ・

            ・


 翌日。

 前日同様任されたわんこのお世話をした。

 途中、ルークがいない事に気がつく。

 慌てて探すと、ルークは大きな木の上に居た。

 どういう訳か登ってしまって、降りれなくなったんだろうと思う。

 助けようと木に登ってみると、なんとルークはヒラリと木から降りてしまった。


 あまりの身のこなしに驚いた。

 ……と、いってもルークを捕まえて皆のところへ連れていかねばならない。

 だから自分も急いで木から降りる。



 午後。

 またルークがいない。

 とんだやんちゃをする子だとようやく認識。

 屋敷の周りを走って探すと、チラリとふさふさのしっぽが見えた。

 自分でもわかるほどの勝ち誇った笑みを浮かべる。

 忍び足で近づき、後ろからがばっと抱きしめた。


 しかし、それはただの飾りだった。


 色合いもルークの毛並みに似たしっぽの飾り。


 なんでこんなものが。


 そう思ったが、初日を思えば悪戯の残りだろうと思って気にするのを止めた。



 二日目。

 言うまでもなくルークがいない。

 コレは完全に自分をからかっているのだと思わざるを得なかった。

 庭の隅々まで探し、ようやく見つけたと思ったら。


 なんとクモの巣まみれの場所で(くつろ)いでいるではないか。


 まるで、こちらの虫嫌いを知っているかのような態度。

 数回ルークを呼んでみたが、動く様子がないので、意を決してクモの巣を払う。


 …………しばらくして、執事のシュナイダーが飛んで出てきた。


 この時ばかりは偽名、()つ、女性の姿でよかったと心底思った。


 クモで悲鳴を上げるような自分が、殿下の護衛騎士だと知られたら。

 フィリップに要らない恥をかかせてしまうだろう。



 三日目

 もういつもの場所にはいない事がわかっているので、さっそく屋敷の周りを探した。

 木陰や物置の隅、あらゆる隙間を探す。(虫がいなさそうなところだけ)


 しかし、今日はどこにもいない。


 屋敷の中にでも入り込んでいるのだろうか?

 そう思って、とりあえず他の子がいる場所に戻ってみると……。



 ……どうにかして、ルークにひと泡吹かせたい。



 そんな事を犬に思う自分はこの可愛らしいわんこに翻弄(ほんろう)されている。

 どうせなら違う意味で翻弄されたかった。


            ・

            ・

            ・



「…………く、っくくく……大分溜まってるね、ユリー」


 セシルが出す令嬢らしからぬ堪えた笑いに、ユリウスは冷めた視線を送った。

 目の前の女装男を味方だと思っていたのが間違いだと、ユリウスは今気がついたところだ。

 だって、ここ三日の様子を見て、(ねぎら)うどころか笑うだなんて。


「…………なんか知ってるの、セシル様」


 もはや令嬢と侍女という設定も無視して、そのまま呼んだ。


「くっくく……怒っている君も可愛いね、ユリー」

「……質問に答えて」

「はは、申し訳ない。こればっかりは言えないんだ」

「ここまで来たら、何かあるってわかるからいいじゃない!」


 セシルが何かを知っているのは間違いない。

 しかし、当の本人は笑うだけでちっとも教えてくれなかった。



「犬のお世話っていうか、これなんなのかなぁ? 悪ガキの世話してる気分になるんだけど!!」



 そう言うと、セシルは堪え切れず大笑いした。


「悪ガキかー! ホントだよねー!」

「一人で納得しないで!!」


 ユリウスが叫ぶとセシルは「ごめんごめん」と、軽く謝ってきた。


「謝るぐらいなら、何かヒントぐらいくれてもいいんじゃない?」


 ユリウスの言葉にセシルは「うーん」と、首を傾げ、「まあ、言えるのはルークが君を気に入っているってことかな」と、言った。


(き、気にいってるだって?)


 そんな馬鹿な。

 気に入っているなら大人しくしてくれれば、ゆっくりと遊べるのに。

 あの態度は間違いなくこちらをおちょくってるとしか思えない。



「ま、犬好きで辛抱強いユリーなら大丈夫だよ」

「なんか、いつもと違う強さを求められている気がするよ……」



 ハッキリ言って、この三日間は城勤めしている時より疲れている。

 慣れない事……とはいっても、犬の世話なのに、王子を守るより疲れるってどういうことだよ。と、正直思う。


(これなら、あの高報酬も納得だわ)


 いくら犬好きでも、報酬と見合う仕事じゃなきゃ嫌だ。という人は多いだろう。


 

「さ、ユリー。午後のお世話の時間だね」



 ニコニコして言うセシルを横目にユリウスはリベンジを誓う。


 今日こそ!! 絶対捕まえてやるんだから!






いつもありがとうございます!(*^_^*)

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